歴史上、火星より外側に人類がコロニーを作ったことはない。
基本的に人類が継続的に宇宙で生活するには、コロニーが必要。
なので結果的に、人類の生活圏は火星まででしかなかった。
もしもあの機動兵器の中にいたのが、木星トカゲで。
その上人類であったのならば、その人類はドコから来たのか。
地球人類とほぼ同じ姿をしてるのに外宇宙からか、それとも。
「――それにしても。
何してるんですかね、あの二人」
「避難してないのってお二人だけですよね」
「そうですね。
部屋を確認するだけなんですけど」
残るはメグミさんの部屋の、メグミさんミナトさんの二人だけ。
他の人達はゆっくりでも移動を始め、呼びかけはいらない。
ま、侵入者もいるし、流石に皆さん動きも早いといいますか。
居住区から食堂に行くだけで、問題は起こしようもないしね。
カザマ少尉も、それ程張り詰めたような様子も見受けられない。
多分、ここから別の場所に行くとか言ったら大反対だろうけど。
どちらにせよ長くもない距離だ。あっという間に辿り着く。
居住区のフロア、通路の奥に何故か開いたままの部屋があり。
顔を合わせ目を合わせ。そこがメグミさんの部屋と確認した。
少尉に手で制されたのでその後を黙って静かについていき。
開いたままのドアの少し手前で立ち止まり、壁に沿って立つ。
……そうして聞こえてきたのは、聞いたことない男性の声。
――失礼しました、私は木星圏ガニメデ・カリスト・エウロパ。
及び他衛星小惑星国家間反地球共同連合体突撃宇宙優人部隊少佐。
白鳥、九十九であります――――――――。
その言葉に思わず俺は小さくウィンドウを開いて。
『この場合、俺のせいじゃないと思うんですよ』と書いて見せ。
『そういう問題でもないですね』と真っ当なコメントを貰った。
チラリと中に、通信用のウィンドウを開いてのぞき見て。
着ぐるみを着た、背の高い男性が中にいることを確認すると。
俺と少尉はやっぱり筆談で、その場で会話を始めた。
『整備班呼びましょうか』
『そうしましょう。
でも、お二人が人質に取られる可能性があります』
『やっぱり、銃持ってますかね』
『名乗りからして確実に軍人ですから』
直ぐに整備班を呼んでから、二人を引き離す方針で決まり。
大体の状況をメールで副長に送った所、内部で話が動いてた。
ランドリー用の押車に彼を載せ、洗濯物で埋めて運ぶらしい。
早く来い、早く来いと念じていたが、先に二人が動いた。
カラカラカラと、折り畳みの押車に大量の下着類を乗せて。
その中にいる男性と一緒に出てきた二人に、俺は話しかけた。
「――あ、ミナトさんとメグミさん。
非常警戒体制なので、早めに移動してくださいね?」
「あらトオルくん。
洗濯物だけ洗わせてもらいたいんだけど」
うん。流石にミナトさんである、顔色一つ変えることがない。
チラリと脳内で確認した、整備班到着時刻までは後30秒ほど。
警戒されない程度に足止め出来れば、それで十分満たせる。
態とらしくならないようにコミュニケでウィンドウを出す。
非常警戒体制のお知らせページを開いて、確認するふりをする。
ウィンドウの片隅でカウントし、タイミングを合わせて。
「――いいですよ。
でも、後少しだけ待ってくださいね」
「待つって、なんでですか?」
「危ないですからね、整備班を待ちましょう。
……そちらの方もご一緒に、ね」
2、1、0と。一斉に隠れていた整備班が飛び出して。
押車を埋め尽くして、そして下着類が通路上に撒き散らされて。
取り押さえられたのは、ゲキガンガーっぽい服を着た人。
驚いた顔のメグミさんとミナトさん、冷静なままの少尉と。
そして、ヤマダさんにそっくりな顔をしたその人に。
俺の心臓は、何も考えられないほど色々な感情で埋まった。
木星トカゲのゲキガンガーパイロット、白鳥九十九さん。
