ナデシコを見て最初に、予想よりも遥かに大きいと思った。
300mと聞いていて、かつ3Dモデルは見ていたが。
距離としての300mと、構造物としての300mは違ったらしい。
地元にあった、展望台的なタワーが確か70m強だった。
長さで言えばその4倍。しかし、これはあくまで戦艦なのだ。
直方体ではないけれど、奥行300に加えて縦も横もある。
当然のことながら金属製。メタリックカラー。
3Dモデルとは違って、光が織り成す影のコントラスト。
浮かび上がるような質量感に、ああこりゃデカいわと素直に思えた。
改めて、胸が高鳴るのを感じた。どうやらワクワクしているらしい。
案内してくれた社員さんが、入口を教えてくれた。
仕事があるらしく、案内は出来ないそうだが仕方がない。
入口は二つ。格納庫に直通の大きな搬入口と、普通の搭乗口。
搬入口は荷物の運び入れをしているし、避けた方が良さそうだ。
外枠は完成しているように見えるが、中身はまだなのだろうか。
コンソールを握って、艦内地図を呼び出す。
まだ整理されていないデータベースは、クラウドしている。
見つけた地図も、ただの設計図と大差がないレベルだった。
案内地図とか作らなきゃと思いながら、誰もいない搭乗口へ向かった。
ナデシコに入って、取り敢えず自室とされた場所に向かってみた。
一応、運航班の一員に当たるからか、居住域でもブリッジ近くである。
時折作業中の人とすれ違いながら、静かな廊下を進んでいった。
見つけた部屋は、生体認証のロックがかかっていた。
案内地図すら出来ていない割には、設備は出来ているらしい。
……まあ、案内地図がないのは俺が作ってないからだが。
中に入ると、思ってたよりは狭い感じのしない部屋だった。
備え付けの家具の中に、送りつけていた荷物が置かれている。
中に入っているのは、大抵が服とか多少の本の類である。
ダンボール3箱分。纏めてみると案外少なかった、俺の荷物だ。
引き払う際、本当に必要かどうか考えたら小さく纏まってしまった。
荷物の多さが人の中身などとは思わないけど、少し寂しい気もする。
そも。
俺の趣味といえるのが、大抵データ化出来るのが問題である。
何せ俺の電脳にすら入ってしまうのだから、何も必要ない。
ベッドのスプリングを確認して、部屋の設備を見て。
ダンボールをどうにかしようかと思って、やっぱり止めた。
この程度の荷物なら、後からなんとでもなると思えた。
それよりも、先に中を見学にでも行ってみよう。
現状、まだ正規クルーは殆ど来ていないはずだが、いる人はいる。
常識的に、挨拶ぐらいはしておくのが普通だろう。
そう思った俺は、取り敢えず自室から出ることにした。
人がいそうな、というかいると判っている場所は現在3つ。
格納庫とブリッジと食堂である。勿論IFSで確かめた。
雑多なデータの中で、センサー類を探すのは少しだけ手間だった。
ま、最初は俺の仕事場であるブリッジか。
他のクルーはまだ搭乗していないが、どんな場所かを見ておこう。
何より、他の場所よりも圧倒的に近いのがよかった。
士官用の部屋の前を通り、階段を降りるとすぐブリッジ。
入口から恐る恐る覗き込んで、俺はやっぱり引き返した。
全体的に作業中である。修羅場っているので入りたくない。
なんか椅子とかをギュイーッて設置している。
なんかコンソールの配線をグニグニ弄っていたりする。
そんな中で平気な顔をして打込みしてる人もいる。
なんというか、俺はそんな場所に平気な顔では入れない。
いやあ修羅場ってますねえ!なんて思っても口に出せるわけがない。
真剣な雰囲気、というのが苦手なのである。子どもなのだ。
まあ、丁度他のクルーも来ていないことですし。
入艦記録を見る限り、多く来ている整備班を見に行こう。
格納庫格納庫、と仕事人たちの職場に俺は背を向けた。
格納庫はナデシコの後部。ナデシコの色々が詰まっている。
兵器類だけかと思いきや、物資も結構な割合で置いてあったり。
戦艦はよく判らないけど、結構雑な設計をしている気がする。
あくまで、気がするだけだ。
専門の人が作ったものに、大声で文句を言うつもりもない。
どうせ実験艦なのだから、これはこれでいいのかもしれないし。
格納庫に近づくと、やっぱり仕事中の人が多い感じだった。
邪魔にならないように、現場には入らずに壁沿いの通路を通る。
丁度高い位置にあるから、下の光景もよく見えて、案外悪くない。
いや、見るだけならば監視カメラでも見れるけどね。
あんまりそういうのばっかりに頼るのも、覗き的でよくない。
そこらへんのセキュリティも調節しなきゃいけないんだっけな。
誰か話しかけられそうな人がいないかなーと思って見て回る。
乗員名簿と顔を照らし合わせて、正規クルーを確認。
大抵が真面目に仕事をしているので、やっぱり話しかけにくい。
っていうか、作業着って本当に話しかけづらい。
なんか威圧感的なものを感じるのは、俺だけではないだろう。
人によっては情報補佐にゴーグルとかつけてるし、怖い。
まごついてしまう俺だが、幸い俺に目を向ける人はいない。
高場の隅にいるのもあるし、みんな忙しそうにしているのもある。
そんな内に、メガホンを持った人が、作業場から離れるのが見えた。
それを見た俺は、ピコーンと閃いた。
向かった先には格納庫の休憩用控え室があったと記憶している。
メガホンを持っているからには、指示出来る偉い人のはずだ!
