日陰者たちの戦い   作:re=tdwa

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白鳥さんの通信は、その場で即答することはできないと回答。

そりゃそうだ。ナデシコに和平交渉なんて出来るはずもないのだ。

人選とかそういうのの前に、地球連合の全権なんて持ってない。

 

もしも有りうるとしたら、地球連合の本会で採択されたらだ。

……それにしたって、ナデシコ並びにその代表者に全権は、ね。

流石に役目の方が重すぎて、俺たちはお呼びじゃないのである。

 

どちらにせよ、上の方に伺いを立てさせてもらうと回答すると。

白鳥さんも無理なことを言ってる認識があるらしく、申し訳なさげ。

残念ながらこちらには返答する権利すら持ち合わせてないからね。

 

とにかく艦長個人としては前向きであると告げ、通信は終了。

ユキナさんはミナトさんに連れられて、ブリッジを出て行った。

そこに残っているのは俺とか艦長とか、要はブリッジクルーだ。

 

……っていうか、これってあれだよね。言っていいのかな。

いやこんな明白なもの、みんな判ってて言わないだけだろうけど

こう口がむずむずしては、うん、どうにも我慢できそうもない。

 

「――罠だよね?」

「罠ね」

「罠だろうねぇ」

 

そうだねと提督と副長が返してくれた。他の人も大体頷いてる。

だって、流石におかしいよね。ナデシコが大使って一体何事だよ。

それも白鳥さんじゃなくて、木星連合上層部からの条件である。

 

白鳥さんがというなら、交流が既にあった相手をとなるけど。

木星連合上層部からの指名となると、俺たちは目の敵のはずだ。

何せ俺たちは、これでも地球連合の単艦最強であるのだから。

 

「……裏表がない可能性はないんですか?」

「それは難しいよメグミちゃん。

 大使の選択だって、外交の内になるんだから」

「白鳥さんは本心かもですけどね」

 

裏表以前に、理由のない行動なんてものはありえないわけで。

艦長の言う通りに、絶対に何か目的があってのご指名のはずだ。

白鳥さんのことも俺は信用しきれないけど、それはともかく。

 

「それにしても、なんでナデシコなのかしら」

「そうですよね。

 言っちゃなんですけど、そんな価値はないですよ」

 

みんなの疑問をエリナさんが代弁し、それに副長が続く。

そう、問題はやっぱりそこなのである。ナデシコに価値はない。

ナデシコは強いだけで、ネルガル所属のただの軍属艦である。

 

確かに地球連合最強の戦艦ではあるし、広告塔でもあるのだが。

それはこちらの都合であって、相手からは厄介な敵でしかない。

ナデシコが和平をとなれば確かに意味はあるだろうが、でも。

 

あくまで地球圏側のイメージ戦略的なものに過ぎないのは事実。

木星連合が地球側の本気を内部にアピールしたいというにしても。

もっと、地球連合を代表するような重要な艦は他にもあるのだ。

 

「……ナデシコの廃艦が条件、とか」

「それなら尚更ナデシコを呼ばないわよ」

 

ナデシコを目の敵にしていて、それに八つ当たりしたいなら。

別にナデシコを指名しなくても、和平交渉で条件にすればいい。

提督が言う通り、排除が目的ならその方が効率がいいだろう。

 

排除するために呼んでも、出来るのは鬱憤ばらしだけである。

それだけならそれでもいいけど、まさかそんな訳があるまいに。

微妙な空気の中で、顎に指を当てた艦長が小さく呟いた。

 

「条件……っていうけど。

 あれって地球側へのかなぁ。白鳥さんに、じゃない?」

「……木星内での内部対立ってことね」

 

先程までのは、地球側への要求だというのが前提であるけれど。

仮に上層部から白鳥さんに、和平交渉担当者に出されたとすれば。

相対的に、和平を望んでいない人達がいるということになる。

 

いや、まあそれについては当然いるという見込みだろうけど。

社会的にもそういう社会で、100年の恨みがあるんだろうし。

だとしたら、なんでその人たちはそんな条件を課したんだろうか。

 

「――継戦派がいたとして。

 ナデシコを呼ぶ目的ってなんでしょう?」

「そりゃ、最終目的は継戦だよ。

 和平交渉を失敗させるのが目的じゃない?」

 

む、そりゃそうだ。ってことは失敗させにくるのはほぼ確定か。

木連上層部がどこまで意思統一出来ているかにもよるけれど。

全くの一人も工作員や交渉人を出してこないなんて、ありえない。

 

しかし、和平交渉の失敗にナデシコを呼び寄せるってのもなぁ。

失敗にナデシコを使うのか、失敗にナデシコを巻き込むのか。

……ナデシコが直接成否に関係するってのは予想しにくいんだが。

 

