襲撃も撃退し、ネルガル地下ドックに収容されたナデシコ。
そこでは、ナデシコ第4番艦シャクヤクの建造がされていた。
あ、これはあくまで連合軍にも極秘らしいんですけど。
なんか極秘極秘って、すっごく感じが悪いことばっかりで。
そのシャクヤクのシステム構築を頼まれたのはいいんだけど。
あんまりに気が向かないので、ナデシコのほぼコピペ。
用意されてた素材も似たようなもんだし、オモイカネもないし。
寧ろ、ナデシコそのまんまを期待されてた様でもあるので。
最悪エラーさえ吐かなければ、なんでもいいような気もする。
ただその極秘極秘ってのに、嫌悪感を感じていたのが数人。
ムネタケ提督なんてお酒が入ってたし、プロスさんもイライラ。
特にプロスさんなんて、クラックの下準備もしたりしていた。
さてはて、一番最初にやらかすのは誰かなっと。
提督とかプロスさんとか、それとも痺れを切らした俺だとか。
どれを取っても一級品、止められるもんなら止めてみればいい。
そうして、俺以外の二人はほぼ同時に限界を迎えたらしい。
提督は直接エリナさんに聞きに行き、プロスさんはクラックで。
本来秘匿回線のそれを、全艦に公開してしまったのである。
ナデシコ全艦、強制的に全ての人が見られるように公開。
ホシノさんの力も借りてだろうか、その妨害は誰にも出来ず。
俺はシャクヤクのブリッジから、中継してそれを覗いていた。
――曰く。
木星トカゲは、100年前に地球圏から追放された地球人。
歴史から消されてしまった、歴史の被害者であると。
100年前、月の自治区で独立運動が発生、内戦に至る。
その過程で共和派と独立派で内部対立をしているんだけど。
どうやら当時の連合が、内部工作をしていたらしく。
独立派は負けて、当時植民が始まったばかりの火星に逃げて。
火星に逃げた先で連合軍が撃った核にやられたとのこと。
その核でも死ななかった人達が、木星へと更に逃げ続けて。
木星で死を待つだけだった彼らは、偶然見つけてしまった。
相転移エンジンや無人兵器を製造するための、プラント。
100年経って、彼らはまた地球に対して復讐を始めた、と。
――――正直、これだけを聞いて判断するのもアレだけど。
凄く、凄く、馬鹿らしいことを言われているような気がする。
なんとも言えないほど、冷静さが足りていないっつーか。
独立派と共和派っていうけどさぁ。
これってどこに可哀想だと思う要素があるというのだろうか。
……強いて言えば、核とか。生き延びちゃった100年とか?
普通に考えれば、共和派と対立する独立派って何よって。
共和してても独立は出来る。寧ろ問題は共和しないってこと。
親地球ではなく、反地球。そんなの誰が認めるかってーの。
内部工作とは言うが、外部圧力も内部工作もして当然だろう。
核は、まあ。流石に俺もどうかとは思いもするけれどさ。
反地球なんて、追放するか禁錮するか結局は限られてくる。
――ああ、そうだ。馬鹿馬鹿しい。
たかがそれだけの為に、どれだけの火星住人が死んだのか。
そんな下らない話で、なんで俺の友達は死ぬに至ったのだ。
そして、その提督とエリナさんの会話に艦長が割り込んだ。
直接戦う人達に、何も知らずに戦えなんていえない、と。
……同じことを言うようで、艦長は生きている人を向いていて。
何とも言えないその違いを思い知らされて、勝手に曇って。
思わず下唇をむにむにしていたら、シャクヤクに衝撃が走った。
シャクヤクだけではない。この地下ドック全てに、である。
コロニー周辺のフィールド発生装置が急に爆破されたのだ。
ナデシコは、艦長の指示でディストーションフィールドを展開。
丁度通信を繋げていた俺にも、エリナさんより指示が下った。
「ちょっとセカンドオペレータ!
なんとかしてシャクヤクを守って頂戴!」
「は、はい、とにかくフィールド展開します!
サブエンジン、フルスロットルで起動!」
まだ完成してないけど、なんとかフィールドくらいなら。
手抜きのせいで、まだバラバラのシステムを潜り繋げながら。
微弱ながらディストーションフィールドを、無理やり展開する。
揺れる、揺れる。地上を木星トカゲが攻撃しているらしく。
まだメインエンジンを繋げていないこの艦では、フィールドで。
落ちてくる破片の全てを綺麗に受け止めることが出来ていない。
「ちょ、怖いんですけど!
俺、おうちに帰りたいんですけど!」
「ああもう!
動かして逃げることは出来ないの?!」
「無理です!。
まだ機体の方が完成してません!」
完成してたら、俺一人でも発着ぐらいなら普通に出来るし!
これでも、ナデシコを一人で動かせるオペレーターだけども!
怖い怖いホントに怖い!当たったら普通に死んじゃうよね?!
