「――んで、俺に協力を求めに来たってか」
「いや、ウリバタケさんじゃなくてもいいんですけど」
そういうなよ、とウリバタケさんはスパナを片手に俺を見る。
正直、そんな大事でもないのに班長級に頼むのはちょっと。
今回はソフトとハードの適合を見られればいいだけなのである。
要求されるスキルを俺が持っていないからの依頼ではあるが。
推測するに、技術的に難しいことでは決してないわけで。
要は実機で動かした時にエラー吐かないか見てもらえば終わり。
そんなことの為に、わざわざウリバタケさんには、ねえ。
なので誰か手の空いてる人を借りようとお願いしたはずなのだが。
なんでかウリバタケさんは、そのまま俺を捕まえてしまった。
そしてカチャカチャと機材を弄ったり、設定を弄ったり。
俺の話を聞きながらでも、その動きに淀みは全く見受けられない。
まあ、やって貰えるなら誰でも構いはしないのだけどさ。
「――なんか、もう。
サボりたかっただけかと邪推したくなるんですが」
「いやいや。
流石にそれだけじゃねえ」
ウリバタケさんは、右手に持っているスパナで俺を指す。
そういう要素があるのは否定しないんだ、などと突っ込まないが。
微妙に熱の入った、興味深々っぽい視線に思わず後ずさる。
「……なんです?」
「聞いたぜ。
アンタ、中々無茶したそうだな?」
――はて。
何か聞きたいことがあるのかと、確認してみるのだけれど。
無茶と急に言われても、思い浮かぶものなんて全くない。
あるとしてもテンカワさんに無茶ぶりしたぐらいである。
“この食堂チャレンジメニューみたいなのないの?”みたいな。
面倒くせェみたいな目で見られたが、一つの収穫が得られた。
なんとありとあらゆるメニューにトオル盛が出来たのである。
量に目安はなく、盛る人が気分で盛る素敵な危険物。
試しにガールズに注文してみたらすっげえ量出てきて噴いた。
どうにかして他の人に頼ませて一笑い稼ぎたい所だが。
幾ら簡単とは言え艦長を連続でターゲットるのはよろしくない。
……しかし、流石にこんなことではないだろう。ないよね。
「心当たりないですけど……」
「サツキミドリだよ、サツキミドリ。
稼働中の戦闘プログラム制圧してたろ」
素直に聞いてみたら、つい数日前のことを話題に出された。
ああ、言われりゃそんなことをした記憶がなくもない。
言葉にされて耳で聞いてみると、流石の俺でも思い出せた。
確かにギリギリとかでなくブッチギリのアウトなロウ。
犯行がわかるほど雑な仕事はしてないが、まあ駄目だ。
……うん。改めて言われると無茶かもしれないな、と納得する。
「……緊急でしたし」
「緊急でやれるのがすげえよ……。
短時間過ぎてログ回収しきれなかったぜ」
だから、とウリバタケさんは悪い笑い方をして俺を見た。
俺に向けられた手のひらは天井を向き、わきわきと蠢く。
よこせ、と。何とも明確な意思表示に、若干ついて行けない。
「た、大したことしてないですよ。
防壁突破して、乗っ取っただけですもん」
「…………突破した?