整備班によって捕縛され、彼は簡単な尋問と検査を受けた。
……一応、大人しく従ってくれているのであるけれど。
遺伝子調整の後は見られても、遺伝子情報は地球人類の系列。
彼自身は、地球人類と呼ばれることを嫌っている様だが。
木連の兵士と。あくまで別の枠組みであると、彼は主張する。
あくまで地球が戦っているのは、木星トカゲたちであり。
その、木星連合、とやらは存在を聞いたこともないんだけど。
どちらにせよ敵対意思を隠す積もりは一切なさそうである。
メグミさんとミナトさんがこの人をどうしようとしてたとか。
発見者が俺なので、そこらへんは軽く煙に巻いちゃったが。
――――彼の処分が決まる前に、自体は少し変わってしまった。
「艦長、月着陸コースに入ります。
月面では現在、敵巨人タイプとエステバリスが交戦中です」
「えっうそ。
アキト、大丈夫かなぁ……」
ブリッジのホシノさんからの報告に、艦長は対応を優先。
エリナさんから捕虜を優先と文句は出たものの、そんな場合か。
この人、何を考えてるのか判らないことを言う節があるよね。
プロスさんやアカツキさんも、思う所はあるようだったが。
このメンバーを見るに、ネルガル関係だろうかとは思うけど。
こういうところが不信感を増してると、気付かないのかな。
その白鳥さんは、結局戦闘能力があるアカツキさんが。
取り敢えず戦闘が終わるまでとのことで、隔離室に連れて行った。
尋問の続きも処分の方針も、また先に伸ばしただけである。
とにかく、艦長は月面を優先したけれど警戒体制は低いレベル。
つまり、ブリッジメンバーでも非番は非番っていうことで。
また戦闘が近くなれば呼び出されるとは思うけど、それより。
みんなが移動し始めても残っているメグミさんとミナトさんに。
俺はどうしたものかと思いながら、やはり声をかけることにした。
……ちなみに、まだカザマ少尉も俺と一緒に残ったままである。
「メグミさん、ミナトさん」
「……トオルさん」
「すいません。
騙したような形にしてしまって」
「いえ、それはいいんですけど。
――あの人たちが。火星の人を殺したんですよね」
若干、睨むようにキツめの視線を送ってくるミナトさんと。
すごく悩んでいるような、ぐるぐるとした視線のメグミさん。
俺に返事をしてくれたのは、そのぐるぐるメグミさんだった。
そのメグミさんが発した言葉は、その。
なんというか、俺では、すぐさま答えることが出来なかった。
そう単純に決め付けていいか、そう応えていいか、判らない。
仮に。仮に彼が木星トカゲの本体だとするにしたって。
手を下したのは、あくまで木星トカゲの無人兵器であるわけで。
もし命令を下していたとしても、彼個人が原因とも限らない。
感情論的に、彼が犯人だと決め付けるのは簡単でそれもいい。
だけど、そこで止まってしまっていいのかについては疑問である。
何せ俺たちは、少なくとも俺は、木連とやらを知らない訳で。
「……決めつけは出来ませんが。
組織の一員である可能性は高い、ですかね」
「……なんで、そんなことをしたんでしょうか」
無理やり捻り出した言葉としては、そんな誤魔化すような。
聞かれてることに答えてる訳じゃないのは、自覚の上。
メグミさんも、今度はただ疑問を口に出しただけのようだった。
判らないとしか言えない。彼の事情なんて聞いていないし。
……正直、あんまり聞きたいとも思わない自分もいたりするが。
例え理由があったとしても、それに納得したくなんかもない。
納得出来る理由であるなら、それこそ本当に聞きたくない。
一応親友と認めなくもない人が死んだ理由が、一体なんなのか。
意図的に気付かないようにしてるが、仇の可能性だってある。
「話、聞きに行きましょ。
あの人のこと、もう少し詳しく知りたいわ」
「私もです。
