日陰者たちの戦い   作:re=tdwa

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エピローグを読む前に、先に「ラストプレゼント 或いは、誰も幸せになれなかった話 (http://novel.syosetu.org/31283/)」をお読み下さい。
読まなければ、繋がりが判りにくい恐れが存在する可能性がございます。


エピローグ

 

 

 

風鈴の音がチリンと鳴る。クーラーの風が前髪を揺らす。

木製の、小洒落たテーブルに置いたグラスの水滴が右手を濡らす。

拭くかどうかを一瞬悩んで、そのまま自然に任せることにした。

 

クリアなガラス窓の向こう側は、まだ暑そうな日差しの中で。

熱気を感じた気がして、俺はもう一度アイスティーを口に含んだ。

微かな苦味と香り、そして何より氷の音が涼しさを感じさせる。

 

手元に小さく開いたウィンドウには、今日の日付と時間。

2201年9月18日午前10時27分。一般的には休日である日。

ホシノルリナデシコB艦長就任記念パーティまで、あと一時間。

 

「――ま、同窓会みたいなもんだよね」

「そうだね、久しぶりかな」

 

俺の向かいに座るのはアオイ元副長。現在は連合宇宙軍の中佐。

前より髪を伸ばして、イケメン度と同時にカワイイ度も向上している。

ああ、その代わりに幼さは殆どなくなったとは言えるんだけども。

 

戦争が終わってから3年。世界は変わった様なそうでもないような。

戦争中に結構重要な位置にいたものだから、元々変動も大きく。

戦争前と戦争後で、一気に変わったという感覚も俺にはないけども。

 

――うん。やっぱりきっと色々変わっているんだろうとは思う。

新技術も社会も組織も、変わらないものなんてそう多くはなくて。

まあ。変わっていくとは言えども大抵は地続きでしかないけど。

 

「……全く会ってない人も、そうはないけどね。

 元々交流ある人は、今でも時々は会ってたりするし」

「僕と君とかね」

「後はミナトさんとか、テンカワさんとか。

 ネルガルの人たちは今更言うまでもないけど」

 

仲良かったというか、一緒にいる機会が多かった人で会わないのは。

ムネタケ提督とか一応いないこともないけど、連絡はとっている。

大抵微妙に後暗いというか、クラックの依頼だったりするのだが。

 

仕事でイネスさんにはよく会うし、ウリバタケさんにも会う。

特にウリバタケさんには、色々と機材関係で無茶をお願いしたり。

結構アウトな改造もしてくれるので、中々お世話になっている。

 

ナデシコを降りて、戦争が終わっても引き続き仲良くしていて。

とはいえ、今回みたいに全員で集まるのは滅多にないんだけども。

それこそ……それこそ主要クルーの結婚式とかそれぐらいである。

 

「ミナトさんか、僕は中々会わないけど。

 どうかな、ちゃんと白鳥さんと仲良くしてるの?」

「ああ、うん。

 あの二人ならイチャイチャしてるよ」

「……イチャイチャ?」

「してるよ?」

 

しているよ。戦争が終わってすぐに結婚してから絶えずずっと。

こう、基本的に白鳥さんが、それほど女性に慣れていないのがあり。

ミナトさんがそれに合わせて、ゆっくりとした付き合いをしてて。

 

言葉通り、嫌味なく古風というか。段々距離を縮める感じで。

時々ミナトさんが我慢……我慢?しきれずに距離を詰める様だが。

それは俺はよく知らん。仲良くしている様で幸いなことである。

 

俺の即答ぶりに、副長……ああ、もう副長ではないんだけど。

なんとなく状況を悟ってくれたらしく、若干遠い目をして頷いた。

微妙になりかけた空気を払う様に、態とらしく俺は話を変えた。

 

「――それより艦長も。

 4ヶ月ぐらいだっけ、どんな感じ?」

「まだ、そんな目立たないよ。

 ユリカは落ち着いてるし、周りが騒がしいぐらい」

 

3年も経てば。結婚する所は結婚するし、子どもも出来る。

順当にテンカワさんと艦長は結婚したし、子どももお腹の中である。

ちょっと年齢的に早い気もするけど、個人的な感覚に過ぎない。

 

いいこと、だ。これでテンカワさんも一人ではなくなる。

なんというか、何処か寂しいような気もするけどもとても目出度い。

構ってた子に置いていかれるのは、やっぱり少し寂しいけども。

 

なんかこう、ふわふわしてる自分に気付かされてしまったり。

自分の方が余程、現実に向き合わなきゃいけないのは判るんだけど。

取りあえずは、彼らの行く末の方が、現状の俺には気になる訳だ。

 