忍び込んだ、じゃないのか?」
「忍び込めるわけないじゃないですか……。
そんな技術も時間もないですよ」
ウリバタケさんも無茶なことを言う。
幾らなんでも、下準備も無しに忍び込めるはずもない。
気付かれずにことをなす余裕がどこにあったと言うのだ。
あの時点から解析するような悠長なことは出来ないし。
そうなると、他に取ることが出来る手段なんて限られてしまう。
……限られるというか、既に一択しかなかったというべきか。
「忍び込む理由もなかったですしね。
気付かれた所で影響もなかったはずですから」
そもそも忍び込むというのは、気付かれたくないからで。
俺の場合は別に気付かれないようにする理由などなかった。
見つかったら困るのは誰が犯人かの痕跡だけである。
そんなのは、後からでも力尽くで消滅させられるし。
取り立ててあの時点で突破以外の手段を取る必然性はない。
――けれど、ウリバタケさんは顎に手を当て、眉間には皺。
「……なぁ、タキガワ。
突破なんて、出来るもんなのか?」
「……すいません。
ちょっと言ってる意味が良く判らないんですけど」
出来るか出来ないかで聞かれたら、出来るに決まってる。
ハードルは高いけど難易度的に高いことではない。
実際に、俺だってオモイカネ有りだけどやってのけている。
防壁に対して突破するのは、一番シンプルな攻略方法だ。
シンプルで誰でも思い浮かぶから、対応されてない訳もない。
……それでも“突破すること”だけなら、まだ簡単である。
それを“出来るもんなのか”というのは変な話だ。
ずぶの素人ならともかく、相手はウリバタケさんである。
専門自体は知らないけれど、相応以上の技術者さんで。
「――だから、防壁の突破なんて出来るのかって。
戦闘プログラムの防壁なんてガチガチだろ?」
「そりゃまあ。
でも、堅いは堅いですけど、堅いだけですよ?」
そんな人がするには、なんとも意味が判らない質問。
電子の世界で戦争したことがある人間の発言ではありえない。
だって、防壁なんて言っちゃなんだが“置物”じゃないか。
防壁は確かに堅かったが、アレはあくまでただの防壁だ。
壊すだけなら相応の手段を以てすれば、決して難しくはない。
本質はその先にあるし、守る為の時間稼ぎに過ぎない。
――まるで、戦争屋さんでないような、と思いかけて。
もしかしなくても戦争屋ではないのかもしれないと気付いた。
目の前にいる人は、どちらかと言わなくとも技術者である。
「――もしかして、ですけど。
ウリバタケさんは集団でのクラック経験って……?」
「ない、な。
基本的にソロでやってるが」
…………あああ、なるほど。
俺もソロオンリーだけど、話が噛み合うはずもない。
俺とウリバタケさんのクラックは、別の種類のものではないか。
そも。クラックするのには、主に2つの目的がある。
“気付かれずに情報を奪うこと”と“制御を奪うこと”の2つ。
クラックしても得られるのは、このどちらかだけである。
ウリバタケさんが言っているクラックは、この前者の方だ。
気付かれない為には、大きな戦力で仕掛けることは出来ない。
必然的に、組織でも個人でもほぼ単独で仕掛けることになる。
当然、戦力的にも目的の面でも、防壁突破は出来ない。
そうなれば、下準備をして忍び込まざるを得ず。
細く早く、言うなれば怪盗みたいな真似をしないといけない。
それに反して、俺が言っているのは後者のことである。
こちらは気付かれないことが目的に入れられることは少ない。
制御を奪った時点で気付かれないのは普通に無理だからだ。
行動を開始してから防壁をクリアし、制御を奪い維持する。
これに必要なのは技術よりも、機材と人数である。
人海戦術を以た大戦力でこそ、成し遂げられるものであるのだ。
この際、防壁なんてただの障害物にしかならない。
技術の発展に伴って、防御側より攻撃側の方が有利なのは必然。
時間を掛けられ、かつ防御力より火力の方が強化しやすい。
防壁をぶち抜いて、制御を奪ってからが本当の戦いだ。
データ上の補完システムや、物理的な回復行動を妨害しつつ。
その奪った制御を維持し続けなければならないのである。
この“維持”というのが、非常に厄介なのである。
