日陰者たちの戦い   作:re=tdwa

14 / 43
14

 

 

 

「――んで、どうなん?」

「えっと、状況確認の話でいいかな」

「いや、違って。

 何時になったらしっかりするのかって」

 

そっち?!と言わんばかりに目を見開いてくる僕らの副長。

というか、実際に口に出そうとしてしなかったというか。

どちらかと言わなくても、分が悪いのが理解しているのだろう。

 

目をうろちょろさせて、助けを求めても。

残念ながら、ここにいるのは俺とミナトさんだけである。

反論を飲み込んで、副長は小さく悔しげに言葉を絞り出した。

 

「……あと十年はお待ちください」

「十年後には17歳になってるっつーの」

「私もついに23歳の大台に乗っちゃうわねぇ」

 

――――おっと時間軸があっという間に乱れたぞ。

この艦はちょっと簡単に時空が歪みすぎて困る。

あれかな、斥力とか重力とか扱っちゃうのが原因なのかな。

 

……地球に帰ったらオカエリナサトとかないよね?いやマジで。

 

それはともかく、みんながツッコミを放棄したせいで沈黙。

ボケるだけボケて投げっぱなしはよくない。

かと言って俺がフォローするということはノリツッコミになる。

 

まあ、別にそこまで本気で言ってるわけじゃないし。

美青年で背が低くなくて優秀で、人間経験も豊富とかないしね。

取り敢えず、副長の胃が死ぬ前にスルーで対応しておこう。

 

「――んで冗談はともかく。

 結局、どうなんです?」

「……いやま、二人なら何とかしてくれるかな、と。

 そんな期待があったのは、今更否定しないけど」

 

話を切り替えた途端に、パッと口を動かし始める副長。

まるでその話をする予定だったというぐらいに、口は滑らかで。

っていうかする予定だったのである。疑う余地もなく。

 

「無理だったけどね」

「無理だったわね」

「うっ。

 ……判ってるからわざわざ言わなくても」

 

いやだよ、言うよ。

こんなうんざりするジメジメ空間を演出しやがって。

しっかり云々はともかく、そこだけは絶対に許されない。

 

微妙にミナトさんも、多少心がささくれ立っているような。

怒っているほどではないが、不満を隠すつもりはないらしい。

まあ、思うところは流石にあるよね。仕方ないと思う。

 

「とにかく副長も座りなよ、床に」

「床に?!」

 

いじけている副長に、正座を勧めたり。

嗜虐心を満足させてストレスを解消させようとすると。

副長は正座もせずに、なんかうじうじと喋り始めた。

 

「――だって、だってさ。

 こんな空気になるとか思わないだろ、それもブリッジが」

「……ほう」

「他の部署はもっと普通なんだよ。

 なんでよりによって、ブリッジだけこうなるのさぁ……」

 

……あ、こいつただ単に愚痴り始めた。

流石に虐めすぎたかと思ったが、多分そういうのではない。

普通に背負いきれない仕事が口から漏れているだけだろう。

 

まあ、確かにブリッジがこんな空気なのは、ね。

規模の大きな戦闘になったら、ちょっと笑えない危機である。

なので、取り敢えず副長の心労は放置しておいて他事を。

 

他の部署、という言葉に俺はミナトさんの顔を見る。

ミナトさんの視線もこちらを向いており、丁度視線があった。

見合う形になったのを、意見を聞きたいのだと、俺は汲み取る。

 

「他の部署というと、整備班とか生活班ですかね」

「整備班はウリバタケさんもいるし。

 そもそも年齢的にもそんなに揺らがないでしょ」

「男性ばっかりですし、反応があっても微妙ですね」

 

普通に仕事をしている年齢の男性ばかりなのですし。

工場とかでは、何時までも不幸な事故ってゼロにならない。

偶然で職場の知合いが死んだからと言って、反応はどうだろう。

 

実際に怯える人がいないとは思わないけれど。

それにしたって、仕事に影響を出すほどにはならないかなーと。

影響が出ていれば、ウリバタケさんが怒鳴りつけるだろうし。

 

「生活班もホウメイさんがいるわねぇ」

「元より年齢層高いのもありますね。

 ホウメイガールズだけですよね、10代は」

 

彼女らは、単純にお互いを慰めあうことができるし。

ホウメイさんも面倒見が抜群だから心配することもない。

――そうなると、残ってくるのはブリッジだけである。

 

ここで問題になってくるのが、ブリッジの人間関係だ。

良くも悪くも、ブリッジに人間的な指導者というのはいない。

艦長も副長も優秀だけど、若くて指導者よりではない。

 

フクベ提督は出しゃばらないし、プロスさんもゴートさんも沈黙。

基本的に外からの作用はブリッジメンバーには働かず。

そうなってくると、ブリッジ内での自浄作用しか有り得ない。

 

ホシノさんに影響力はなく、メグミさんも現状あんな感じ。

俺は反発こそせずとも外にも合わせず、マイペース。

残っているのは何時もより顔色の悪いミナトさんだけである。

 

――あれ、そういえば、なんでミナトさんは顔色悪いん?

