日陰者たちの戦い   作:re=tdwa

35 / 43
35

 

 

 

IFSによる補助電脳へのハッキングは、近年では余り例がない。

ナノマシンにまで母数を増やしたとしても、割合の変動は小さい。

その理由は技術的な難易度と罰則の強さが要因になるだろう。

 

技術的に考えるのであれば、まず相手が繋がっている必要がある。

IFSであるなら起動、ナノマシンなら何らかの形での接続。

その最低限の条件を満たし、待ち構えているのは強固な防壁だ。

 

人体に直接繋げ、精神にも繋がってくるものが柔いはずがない。

個人が持てる防壁としては、別格クラスで強いものと言える。

防衛機制を含めたら、馬鹿馬鹿しい程に複雑なプログラムなのだ。

 

その中に入っているのは、思考の欠片や記憶の断片。

当然個々人の独立した処理であるため、統一性があるわけもない。

下手をしなくても独自言語の可能性だってあり得るわけである。

 

そこまでやって手に入るのは、ただの個人情報だ。

確かに金融情報やその他色々な情報を手に入れることは出来るが。

補助電脳にクラックする技術があるならもっと簡単に手に入る。

 

そして罰則の強さにも繋がってくるが、認識障害も引き起こせる。

今回の事例の様に、見えないものを見せるぐらいなら出来るのだ。

思考にも手を出せるので、洗脳すらも技術的に不可能ではない。

 

勿論、不可能ではないというだけなのではあるが。

補助電脳開発の極めて初期の頃に、テロでやらかされていたらしく。

現在では、どう足掻いても割の合わないクラック対象なのである。

 

まあそれでも、馬鹿と賢い馬鹿はいつだっているもので。

定期的にやらかしては即バレして、ガッツリ痛い目を見ている。

記憶や思考に手を加えられたら、大抵すぐ気付くものなのだ。

 

つまるところ、実際に起こった被害よりもずっと。

世間様は大きく反応するジャンルのもので、今回も例外でない。

該当者は全員、メディカルチェックを受けることになったのである。

 

世間に公表する程、大きい話にするかは別のようであるけれど。

それぞれでウィルスとトロイと基礎ソフトと登録情報のチェック。

加えて問診を行って、異常検査を行うというわけである。

 

パイロット組、そして俺とホシノさんと艦長の計9人。

イネスさんは検査をするために、自分だけ先に終わらせたそうだ。

みんなが順番に、流れ作業のように検査をピピピと受けていく。

 

こう、なんというか。工場の出荷検品作業を彷彿とさせる。

こういう風にエラーチェックとか、IFSによる洗脳とかがあるから。

非人間的とか言われるが、ともかく無事に検査は問題なく終了。

 

「それとあなたはナノマシン検査ね。

 なんで2年間も放置してんのよ」

「は、8ヶ月は俺のせいじゃないですし」

 

……こうして、呼び止められた俺以外のみんなについては。

言われてみると、そっちの方に影響が出てないとも限らないので。

調べなさいと言われたら、従う理由しかなかったりもするのだが。

 

呼び止められて検査器具をペタペタと身体に貼られることより。

平然とした顔で勝手に医務室の中に入ってきて、俺の検査を見る。

エリナさんのお姿が、俺は気になって仕方がないんですけど。

 

「あのー」

「なにかしら」

「なんでエリナさんもですか?」

「興味があるみたいよ」

 

興味。俺の身体に、という浅めのボケは取り敢えず脳内に留め。

一応上半身は脱いでいることとか、微妙に気になったりはするが。

検査台に寝転がったまま、顔だけ向けてエリナさんを見てみる。

 

静かに椅子に座り、真っ直ぐではないが俺の方を見ていて。

……心当たりというと、やっぱりボソンジャンプ関係かなと思う。

この組合せで他の回答は思い浮かばないし、俺も変なのは判ってる。

 

「……ボソンジャンプ、ですよねぇ」

「ご名答、流石に判るわね。

 何か知っていることはあるかしら?」

「ないですよー。

 理由が判ってたら説明してます」

 

仮に理由がわかっていたら、隠している理由なんて現状ないし。

……言ったら人体解剖が有りうるものだとかなら、隠すかも。

いやでも、それが元の安全交渉ぐらいならエリナさんは乗るだろう。

 

もしも公表することで、犯罪が連発するようなものであるなら。

んーその場合も、犯罪をするのはネルガルではなさそうだし。

技術の管理ってことで、イネスさんに相談してもおかしくはない。

 

「基本、隠し事はいつかバレますし。

 俺が知っている情報の中には一切ありません」

「そう……なんで、事前予測が出来るかも?」

「頭の中にですねぇ、浮かぶんですよ。

 なんかこう……来る!みたいな感じで?」

 