集団クラック相手に、防壁が意味を無くして以来の話。
秒以下の速度で復旧し補完するのが、主流になっているのだ。
IFSオペレーターは、その維持というのには、弱い。
瞬間最高処理速度では単独で集団クラッカーを超えるけれど。
長時間に渡って安定して処理することはできないからだ。
これに関しては一度考えてみれば直ぐに判る。
電子上とは言え、体感時間が現実の1000倍以上になるのだ。
現実時間の10秒は、3時間以上電子の世界で戦ってきたのと同じ。
処理速度を上げれば上げるほど、時間を長くすればするほど。
当然ながらオペレーターの人格はあっという間に磨り減る。
……維持に関しては、優秀なAIに人類は絶対に勝てない。
もっとも、そんなレベルのAIも殆どありはしないしね。
オモイカネも汎用型の思考だし防衛は得意ではない。
まあそれはともかく、ウリバタケさんに説明しないと。
「……ええと、ウリバタケさん。
今回のクラックは、制御奪取が目的なんですよ」
「ああ、そりゃ知ってる」
「なので、俺には忍び込む理由がないんですよね。
クラッカーの区分的には、怪盗じゃなく政治犯なんです」
人数的に軍勢でもないし、勿論愉快犯でもない。
政治犯なので気付かれても問題はなく、後は火力の問題である。
瞬間火力なら、寧ろ俺の得意な戦場と言って差し支えない。
俺の攻撃力は、訓練済の100人単位の軍勢より上だ。
何せ意志疎通の必要もなく、判断速度も電子級。
俺自身は二流の指揮官でも、部下もなく時間の余裕もたっぷりだ。
この防衛能力を捨てて火力に振るのは俺だけのことではない。
いっそ、IFSオペレーターの種族的特徴とすら言っていいことだ。
だから、という俺に、ウリバタケさんはまだ疑問があるようで。
「……いや、判らんでもないが。
でも気付かれてたら復旧や妨害喰らうんじゃないか?」
「……今回に関しては、それは杞憂なんですよね。
相手には制御奪い返す選択肢、なかったですもん」
はぁ?と口に出す顔は、物凄く怪訝そうな表情である。
あの時に俺が落としたのは、メインの制御と補完のサブ2つ。
どちらも、物理的に復旧すればすぐ元通りの範囲である。
けれど、そうはならなかった。勿論それには事情がある。
奪い返すことが出来ない、ではなくその選択肢を選べない。
普通ならあり得ないけど、そもそも普通の時ではなかったのだ。
「あの時、敵の襲撃中だったじゃないですか。
そこに速攻のクラック、いわば火事場泥棒です」
「……で?」
「奪われたのは防衛兵器の制御、挙げ句に戦果を上げだす。
復旧や妨害かけたら、一時的とはいえ対空火砲なくなりますよ?」
俺が奪う時には、ラグが出来ないように配慮したけど。
復旧でも妨害でも、それをはね除けて制御する腕はない。
何せ俺はIFSオペレーター、維持は大の苦手である。
でも、されなかった。されないだろうことは判っていた。
幾ら怖くても、蜘蛛の糸を下から引っ張る馬鹿は多くない。
石橋ならともかく、多分ウエハース的な橋であるのだ。
そんなことをしたら、一体どうなるというのか。
それは俺よりも軍や防衛隊の人の方が余程詳しいだろう。
……詳しくなくても簡単だ。季節外れの花火大会開催である。
「――なので、問題ありませんでした。
邪魔がなければ、難しいクラックじゃないです」
「……納得はできるが、なんだ、その。
聞く限り結構、いいのかそれって感じなんだが」
恐らくは、人道的に、或いはそれ以外かも知れないが。
いいのかと聞かれてしまえば、よくないという回答しかない。
出来るからやり、相応の結果にもした積もりではあるが。
やってること自体は下種というか、割と最悪クラスだし。
倫理には反してると思いつつも、結局やったのは俺である。
悪人の自覚はないが、ブレーキがない人間の自覚はある。
ただ、素直に自分を下種と認めるのもあれであり。
かと言ってフォローできるほどの材料などそれこそなく。
だから結果として、俺は目をそらして小さく「さぁ」といった。
思っていた以上に薄っぺらい声は、明らかに惚けただけで。
そうか、と話を変えようとするウリバタケさんの視線も、そう。
一瞬だけ、嫌悪感を含んだちょっと嫌な目つきになっていた。