日陰者たちの戦い   作:re=tdwa

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少し躊躇してから、コンコンとドアを叩く。

個人認証機も当然設置されているが、今回は使わない。

この部屋に俺の登録はないし、クラックもしない。

 

二三秒の間の後に「どうぞ」と小さく声が聞こえる。

ドア越しの声でなく、返答用のウィンドウ。

ロックが外れスライドするドアの中に、俺は入った。

 

「失礼します」

「……セカンドオペレータ?

 艦長と副長ならいないわよ」

 

向けられる無感情な視線は部屋の中から。

幾つかの机が置かれた士官執務室には、今日は一人だけ。

ムネタケ提督――ヤマダさんを殺した人である。

 

元はフクベ提督が座っていた場所に、今は彼がいる。

データではなく並べられた紙の書類は軍のものだろう。

あまり見るものでもないなと思って、視線をずらす。

 

提督は唐突な訪問にも嫌そうな素振りは見せていない。

俺が副長と仲良くしているのを知っているのだろう。

ただ、ここにはアオイ副長がいないことをサラリと告げた。

 

「……いえ。

 提督にお話があって参りましたから」

「……アタシに?なにかしら」

 

副長は先程まで一緒にいたし、今回は提督に用事である。

けれど、俺個人にも業務的にも俺と提督の関係は薄い。

だからか、提督の返事は少し声のトーンが低いものだった。

 

これが或いは、俺の感情的なものを察したというのなら。

それは俺にとっての不手際というやつである。

俺は別に、提督に喧嘩を売りに来たわけじゃないのだ。

 

どうしたものかと一瞬途方に暮れかけて、目を閉じて。

胸元にあるお守りに手を伸ばしかけて、やっぱり止めて。

何処か願うような気持ちで、目の前の人を見た。

 

「軍事法廷……拝見しました。

 ヤマダさんには気の毒な事故でしたね」

「ええ、そうね。

 ……彼には申し訳ないことをしたわね」

 

そう言った提督は、どこか悲しそうな素振りを見せる。

それが本心から来るものかどうかは、俺には判別できない。

俺だって人のことを言えるほど、対人経験がある訳じゃない。

 

ヤマダさんを殺した犯人は、提督の部下の一人に“決まった”。

事実などは意味はなく、そうあるべき真実が優先される。

話は俺に関係の無いところで終わり、俺は関係ないままだ。

 

まあ世の中、というか、大人の都合ってそんなものである。

俺はやっぱり子供でよく判らないし、判りたいとは思えない。

多分、その部下の人にも見返りはあったんだろうね、ぐらい。

 

そのご都合を台無しにする以外、何の意味もない事実。

俺が知っていることを、提督が知っているかは知らないが。

そんなのは、この際俺にとっては割とどうでもいいことだ。

 

気の毒な事故と口に出ながら、胸元のお守りを取り出し。

小さなストレージ。小さなデータチップを提督の机に置いた。

俺を見る提督に視線に耐え切れず、俺は俯いた。

 

「――俺の持ってる分です。

 手持ちにはもうデータはありません」

「……そう」

「後は、プロスさんと副長に一つずつ。

 その行き先が何処かは二人にご確認を」

 

それが何のデータであるか、聞き返されることはなかった。

俯いたままの俺には、提督の顔を見ることが出来ない。

だからその声が、その応答が、一体どんな意味のものかも。

 

凄く静かで、言葉を選んでいるような響きはあっても。

実際に言葉にされることはなく、だから俺には伝わらない。

例え提督が後悔してても、言葉にしない限りは。

 

仮に。仮に後悔していたとして、それがなんなのだ。

そんなのは俺に関係ないし、伝えられても、正直困る。

俺にとってヤマダさんなんて、赤の他人に過ぎないのだ。

 

――そう。たかが、夢を少しだけ理解しちゃっただけ。

それだけの為に、色々なものを狂わせる事なんて選べない。

いつの間にか握っていた拳を緩めながら、俺は声を絞る。

 

「――復讐なんて無意味ですよね。

 それも、出会ってまだ数日だった人のなんて」

「……」

「仲良くしていけますよね。

 誰にも恨み合う理由なんてないですもん」

 

誰一人として、利益を奪い合う関係ではないはずだ。

例え被る範囲があったとしても、交渉の余地はあるだろう。

ならば共存できるはず。ならば協力できるはず。

 

無知な子供でも、無関心な大人でもなく。

無鉄砲な子供でも、復讐しかなくなった大人でもなく。

選択肢がある中でこれが正解であると俺は信じたい。

 

……復讐を。本当にしたいというのなら、きっと簡単だ。

後先を考えなければ、驚く程にすぐに完結するだろう。

ここは戦艦の中。機械のトラブルはいつでも起こりうる。

 

