日陰者たちの戦い   作:re=tdwa

23 / 43
23

 

 

 

コミュニケでポンポンとロックを掛けた俺は立ち上がり。

不貞腐れたように胡座をかくテンカワさんをおいて奥へ行く。

備え付けのプチキッチンからコップ2つと麦茶ボトルを出す。

 

さらに奥に進んで、適当に置いてあるちゃぶ台に。

コップを置いて、その片方に冷えた麦茶をこぽこぽと注ぐ。

水出しの麦茶を一口含んで、そのまま半分位を更に飲む。

 

もう一回、飲んだコップに8割ぐらいまで注いでから。

あと片方のコップにも注いで、俺の対面に置く。

その間、テンカワさんは憮然とこちらを見たままだった。

 

「テンカワさん、こっちおいで」

「……」

「そこ、空調効かなくて冷えるから。

 風邪ひく前にこっちに移動してね」

 

宇宙戦艦なので、空調はフルコントロールなんだけどね。

通路とかは循環の為に基本温度は低めだったりするので。

部屋の入口とかは割と冷える現実があったりなかったりする。

 

ジャージ……運動着?姿のテンカワさんだと肌寒いだろう。

俺は制服のジャケットを羽織ってるのでそれほどでもないが。

まあ、風邪をひかないことに越したことはない。

 

その言葉に従うか、どうかを考えている素振りの彼は。

少し躊躇った後に、ゆっくりと立ち上がりこちらに寄ってきた。

座ってから俺を見る目は、なんというか不服そうである。

 

あー、ちょっと軽率過ぎたかもしれないなぁ、止めたのは。

いやしかし、あのまま暴れさせる訳にいかないし、なんとも。

殴っても誰も得しないのは明白だし、単純に駄目だし。

 

考えがあって止めたわけでもないので、ちょっと罪悪感。

何か言ってあげたほうがいいかなと思いつつ、考えつかない。

……いいや。テンカワさんが落ち着くまで黙っていよう。

 

「――なんで。

 なんで、邪魔したんすか」

「なんでって。

 ……年配の方を殴ろうとしちゃ駄目です」

 

そう思っていたのに、思ってたより早く話しかけてきた。

なんで、と聞かれても、特に理由などないから答えられない。

適当に考えた真っ当そうな言い訳を、取り敢えず口走る。

 

自棄になった行動は駄目とか、勢いでの乱暴は駄目とか。

なんだろうか。本当に理由があるわけじゃないので、困る。

まさかなんとなく、なんて目の前の彼に言えるわけもない。

 

テンカワさんは、ユートピアコロニーの敵の積りだろうし。

客観的に考えれば提督が敵じゃないのは判るだろうけれど。

それを今の彼に理解させるのは、無理じゃないかなって思う。

 

俺は他人事だから、幾らでも客観的になれはするけど。

どう足掻いてもテンカワさんは、そういうわけにはいかない。

感情的な話を、理屈で説得出来る程の技術は俺にない。

 

「……それだけかよ」

「うん、それだけ」

「あいつは。

 あいつがユートピアコロニーを壊したんだぞ」

「其処らへんの是非は知りません。

 でも、年配の方を殴ろうとしちゃ駄目です」

 

なので、あえて言うなら相手の土俵に乗らないだけである。

これでテンカワさんが怒るならそれでもいいだろう。

俺に当たって気が済むのなら、提督に当たるよりはマシである。

 

……だって、提督がかわいそうではないか。

あの時火星会戦で死んだ軍人さんの数も相当だと聞いている。

フクベ提督だって、その中での生き残りに過ぎないのである。

 

命を掛けて守って、そして実際に命を喪った人達がいて。

偶然その中で生き延びてしまって、それで敵だと詰られるなんて。

そんなの、俺はとてもじゃないけれど可哀想だとしか思えない。

 

「――何人、死んだと思ってんだ。

 なんで、あいつがおめおめと生き延びてるんだよ」

「死ぬべきだとでも言いたいんですか?」

「そんなこと言ってねぇ!」

「君が言ってるのはそういうことだと思いますよ」

 

いや、まあそうとも限らないかなぁとも思いつつだが。

多分重要なのは、おめおめとって所じゃないかなとも思うし。

死んでほしいと思ってる訳では、多分ないと確信も出来る。

 

要は、テンカワさんは提督に償って欲しいんだと思う。

……でも、そんなのって一体何をすれば償ったことになる?

