日陰者たちの戦い   作:re=tdwa

32 / 43
32

 

 

 

永世中立国ピースランド。テーマパークが起源の小さな国。

現在でも観光産業を中心としており、街並はほぼ観光用である。

どこかで見たような建物や施設、或いは食べ物とかが沢山だ。

 

またスイスに並ぶプライベートバンクの存在でも有名であり。

秘匿性の高い私人銀行で、微妙に犯罪の温床になっている側面も。

しかし全体的に見れば、子ども一人でうろついても問題ない治安。

 

そういう俺も、結構昔に家族に連れられていったことがある。

その時の記憶としてはあんまり魚介類が美味しくなかった感じ。

どこにいっても着ぐるみがあって、ふかふかだった記憶がある。

 

そのピースランド、なんとホシノさんがお姫様だったようで。

本人も知らない話で、ピースランドから迎えがきて発覚したが。

ホシノさん的には、あんまり嬉しくもなかったようである。

 

「観光して戻ってきます」と、お土産は何がいいかと聞き回り。

実際に数日後には大量のお土産と共にナデシコに帰ってきた。

その中でもイネスさんの頼んだクマさんは圧巻の大きさだった。

 

まあ、受精卵の時点で行方不明になって、現在の彼女に育って。

今更お姫様と言われても、正直困ってしまうのはあるだろう。

それでナデシコに戻るのは、納得のようなそうでもないようなだが。

 

他に内定している後継がいるということで、戻ってもね。

歓迎はされるだろうが、本人として居心地がいいとも限らない。

……こうして戻ってこれてる辺り、色々あるってことだろう。

 

そうして、俺もセカンドオペレーターのまま仕事も増えず。

頼んでいた適当なお菓子を食べながら、気軽にお仕事中である。

別に極端に美味しくも不味いわけでもないのが素晴らしい。

 

お土産って美味しすぎると困るよね。次も食べたくなったり。

その場合は取寄せとかしなきゃいけなくなって、また面倒だし。

すぐ手に入るものに舌を慣らしておくことが俺的には重要である。

 

それはともかく、ホシノさんはナデシコを降りなかったが。

クルーの中には対人間を嫌がって、ナデシコを降りる人もいる。

特に顕著なのは元の人数が多い、整備班と生活班だった。

 

ブリッジクルーやパイロットみたいな主要クルーだったりすると。

プロスさんたちネルガルの人や、提督も話を聞いてくれたりと。

色々気を使ってくれたりもするんだけども、それ以外は中々。

 

人数が多い分、辞めやすくもあるかもしれないけれど、ね。

ナデシコ全体から見れば多くないけど、減っているのが現状。

その事実がまた、降りる人を増やしてしまう悪循環がある。

 

そんな空気を変えたいと思っている人は、少なからずいて。

俺も勿論その一人ではあるが、それは居心地が悪いからであり。

もっと実務的な理由で、そうしようとしている人たちもいた。

 

ナデシコは、一応地球圏の中では単艦での最強候補。

ネルガルにとっても連合軍にとっても派手な戦績を持っている。

見た目の良さもあって、広告塔みたいな所もあるわけで。

 

そのナデシコの中でクルーがうだうだしてるってのは色々と。

ネルガルと連合軍的には、あんまりよろしくないとのことで。

――まあ、なんかよく判らんけどイベントをすることになりました。

 

ナデシコ一番星コンテスト。優勝者はアイドルデビュー。

そんな感じで予告されていたイベントが、いつの間にか別の趣旨。

“明日の艦長は君だ!”……みたいな感じで広まっていて。

 

いいのかなこれと俺は思うんだけど、誰も特に何も言ってない。

艦長もプロスさんもエリナさんも、修正する積もりはなさそうだ。

つまり、これで優勝した人がこれからの艦長になるわけで。

 

結構色んな人達が参加していて、みんなが結構本気で取り組み。

水着審査とかもあるみたいなんだけど、案外嫌がってないようだ。

ナデシコらしいとは思うけど、本当にいいのかなぁこのままで。

 

ま、仮に艦長が艦長でなくなっても、別の名前で指揮は取れる。

新しい艦長が指揮をしたいとか言い出さなければ問題なしだ。

そう言った意味では、俺もそこまで心配してはいなかったりする。

 