俺が落ち込んでいるのは、友達、友達?が死んだからだけど。

ミナトさんが落ち込む理由って、よく考えれば判らない。

 

「――ミナトさんが凹んでるのは、なんで?」

「……唐突な挙句、今更ねぇ。

 私は……可能性に気がついたから、かな」

 

取り敢えず、気になったら文脈はともかく聞いてみる。

そんな俺に微妙に苦笑しながらも、ミナトさんは呟いた。

可能性、可能性。何のだろうか、とそのまま視線でもう一度。

 

「ヤマダ君が死んで。

 あ、こんなに簡単に人って死ぬんだなぁって」

「……」

「なによその視線……違うわよ?

 死ぬ可能性があることに気がついたんじゃないわよ?」

 

向けていた胡乱げな視線に、ミナトさんが反応して。

俺が思ってるようなこととは違うと言い切った

そりゃそうだ、と俺は安心して胸をなでおろす心地である。

 

流石にこの期に及んで、この人が花畑だと俺も頭が痛い。

一応どころか、戦艦で最前線のその向こうへ向かうのだしね。

言っちゃあなんだが、自殺行為であるのは確かな訳である。

 

お花畑ではないとして、では一体何の可能性だろうか。

チラリと見たミナトさんの顔は、微かに疲れたような表情で。

俺の視線に伺うような感じで、目を向けてくる。

 

「――トオル君に聞くけどさ。

 何でヤマダ君って死んだの?」

「そりゃ……そりゃ。

 偶然起こった、不幸な事故ってやつかと」

 

俺の視点から見ると、それ以上の何ものでもない。

言葉を選んでも、色々配慮してみても、それが現実だと思う。

ただのタイミングの一致が起こした、やりきれない事故だ。

 

単純に、いてはいけないところに人がいた。

引き金を静止するだけの余裕が、誰にもなかった。

何が悪いって言ったら、状況が悪いという回答にしかならない。

 

「――ナデシコが接収されかけたとき。

 あの時にさ、私も銃口むけられてたのよねぇ」

「…………ミスマル提督の、ですか?

 でも、あれは」

 

ミナトさんが言っているのは、地球を出る少し前のアレだ。

ムネタケ提督が起こした反乱で、艦長がキーを抜いた時の話。

あの時に、一応確かに俺たちブリッジは占拠されている。

 

でも。だが、しかし。

あの時は、当然だけど脅し以外の何ものでもなかった。

接収しようとする艦のブリッジで、銃器を使うわけがない。

 

それは誰だって判っていることで、ミナトさんもそうだ。

反射的に言い返そうとする俺に、判ってると言わんばかりに頷く。

そうしてミナトさんは、食うように話を続けた。

 

「“あの時は射つ積もりはなかった”でしょ?

 射つつもりがなかったのは、今回だって同じじゃない」

「……まあ、そうですね」

「だとすれば、ああなっていたのは私なのかもね。

 私が死んでその結果、“不幸な事故”って言われるの」

 

――まあ、可能性があったというだけなら、それは確かに。

人間がやることなのだから、ミスがないことなんてない。

最悪の形で手が滑ったことなんて、きっと幾らでもあることだ。

 

納得だけなら、できない話ではない。

ただ、それ以前に今のミナトさんの喋り方というか。

妙に捻くれた感じの物言い方に、微妙にその、ね。

 

「死ぬかもしれないとは思ってたけど。

 でも、そんな死に方はお断りだわ」

「……」

「私は私の人生が、不幸な事故で流されるのは嫌。

 その他大勢の一人なんて、絶対嫌よ」

――――うわぁ、と思ってしまう俺を、俺は責めない。

寧ろ声に出して言わない分だけ、褒めてあげたいくらいだ。

なんというか、それ程に俺はかなりドン引きをしている。

 

この人、自意識がとってもとっても高くないだろうか。

見た目とか言動は、比較的常識人の類だと思っていたのだが。

案外、びっくりするほどにナデシコのクルーなのかもしれない。

 

能力は間違いなく一流の類で、それにこの見た目。

なるほど、確かにこれだけの自意識があってもおかしくはない。

寧ろ、とってもスイーツな感じで納得も出来る話である。

 

――要は、彼女の世界の主役は、彼女ってだけの話。

 

俺は、別にそれを直接否定するつもりはない。

ただこの想いを敢えてそのまま言葉にするならば、そう。

単純に、これ以上会話を続けるのが面倒臭いと素直に思った。

 

「――副長。テンカワさんとメグミさん。

 どっちか片方って言われたら、どっち優先?」

「……ええと。

 戦力的な意味で、テンカワかな」

 

おし、と俺は色んなものを飲み込んで立ち上がる。

世の中には言葉にしなくてもいいものって、案外多い。

それを確かに実感しながら、俺はやるべきことを口にする。

 

「しゃあないね。

 テンカワさんは、俺がなんとかしてくるよ」

「あら、じゃあついでにメグちゃんもよろしくねぇ」

「――――え?」

 

振り向いた先には、打って変わって明るい顔のミナトさん。

ほら、と見せてくるウィンドウには艦内の所在地地図。

テンカワさんとメグミさんの光点は一部屋に固まっていた。

 

――ヤマダジロウさんの部屋。

どうやら二人は、そこで傷を舐めあっているようだった。

その事実に小さく舌打ちした俺は、きっと悪くない。

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。