「次はないです」と。

自分でも口に出したか、思っただけなのかが判らない。

それほどに、俺は今自分の制御が出来ていなかった。

 

聞こえたかどうか、俺は視線を上げて提督を見る。

光の薄い鈍い瞳が俺を見ていて、結局、俺には判らない。

提督は複雑な感情を顔に浮かべてから、小さく哂った。

 

「お生憎様ね、ガキ。

 必要もないのに汚れ仕事はしないわよ」

「……それは」

「用が終わったなら出て行きなさい。

 言われなくても、精々利用させてもらうわ」

 

そうして、提督は俺から一切の興味を失ったかのように。

手元にある書類へと、その熱のない視線を戻した。

まるで俺なんていないみたいに、あっという間に切り替わる。

 

言われたことは、きっと俺の望んでいた通りの内容で。

ガキ、と言われたことに反発を覚えるよりも。

……寧ろ何処か、お前は関わるなと言われたような気がして。

 

あなたも、正義の味方に憧れた口ですか、とか。

必要悪であるとご自身をお考えですか、とか。

……やっぱり、する必要がなければしなかったんだ、とか。

 

色々なことが頭の中を渦巻き、感情にも言葉にもならず。

ただモヤモヤとした気持ちを胸に抱えたまま。

提督が俺を見なくなったことを幸いに、俺は退室した。

 

 

 

 

 

機動戦艦ナデシコは乗艦員ごと連合軍の所属になった。

俺の身分証にも新しく、連合宇宙軍の文字がちょろりと入る。

……なんとなくだが、少しだけ背筋が伸びる感じがする。

 

手は震えずとも、心が震えている気がする。

勿論感動とかではなくて、もっとネガティブな何か。

揺れる心と揺れる決意、振り子の方が法則性がある分マシだ。

 

とにかく、ナデシコも俺も軍属になったわけだが。

それはそのまま何処かの軍に配属されるってことではない。

況してや、どこぞの基地とかどこぞの艦隊には入らない。

 

ナデシコは、ムネタケ提督に降りてきた命令に応えて。

独立した形で行動し、作戦行動を行うって方針のようである。

実際にどんな命令系統になってるのかはちょっと謎だけど。

 

その作戦行動っては、地球上にゴロゴロしてるチューリップ。

活動中も不活動中も含めて計2637個もあるんですけど。

そいつらのお片づけをするのが主だったお仕事……らしい。

 

主要な土地にあるものでなく、僻地とか不活動中とか。

そういったモノについては、中々処理が回らないとのことで。

まあ体良く回ってきた気がしなくもないんだけども。

 

ナデシコのクルーに真面目に軍人が出来る気もしないし。

機体特徴的に考えても、単独行動が向いてる戦艦でもあるし。

特に表立って文句を言う理由とかもないので問題もない。

 

提督が言う通り、「尊い命を守る」ってのは、別にねえ。

それこそお題目としては文句をつけるような余地もないしね。

なんというか、なんとも言えない感じにはなんともなく。

 

そんなこんなで、北極海域のウチャツラワトツスク島で。

すっげえ僻地に取り残された某国親善大使の白熊の救出とかね。

地球上だから敵戦力データも相応に揃えられるわけであり。

 

機動力とか諸々を考えたら、余程のエラーがなければ余裕。

そして余程のエラーなんてものは中々起こりもしない。

流石に何時もよりブリッジは緊張してたけど、その程度で終了。

 

大した戦闘もなく、無事白熊さんは救出することは出来て。

提督は満足、乗艦員も多少の疲労とそれなりの達成感。

俺的には白熊さんが予想ほど可愛くなかったのが減点だった。

 

んで、今日は赤道直下にあるテニシアン島。

新型と思わしきチューリップが落ちたってことでその調査。

一応不活動中ってことなんだけど、どうなんだろうね。

 

場所的には、とあるお金持ちの所有している島らしく。

所有者さんが依頼したのかなんなのかは俺は知らないけれど。

浜辺は休暇用に貸してくれると話がついているらしい。

 

ネルガル的にも休暇扱いってことで、エリナさんもノリノリ。

そうなると基本テンション高めのクルーもノリノリ。

皆さんの居場所とバイタルチェック担当の俺はいつも通り。

 

いや、コミュニケ経由でデータ収集するだけなんで。

別に全然大した仕事でもないし、片手間にでもやれるけど。

こう……キャッピキャッピしてるのはちょっと苦手で。

 

別にビーチバリボー大会に参加とかも出来るけどねぇ。

運動が得意なわけでも、騒ぎたいテンションでもあまりない。

……別に女の子たちと遊びたい!みたいなのも、薄い。

 