だから、結局コンテストは誰も止めることなく、現在開催中。

多目的ルームにステージを作って、手を変え品を変えって所。

ブリッジクルーはなんだかんだで参加して、ブリッジにいない。

 

艦長メグミさんミナトさんは参加、なんとエリナさんも参加。

ホシノさんも飛入り参加する積もりらしくて、準備中。

副長も司会の方で呼ばれていて、他の皆さんも見物に行った。

 

一応、ナデシコは現在も月近くのパトロール中ってことで。

ブリッジも、出番が来た人から交代するという話だったけど。

見に行くというのも気が向かなかったので、引き受けてしまった。

 

あんまりミスコンとか、そういうのが元より好きでないし。

折角参加するなら、仕事から離れて参加した方が楽しいだろうと。

ブリッジにはそう思った俺と、あと一人――カザマ少尉がいた。

 

カザマ少尉は俺と違って、気が向かないという理由ではなく。

ネルガルではなくて、軍からやってきた人なので参加できない。

正しくは、参加できても艦長になることは恐らく不可能だろう。

 

とはいえ全く興味がないとかそういった訳でもないらしく。

手元の端末に向き合いながらも、側には中継のウィンドウがある。

軍への報告書を書きながら、コンテストを見ているようだった。

 

 

 

 

 

「――――はぁ」

「……お疲れみたいですね、少尉。

 報告書、書き終わったんですか?」

「ええ、なんとか」

 

身体を伸ばし、ため息と共に背もたれに身を任せる少尉に。

チラリと視線を向けながら、俺は労わるつもりで声をかけた。

こっそり覗いた端末には、項目が大体埋まった報告書が見える。

 

少尉は、ネルガルではなくて連合軍から出向された軍人さんで。

連合軍の内部的にはムネタケ提督の元に出向されてるだけで。

現在も配属自体は極東方面軍の中で、上司は提督でなくそちら。

 

そういう事情もあり、毎日の様に報告書を書いているのだが。

パイロット用の事務室なんてのはなく、持ち場はブリッジ。

その結果、ブリッジに端末を持ち込んでカタカタとやっている。

 

なんだかんだで、ナデシコに馴染める副長より真面目寄り。

手伝いたいが組織自体が違うので、聞かれた時ぐらいだけで。

気になるんだけど、性別が違うこともあって話しかけにくい。

 

真面目な人ってね、やっぱり溜込み易かったりするしね。

別の組織に無理矢理の様に出向させられてるんだから、尚更。

気を配れるようなら、そうした方がいいかなと俺は思うのだ。

 

というわけで俺がかけた言葉に、少尉は小さく振り向いた。

ピシリと伸びた姿勢は、先程までの疲れを感じさせない。

一々の所作が凛としていて、凄く軍人さんといった感じだ。

 

「お疲れ様でした。

 コンテスト、見に行かれます?」

「……そうですね。

 誰が艦長になるか、気になりますし」

 

あ、うんそうだよね。多分真面目な理由かなとは思ってた。

それこそ、結果自体は軍の方にも連絡が行くのは当然だけど。

内部での反応とかも、報告すべきことではあるだろうし。

 

楽しんでないかって聞いたら、また答えは違うとは思うが。

……他の人よりは、普段から気を抜けなくて大変だろうなぁ。

こういう時の上手い気の使い方というのを、生憎と知らない。

 

俺が社会人で、他社の人との会話の経験があれば別だろうが。

しかし、俺はあくまでずっと学生で、そんな経験は積んでない。

やるとしたら手探りだけど、それで上手くいくかどうかである。

 

あんまり、そういうので上手くいく想像ができなくて。

余計なことを言ってしまうかもと、尻込みをしてしまう俺に。

カザマ少尉は、下から覗き込むようにして聞いてきた。

 

「――あの、タキガワさんは。

 コンテストは見に行かれないんですか?」

「ええ、まあ」

「中継も見られてなかったみたいですし。

 …………興味、ないんですか?」

 

む、興味がないかと言われたら、なんか別の意味に聞こえるが。

それこそ艦長が誰になっても、今の艦長が指揮をするだろう。

結果そのものは気にはなるけれど、それは速報で流れると思うし。

 

それとは別に、ミスコン自体への興味も当然有りはするけど。

ああいうのは出てる人が知らない人だったらまだ平気なんだけど。

知っている人が出ていると、俺はあんまり参加したくはない。

 