ぺたぺたと目立たないように、その背中を追いかける。
IFSで最短かつ邪魔にならない追跡ルートを構築。
広いし、入り組んでいる分、追跡の為じゃなくても案内が欲しかった。
俺が休憩所にたどり着いたとき。
目当ての人は、自販機の前に腰に片手を当てて立っていた。
当然、もう片手は飲み物を口に傾けている。
リストアップしていた候補者の中から、顔を照合。
大体、現実時間で0.2秒程度。
俺が予想していたよりも、ずっと大物がヒットした。
「えっと、整備班班長のウリバタケさん、ですよね」
自動ドアが開いたことに反応したのか、彼は俺を見ていた。
大体30歳というところの、ちょっと細身のお兄さんだ。
少し気難しそうな顔が、訝しむように俺を見た。
恐らく、俺の服装に場違いさを感じたんだろうな、と思う。
色んな意味で俺の姿は、場所に適したものであるとは言えない。
いや、カーゴパンツだから、ある意味間違ってないかも知れないが。
制服に着替えてくればよかったかな、と少しだけ思った。
「あんたは?
作業員っぽくはないな。クルーか?」
「はい。タキガワ・トオル。
セカンドオペレータ兼、電算管理です」
飲み物を嚥下したウリバタケさんは、俺を誰何した。
別に隠していることでもないし、職務を答える。
どちらにしても、この人とは関わることも多いだろうし。
そう思って応えた俺に、ウリバタケさんは少し眉を顰め。
少ししてから、目を見開いて凄い勢いで俺に近寄ってきた。
うおっと引き下がる前に、俺は肩を掴まれる。
「セカンド……ってことは!
あんた非制限のIFS持ちか!」
「え、ええ。
そうですけど」
目の前に迫ってきた大声に、引きつつ。
嘘を言う理由も余裕もなく、俺は素直に応えた。
……微妙に、最近聞いたばかりの父の怒鳴り声を思い出しながら。
「マジかぁ。
非制限二人たぁネルガルも本気なんだなぁ」
「……ええと?」
「ああ、悪い。
中々見ないからちょっと興奮しちまった」
とはいえ、両親と違って怒ってはないらしい。
単純に、滅多にいないのを見た驚きであったようだ。
珍しいかもしれないが、俺はそれほど特別ではないのだが。
「興奮、ですか」
「おう。俺も欲しかったけど取れなかったんだよな。
システムに関わる人間にとっちゃ、憧れの一言だぜ」
「俺自身は、それなり程度なんですけどね」
実質、訓練を受けてきたとは言え、そこそこどまりだ。
それなりに色々出来る様にはなったけれど、トップにはなれない。
もう一人の、トップオペレータの足元にも及ばないのは事実だ。
「メインシステムは、もうおひと方の担当ですから。
俺はあくまでデータベース関係の担当です」
「……いや、でもアンタもIFS持ちなんだろ?」
「トップオペレータのホシノさんですけど。
そちらの方は、IFS適合強化体質の方ですよ?」
俺が、人類の中でIFSに“耐えられる素質”を持っているならば。
まだ会ったことのないホシノルリさんは“使いこなす”為に作られた。
当然、その素質は比べるまでもなく、残酷な程に明確だった。
IFSも、俺に合わせて調節されたものとフルスペックのホシノさん。
訓練期間も遥かに違い、残念ながら俺は技術的にも勝つ余地はない。
トップとセカンドという名前通りに、実力にも差があった。
「――とんでもねえな」
「はい。
俺は、彼女のサポートです」
「アンタを二番手に、か。
この艦豪華過ぎるな」
「……は?」
何を言ってるのだろうか、この人。
思わず、俺は気の抜けた声で聞き返してしまった。
まるで俺を知ってるような、そんな感じだが。
腕を組んでうんうんと頷くウリバタケさん。
そんな目の前の彼も、俺の様子に気がついたらしい。
どうかしたのか、と不思議そうに俺を見てきた。
「――豪華、ですか?」
「いや、だって。
整備班用のインターフェース作ったのアンタだろ?」
「……そうですけど」
俺の仕事はデータベースと、そのアクセス全般である。
航行と戦闘システムをトップが担当し、それ以外が俺だ。
当然、普通のクルーが使うためのシステムも俺が構築担当である。
俺がこんなに早くここにいるのも、それが理由だ。
各システム自体は商品として持ち込まれているが、運用は俺。
統合して、俺以外にもアクセス出来るようにするためである。
整備班が他のクルーよりも先に乗艦するのなら、当然先に作っている。
というか、俺が練習がてら初めて作ったのが整備用のシステムだ。
有り余る時間と試行錯誤が詰まった、未だ未完成の子どもの積み木である。
だからこそ、微妙に納得のいかない俺。
なんでそれを今話題に出すのか、と思う程度には微妙な作品だ。
少なくとも本職の人に見せるにはまだ不安なものだった。
「あれを作れるなら、十分一流クラスだ。
特に、あのパーツデータはすげえ」
けれど、ウリバタケさんにはそうでもなかったらしい。
すげえとまで言われては、あんまり卑下するのもあれだけど。
実質俺にとっては褒められる理由があんまり判らなかったりする。
「……そんなに凄いですか、アレ?
