日陰者たちの戦い   作:re=tdwa

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以前理想郷様並びにハーメルン様に投稿しておりました。
現在は作者のブログとの同時掲載となっております。ご了承ください。




 

 

 

時に。

電車の進歩は、速度という面では21世紀の半ばで止まったらしい。

技術の進歩自体は速度の向上を可能にしたけれど、それ以外が駄目だった。

 

要は、万が一の事故の被害が大きすぎることだとか。

或いは、僅かな時間短縮のために莫大な費用が掛かりすぎるだとか。

それまでに重ねていた進歩だけで、実用性は十分にあったのが原因だ。

 

勿論、これは速度に関してだけの話である。

速度が駄目ならば、乗り心地だの騒音公害だの、他に目指すものはある。

その面から見るならば、電車の進歩はまだまだ終わらずに続いていた。

 

そんなのは、当然乗るだけの人間からはあんまり関係ない話で。

結局、電車というのはこの2196年に至っても、余り大きく形を変えない。

切符を買って、ホームで定間隔毎に来る車両に乗れば目的地につく。

 

運転がほぼ完全に自動化されたところで、万が一の為の運転手もいる。

車両内の人的エラーに対応する車掌さんだって未だに欠かせない。

使うのが人間だから、その能力が変わらないから、大きくは変わらないのだ。

 

技術が進歩しても、人類は、まだ人類のままである。

 

 

 

 

 

 

 

 

佐世保駅に着いた時、既に空は大分オレンジ色に近かった。

長い間、瞳を閉じていた俺には優しかったけれど、それはそれ。

コミュニケ<腕時計型通信機器>を見れば、なんと午後5時である。

 

「――素直に、早いのに乗ってくれば良かったか、な」

 

家を出たのは、確か午前8時頃だったのだけど。

搭乗手続きが面倒だからと飛行機に乗らなかったのが問題か。

それとも、旅情感を味わうために早いのに乗らなかったからか。

 

或いは、所々で売店に寄ったり、福岡で買い物をしたのが原因か。

予定では、もっと早くここについている予定だったのだが。

……どう考えても自分のせいである気がしなくもない。気のせいだけど。

 

幸いなのは、相手方が時間指定で俺を呼び出したのではなかったことか。

いや、流石に時間指定されていたら俺も普通に急いでいくけれど。

なまじ時間がある分余裕ぶっこいていたらこのざまである。

 

「バス……もめんどいや」

 

コミュニケに有線接続した、ハンドグリップコンソールを握る。

ウィンドウを出すまでもなく脳裏に浮かぶ、駅内地図とバスの時刻表。

ちょろっと見ただけで、俺はタクシー乗り場に目的地を変えた。

 

正直、もう疲れたのだ。流石に何時間も電車に乗るのは大変だった。

最初は時間潰す方法なんて幾らでもあるしとは思ったのだが。

買い食いもネットもゲームもあるから、平気だとも思っていたのだが。

 

買い食いは駅弁4つめでほぼ限界が訪れた。

別腹のデザートも、アイスとお饅頭が4で限界である。

未だに持たれた感じがするし、お夕飯は抜きでいいかもしれない。

 

ネットもゲームも、あれだ。

他にやることがあるときには、幾らでも楽しく時間を潰せるが。

それしかやることがないときには、あんまり向いていないことが判った。

 

 

 

 

 

「――ネルガルの佐世保ドックへお願いします」

「あいよ」

 

そんな訳で向かったタクシー乗り場で、適当に乗り込む。

幸いながらお金には不足していない。

運転手さんも、チラリと俺を見ただけで、直ぐに車を出した。

 

――ま。

どこからどう見ても普通の大学生を超えない俺であるけれど?