なので、大きめのパラソルを幾つかと、テーブルとイス。

クーラーボックスには色んな飲み物と冷やしたお絞り。

医薬品を備えた簡易救護室の開設を取り敢えず担当してみた。

 

取り敢えず必要物資を運んでたら、アオイ副長も手伝って。

広げたパラソルの下にはいつの間にかホシノさんも居つき。

手伝ってくれていたプロスさんとゴートさんは将棋をしてる。

 

空を見上げれば雲ひとつなく、清々しい程の青空が広がり。

見回せば青々とした緑と整備された砂浜と透き通った海。

見下ろしてみると、小さな蟹が1匹カシャカシャと動いてた。

 

カシャカシャカシャと俺に気付いているのかいないのか。

普段は中々見ないものがこう元気にカシャカシャしてるので。

なんというかこう、ちょっと嬉しくなったのが声に出た。

 

「蟹だ」

「蟹だね」

 

相槌を打ってくれたのは、近くに座るアオイ副長である。

救護室開設を手伝ったため、色々混ざりそこねたのだろう。

結果として、相対的に仲のいい俺と一緒に蟹を見ている。

 

見ていると、蟹がカニカニと鋏を俺たちに向けて威嚇する。

カニカニカニカニと、実に愛らしい。白熊とは大違いである。

テーブルの上に乗っけようかと思ったが、止めておく。

 

「威嚇してるね」

「そうだね」

「タキガワさんが涎垂らして見るから」

「……食べないよ?」

 

流石に。

焼いても茹でてもあんまり食べるところもなさそうだし。

……美味しいのかな。そもそも食べれるのかなこいつ。

 

適当にネットで種類でも調べるかと思っていたら、動いた。

先程と同様にカシャカシャとその足で段々と離れていく。

その行くすえをぼんやり見ていたら、その先に人がいる。

 

若い男性、長身の姿に紫色のブーメランパンツ。

茶髪のロン毛がチャラチャラしく、なんともチャラい。

僕らのネルガル会長、アカツキ・ナガレさんである。

 

「……健康な男が二人で何してるんだい?」

「蟹を見てました」

「タキガワさんが美味しそうだって」

 

うん言ってないね。会長さんが若干ドン引きしてるね。

チラリと副長を見るも、しれっとした顔で会長を見ている。

抗議するまでもないかと思って、何かをいうのは止めた。

 

空気を変える為に、足元にあるクーラーボックスを開ける。

恐らく、会長さんも飲み物を取りに来たんだろうしね

一通り適当に入れまくってきたお陰で、まだ在庫は一杯だ。

 

「それで会長さん。

 飲み物でしたらここですよ」

「……ああうん、炭酸をもらうよ」

「会長さん、お絞りいります?」

「……ありがとう」

 

手を拭いて、口元を拭って。

そうして手に取ったボトルをプシューと開けて、一口二口。

一息ついたのか、会長さんは俺たちを見て口を開いた。

 

「……君たちは、地味だねぇ」

「会長さんが派手すぎるだけかと」

「だけかと」

 

流石にロン毛のパープルブーメランには勝てないし。

俺と副長はサーフパンツ、俺は上にパーカー羽織ってる。

……いやあ、人様に見せられるような身体ではないもんで。

 

なにせ貧弱な坊やですからね、こちらは。

副長ですらまだ結構引き締まってるし筋肉ついてますしね。

ああそうさ、俺は格闘技の訓練なんて受けたことないからね。

 

目の前にいる会長殿は、なんとも引き締まった身体である。

日にも焼けて、すごく自信満々というか、そんな感じだ。

しかし、その会長はなんか、凄い戸惑った感じで俺を見る。

 

「その、会長って呼ぶの。

 二人共、止めてくれないかな」

「……隠してる積もりだったんですか?」

「……なかなか手厳しいね」

 

隠しているんだろうなぁとは何となく思ってはいたけど。

どうしようかと副長を見ると、意味もなく力強く頷かれた。

なんだか良く判らなかったが目を逸らさずに聞いてみる。

 

「……会長ですよね」

「……今のボクはただのパイロットさ」

「…………会長、ですよね?」

「…………お忍びなんだよ、判ってくれよ」

 

じっと見ていたら、目を逸らされたのでなんか満足した。

うん。実に真っ当そうな人で、中々安心である。

駄目なのはあれだな、ナル寄りのファッションセンスだな。

 

強い日差しが大地を叩き、煌く光が視線を焼く。

手元にあるウィンドウの光点の一つが森の奥へと進んで。

砂浜ではマッシュルームが美味しく焼きあがっていた。

 

 

 


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