何をしてもパフォーマンスだって逆に批判するだけだろ?

 

ああ、若しかしたら英雄扱いされてるのが気に食わないのかな。

英雄扱いじゃなくて戦犯扱いしろと言いたいのかもしれない。

英雄か戦犯か、どちらかにしか扱えない結果ではあるけれど。

 

……うん。誰にとっても戦犯扱いは都合が悪すぎる。

戦犯扱いにして、全ての責任を取らせるわけにも行かないし。

必然的に英雄になってもらうしかなかったんだろうなと思える。

 

自分の命令で多くの部下が死んでるのを目にして。

自分の命令の結果、守るべき人を守れなかったというのに。

――それでも英雄扱いか。これほど哀れなこともないだろう。

 

「……死んでないだけです。

 命を掛けて、みんなを守ろうとしてたんです」

「みんな死んだよ」

「軍人さんも、ね。

 提督も命賭けてたんですよ?」

 

火星の人が、軍人さんが死んだのは提督のせいではない。

木星トカゲが火星を攻めてきたからであり、戦ったからだ。

それを提督だけの責任にするのは、あまりに酷だと俺は思う。

 

――そう。命を賭けていたのだ。

見知らぬ誰かの為に、職業とは言え命を賭けていたのだ。

それを、その行為を否定されるのは、切ない。

 

せめてその命が、意味のあるものであったと。

塵のように消えていった灯火に、意味があると思いたい。

これは俺のただの自己満足に過ぎないかもしれないけれど。

 

……俺の様子が微妙におかしいことに気がついたのか。

テンカワさんは何処か困惑した様子で、俺を見ていた。

一瞬手を浮かせかけ、そして戻してから、小さな声を出した。

 

「誰か、知り合いがいたのか?」

「…………まあ。

 友達が軍人さんやってたもんで」

「……どんな人だったんだ?」

 

聞かれたから、答えたけれど。あまり言いたくはなかった。

したい話では全くない。誰かに聞かせたい話でもない。

ましてや、こんな状況でテンカワさんにしたくはなかった。

 

だって、テンカワさんが喪ったのは故郷と知合い全てで。

俺は親友とは言え、ただの友達をなくしただけなので。

不幸比べをしたくもないけれど、訳知り顔なんてしたくない。

 

――でも、いいや。もう少しで俺も死ぬのかもしれないし。

溜め込んでいたけれど、一度くらいは吐き出してもいいのかも。

少し投げやりな気分で、俺は目を閉じて彼のことを思った。

 

 

 

 

 

「――――馬鹿な人だった。

 要領が悪くて、不器用で、どうしようもない人」

 

一言で言えば、どんくさい。

間抜けとか、三枚目だとか、そういう言葉が思い浮かぶ。

逆に、完璧超人なんて言葉とは、もの凄く縁が遠かった。

「高校の友達だったんだけど。

 一応名門なのに高卒で軍人なんかになってさ」

 

偏差値だけで言うのなら、上なんて後は5・6校しかない。

当然、進学する人が殆どで就職なんて年に一人いないぐらい。

確かその年も、あの馬鹿一人だけだったと記憶している。

 

ああ、うちの学校じゃなければもっとマシだったのかもね。

一般的にはアイツだって、それなり以上の秀才だったわけで。

中堅ぐらいまでなら、余裕でトップ走れる程度ではあった。

 

それなのにあの学校を選んだのも、要領が悪いうちだろう。

ギフテッドとして飛べない最上位か、飛ぶ気がないギフテッドか。

あのレベルまでくると、そのどちらかしかいないんだから。

「勉強は俺より出来なかったし、運動も俺の方がマシ。

 見た目も野暮ったくて、色恋には縁が遠かった」

その中で、俺は飛ぶ気のないギフテッドだったわけで。

モラトリアム気取って、必要もないのに全単位とってたりさぁ。

行こうと思えば、高校なんて飛ばして行けたってのにね。

 