段々とボロボロになっていくシャクヤクの姿。
一応ブリッジ周辺は、フィールドも強化はしているけども。
多分、追加ユニットを付ける場所はもう修理が必要なはずである。
なんか、ナデシコにそのユニットを付け始めてるぐらいで。
そのナデシコも、装着を終わった途端に俺を置いて地上に出て。
襲撃してくる機動兵器との戦いを始めてしまっている。
「この人の名誉の為に言っておきます!
私たちは人質なんかじゃない!」
「戦いを止めてください!
これ以上人が死んでしまうのは嫌です!」
などと、なんか地上では色々言い合いをしている風味だけど。
俺にとってはそんな余裕はない。っていうかマジ誰か早く助けて。
……うん?今のメグミさんとミナトさんの声か、無事っぽいな。
――――遂に、この戦闘は俺が参加することなく終わり。
テンカワさんは襲撃してきた青細ガンガーを月面フレームで撃破。
もう一機のゲキガンガーは、ナデシコがフィールドで捉えた。
ガンガーには白鳥さんがメグミさんとミナトさんを載せており。
青細ガンガー――――白鳥さん曰くダイマジンの撃破後に。
メグミさんとミナトさんを解放し、テンカワさんとの戦闘を希望。
その時点で、様子を見ていた連合軍が参戦。
テンカワさんは白鳥さんを見逃して、戦闘はそれで終了した。
……当然の様に俺は戦闘終了までスルーされていました。泣く。
追加ユニットこと、Yユニットを無理矢理つけたナデシコ。
シャクヤクは当分修理で、まだまだ時間が掛かりそう。
というわけで、Yユニットはナデシコのものと本決まりになった。
シャクヤクを守れなかったのは申し訳ないが、ナデシコも。
4つの相転移エンジンがついて、強いは強くなったんだけど。
ドック艦コスモスでの修繕が必要になっちゃったのである。
そうして宇宙を静かにずーっと飛んでいるわけなのだが。
艦内ではあるところに、長蛇の列がずらっと出来ていたりする。
大人気のその場所は、イネスさんのお悩み相談室であった。
なんか、こう。色々あって悩んでる人がいるみたいで。
木星トカゲが人類だったとか、そんなことにショックだとか。
本当に人が並んでたりするので、逆に俺はびっくりである。
「――百年前の報復で人を殺して。
その報復で戦争して、何時になったら終わるんでしょうか」
「……うーん」
などとメグミさんもポロリと勤務中に漏らしていたりする。
流石にそこまでの質問には俺では答えきれなかったり。
彼女はイネスさんには相談せずに、自分で考えているようだ。
パイロット勢もブリッジ勢も、色々と色々あるみたいで。
あと、ウリバタケさんが費用の使い込みやってたみたいで。
艦内はちょろちょろと感情が渦巻いてる感じがしなくもない。
俺は別に人だからどうとか、機械だからどうとかないし。
寧ろ相手が人だった方が、生々しい悪意を感じて腹が立つ。
機械ならともかく、人がやったことだったら許し難く感じる。
ああ、別に復讐とかは本当に無意味とも思ってるけども。
価値を見出す人もいるのだろうけど、俺は違うからしない。
それこそ、するならまず先に近い方から片付けるし。
うん本当にと、なんとはなしにふと後ろを振り返ってみる。
特に悪意も意図もなく、斜め後ろに座っている人を見つめる。
――ナデシコで数少ない軍人さんの一人、ムネタケ提督。
ムネタケ提督も、木星トカゲが人間だったことには。
それほど影響を受けていないように見える人の一人である。
隠していて、見えないだけかなとは思わなくもないんだけど。
老獪って言葉が似合う人でもないけどさ、流石に経験がね。
この性格というか、欲望が明透けでも提督に上がれる人だよ。
関係が浅い俺に測れるほどには、簡単ではないだろう。
その提督も、なんだか月面の襲撃から忙しそうな感じで。
軍やネルガルと連日の様に協議して、慌ただしくしていた。
現在は落ち着いた様だが、次の任務でも来たのだろうか。
「――さっきからなによ。
用事があるなら言いなさい、セカンドオペレーター」
「……いえ、すいません。
次の任務って何かなーと思ったんですが」
「まだ決まってないわ。
決まってたら直ぐに通達するわよ」
む。見ていたのに気づかれていたのは、まあいいとしても。
任務決まってないのか、いつもなら立て続けに来るのに珍しい。
あの連日の協議は、打ち合わせが難航中ってことなのかな。
提督の歯に衣を着せないような口調も、いつになく力がない。
単純に疲れてるって感じだが、一体どうしたんだろうか。
心配、心配じゃないとは言わないが、何というか変な感じだ。
「お疲れですか?」
「それなりにね。
軍の上層部もつんつんしつこいのよ」
「上層部が、です?」
……なんか、予想外というか。何かせっつかれてるのか。