「ミスマル大将も気が早くてさ。

 まだ性別も判ってないのに、名前を考え始めて」

「うん」

「誰が名付けるかとか話し合ってもないんだよ。

 それなのに、結構色々案をもう準備してるみたいで」

 

むう。あの艦長が幾ら父親といえど、任せるとは思えないけれど。

どっちかというと、テンカワさんと仲良く決めようとするだろうし。

何か口出しされたところで、すげなく断りそうな気もするんだが。

 

親バカと知られてる人だし、やっぱり孫バカにもなるんだろうか。

寧ろ普通にその方が健全でよろしいのではと、若干以上に感じるが。

性別が判ってないのに名前を付けるとなると、その方向性は。

 

「男女どっちでもいい系の名前?」

「そうそう。ゆうきとかそういう系。

 で、とおるって名前が案の中にあったから」

「……どうしたの?」

「とおるだけは駄目って。

 僕が絶対許さない姿勢で否定してきた」

 

喧嘩売ってんのか。俺の名前の何が悪いってんだ。俺の存在か。

……まあ、確かに知合いの子どもの名前には、ちょっとなぁ。

付けないだろうけど、可能性も阻止してくれた方が嬉しいかも。

 

艦長もテンカワさんも俺の名前は、確実に知って覚えてるし。

選ばれるとなると意図的なものになる訳で、なんでだって話で。

良い理由にしろ悪い理由にしろ、あんまり胃には優しくない。

 

なので総合的に見れば感謝するのだが、それはなんか嫌である。

副長もこういう言い方するからには、感謝を求めてもないだろう。

なればこの心遣いに、俺はさらりと意趣返しをするわけである。

 

「――お仕事どうです?

 特に統合宇宙軍との関係とかそのあたりは」

「一言で言えばややこしい。

 本音を言うと滅びろ統合宇宙軍」

 

うむ。その即答具合に、色々と億劫な状況になっているのは判る。

外から見る限りだと連合宇宙軍と統合宇宙軍が同時に存在して。

どちらかというと、連合宇宙軍が劣勢な状態で組織統合しそうだが。

 

一瞬無表情になる副長に穏やかに笑いかけて「ざまぁ」と言うと。

何時でも牙を剥けるぞと言わんばかりの、爽やかな微笑みが返ってきた。

すぐにお互いに不毛であることに合意して、和平の締結に至った。

 

「……君の仕事は?」

「いつも通り程々に。

 便利屋さんをやり続けてるよ」

「ボソンジャンプの入力機開発とか?」

「そういうの」

 

戦争終結後はネルガルに残りボソンジャンプの研究開発に関わって。

観測機や入力機、時々は別の研究開発やセキュリティを整えたり。

……一応、ナデシコBのメインプログラムとかにも携わりはしたのだ。

 

俺は元々の専門が特にないから、極端に目立った変な手癖もなく。

必要があれば電子の世界で勉強するだけなので、なんとかなっている。

事情的に独立は無理だけど、今後もそれなりにやっていけるだろう。

 

そう言った意味では変わりない。開発よりなので忙しくもないし。

基本的には納期とかはなく、エリナさんとかは俺に結構寛大である。

それはともかく副長は言葉を選ぶ素振りで、ゆっくり聞いてきた。

 

「ボソンジャンプの研究、続けてるよね」

「そうだね」

「……君が観測できる理由とか。

 昔は気にしてる余裕もなかったけど、判ったの?」

 

ああ、うんと。微妙に言葉を濁してしまうのは結構微妙な話だから。

ぽんと話すには流石に重く、内容的にも面倒臭いことこの上ない。

話せない程部外者って訳でもないし、内容も価値を失っているけど。

 

副長の今の仕事も、こんなことを聞いてくるものではないし。

恐らくは、そしてほぼ確実に、個人的に俺を心配しての行動だろう。

なので話すことに支障はないが、聞いて楽しいかと言われると。

 

「――割と早めに判ってた、かな。

 戦争が終わったのより、ちょっと後ぐらい」

 

でも、聞いて楽しいかどうかよりも、心配されない方が上である。

面倒くさい内容も、まあこの際は流石に仕方がないことだろうしね。

諦めて――そう、諦めて。俺は軽く現実に目を向けることにした。

 

「――俺のナノマシンの。

 最初のデータが、大体解読されたんだけど」

「うん」

「それから推測されることが。

 多分全ての答えというか、回答なのかなぁと」

 

今から考えれば大体25年前に更新されていた、あの謎のデータ。

テンカワさんにも一度見せたあれが、要するに答えの様である。

あの長くもないデータが、この色々なことに対する回答なのだと。

 

断言できないのはあくまで今からいうことが推測に過ぎないから。

間違ってはないだろうけど、そうだと採点してくれる誰かもいない。

なので、事実として語るにはあんまり俺も気が向かなかったりする。

 