「継戦派が失敗させにくるとして。

 その時って、ナデシコの役割って何かなぁ?」

「あら、そんなのは判りきったことだわ。

 原因押付けて纏めて排除に決まってるでしょ」

 

ちょっと思考が遅れたか。艦長が俺の一歩先の話題を出した。

そうか、その時の役割を考えれば、責任追及の対象しかないか。

継戦派が排除したいのは、和平派だけでなくナデシコもだ。

 

しかしエリナさんも権力争いには、やっぱり手馴れてるんだね。

そうでないときは、割とポンコツ気味の人に思えてくるけど。

ともかく、まとめてか。どうにかして和平を失敗させて――。

 

……違うな。失敗だけだと、和平派自体は排除できないんだ。

潰さなきゃいけないのは和平派と和平の目の両方になってくる。

やるなら、普通に考えてまとめて潰してくると思った方がいい。

 

しかし、そんな都合よく纏めて潰す手があるものなのかね。

ナデシコを呼んだってことは、ナデシコは確実なんだろうけど。

和平派と目を、とそう考えた所で、小さな呟きが耳に届いた。

 

「――――和平派の暗殺、ね。

 原因をナデシコに押付けてプロパガンダ、どうかしら」

「提督」

「やることはシンプル、効果は絶大。

 和平派とナデシコの排除と継戦の全てを狙えるわ」

 

――――確かに。確かにシンプルな行動で、総取りができる。

ナデシコを呼び寄せて、会談中に白鳥さんを暗殺して。

その後、直ぐにナデシコを報復行動で撃破してしまえばどうだ。

 

目撃者も反論者もいないから、その後はどうとでも発表出来る。

失うものも少なく、ミスも非常に発生しにくいと考えられる。

……ああうん、言われてみれば俺だってそうする最適解である。

 

「……ま、そうなるとも限んないけどね。

 とにかく、まずは連合政府にお伺いからよ艦長」

「あ、はい。

 ナデシコ、地球方面へ向かってください」

「あんたたちも。

 ……覚悟だけはしておきなさいな」

 

提督は、どんな覚悟とは一切言葉にせずブリッジを出て行った。

……覚悟、覚悟ねぇ。俺は一体何について、覚悟すべきかな。

まだ戦争が続く覚悟か、それか知合いがまた死んでしまう覚悟か。

 

それにしても、戦いを続ける為に死を望まれるだなんてね。

死に方の中でも、出来る限りの限界まで嫌な死に方ではないかな。

それぐらいなら意味がない方がマシだなんて、ちょっと思った。

 

 

 

 

 

ナデシコインヨコスカシティ。前に来たのはクリスマスだった。

白鳥さんが希望する和平会談、それと伝えられた条件について。

それぞれの人がそれぞれの行動をする為に、一度地球に戻ってきた。

 

といっても。アカツキさんやエリナさんやプロスさんがネルガルに、

提督や艦長副長が、連合軍の方に報告をしに行ったぐらいの話で。

他の皆さんにとっては大体休みっていうか、実質お休み期間である。

 

……少なくとも、和平の使者が乗っている状態で戦闘は出来ず。

指揮官級が艦を離れている時点で、非戦闘任務も中々出来ないしね。

ナデシコは今まででもしかしたら初めての、完全休養状態に入った。

 

ヨコスカが選ばれたのは、まあその場所の都合の良さっていうか。

色々と皆さんが動くので関東が良かったってだけなのであるが。

休みを与えられる俺たちにとっても、決して都合の悪い話ではない。

 

白鳥ユキナ。彼女の存在は公表されていないが隠されてもいない。

木星連合から使者があり、地球まで来たと知られてないだけだ。

使者が来たのも、連合政府の上級の関係者しか知らない話である。

 

んで、護衛はつく。当然付くけど別に外に出ることに支障はない。

寧ろ案内人がついて外を観光する分には、推奨された程である。

使者の方に地球を知ってもらうこと……俺は遊びたいだけだけど。

 

提督や艦長、そしてアカツキさんたちがいないこの現状で。

ユキナさん用のお財布の紐が回ってきたのは……何故か俺である。

まあミナトさんと俺だったら、どうかな。どっちが妥当だろう。

 

結構な金額が出処は知らないけれど、新しい口座で渡されて。

遊んで買い物してご飯食べる資金だと判ってるので、遠慮なく。

ミナトさんと俺が中心になって、ユキナさんを案内する訳である。

 

うん、相手が13歳の女の子っていうのはちょっとアレだけど。

たった一人こんな場所まで来ているわけでさ、凄く不安だよねぇ。

俺はテンカワさんでも気になったのに、気にならないわけがない。

 

丁度俺も、ミナトさんに一回確認してみたいこともあったしね。

他の都合の良い人も、適当に参加したり途中で抜けたりしながら。

平均すると5人ぐらいの集団で、東京を巡ったりするのである。

 