アイツが得意な教科より、俺が苦手な教科の方が点は上。

体動かすのは苦手だし、体格に劣る俺の方がまだマシなレベル。

休日に会っても、ほぼ黒一色。どこのラノベ主人公かっての。

 

当然ラノベ主人公ほどモテるわけでもなく、ただの地味な奴。

キモイまでは言われてなかったけど、まあ普通ぐらいだろうか。

特筆すべきことなんてその能力の中にはなかった。だけど。

 

「――でも、優しかった。

 真面目で、直向きで、人を見下したりしなかった」

人当たりのよさというのだろうか。

相手のことを真面目に考えて、親身な行動が取れる人だった。

俺みたいに、相手を予測して都合よく振舞うなんてしない。

 

賢しげな態度なんて取らないし、自分をひけらかさない。

どれだけ馬鹿にされても、悔しい思いをしても。

その気持ちを動力源に、見返してやろうと頑張っていた。

 

「どんなことに対しても真剣で。

 努力家で、いつ見ても必死に頑張ってた」

 

なんとなく、感覚的なもので摺り抜けてくるのではなく。

一生懸命だった。一生懸命、真っ直ぐ前を見て努力していた。

自分の人生に向き合って、就職と決めたのも早かった。

 

――それなのに、死んだ。

俺よりも真面目に人生に向き合っていたのに、呆気なく死んだ。

その場のノリで全てを乗り越えられる俺でなく、彼が死んだ。

 

一生懸命な努力も何もかも報われずに、ただ死んだ。

俺の知る限り、誰よりも真面目で優しかった人だったのに。

その命はまるで塵芥にように、火星に散蒔かれてしまった。

 

「そういう、人だったよ」

「……タキガワさんが火星に来たのは。

 その人のため、なんだよな」

 

そうかもしれない。そうでないかもしれない。

すぐさま回答することが出来ずに、俺は笑って誤魔化した。

テンカワさんも、いつの間にか落ち着いたようだった。

 

――――確かに。

あの人が死んだ場所を一目見ておきたいというのはあった。

だけど、それだけではないかもしれない。

 

あの時、火星会戦の合同葬で俺は凄く虚しくなった。

親友だったはずの人が、その体も何も残っていないなんて。

あんな人であっても、その命に報われるものがないなんて。

 

俺はこの世界が平等で公平なものであるなんて思ってない。

努力が報われるとは限らないし、初期条件だってみんな違う。

だけど、俺は嫌になった。この世界で頑張るのが嫌になった。

 

別にこの世界から離れたい……死にたい訳ではない。

俺はただ、真面目で優しい人が報われないこの世界の中で。

真っ当に生きていくのが嫌になっただけなのだ。

 

オペレーターIFSつけて真っ当な職には付けなくなって。

投げ出したはずなのに、ネルガルからスカウトが来て。

勢いだけで戦艦に乗ってそのまま火星まで来てしまった。

 

真っ当じゃなくなったはずなのに、なんとかなっている。

こんな時にまで、また世界は不平等なんだろうか。

死ぐらいは、平等で公平なものではなかったのだろうか。

 

死にたいわけではない。ただ拗ねているだけだ。

死が怖くないわけではない。ただ現実感がないだけだ。

――俺は、自分の人生に向き合ったことなんて、ないから。

 

まるで他人事だから、俺は怖くなんかなかった。

極冠研究所に入るための、5機のチューリップとの戦闘も。

その為に動かしたクロッカスがこちらに砲口を向けても。

 

フクベ提督に脅されて、チューリップの中に入っても。

このままクロッカスの乗船員みたいに死ぬかもしれなくても。

それでも俺は怖くなかった。なんの実感もなかったから。

 

テンカワさんやプロスさん、艦長の声が響くブリッジ。

不安そうな声が幾つも周りを取り巻いても、俺は。

これからどうなるんだろうな、と他人事のように考えてた。

 

もしこれで死んだら、俺もみんなの所に行けるかな。

ヤマダさんやアイツにまた会えるかな、なんて。

馬鹿馬鹿しいほどに意味がない、優しい想像をしていた。

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。