簡単にそんな旨を伝えても、副長はそれでもいいと俺に言う。

ならばとは思うが、さてどうやって説明したものかと考えて考えて。

まずは最低限の前置きをして、順番順番に伝えていくことにした。

 

「――あのデータは。

 別の世界か、別の時間軸からボソンジャンプしたもので」

「……」

「最初のデータはその観測と処理データです。

 なので、誰が誰をどこに飛ばしたのかも大体判ってます」

 

別の世界。それか別の時間軸。

そう言い切れるのは、確実にこの世界のこの時間軸ではないからだ。

何せ、この世界ではそのジャンプは実行されなかったから。

 

つまり要するところは、このジャンプが行われたのは過去の日時。

この時間軸では過ぎてしまった時間で、そしてその時間に行われず。

別の、違う歴史を歩んだ時間軸で、このジャンプは行われている。

 

「結構、凄く変則的な処理をしてて。

 幾つかの点を順番にあげて説明していきます」

「……お願い」

「まず一点。

 この入力者はボソンジャンプの処理をしていた」

 

俺のデータは観測用のモノでしかない。それ以上の機能は持たない。

けれど処理ログの中では、その人はボソンジャンプの処理をしている。

まるで、あの極冠にあったジャンプユニットの様な動きをしている。

 

ボソンジャンプの自動入力機という訳では、恐らくはないだろう。

人間が。人間と推測される誰かが演算ユニットに接続されている。

その状況で入力したと、解読したイネスさんは断言してみせた。

 

「二点。

 その人は、解析用のデータと自分の母親の感情を飛ばした」

「……感情?」

「感情だけ。

 身体とか記憶は飛ばせる状況ではなく、パージしてる」

 

順番としては、自分の母親を目標地点までジャンプさせようとして。

その際に、身体から記憶と感情を切り離して飛ばそうとしていた様子。

身体は不必要なものと、束縛するものとして切り離しをかけている。

 

記憶と感情だけを目標地点に飛ばそうとして全てのものは飛ばせず。

更に記憶をパージして、感情だけを目標地点に飛ばせるまでの。

そのサポートをさせる為に、先行的に解析データだけを飛ばした。

 

飛ばした対象は、それこそどこでも誰でも良かったんだと思われる。

干渉出来るようになんらかの形で機材に繋がってさえ居れば問題ない。

例えば、病院の機材に繋がっているナノマシンでも良かったのだ。

 

「三点。

 目標地点は、母親の幸せな場所。幸せになれる場所」

「曖昧だね。

 それでも飛べるの?」

「処理したのは自分だから。

 なんとか無理やりやったんじゃないかな」

 

そして、その飛ばした先が、今から25年前になる訳である。

今から25年前に、恐らくは誰かの脳かナノマシンに感情が飛んだ。

記憶ではなくただの感情。だから歴史に与える影響は薄いだろう。

 

それでも飛ばした、それでも飛ばしたかった理由は。

その目標地点に掲げられた、幸せになれる場所という強い願いは。

……これから告げる事実を考えると、更に重い響きとなってくる。

 

「目標地点に、さ。

 付則情報というか、条件指定もあって」

「……」

「その条件が一言――――アキト」

「――アキト?

 アキトって……テンカワのこと、か?」

 

俺はどちらとも答えない。縦にも横にも首を振ることはしない。

AKITOと入力されたそれを、別の読み方が出来るなら、そうしたい。

副長の戸惑う様な問いかけには答えずに、俺は更に、更に続けた。

 

「データの入力日は、2201年9月13日。

 ジャンプアウトの日付は、2176年3月3日」

「おいそれって」

「……そうですね。

 僕らの艦長、テンカワユリカさんの誕生日です」

 

もうたった数日前に過ぎた日付に入力されたこの入力処理データ。

それがジャンプアウトした先は、アキトを目標にした25年前。

どこに飛んだのかの明確な答えなんて無いけど、必要もないだろう。

 

この時間軸ではないというのは、殆ど確実なことだと思われる。

テンカワ夫妻の子供は生まれてないし、艦長の記憶も健在。

だから。この世界では、そのジャンプの入力はされなかったのだ。

 

「――ちょっと。ちょっと纏めさせてくれ。

 演算ユニットに接続されたユリカの子供が、ユリカを?」

「恐らくは」

「それって」

「ご想像の通りでいいんじゃないかな。

 …………イネスさんは、確実に人体実験だと言った」

 

それは、俺の中にある観測用のデータの完成度を見ても判ると。

何百人という単位で解体せば、数年でもあのレベルに持っていける。

逆に言えば、数年であのレベルに持っていくのは、普通は不可能。

 