最初の頃は結構警戒もされてたけど、一日目も後半になると。

「地球人にしては」と彼女の感覚からでは、最大級の賛辞もあり。

途中で二人になっても話が続く程度には警戒されなくなった。

 

彼女自身も、うんいい子である。元々しっかりしているのだろう。

木星があまりいい生活環境でないのか、一々反応はするけども。

お持て成しではあるが、がめつくも遠慮し過ぎもなくやりやすい。

 

休憩に入ったケーキが有名なカフェで、全種類を注文して。

彼女が一口ずつ食べて残ったのを俺が食べるという素敵協力プレイ。

そんな光景を、ミナトさんとメグミさんが笑ってみてたりする。

 

気に入ったケーキは、彼女が最後まで食べようとしていたり。

大量のクリームと格闘する姿を見てたら、段々時間が過ぎていき。

他が席を外した結果、ミナトさんと二人になる瞬間が訪れた。

 

お互いに飲み物を口にするばかりで、急に会話がなくなって。

チラと送った視線も、静かに受け止められるばかりで反応がない。

……聞きたいことがあるならどうぞって、そういうことだろう。

 

「――ぶっちゃけトークなんですが。

 その、どれぐらい本気だったりします?」

「割と命賭けていいかなってぐらい」

 

そうきたかー。不意にくる全力の回答に思わず俺は天を仰いだ。

正直こういうジャンルの人の思考って、俺には想像しにくいけど。

これってどうなんだ。結構逝ってるレベルの回答じゃないのか。

 

取り敢えず落ち着いて。何が聞きたいのかをもう一度整理しよう。

白鳥さんのプロポーズについて、どこまでちゃんと認識してるのか。

軽々しく考えるには、ちょっとこの恋は重すぎると思うんだ。

 

「出会ってすぐですよね」

「そうね」

「好きになる時間もないですよね」

「いい人だってのは知ってるわ。

 ユキナちゃんを見ても一目瞭然よね」

 

それは俺も確かに思う。あの妹さんのお兄さんなら、相当だろう。

しかし、今ので確信が持てた。現状ではいい人以上に思ってない。

いや、正しくは白鳥さん自身に恋焦がれてる訳じゃなさそうである。

 

「命掛かりますよ」

「そうでしょうね」

「ぶっちゃけ雰囲気に酔ってますよね」

「否定はしないわ」

 

ああ、自己分析も機能してるのか。目が曇ってるわけでもない。

それでもまだ、これを一時の感情と割り切っての判断をしないのか。

リスク計算だけなら、もう手を引いていておかしくない状況だが。

 

心配というよりは不安。この人が、急に手をひっくり返さないか。

もしもこの人がそのまま貫くならば、和平の大きなファクターになる。

上手く和平が出来て結婚したら、きっと平和の象徴にもなるだろう。

 

若き艦長と最強の戦艦の操縦士。そして見た目はかなりの美男美女。

それはそれは素敵な恋物語として、後世に語り継がれるかもしれない。

だからこそ。俺は凄く凄く、この人の本心が不安でしょうがない。

 

「まだ好きでもないのに、どうしてですか?」

「それぐらい大した問題じゃないと思えるから」

 

好きでもない人と結婚するというのは、俺には想像が出来ない。

そもそも、結婚などというものを真剣に考えたこともあるわけなく。

恋愛結婚でない結婚も、確かに有りうるという知識が頭にあるだけ。

 

一緒にいれば情も湧くとは、色んな場所で見てきた言葉だけど。

この状況は、果たして順番を変えてまでそう為すときなのだろうか。

考えて黙ってしまった俺に対して、ミナトさんは更に言葉を告げた。

 

「私は、きっと彼を好きになる。

 平和になった世界も私たちを祝福してくれる」

「そうですね」

「――ほら、この恋は命を賭ける意味があるでしょう?」

 

……ああ、俺には判らない理屈だ。理解出来ても納得できない。

確かにきっと、白鳥さんは好きになれるほどの魅力があるだろう。

すごくロマンチックな恋愛は、それだけでも心を震わせるかも。

 

その恋は、きっと素晴らしいものになるかもしれない。

けれど命を賭ける意味があるかと聞かれたら、価値観の相違である。

俺はこの“世界のヒロイン候補”の言葉を正確には理解出来ない。

 

でも。本気、なのだろう。本気であることに違いはないだろう。

難しいものと理解していて、寧ろ望んでいるなら、俺は止めない。

出来ればその恋が上手くいき、誰も不幸にならないことを祈るだけだ。

 

――時間は無情に過ぎていく。この穏やかな日々も終わりを告げる。

ナデシコがヨコスカについてから、13日が経ったその日。

和平交渉の大使、機動戦艦ナデシコはヨコスカドックを旅立った。

 

 

 


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