「――それにしてもいい出来だなぁ。
相手選べば売れなくもないんじゃないか?」
「売り物にする為じゃないですし、何よりも」
「何よりも?」
「面倒くさそうで……」
無事に動いたパッチを見て、ウリバタケさんの褒め言葉。
先程までの微妙な嫌悪感は既に何処かに消えていた。
ウリバタケさんも、俺を説教したいほどでもないのだろう。
だがしかし、なんというか。
急造で、作ったのは大体ガワだけとは言え悪くない。
元がアニメアニメしていた分、3Dとしては嘘が多いが。
基本モーションはほぼ嘘がないけれど。
必殺技的な動きの時は、一部描画枚数抜いて誤魔化したり。
別作りの動きをオーバーライトしていたりする。
「まあ、プレイアブルじゃないですからね。
見た目だけにしか拘ってないですし」
「……いい出来なのになぁ」
いい出来でも、結局版権とかの問題もあるだろうしね。
態々小金を稼ぐために努力するほど、お金には困ってない。
……というか、今はまだ宇宙だから交渉も出来ない。
もし、交渉するとしたら一体どこになるのだろうか。
一応エステバリス用シミュレータの3Dモデルなんだけど。
流用するとなるとゲームだろうし、そういう企業なのかな。
或いは著作権持ってる所とか?よく判らないけど。
そもそもが古いアニメで、需要があるのかも知らない。
さてはて。考えるだけ無駄な気がしてきた俺である。
――――なんて。
ウリバタケさんに出来そのものは褒めてもらったけれど。
“これ”はあくまで副産物というか、道具に過ぎない。
これは“誰か”の夢の残骸で、俺の委ねた希望の寄せ集め。
誰にももう汚す余地のない、きらきら綺麗な理想の塊。
あなたが正義のヒーローならば。俺に少しだけ勇気をください。
そう願って、小さく目を閉じて祈った俺は目を開いた。
前には数時間前にウリバタケさんが調整したシミュレータ。
そしてそのウィンドウを呆然と見つめる、テンカワさん。
先程までは、何を言われるのかと若干不機嫌そうだった。
やはり、他の人にも小言なりを言われてきていたのだろう。
素直についてきたのは、少しは信頼を得てるからだろうか。
「――タキガワさん。
その、これって」
「見ての通り、ゲキガンガー。
……を元にしたパッチファイルだよ」
オートモードのシミュレータは友軍機を映し続ける。
そこにはエステバリスより大きな、派手な着色の機体が一機。
木星トカゲの機動兵器を倒し続ける、ゲキガンガーを映す。
そのモーションは、ヤマダさんのものを参考にしている。
彼の実力を以て再現された、ゲキガンガーの全てのモーション。
完成度とかそういうレベルではなく、これしかない最適解。
俺にとってはこれは紛れもなくホンモノのゲキガンガーだ。
出来ればテンカワさんにもそう見えてればいいなと思う。
漸く理解したのか、目を輝かし始めるテンカワさんに俺は言う。
「俺は、別に説教とかしないよ。
そんな立場でもそんな人間でもないからね」
「アンタも、俺に乗れっていうんすか」
「……どうだろう、判らない。
でも、俺は君に死んで欲しくないなと思った」
理屈とか、感情とか、色んな考えてることはあるけれど。
それを一々説明するのは余り好きじゃないし、違うと感じた。
俺の言葉を待っているテンカワさんに俺は普通に笑いかける。
「まあ、細かいこといいんだよ。
折角作ったんだから、遊び感覚でいいんだ」
そう言って、俺はテンカワさんをシートに押し込む。
テンカワさんは、抵抗することなくシミュレータに向かった。
少しの躊躇いの後、コンソールに手をやる彼に俺は告げる。
「――ま、あれは操縦できないんだけどね」
「ってここまで来てそれかよ?!」
振り向いてまで大声で突っ込んでくるテンカワさん。
ガーン、と出鼻をくじかれたような感じで、残念そうである。
そりゃそんな反応だろうなと、予想していたので頷く。
そもそも、出来ているのはガワだけで操作は出来ないこと。
演出重視で人間が乗れるような設定に出来ていないこと。
そして何よりも大切なのは、あの機体に込められた願いだ。
「あれはヤマダさん専用機だから」
「……そっか、ガイのか」
友軍機か、或いは敵としてしか戦えない正義のヒーロー。
それに乗っているのはヤマダさんの操縦データである。
だから、俺は操縦用のインターフェースを作るつもりはない。
起動したシミュレータ。動き始めるゲキガンガー。