正直、このままじゃ収まりつきません」
――だけど。流石にこの二人で行かせるわけにも行かないと。
半ば義務感みたいなものが、どうしてか俺の中にはあって。
それは、うん。嫌だなと思う気持ちよりは、まだ一応強かった。
義務感とは別に。やっぱりあのそっくりさんへの興味もあって。
別人だ。年齢だって違うし、よく見れば顔も決して同じじゃない。
でも、何処か似た場所を見つけては、少し虚しさに襲われる。
「――俺も付いてきますよ」
「じゃあ私もですね」
俺の言葉に即座に反応したのは、やっぱりカザマ少尉である。
もう非常警戒体制は解かれているので、護衛もいらないのだが。
けど、なんでと聞くのも嫌味っぽいしこのままにしておこう。
ミナトさんの視線は、やはり少し厳しいままだが反対もなく。
4人揃って、出て行ったアカツキさんと白鳥さんを追いかけて。
そして見つけたのは、険悪な空気のお二人の様子である。
アカツキさんが、白鳥さんに銃を突きつけているのはまあいい。
けれど、立ち止まり、している会話には不穏当な空気が流れ。
……まるで、生きていると不都合があるような言い方をしている。
アレ流石に拙くない?と思ったのは俺だけではなかったようで。
少尉とミナトさんが同時に駆け出して、メグミさんが続いた。
あららららと俺が思っている間に、二人の視線がこちらを向く。
「アカツキさんあなたはッ!」
「それっ!」
「ちょぉッミナトさん!」
アカツキさんを引き止める少尉と、振り向いたアカツキさん。
追い打つように振りかぶられた一撃はアカツキさんの頭に。
スコーン!と直撃して、ミナトさんはアカツキさんを落とした。
ちょっと大丈夫かなぁと思うほどにいい音がしてたので。
俺も近寄って、アカツキさんの様子を見ようとしたんだけど。
アカツキさんに近づいた俺の足音に、まだ足音が続いた。
バタバタバタ、と。足音が続くはずもないタイミング。
うん?と思って見上げてみると、三つの人影が通路の先に。
先程まで近くにいた、残り三人の姿であると直ぐに気がついた。
「逃げた……?」
「えっ」
余りにも予想外というか、素で「えっなんで」って感じで。
呆然としてしまったのは俺だけでなく、カザマ少尉もだった。
少尉はアカツキさんを見ていて、気づかなかったらしい。
拘束具をつけた白鳥さんより射殺しようとしたアカツキさん。
そちらの方が重要であると思って、意識をそちらに向けており。
そして、頭の強打による安否の確認をしていたようである。
だからこそ、俺とカザマ少尉は気付くことができなかった。
白鳥さんを助け逃がそうとする、ミナトさんとメグミさんに。
拘束具も両手を振って走る後ろ姿からも、外れていると判る。
状況的に、二人が外したんだろうなぁというのは確定で。
ここにいると殺されると、短慮……本当に短慮かは知らんが。
とにかく、そう判断して連れ出したと気づくまで、数秒。
「――捕虜が脱走しました!
警戒体制の発令をお願いします!」
「――ッ!
ミナトさんとメグミさんも同道してます!」
俺よりも先にカザマ少尉が反応して、ブリッジに繋いだ。
続いて、俺もミナトさんとメグミさんが同行したと告げる。
対応の判断までは、俺よりもブリッジの方が冷静だろう。
とにかく、俺と少尉はブリッジにすぐに駆け込んだ。
月面へと降下中、月面で戦うエステバリスと通信が繋がり。
ブリッジでは戦うテンカワさんの姿が大写しになっていた。
ナデシコの姿を見てか、撤退する巨人タイプの木星トカゲ。
それとほぼ同時に、ナデシコを発進するゲキガンガーの頭部。
ゲキガンガー頭部は、敵の勢力下へと逃げ出していった。
追いかけるヒナギクも、当然敵の攻撃に迎えられて。
結局は逃げ出すしかなくて、遂に彼らには追いつけなかった。
――ミナトさんとメグミさんは、攫われてしまったのである。