来る、みたいな感じでねぇとエリナさんは今一納得いかなそう。

とは言っても、俺自身に本当にそれ以上の情報はないんだけども。

なぜか予測出来て、なぜかそれが現状100%で当たってるだけで。

 

うん、考えると半端なくおかしいね俺。奇妙なものである。

ここまで来ると職人の勘とか、そういうのとは違うのは判るけど。

俺自身の、特徴と言える程の特徴なんてIFSとナノマシンぐらいだ。

 

……まあだからこそ、両方共調べられるここにいるんだろうけど。

イネスさんも、研究者だからそりゃ乗るよね。俺も拒否はしないし。

言われる言葉の予想が大体付きつつ、それが形にされるのを待った。

 

「――私たちは、あなたに期待してる。

 あなたのナノマシンが要因ではないか、と」

「協力して、ですね。

 いいですよ、俺の身の安全は絶対ですけど」

 

悩む理由はない、が。ここで流されるのだけはよろしくない。

ここで適当に対応して、相手側に条件を決められるのは避けなきゃ。

出来る限り、解釈の余地がない状況にしとかないとまずい。

 

何が不味いかっていうと、この交渉相手がエリナさんってこと。

この人、基本的に交渉が上手くない癖に押し切ろうとするからね。

俺の反応に、少し息を飲んでる内にこっちから掛からなくては。

 

「こっちは今回の検査データを提供します。

 そちらは解析して、その結果を提供してください」

「ええ」

「俺に対する隠蔽はなし、個人情報漏洩なし。

 解析後の利用と、追加の検査は要相談でどうです?」

「……いいでしょう、それで飲むわ」

 

基本は、相手を出し抜かなくても協力できると認識させること。

出し抜いた場合のリスクより、協力による安定が上と思わせること。

裏切るよりも、交渉が低リスクなら誰だってそうするわけである。

 

包括契約ではなくて、余り判ってない状況なので契約も小刻み。

ああ、これだと検査データの解析以外の利用の禁止が入ってないか。

それも追加で口に出しながら、お金の話を手を振って拒否した。

 

「お金はお給料貰ってるんでいいです。

 ただ、違約はしないでいただけますよね?」

「ええ。

 その時は交渉に乗ってもらえるんでしょう?」

 

ほら、こういう人である。きっちりしてればきっちりなのだ。

テンカワさんみたいにやると、この人も意固地になってしまう。

どっちかと言わずとも、提督とかそっちの方の人よりであるのだ。

 

なんで俺も、こういう会話がこなせるようになったのかねと。

多少自嘲しながら、イネスさんが器具を外していくのに任せる。

手渡されたTシャツに袖を通して、起き上がって振り返る。

 

「どうでしたー?イネスさん。

 異常とかってありましたかー?」

「あるわよ。

 やっぱりヒットみたいね、あなた」

 

そう言って、イネスさんは俺とエリナさんにウィンドウを投げた。

並べられたのは、なんかのリスト。ファイルの更新日の一覧表かな。

上から目を通していくと、結構その数自体は30と多くはない。

 

一番初めのが20年前ぐらいで、次が去年の冬ぐらいのもの。

そのあと20個ぐらいがクリスマスで、続く3個がちょっと前。

んで、最後の10個弱……8個が、つい昨日のものであるようだ。

 

「これって」

「全部、あなたがボソンジャンプを見た日よ」

 

――あ、そうか。一番初めのは判らないけど、それ以外なら。

火星から地球へ、八ヶ月の時間ごと飛んだのが二番目の更新日で。

次がクリスマスの横須賀への襲撃。続いてがボソン砲と昨日である。

 

んーでも、ナデシコの関わったボソンジャンプってこれだけか?

有人誘導ミサイルの時とか、月面の襲撃時もそうじゃないのかなぁ。

……だから、見た、といったのか。俺が見ることが必須なのかな。

 

「……俺が見たもの、だけですか」

「それか空間を認識してたもの、かしら。

 実行時、或いは出現時を認識したものだけね」

「どういう内容の更新ですか?」

 

こうして並べられている中に、一番目のがあるということは。

多分、同一系統のものであるということだとは思うんだけれども。

謎な言語で綴られた、恐らく何かへの入力データと推測される。

 

事前予測の度に、そういうものがあったと思うと微妙だけど。

何かの入力データらしきものという回答が来る、と予想しながら。

問いかけた質問に、イネスさんは瞳をギラギラさせて笑った。

 

「――分析データかしら。

 一番最初のファイルと類似しているわ」

「分析データ、ですか」

「早速、ネルガルの解析班に回すわ。

 …………期待をしていて頂戴」

 