なんでかって聞かれたら、やっぱり気まずいのが一番なのだが。

その気まずさを少尉……女性に伝えるのが、なんというか。

ないわけではないと前置きをして、俺は言葉を必死に選んだ。

 

「あの、上手く言えないんですけど。

 ブリッジクルー、他全員出てますよね」

「皆さん参加されてますね」

「で、なんか水着審査とか、したくないじゃないですか。

 変な目で見るのって、好きじゃないですし」

 

ここって職場なのである。俺はそういうのを持ち込みたくない。

自分で切り替えろって話でもあるんだけど、俺は苦手だ。

そもそも、異性を異性として認識するのも不慣れではあるし。

 

性的なことに潔癖という積もりも、ない積もりなんだけど。

この狭い艦の中、そしてもっと狭いブリッジの中なのである。

あんまり、俺の居心地が悪くなる要素を作りたいとは思わない。

 

聞いている少尉も、凄く微妙な顔をして聞いているけれど。

納得はしてくれた様子だが、どう反応したものかといった所か。

そんな感じなので、反応を待たずに、俺は話にオチを付ける。

 

「まあ投票自体は。

 変わって欲しくないですし、艦長にするんですけどね」

「あ、するんですね」

「……少尉が出てたら少尉にしてましたけどねぇ」

 

主に艦長として安心的な意味で。ある意味一番安牌な気がする。

どうせ俺と同じ考えで、艦長に投票する人は多いだろうし。

余程の番狂わせがなければ、順当に艦長が優勝すると思ってる。

 

何より、確実に艦内全員が知っているという知名度があって。

艦長という優勝特典から、現役の艦長を選ぶ人もいるだろう。

元の美貌も性格も、素でミスコン優勝クラスなのには違いない。

 

もし少尉が出てたら。まずはそういう安心的な理由もあるし。

真面目な人が、ミスコンに出る意外性っていうのも評価したい。

しっかりした黒髪美人さんは、ナデシコだと他にいないしね。

 

良い所行く可能性もあるんじゃないかなーと俺は思ったが。

……口にしてから、これってセクハラに当たるかも、と気付く。

そういうのに敏感だったら、謝らなくてはいけないなぁと。

 

そう思っていたのだが、少尉は驚いたかのようにこちらを見て。

目をパチパチさせて、小さく「ありがとうございます」と呟いた。

良かったと安心した瞬間に、俺の目の前にウィンドウが開かれる。

 

「ブリッジ!

 エステで周辺哨戒してもいいか?」

「……周辺哨戒ですか?

 レーダーには何も写ってないですけど」

「ああ、ちょっと気になるんだが……駄目か?」

「いえ、いいですよ。

 あまり長くは出ないでくださいね」

 

スバルさんである。一応レーダーを確認したが、敵影はない。

なんでまたとは思うけれど、パイロットの勘もあるだろう。

別に哨戒程度の許可なら、俺の権限でも出すことに問題ない。

 

実際、何かあるかもしれないとパトロールをしているわけで。

“元から何もない”が最善だけど、あるなら見つかった方がいい。

カタパルトより発進準備、カウント後スバル機は発進していった。

 

――その数十分後、スバル機は唐突に出現したミサイルを発見。

有人戦闘機を誘導機として、長距離ボソンジャンプで現れたのだ。

イネスさんが強襲用として実現した場合脅威であると解説する。

 

続々と、新たなミサイルがボソンジャンプにより出現をしたが。

追いかける様に出撃したエステバリス各機によって無力化に成功。

これは確実に、スバルさんの哨戒による成果に違いなかった。

 

あ、スバル機のミサイル発見時点で、コンテストは終了間近で。

戦闘終了後に結果発表があり、ホシノさんが断トツで優勝とのこと。

ただし艦長は辞退、二位であった艦長が繰上げ当選したそうだ。

 

相変わらず艦長は艦長のまま。ま、艦内は明るくなったしね。

当初の目的はそれなりに果たしてるんじゃないかなーと俺は思う。

ホシノさんも出場して優勝だなんて、大分変わったなと感じた。

 

以前はそんなこと、しそうな感じではなかったのにねぇ。

やっぱりこの艦に乗っていると、色々影響を受けるんだろうか。

……少尉もこれから変わっちゃうんだろうか、などと思った。

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。