ぶっちゃけた話、戦艦の中で銃なんて使えない。
壁の一枚裏は、各種精密機器で埋まってる。
その壁が銃弾に耐えられるほど丈夫かっていうと、微妙。
居住区ならブリッジとかよりはマシだけど、それもね。
結局は生命維持関係のアレが一杯詰まってるので。
まともな人間なら、戦艦の中で銃器なんて使わないのである。
んで、軍隊の人間はそこらへんは絶対にまとも。
撃っていい場所と撃ってよくない場所に関しては正確だ。
勿論それ以外に関しては、個人差があるだろうが。
軍の人達も銃は脅しに過ぎないのは、判りきった話。
なんかゲキガンガー?に感化されたらしく。
テンションあげたテンカワさんが、艦長迎えに行くとか言って。
みんなでナデシコ奪還しちゃう流れになったのである。
銃が使えず、相手は民間人。
それも多分手を出すなって命令されていただろう軍人さん。
かわいそうなぐらいに、パパッと片付けられちゃった。
いいのかなー?と思いながら、俺も俺。
やっぱりみんながノってる以上、その方が楽しそうだし。
丁度、チューリップも近くに出ちゃったみたいだし?
艦長が戻ったらすぐに動けるようにってことで。
唯一アクセス権が正常状態だったので、俺がブリッジに。
ホシノさんとメグミさんはテンカワさんのフォローに行った。
んで、副長とミナトさんと俺でナデシコ起動作業。
その間に、テンカワさんが何故か陸戦フレームで出撃した。
別に戦えないことはないだろうが、大変だろうに。
その陸戦フレームが襲われている間に、艦長が帰還。
ホシノさんとメグミさんもゴートさんに担がれてブリッジ入り。
作動キーが回され、メンバーが揃い、ナデシコは発進。
そんなタイミングで、ヤマダさんから通信が入った。
まだ骨折したままのはずなのに、エステバリスの発信許可。
……なんで?と思ったのは、多分俺だけじゃなかった。
「ブリッジ!
テンカワに空戦フレームを渡してくる!」
「……どうやってぇ?」
「空中換装だ!
オペレートは任せたぜ!」
そんなことを言って、通信は一方的に切られた。
空気が凍ったブリッジの中で、副長が最初に動いた。
再度、今度はこちらからヤマダ機に通信を試みる。
「ヤマダ機!
空中換装……ってのは?」
「コクピットを同時に外して、フレームにインだ!
名付けてクロス・クラッシュ!」
「……そんな機能ないんですが」
「やれば出来る!
俺は誘導通りに動くからアキトを頼むぜ!」
誰のツッコミも追いつかないままに、発進。
なまじハッチが空いていた分、誰も止められなかった。
エレベーターに乗った時点で止めたら危険である。
「……そんなの出来るんですか?」
「理論上は出来るな」
メグミちゃんの素直な疑問に、ゴートさんが応えた。
そう、理論上はできなくもない。っていうか出来る。
エステバリスの基本機能はフレームに着いているからだ。
だから、外から遠隔調整すれば、できなくもないけれど。
じゃあ、それを誰がやるのって話である。
2機を同時にフレーム外して、慣性頼りでぴっちり嵌める。
そんなのを遠隔操作で誘導しろとか、正直無理である。
そう思った俺が、ホシノさんを見ると目を逸らされた。
続いてミナトさん、メグミさんを見るも同様。
いや、元々彼女らが出来る操作ではないけれどもさ。
「――え。
俺、ですか」
「頑張ってください!」
俺に死刑執行を下したのは、満面の笑みの艦長だった。
――なんてやり取りがあったのも、悪くない思い出。
あ、ごめん嘘。流石に普通に顔引きつるわ。
本気で二度とやりたくないってかなり素で思います。
ま、何だかんだでナデシコはネルガルのものとなり。
スキャパレリ・プロジェクトは予定通りに実行される。
……その前に、色々補修も必要になったんだけど。
まだまだ完成してないって時に動かしたもんだから。
微調整が足りなかったり、改善点が見つかったり。
あともう少し、年内は地球にいるって話になった。
そんな感じで、取り敢えず本番前のリハーサルってとこ。
まだ宇宙に出てないけど、業務は予定通りに進行中。
つまり、夜番とかの交代制は、バッチリ運用され始めた。
そう、ここが俺の真骨頂なわけである。
本来トップ・オペレーターのホシノ・ルリはまだ年少。
体力を使うオペレートに、そもそも体力も貧弱気味。
他のクルーと比較すると最大スペックなのは短時間である。
ホシノさんに比べりゃ、俺なんて人間永久機関だ。
多少体格は小さいものの、年齢と性別相応の体力はある。
21歳成人男性、特技バカ食いは伊達じゃない。
とにかく、俺の仕事はどっちかっていうと夜間が多い。
別に平気は平気だけども。夜間手当一杯出てるし。
でも、問題があるとしたらやっぱり、あれである。
――夜って、みんな寝てるんだよねぇ。
当然、購買部とか食堂とかもフル回転ではないわけで。
出前も頼めないので、毎回毎回お腹空いて大変なのだ。
というわけで、夜勤明けのこのテンション。
減りに減ったお腹をどうにかするべく食堂に向かう俺。
せめて2000カロリーは摂取しないと寝れない。
時間は現在午前5時。
今なら、まあ仕込みをしている時間だと踏んだ。
流石にこの程度をIFSで確認はしない、お腹空くし。
そうして飛び込んだ食堂で見つけたものはッ!
