日陰者たちの戦い   作:re=tdwa

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クルスク工業地帯。軍需産業、とりわけ陸戦兵器で有名。

一世代前の兵器まではかなり栄えていたとのことだが。

無重力下の生産の方が都合がいい兵器も増え、少し劣勢に。

 

そんな経緯で現在では半分、昔の兵器の博物館みたいな。

そういう扱いを受けている時代の流れに負けちゃった地域である。

あ、別に部品の生産はしてるんで、まだ過疎ってはないけども。

 

しかし、この工業地帯に、木星トカゲの新型兵器がドーン。

まるで蝸牛の殻に、筒がついたようなそんな感じの見た目の。

パッと見ただけでも遠距離砲台と判るアレである。アレだ。

 

「司令部ではナナフシと呼称されてるわ」

 

という提督の言う通り、大分細長い見た目をしている。

しかしそのナナフシに、軍の迎撃部隊が3回も撃破されている。

結局、その新型兵器の破壊はナデシコに回ってきたわけだ。

 

「――そこでナデシコの登場!

 グラビティブラストで決まりっ!」

「遠距離射撃ってわけだね」

「グラビティブラストのチャージ後。

 山間より出て、ドーンと決めちゃってください!」

「残念ながらそれじゃダメなのよね」

 

相手が固定砲台であるならば、近くによる必要はない。

ナデシコは宇宙戦艦だ、大気圏内でも射程距離なら負けはしない。

火力も十分、敵前に姿を晒すのはそれこそ一瞬で済むだろう。

 

作戦はシンプルであればあるほどに、当然リスクも低くなる。

エステバリスを発進しなくても、そして交戦することがなくても。

倒すことが出来るのならば、それ以上に安全なことはない。

 

そこに口を挟んだのは、任務説明後黙っていた提督である。

パチンと鳴らした指に従うように、ウィンドウが展開された。

……あ、ここら辺の仕込みは、大体俺が準備してあったり。

 

開かれるウィンドウ、そこに広がるのは当然敵の情報である。

そこで一番ポップアップされているのが対空攻撃システム。

重力波レールガンによる、超長距離砲撃が敵の主軸攻撃だった。

 

その広範囲の射程と超威力はナデシコよりも圧倒的である。

そして、それを支えるのが無人兵器による索敵領域と弾幕の量。

ミサイル類は効かずナデシコの最大射程より探知領域は広い。

 

「見ての通り、撃ち合いじゃ負けちゃうの。

 だからこそ、アタシのナデシコに回ってきたわけね」

「……なるほど。

 ですが提督、随分と詳細なデータですけど」

 

ふんふんと、ウィンドウを一枚一枚引っ張り見ていた艦長。

確かに、情報量としてはただ貰ったというだけには遥かに多い。

かなりの情報を集め、その上で数人で分析した結果であろう。

 

分析とかで引っ張りだこの俺が、今回はノータッチであるので。

提督が集めるとしたら、連合軍から貰ってきたことになる。

……当然、能動的じゃないと集められない部分もあるだろうに。

 

そのことに、艦長も気づいたのだろう。

あまり人に借りを作るのを、良しとする提督でないと思うが。

しかし、その提督は腰に手を当てて実に嬉しそうに笑った。

 

「おっほほほ!

 連合軍が無様に負けた相手よ、当然でしょ」

「はぁ」

「そんなのに、アタシのナデシコが無傷で勝つ。

 これほど愉快なことはないわね」

 

……ああ、なるほど。そういう事なんですね。

今のナデシコは、提督にとっては運命共同体も同然な訳で。

ご自身のためという前提があるにしろ、なんというか。

 

それこそこんな言い方しなければいい提督で終わるのに。

いい人ではないが、嫌いになりきれない原因はこういう所だ。

明確すぎて、隠しすらし無さ過ぎて、憎みきれない。

 

強い権力欲と名誉欲、それを下品な程に表に出したまま。

欲望の炎がその瞳に宿り、ギラギラと輝かせる。

そして、提督は不敵に笑う。俺たちみんなの視線を受けて。

 

「……目指すのは無傷で勝利。

 それならアタシもあんたたちも万々歳よ」

「……提督」

「艦長、やっつけなさいな。

 これ以上ないほど、鮮やかにね!」

「――ハイッ!