敵機動兵器に向かって真っ直ぐ前進し、そして戦い始める。
その凛々しい姿は、紛れもなく主人公機として作られたもの。
大物喰いに向いているゲキガンガーはバッタ相手は厳しい。
テンカワさんも、少し見ている間に気がついたらしく。
巻き込まれないように、離れて雑魚を散らすように動き始めた。
それは得てしてナデシコとエステバリスの関係に近しい。
テンカワさんに求められているのはあくまで手数。
ジャイアントキリングなんて、エステバリスの仕事じゃない。
周りの雑魚をテンカワさんが片付け、障害物がなくなると。
ゲキガンガーは敵主力に向かい、あっという間に倒した。
シミュレータが終わるとテンカワさんはシートから出てきた。
「――これでいいのか?」
「いいよ。
それなりに、楽しかったでしょ?」
自慢じゃないけれど、俺は上手く作った自信がある。
ゲキガンガーそのもの、というよりはステージ設定を、だが。
色んなステージを、ゲキガンガーと一緒にクリアしていく。
所謂、ストーリーモード、とでもいうべきものだろう。
十分にやって楽しいと思えるものには作ったつもりである。
テンカワさんが望んでいたものでないかも知れないが。
ステージ設定なんて、元のデータを弄るだけで出来る。
それこそ幾らでもパターンなんて生み出せる。
原作展開もオリジナル展開も、時間をかけずに直ぐにできる。
小さく頷いて、楽しかったと呟いたテンカワさん。
どんな感情が渦巻いているのか、俺には判らないけれど。
多分、これからはやるだろうと思うほどには本心だろう。
何か言いたそうで、でもうまく言葉にならない。
そんな感じで視線を彷徨わせるのを見て、何処か安心する。
別に無理に言葉にする必要はない。俺も、テンカワさんも。
雰囲気を変える為に、俺はとっておきを出すことにした。
ステージデータ作成中に撮ったスクリーンショット。
それを見せながら、俺はテンカワさんの肩を軽く叩く。
「そんなことより見てくれよ。
このゲキガンガーのベストショット!」
「どんだけ楽しんでんだよアンタ!」
なに、俺はいつだって遊ぶときは本気である。
ナデシコとエステバリス、そして地球を背景にゲキガンガー。
まるで劇場版かなんかのポスターの様で、妙に出来がいい。
現実も、こんなに明るく爽やかであればいいのに、なんて。
思ったり思わなかったり、微妙に複雑な17歳の今日この頃。
握った拳に、どんな感情を込めたのか自分でも判らなかった。
色々あったが、なんだかんだで時間は過ぎる。
時間が過ぎれば、その分火星まで航路も順々に消化していく。
緊張感がないなりに、やっぱり火星に思うところもあり。
シミュレータをするようになったテンカワさんも。
一体どう感じてるのかな、と多少心配したりもしつつ。
特に何かの変調もなさそうなので、取り敢えず安心しつつ。
顔見知りの整備班の人から契約内容について質問されたり。
男女交際の欄が云々とか言ってたけど面倒くさくなって。
相手がいない人は関係ないですよって言ったら泣かれたりした。
まあ俺も、当分関係なさそうではあるんだけどねぇ。
それに関してプチ騒動もあったらしいけど、有耶無耶らしい。
らしいが続くのは、丁度俺が非番の時間帯だったからである。
俺が非番のときに火星宙域にたどり着き。
俺が非番のときに火星に降下してしまったり。
自動重力制御でエラーが出て寝ぼけた俺が即興で直したりした。
ヒナギクでネルガルのオリンポス研究所の調査とか。
テンカワさんがユートピアコロニーを見に行ってたりとかね。
俺が寝て起きてブリッジに着いた時にはそんな感じだった。
……コロニー行きの許可出したのって、提督らしいねぇ。
その時の心情なんて俺には想像も出来ないけど、如何かしらん。
誰も自棄になってたりしなければいいなと思うけど。
なんか、色々と蚊帳の外っぽいのが微妙に気に食わないが。
それは俺が夜勤用に寝だめしてたのが原因なので何も言えない。
ブリッジから見る火星の大地は、赤々と荒れていた。
――さて。オリンポスの研究所はどんな様子なのかなぁ。
一応ネルガルの目的は、あそこのデータと研究者の回収だ。
ああ、勿論他に助けられる人がいたら助けるだろうけれども。
なんだっけ、特にナデシコに大きく関わってる人がいた。
その人の、最悪でも生死を確認したいとかプロスさんが言ってた。
名前は、そう、イネス・フレサンジュというまだ若い女性。