どういう歴史の流れでそうなったのかは、このデータの中にない。

だけど子どもがそうなった状況で、母親の艦長は無事なのかといえば。

自然な流れで考えてしまえば、そんなことはきっとないだろう。

 

だからこその幸せな場所という言葉が、どこまでも重く感じる。

もう駄目になった身体を捨てて、せめて感情だけでもという想いを。

このどうしようもない胸糞悪さを御裾分けするために口を開ける。

 

「飛ばした感情を要約すると。

 “私はアキトが大好き、アキトは私が大好き”」

「ッ!」

「なお、ジャンプ直後に。

 入力処理者は、どうやら機能停止している模様」

 

それも“産んでくれてありがとう、幸せに”と言葉を残して。

そして俺はその願いに巻き込まれて、今ここに立っている訳で。

ああいや、今はお洒落目の喫茶店に座っているんだけれども。

 

何が始まりだったのかは判らないしその時の状況も知らないが。

とにかく俺は、俺自身の何よりもただ偶然に巻き込まれただけで。

絶対的に俺が必要とされていたかというと、首を傾げることに。

 

「――要は、俺自身には何にもありません。

 母親の幸せを願った人に巻き込まれたわけでござるな」

「なんというか……本当になんていえばいいだろうね。

 因みにユリカはそれについて?」

「メールで送ったら“そうなんだ”の一言だった」

「……そっか」

 

まあ、それ以上の反応もしようも無いかなぁとは俺も若干思うが。

だって恐らくは、艦長にも昔の記憶は飛んできていないわけで。

記憶があるならもう少し色々別の行動をしていたんじゃないかな。

 

気になる点としては、あれだ。幸せな場所という言葉の意味だ。

もしかしてここは、艦長に都合のいい世界だったりするのかなとか。

俺がナデシコに乗ったのは、艦長の幸せのためなのかなとか。

 

多少は気にならなくも無いけれど、俺にその自覚は無いわけで。

考えても仕方ないことを考えるような性質では、ないと思ってる。

なので気分を変えるためにアイスティーを飲み干して、言った。

 

「ま、俺は舞台役者気取りの黒子ってことで。

 艦長も幸せそうだし、それでいいんじゃないかな」

「はぁ……。

 ちょっと油断したら、モヤモヤをお裾分けしてくるね」

 

うむ。なかなかに副長殿も曇ったようで実に幸いなことである。

この二人だと、暗いけど暗くなり過ぎないので凄い気が楽なのだ。

これが例えばテンカワさんだと、ひたすら暗くなりすぎるから。

 

事実は事実として受け止めて、感情はまた別で処理をする。

現実ってのは、案外そういう人の事務的な処理で進んでいくのだ。

スポットライトが当たる場所だけでは、物事は進んでいかない。

 

そんなこんなで俺たちは生きてるしこれからも生き続けていく。

陰というのは、陽を受ける人やものがあって、初めて出来るもの。

そこで生きてく俺たちは、ほぼ同時に時計を見て顔を見合わせた。

 

「ちょっと早いけど行こうか」

「行こうか」

 

そうすることになった。これ以上続けたい話でもないしね。

多分お互いに思うことはあろうけど、それを口にするつもりは無い。

テーブルの端に置かれた伝票をつかんで、副長に振り向く。

 

「支払いどうする?」

「君と割り勘だけは絶対にお断りだ」

 

さもあらん。俺だって俺相手の割り勘だったら全力で逃げ出す。

ぱっと見た感じ、大体3:1ぐらいの代金の割合の様である。

恐らく朝ごはん代わりに頼んだサンドとパフェが原因であろうか。

 

まあいいやと立ち上がり、二人の分を俺が纏めて払うことにした。

これでもそれなりに稼ぎもあるし、あんまり使う機会もないし。

店を出て歩き始めた俺に、隣に歩く副長がそうそうと口を開いた。

 

「今日ってさ、くるんだよね?

 ユキナちゃんとカザマさんの二人も」

「くるよ」

「結局どうするのさ、君」

「……どうしようね?」

 

なんか、最近二人とも色々ガチになってきているというか。

気がつくと、俺を追い詰めにかけようとする節が見られるので怖い。

なんというか、もうそろそろ逃げるのにも限界の様な気がしてきた。

 

前を向くのが怖い。責任を負うのが怖い。

一度は目を逸らした現実に真正面から向き合うのがどうしても怖い。

――――でも、いつかはやっぱり前を向いていかなくちゃ。

 

誰かが生きたいと望んでいた日を、怖がりながら生きていきます。

怖くても逃げ出したくても、前に向かうこの足を止めはしません。

だから俺に前を向く勇気をくださいと、俺は小さく英雄に願った。

 

 

 


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