 ありがとうございます提督!」

 

それを受けた艦長は、太陽のような笑顔で頭を下げた。

どちらも輝くものでありながら、全く種類は別のものである。

地獄の底からの熱量と、遍く照らす日の光だと俺は思った。

 

清々しいほどに、汚い。いっそ笑えるほどに打算塗れだ。

だからこそ理解しやすくて、我慢しようもあるかもしれない。

利害が一致する内は裏切らないとある意味信じられるから。

 

詳細な情報を手に入れた艦長は、まもなくして作戦を決めた。

超超高度からの、地表へのグラビティブラストの一撃。

丁度火星への降下時にやったのと似たようなものである。

 

レールガンの照準が周辺にある無人兵器を利用したもので。

現在までに、ある一定以上の高度からは攻撃しないことから。

艦長はそれが最適であると判断し、実行するに至った。

 

念の為に多少、悟られない様に遠回りのルートで。

結構時間は掛かりはしたが、無事に一度の放射で撃破した。

……勿論、相手の砲撃を受けることなく終了したのである。

 

――欲望とは、人間の動力源だと聞いたことがある。

綺麗だとか汚いだとかは別として、なければ生きていけない。

とにかくナデシコと提督は協力していけると、俺は感じた。

 

 

 

 

 

機動戦艦ナデシコ乗艦員は、ネルガルの契約社員である。

自動更新型の期間契約で、雇用契約は一応本社としている。

つまり俺たちは、こう見えて真っ当にネルガルの社員である。

 

ネルガルっていうのは、地球圏でもトップクラスの大企業。

大企業っていうのは、なんだかんだで色々と見る目も厳しい。

贈収賄もそうだが、勿論労働条件も世の中は甘く見てくれない。

 

当然福利厚生もしっかりせざるを得ないわけなのであり。

乗艦員の健康管理も、会社の義務として行わなければいけない。

そう。一年に一度の健康診断を実施する必要性が出てくるのだ。

 

ここで考えて欲しいのは、失われた8ヶ月である。

年が明けてからそう経たない内に、ナデシコは時間を越えた。

一年の3分の2はそれだけで過ぎ去ってしまったのである。

 

この間に、一応死亡判定が下っていたりしたらしく。

会社や生命保険の死亡給付金だとかが家族の方に支払われて。

今回生きてたことで、それが取消しになったりもしたのだが。

 

代わりに労働拘束がされてたとして、お給料が発生したり。

家族がどうしてたかで、色々問題が発生した人もいるようだが。

そこらへんは俺が処理してないので知った話ではない。

 

とにかく一年の間に健康診断をしなければならなく。

気がつけば、一年はもうすぐ過ぎ去ろうとしているわけである。

――――そうして、ナデシコは緊急健康診断祭りになった。

 

補給と点検の為に寄ったドックの中の、会議室。

ナデシコ内部だけで出来なくはないんだけど、人数が人数だ。

借りた幾つかの大部屋を使って、一日で行うことになった。

 

寝巻きに近いハーフパンツとTシャツに羽織ったパーカー。

検診用のチェックシートに持ってきた幾つかのファイル。

慣れっこだが他の人よりも、そのファイルの分荷物が多い。

 

「――お、タキガワさん」

「テンカワさん。

 どうだった、身長伸びてた?」

「少しだけな」

「許せん」

 

身長・体重測定後、幾つかの検査をどの順で受けても良く。

何処が空いているかなと見ていたら、視力検査にテンカワさん、

ちょっと並んでいたが、話相手がいる方がいいだろうと続く。

 

そして、取り敢えず気になる身長がどうだったかを聞いて。

少しだけとは言うが、元々俺とテンカワさんは結構差がある。

差が増えるのは許せない。あ、勿論俺は一向に伸びてない。

 

いいんだよ。別に小さすぎる程小さい訳ではないし。

また後で副長にも聞かなくては。伸びてたら削がなくては。

新たに決意を固めていると、テンカワさんの視線に気付く。

 

視線といっても、俺の顔を見ているとかではなくて。

俺の持っているファイルを、なんだろうという顔で見ている。

……気になるなら聞けばいいのに。大したものじゃない。

 

「コレが気になる?」

「あ、うん。

 何持ってるんだ?」

「しんだんしょー。

 俺にはこれが必要なのだ」

 

興味があると答えたので、バッと開いて軽く見せる。

医療用ナノマシンに関わる診断書。消化器系の関係が多い。

……ファイルが複数になるぐらいには、量もあったり。

 

診断書、と言われて一度ピクっとしたテンカワさんに。

見てもいいよと俺は頷いて、そのままファイルを手渡す。

別に問題あるような個人情報は入っていない。身長とか。

 

「……ナノマシン結合生育者?」

「おー。

 小さい頃から医療用ナノマシン入れてるもんで」

「ふぅん……」

 

赤ちゃんの時にちょっとした事故があって、それから。

俺のお腹の中の結構な割合がナノマシンで出来ているのだ。

ああ、とはいえ別に健康に支障があるレベルではないけれど。

 

そういう人は珍しいって程でもなく、結構ゴロゴロしてるが。

危険度が低く特別扱いはされていないので知らない人も多い。

テンカワさんも知らない方に入るのか、ぼんやりした顔である。

 