カタログデータ打ち込んだだけですよ」
「全メーカー統一項目で、統一3Dデータ付きじゃねーか!
検索も便利で、どこがだけなんだよ!」
……そんなことを大声で言われても。
俺にとっては冗談とか、その場のノリの範疇である。
なんか、暇だったから全部モデルを作ってみた。
3Dモデルの制作は、比較的得意な分野である。
というか、時間を掛ければできる系統の分野は全般得意だ。
俺の強みは、電気信号と同じ速度で仕事が出来るというだけである。
「あれって凄いんですか?」
「……作った人間が判らねえのか?」
「残念ながら。
必要かなっと思った機能をつけただけなので」
「……まじなのか」
なので、俺にとってはまだまだ未完成だったりする。
必要な機能を全部備えつつ、直感的な操作ができることが目標!
俺自身がそうでしか仕事が出来ないから、そうせざるを得ない。
「俺は、素人ですから。
必要な機能は、言ってくだされば付けますよ」
「……無茶ぶりでもいいのか?」
「出来るかは保証できないですけど」
俺にプログラミングの才能は、やっぱりない。
だから、センスが必要な類のものは作れないけれど。
ウリバタケさんは、じゃあ、と小さく前置きして、言った。
「――物理演算付きのパフォーマンス計算機。
データ上で設計出来て、シミュレータに投入可能とか」
「……そんなのでいいんですか?」
「いまそんなのっていったかおめえ」
掴まれたままの肩を前後に揺らされる俺。
「いやっ!だって!
あのカタログ、それ見越して作ってたので!」
「――――マジかぁ!」
「浪漫な機体を俺も組んでみたかったしー!」
3Dモデルを作っているのだから、当然のことである。
流石に納期には間に合わなかったが、現在も続行中だった。
……だって。理論上のみの機体を作るとか、楽しそうじゃん?
しかし、ウリバタケさんは俺を揺らす。
とにかく揺らす。めっちゃ揺らす。
――俺の目が回りに回った頃に、漸く放してくれた。
「……とにかくアンタの実力は判った。
これからも、カタログデータの更新は頼むぜ」
「うっす……。
あー……レファレンスサービスもやるんで、必要ならどうぞ」
「……レファレンス?
電子司書か、どこまでやってくれるんだ?」
レファレンス。所謂、参考業務である。
つまりは情報の入手と選択についての補佐をすることだ。
図書館とかで司書さんに聞けば、大体教えてくれるあれである。
俺も、訓練期間中に電子司書の資格は取った。取らされた。
プロスさんが取ったらお小遣いくれるって言うから取ってみた。
直前に大体30分ほど本を読んだら取れた。擬似電脳万歳。
――日本に限らず、非制限IFSユーザーへの法整備などない。
マイノリティにも程があるし、その上社会でも大抵上層部である。
平等性などをアピールする人などなく、誰も問題視しない。
っていうか、非制限IFS入れてから電子司書とる馬鹿なんていねーし。
必要な人間は入れる前に取ってるし、いらないなら縁がない。
そんな必要になってから取るような素人なんて俺以外にはいないな!
それはともかく。
聞かれたことに、俺は少しだけ考えてから応えた。
一応プロスさんとの契約の中に入っている業務である。
「……情報収集と、レポート化ですかね。
内部外部に関わらず、どの情報源でもやります」
「外部もか」
「ナデシコのデータベースになければ、追加という形で対応します。
分野は限らず、犯罪にならない限りは」
レファレンスというよりは、データベースの管理サービスというか。
データベースは常に更新するが、その内容についての依頼は受けている。
そう言うと、ウリバタケさんはむぅと感嘆した様子であった。
「――非制限オペレータのレファレンスか。
研究環境としては、破格すぎるほどだな」
「……使われる場合は、一応正規ルートで申請して下さいね」
「なんでだ?」
俺の実力を過大評価しているようだが、まあそれはよい。
そんなことよりも、俺は最後に一番重要なことを忘れずに伝える。
これは命令系統的に、色んな意味でとってもとっても大切なことだ。
一応、俺は系統外のナデシコ運営班から派遣のナデシコ航海班である。
なので、俺の直属の上司はナデシコの副長だし、あるいはプロスさんだ。
そう伝えると、ウリバタケさんは面倒だろと不思議そうである。
それに、決まってるじゃないですか、と俺は無意味に胸を張った。
「俺の給料の査定にも入りますから!」
「……アンタ、実は結構いい性格してるな?」