分析データか。俺はあれを入力データの複製だと思ったのだが。

微妙に釈然としない気持ちを不思議に思いながら俺は頷いた。

……これからのことを考えるにしても、解析結果待ちだしね。

 

 

 

 

 

俺たち、というか。俺がナノマシン検査を受けている間。

ナデシコはエステで、漂流中の敵小型シャトルを回収したらしい。

中には10代前半の女の子が一人、気絶していたそうである。

 

イネスさんによると、どうやらボソンジャンプの出現時に。

ちょっとエラーがあった様子で、その衝撃で揺れたとのことだが。

なんとそのショックで、記憶喪失になってしまったらしいのだ。

 

とはいえ個人証明物は普通に持っており、お名前は白鳥ユキナ。

……どう考えてもあれですよね。白鳥九十九さんの関係者だろう。

しかし、当の本人が記憶喪失と言ってるんだからと思った矢先。

 

やらかしました、この子。大浴場に侵入して、のぼせたそうだ。

のぼせただけならどうでもいいが、目的はミナトさんの暗殺。

爆弾を持ち込んでいたらしく、それで自爆覚悟であったようだが。

 

まあのぼせた挙句、暗殺対象に介抱されてほだされてちゃねぇ。

その際に、全然記憶も失っていなくて、白鳥さんの妹と判明。

……流石ミナトさんっていうか。結構お互いに気にいったらしい。

 

彼女自体は、和平交渉の使者として選ばれて此方に来たらしい。

使者とは言うが、彼女にその交渉の権限そのものは与えられずに。

交渉用のリアルタイム通信機を持たせられ、飛んできたそうだ。

 

そのリアルタイム通信機。どう見ても敵無人兵器なんだけど。

そいつを用いて、まずは白鳥さんとミナトさんに会話して欲しい。

白鳥ユキナさんは、艦長にそう申し出て直ぐに認められた。

 

通信機を付けるとすぐ白鳥さんが出て、ユキナさんを心配する。

そのユキナさんは「特別だからね」と一言言って、ミナトさんに。

通信を始めたミナトさんと白鳥さんは、何とも言えない空気で。

 

これを100%の精度で表現できるほど、俺には語彙がなく。

無理矢理例えたなら、若い人に任されちゃったお見合いだろうか。

なんとも甘酢っぱい空気の中で、白鳥さんはこう切り出した。

 

「――ミナトさん、もしも和平が決まったら。

 和平が決まったら、是非私と――――!」

「白鳥さん、その言葉は。

 直接出会ったときに聞かせて、ね?」

 

白鳥さんの言葉に、ミナトさんは穏やかに微笑んでそう返し。

周りがふわぁっとした空気に包まれる中で、俺は混乱していた。

……イヤイヤ、なんか色々展開が早くないんですか、と。

 

だって白鳥さんとミナトさん、まだ出会ってそう経ってない。

拉致された時も、時間としてはそんなに長くはなかったはずだ。

それがなんで。こんなレベルで話が進んでしまっているのか。

 

ミナトさんは凄い頭のいい人で、雰囲気だけには乗らない。

けれど、こうしてその返事をしたってことはOKってことだろう。

癖は確かに強いがあれだけ頭のいい人が、本気なのだろうか。

 

しかし、そうやって戸惑う俺とは対照的に。

ブリッジの雰囲気は、そういった明るく穏やかなままである。

そんな中で、艦長はナデシコの方針について、宣言をした。

 

――――皆さん。艦長としての私の結論を発表します。

私はネルガルと軍を説得し和平交渉を実現させたいと思います。

このまま戦争を続けるより二人に幸せになって貰いたいから。

 

その艦長の発言は、どうやら無言の中で肯定された様だった。

提督もエリナさんも口出しをしない。それが多分答えなのである。

白鳥さんもそれに小さく頷き、そして静寂の中で言葉を発した。

 

「ご決断、感謝致します。

 それではもう一つ、和平会談に向けてですが」

「はい、なんでしょう」

「和平会談を開くに当たり。

 木星連合の上層部が一つの条件を出しました」

 

ここに至って口を挟むことなどこの場にいる誰も出来やしない。

ただ、どのような条件が挙げられるかそれだけをみんなが待って。

こほん、と小さく咳払いした白鳥さんは厳粛な声で述べ上げた。

 

「――木星連合は地球連合と会談を希望しています。

 機動戦艦ナデシコを、その大使として送っていただきたい」

 

その言葉の意図を、誰が一番早く正確に理解したのだろうか。

色々と汲み取れるその文脈は決して単純なものではなくて。

事態は、思っていたよりももう少し面倒臭くなりそうな予感がした。

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。