当初の予定だと、その人が回収できたらラッキーってことで。
ナデシコはそれで火星から離れる、結構目標は低い感じである。
電撃作戦とは言わないまでもそれなりに短期間で終わる予定。
その予定的に、ちょっと心配なのはテンカワさんである。
割と感情的に行動するというか、全体的に考え不足というか。
一応、万全の態勢で見に行ってるようなので、杞憂だといいが。
コミュニケからエステバリス経由でフルモニタリング。
モニタリングの担当はメグミさん、情報の見落としはないだろう。
位置情報から声音、簡易的ではあるがバイタルデータも管理中。
そこまでの態勢だからか、直ぐに異変にも気がつけた。
どうやらコロニーの地下に人がいて、接触が出来たとのこと。
人数的にも、決して少ない人数ではない。色々奇跡である。
……奇跡的な半面、また色々と厄介でもあるんだけれども。
要は、コロニーの彼らは確定で要救助者なわけである。
それも、この敵地の中で見つかってないことで生存している。
問題点は、何よりもここが敵地という一点にある。
何もしなくても、敵戦力が整えばナデシコは襲撃されるだろう。
出来る限り火星の滞在時間を減らすのは、当然の前提だ。
要救助者側が、戦闘能力がないというのもまた厄介である。
敵機動兵器に感知され、襲撃を受けるまではそれほど長くない。
迅速に救助するか、感知されないようにするかのどちらかだ。
救助に使える手段はエステバリス、ヒナギク、ナデシコの3つ。
気付かれにくいのはこの順で、最大搭乗人数はこの真逆。
ナデシコなら一発解決、ヒナギクなら推測で6往復ぐらい。
当然、時間が経てば経つほどに発見のリスクは高まる。
そうでなくても襲撃のリスクもあるし、時間が一番の敵だ。
どれだけ撹乱しても限度も限界もある。何せ命中率半分。
かといってナデシコの一発ツモも、これまたリスクが高い。
何せ目立つ。ナデシコが救助に向かえば一発発見される。
失敗すれば次はなく、成功の目はかなり不確かと言っていい。
救助中、搭乗中に襲われたらそれでナデシコも詰である。
搭乗口を開けている状態では、当然フィールドは張れない。
……万全な解決策なんて、何処にもないのは明白だった。
そんな中、ヒナギクからの帰還連絡が届いてしまった。
時間が経つほどに状況は悪くなる。必然的に選択が迫られる。
最善手がないこの状況の中で、艦長は一つの決断を下した。
「――ナデシコで直接救助に向かいます。
ヒナギク回収後、ユートピアコロニーへ」
「いいのかいユリカ?
木星トカゲの襲撃が予測されるけど」
「今なら、まだ第1陣まで時間があるの。
襲撃前の救助完了も難しくはないよ」
艦長の選択は“最速”。それもこれ以上ないほどの。
ナデシコで直接向かい、直接着陸して全員の救助をする。
滞在時間も少なく上手くいけば全取りが出来る選択肢。
「着陸も出来てエンジンも休止出来る。
短時間でも整備できるのは見逃せない」
「……情報が足りないし、リスクは高そうだけど。
安全策を取る積もりはないのかい?」
「戦闘回数は出来る限り少なくしたい。
みんなの疲労もあるし、ね」
情報は足りていない。避難民の情報が殆ど手に入ってない。
人数も確定していないし避難の準備も全く進んでいない。
受け入れ側も避難側も、どちらにも時間の余裕のない決断である。
ヒナギクでの救助なら情報は手に入り、時間にも余裕が出る。
しかし襲撃前の一発ツモを目指す限りはその選択肢は取りえない。
それでもそのルートを選ぶのは、欲に目が眩んだ訳ではない。
ナデシコは少数先鋭だ。一艦という意味でも乗船員の少なさでも。
存在のあり方として継戦能力には殆ど力が向けられていない。
ブリッジクルーもパイロットも超一流だが予備はいないのだ。
俺とホシノさんが落ちたら、ナデシコの戦闘力は極端に下がる。
戦えはするだろうけれど、火星の脱出は限りなく難しくなる。
だから、必然的に。艦長はそれが取りうる最適だと考えたのだ。
事実、その決断をするまでの速さは十二分に即断と言える。
その選択を成功させるため、動き出しも進行も問題はなかった。
着実に成功要素を重ねていって、上手くいくと誰もが思った。
その上で最後の最後で簡単につまづいてしまっただけである。
――ああ、うん。誰も要救助者が一番の障害とは思わなかった。
ただそれだけの単純な理由である。何とも虚しい話に終わった。