内部の話になってしまうだろうし、聞くのに躊躇っていると。
提督はあっさりと「木星トカゲの話よ」と口にしてしまった。
どうも。木星トカゲの正体が人間だったというのは。
軍の中でも極秘の話で、提督も知らないことだったらしく。
それをナデシコ内で公開された責任を追及されたそうである。
「――大丈夫なんですか、それ」
「簡単に引きずり落とされはしないわよ。
アタシもナデシコも、結果を残してるもの」
「はあ」
「お気楽のお間抜け集団だけど。
……実力は本物なのがありがたいわね」
そう呟いた提督は、複雑な表情ながら悪感情は見られない。
案外高評価というか、立場からすれば最上級に近くないかこれ。
予想外の心の開き具合に少し驚いて、瞬間息が詰まった。
それに気付かずにか「ま、そのお気楽もね」と皮肉気に笑う。
言い方から、俺はそれが今の対人間での動揺についてだと思って。
今なら応えてくれそうだな、と軽く装って言葉にしてみた。
「提督はどうなんですか?」
「――アタシ?」
「提督は、人間相手に戦うことはどう思われに?」
少し見開いた瞳は、今の質問の何かが予想外だったのだろう。
俺が聞いたことか、それとも提督に聞いてくる人間がいたことか。
そういったことを考えたことがなかったとか、判らないけど。
俺が提督を見て、そして答えを待っているのを提督は見て。
視線を逸らし、目を細めてどこか遠い所を見るようにしてから。
また俺に近いところまで視線を戻して、感情薄くサラリと言う。
「……綺麗な仕事とは思ってないし。
現実を変えていくには力が必要なのよね」
「――なるほど」
まるで何処かで聞いた言葉だなと、俺はそのまま素直に思い。
だからこそ俺は、この言葉には二つの意味があると受け止めた。
“木星トカゲの現状”と“連合軍の現状”の二つの意味、と。
今の戦いは戦争だ。だから何かをするために相応の戦力がいる。
連合軍は組織だ。だから何かを変えるためには相応の権限がいる。
どちらにせよ、今戦うことが変えていく為には必要なのだと。
――この人も本当は、理想の為に現実を生きる人なんだろう。
現実を変える為に権力を欲し、今も理想を捨てずに生きている。
副長なんかより時間が経っている分、余程根深いと感じる。
俺の知ってる軍人さんは、そんな人ばっかりだ。
雁字搦めで、凄く凄く見ていて悲しいほどに苦しそうである。
――そして、アンタはどうなのよと、視線で問いかけられた。
提督が応えてくれたのは、きっと本心のものだと俺は思った。
だからこそ、俺もちゃんと答えようと思って、考えてみる。
俺が木星トカゲ相手に、人間相手であっても戦う理由ってやつを。
――投げ遣りに火星まで行って、結局何も変わらずに戻って。
降りる理由がなかったから降りずに、これからは人間とも戦う。
目的がなかった分、状況が変わろうとも大きな忌避感はない。
でも、降りることを勧められても、今の俺はきっと降りない。
降りてそのあとどうするんだっていうのを直ぐに考えられる程。
この戦艦と戦争に、思い入れがないわけじゃないと思うから。
その思い入れの理由なんて、考えるまでもない。
この戦争で俺の親友一歩手前とヤマダさんと、それ以外も沢山。
俺のすぐ近くで、多くの人の生き死にに関わってきたのだから。
「――俺はこの戦争を見届けたいだけです。
相手が機械でも人間でも、それは変わらない」
「見届ける?」
「……なんで死ななきゃいけなかったのかなって。
正直、俺の執着や未練みたいなものですね」
意味があればいいなと思う。意味がなくてもそれを探したい。
たった一人の命に、意味があるだなんて想像でも思えないけど。
それを素直に認められるほど、俺は大人でも子どもでもない。
ヤマダさんを殺した提督には嫌味かもなと思ったけれど。
チラリと横目で見たその表情は、何処か寂しげなだけだったので。
それはそれで悔しくて、俺は半ば八つ当たる積もりで呟いた。
「――というか、機械より人類の方がマシかなと。
だって最悪、生存競争待ったなしだったわけですし」
「…………アンタも、大概強いわよねぇ」
そう言って呆れた様に笑う提督に、そうかなぁと思ったが。
だって相手が人間であるなら、交渉の余地も何処かにあるかも。
それは希望観測に過ぎないけれど、そうなって欲しい。
戦艦乗りの言葉じゃないかもしれないが、誰も死んで欲しくない。
これ以上意味もなく人が死ぬのは嫌だし、理由を探すのも嫌だ。
かと言って納得出来る理由も見つかって欲しくはないわけで。
これは両方解決しようとしたら悟りとか開けるレベルだろと。
格納庫でウリバタケさんが怒られているのをのぞき見しながら。
思考を軽く停止して、目の前の業務をただこなす俺であった。