――電気を消されて、厨房から灯りが漏れる。
その奥で動く姿は、エプロンを掛けた青年だった。
自動ドアが開いた音に、青年も手を止めて俺を見る。
俺の足音だけがかっかっと響き渡り――。
カウンターに手を掛けて、俺は青年に声を掛けた。
「――ヘイ、バーテン。
オススメを」
「お客さん、ここは酒場じゃないよ」
――オゥ、なんてこった!
この店は客にミルクすら出さないってのか!
それともあれか、マーマのおっぱいでも吸ってろか!
吸えるもんなら吸いてえよ、マーマ以外のおっぱい。
……あ、おしゃぶりとか?口が寂しい的な?
実はタバコを吸う人はおっぱいが恋しくて吸ってるとか?
女性喫煙者に同性愛志向があったとは驚愕の事実だ。
これは学会に発表するべき学説かもしれない。
ピンクはIN‐RANと同レベルの学説の可能性がある。
そんな深夜のテンションは兎も角として。
深夜29時はよくない。思考にブレーキがない。
せめて行動にぐらい理性を持ちたいものである。
「あ、ごめんなんかノリで。
テンカワさん、今って仕込み中?」
「そうだけど、簡単なものなら出せるよ」
というわけで、俺は冷静になって本来の目的を果たす。
このくぅくぅなるお腹をどうにかしなければ。
流石に眠れもしないっていうのは明らかである。
何か作ってもらえるというのはありがたいのだが。
簡単なもの、で収まるような空腹ではない。
俺的には何か、チャレンジメニュー二週目みたいな感じ。
「あー、ガッツリ食べたいんだよね。
夜勤明けだからさぁ」
「量的にってことすか?」
そうそうと答えながら、俺はカウンター席に座る。
食堂の電気を付けようとするテンカワさんを止めながら。
……なんか、これはこれで雰囲気があって良い。
しかし、俺にお冷を出しながらテンカワさんは困り顔だ。
流石にこの時間帯には、軽食ぐらいしかないらしい。
困らせるぐらいならそれでもいいかなって思い始めた頃だ。
「――あ、火星丼なら。
確かデミグラスソース残ってたし」
「……火星丼?」
「知らない?」
知らない名前である。俺は料理に詳しくないし。
聞き返した俺に、テンカワさんは首を傾げて見てきた。
……そこまで有名ってわけでもない感じ、か?
んー……正直調べようと思ったらすぐなんだけど。
目の前に料理人がいるのに、そんなのもなぁ。
体力もないし、素直に説明を受けるべく頷いた。
「火星丼ってのは、火星の名物で。
……一言で言うと」
「言うと?」
「野菜多めのハヤシ丼タコさんウインナー付き、かな」
「……野菜多めなん?」
ああ、うんとテンカワさんは少し寂しそうな顔をした。
……火星のこと、思い出しちゃったのかね。
俺のせいな流れではないけれど、少し申し訳ない。
「火星はさ、野菜あんまり旨くなくてさ。
食べられればいいみたいなとこ、あって」
「うん」
「量は多いんだけど、味はちょっとね。
勿論、ここで出してるのは美味いって保証するけど」
「そうなんだ」
……微妙に、俺の心配とは違った感じ、かな。
故郷を懐かしんでるのは確かだけど、嘆いてる感じはない。
案外、気にしてないのかもしれないなって俺は思った。
とにかく、聞いておいて別のものってのはない。
そんなに極端でもない、つーかごく普通のものっぽいし。
それが出せるってなら、火星丼を頼むことにした。
「――じゃあ、火星丼ティロ盛り。
それとサラダ大盛りと、あとミックスサンド二人前」
「火星丼のテラ盛りとサラダ大とサンド2ね」
ティロって。舌噛んだ。大盛りって言おうとしたのに。
本当に噛んだだけである。っていうか、テラってあれですか。
聞き間違いで補完してくれたけどあれっすかテンカワさん。
「かっ」
「火星だけにとか言うなよ殴るぞ」
「言うわけないじゃないですかハハハ」
――――セーフッ!
よかった、思いとどまって本当によかった。
流石に、俺もこの体力残量で殴られたらキツイ。
もう残りエネルギーはかなり少なくなっているのである。
さっきの注文でも、寝る前のちょっとした夜食程度だ。
フラフラなのは眠いのではなくお腹がすいているからだ。
用意に掛かる前にテンカワさんは振り向いて、俺を見た。
「すぐに用意するけどさ」
「なに?」
「――――残すなよ?」
「余裕」
実際、余裕である。テンカワさんは不安なようだが。
確かにね、俺の体格だと入るように見えないかもだけど。
俺を満腹にしたかったら、せめてその2倍である。
――これも、IFSオペレーターとしての才能である。
やがて、程なくして来た注文の品々を。
朝の仕込みに戻るテンカワさんを見ながら、余裕の完食。
呆れるように俺を見る視線は、何か変人を見るものだった。