「あんまり小さい時に強いナノマシン入れるとね。

 成長する中で、内臓とくっついて取れなくなるんだよね」

「……大丈夫なのかそれ」

「大丈夫は大丈夫なんだけど。

 こういう時には、こうやって診断書が必要になる」

 

支障があるとすれば、まさにそれだけなのだ。

診断書がないと一から検査になるので、ぶっちゃけクソ面倒。

代わりに診断書があればそれのコピー渡して素通り出来る。

 

まあ、それでも数年に一度くらいは軽く検査もするけど。

俺はIFS入れた時に検査しているので、まだ当分しない積もりだ。

……公的にはもう2年経つから、もうした方がいいかもだけど。

 

「ま、生体と絡むからね。

 一部謎進化を遂げるナノマシンもあるけど」

「謎進化って」

「謎進化は謎進化だよ。

 俺にも正体不明のログデータとか入ってるし」

 

人体がまた自然発生するプログラムなものである以上。

それと結合して育ってしまうナノマシンも、謎進化しやすい。

ま、謎進化と言えど、大抵は想定の範囲内の中に収まるが。

 

そういうこともあるので、基本的には幼少期の投与はしない。

俺は本当に中身がぐちゃぐちゃになったのでやっているが。

……正直、全く記憶のないレベルの昔なので、よく知らない。

 

んで、俺の中にはよく判らないログみたいなのがある。

更新履歴は俺にナノマシンを投与したのと、ほぼ同時ぐらい。

大体20年の間、一切動いていない一連のデータ群。

 

危険度はない、と思う。今までのお医者さんたちもそう見た。

正体不明という言葉を聞いて、若干引き気味のテンカワさんに。

そう言いながら、俺はその一部を空中のウィンドウに広げた。

 

./eesnalfanAY EtAYzEYy ./aem yyEYtAYm aroy err Ex ./.m.a.m

ga t.z.j AnNt ./mNrNw zz aem eit rras err Nx ./kNua zz ga

NzUd atramA err Ux ./aemA elle tnErNYh ejeAY err Ax ./udood

egev tu aAv ga aemA yNytAm ./largAY AYwAr zz ./NmUrNt zz

.t.z.j err Nx ./EYLjAlAYj zz .x.z.z .s.s.l.h .z.d err Ex

./aleahps elle roy AwAYr ./OTIKA NYLmNYrNw seju NYLkUuEYa

zz eit tnrNYh aroy err Ax atramA elle AmrAYt./aroy staaw

sos dohtem AYLtAzAYj ./heEtEYzEYLj dohtem err Ax

 

「……なんだこれ?」

「一連のデータの最終部分。

 完全に正体不明の文章だから、謎進化」

「うわぁ……」

 

正しくはそのデータを無理やりコードに当て嵌めたもの。

初期状態だと、全く意味不明な記号がズラリと並ぶだけだ。

大量にコードを当てはめて、それっぽくしたのがこれである。

 

何が謎って、恐らくだけども意味のある文字列っぽいこと。

結構使っている単語らしきものには重複するものも多いため。

……解読できるかもと思ったけど、結構普通にできなかった。

 

多分、何かの入力データではないかとは俺は思うんだけども。

かと言って欠片も解読できないようでは、意味がない。

仮に入力データだとして、一体なんのという話になるしね。

 

普通は。ここまで整ったデータになるはずがないんだが。

あくまで自然発生的なランダムデータでしかないはずだけど。

何が起こってこうなったんだろうねという、不気味な話だ。

 

ま、そこまで細かい話をする必要はないんだけどねっと。

ここまで説明してしまうと、その人に心配をさせるだけである。

なのでいつも通り、同じ状況の人には良くある事と説明する。

 

実際にして、ランダム文字列ぐらいはみんなあるので。

ただ俺はランダムっぽくない文章が、やたらと多いだけだ。

心配することじゃないと自身とテンカワさんに言い聞かす。

 

「良く判んないけど。

 ……取り敢えず、お大事に?」

「うん、ありがと」

 

……自分の身体の中にあると思うと、一応怖くはあるけどね。

受信用発信用何れともくっついていないから今更動かない。

動いたとしても、悪さは出来ないから、問題としてはない。

 

相当頭のいい人達と、本気で考えた時期もあるけどね。

世の中には考えてもしゃーないことがあるってことで諦めた。

流石に、未知の言語を最初から解読する気にはなれない。

 

そんなこんなで、一瞬微妙な空気になりながらも。

無事にナデシコ健康診断は終わり、また平常業務に戻った。

……ちなみに、副長は若干伸びていた。いつかまた削ぐ。

 

 

 


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