実際いつも大学に通うのと大して変わらない格好である。

 

カーゴパンツに薄手のパーカーにスニーカー。

厚手のショルダーバッグには、数日分の着替えが入っている。

うん。金なんて持ってなさそうな普通の大学生である。

 

それでも、即タクシーを選ぶほどにお金には困っていない。

これは、今から行く場所が関わっているというか。

今から行く場所があるからこそ、お金には困っていないというか。

 

そんなことをぼんやりと考えていると、あっという間に着いた。

何か話しかけられるかとも思っていたが、そうでもなかった。

そういう運転手なのかもしれないし、或いは会社の規定なのかも。

 

一応、ここらへんは企業やら軍事やらの機密ばかりなわけで。

無駄なおしゃべりをする人には、余り向いていないのかもしれない。

まあ、なんら確信のない適当な予測である。事実なんてどうでもよかった。

 

電子マネーでぱぱっと払って、直ぐに降りる。

降りてすぐに、海の匂いがした。ほんのりと、磯臭い。

普段嗅がない匂いだから、一瞬ビクッとしかけた。

 

周りには、物々しい建物が立ち並ぶ……というと言いすぎか。

広い道には何台ものトラックが行き交う。

高い壁越しには、かなりの規模の建物が立ち並ぶ。

 

生活臭、などという言葉にはほとんど縁のない感じがする。

所謂、工業地帯、といった感じだろうか。

そんな中で立ち尽くす俺も、一般人過ぎて違和感だらけかも知れない。

 

なんだか居た堪れなくなって、さっさと移動することにした。

降ろされた、トラックが行き交うメインの道から入った脇道から出る。

IFSを起動させるまでもない。目的地は、目視ですぐにわかった。

 

中々変わらない信号に少しだけ焦らされて。

夕方だというのに熱を残した日の光にもまた焦がされて。

辿り付いたのは、ネルガルの工場の入口――の端の、歩行者用入口。

 

入るとすぐに、警備員さんの詰所があった。

当然、スルーなんて出来ないし、する必要もないので挨拶する。

財布の中に入れておいた社員証を見せると、待っているように言われた。

 

奥の方から現れた、今度は警備員ではなく社員さんだろう。

その人に連れられて、更に敷地内の奥へと進んでいく。

事務的に案内するその人に連れられて、向かったのは一際大きな建物だ。

 

海に隣接した、というか。海を飲み込むように飛び出た建物。

所謂、ドックなんて初めて見るけれど、これがそうなのだと思った。

小奇麗な建物というには、潮風で微かに傷んだような跡に引っかかる。

 

「――さて。

 申し訳ありませんが、個人認証をお願いします」

「あ、はい」

 

その建物の入口にも、更に警備員さんがいた。

言われるままに差し出した社員証は、カードリーダーに通され。

備え付けの遺伝子認証はちくりとした痛みを人差し指に感じさせた。

 

どちらも、問題ないはずだ。

というか、本人である以上問題なんて出られても困るが。

検査結果が微妙に気になって、ハッキングしようかと思ったが、止めた。

 

流石に、ここでそんな真似をしたら怒られるだけではすまないだろう。

幾らなんでも、興味本位だけでそんな大ボケをすることはできない。

ちょっとだけ緊張して待っていると、ほどなくして結果は出たようだった。

 

「登録されていますね。

 ……到着が少々遅いようですが?」

「あ、すいません。

 観光してたもので」

「いえ、確認までですから。

 ――それでは最後に、ご氏名と来場理由をお願いします」

 

穏やかに確認してくるおじさんに、流石にちょっと焦った。

いや、だってさ。この日に行きますとしか伝えてなかったからね。

まさか俺もこんな時間になるとは思ってなかったからね。

 

幸い、怒られずに済んでよかった。

ふと、この人に俺を怒る権限がないだけかなとも思った。

安定のクズ発想である。

 

それは、ともかく。

聞かれると、プロスさんに言われていた言葉を聞かれた。

俺は、用意していた言葉を擬似電脳から引っ張って、口にした。

 

 

 

 

 

「タキガワ・トオル、21歳。非制限IFSオペレータ。

 スキャパレリ・プロジェクトに参加しに来ました。

 職務は電算管理兼、セカンド・オペレータです」

「――確認しました。ナデシコへようこそ」

 

 

 

 

 

2196年9月16日。ナデシコ発進予定日まで、後一ヶ月。

 

 

 


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