死神が通るぞ   作:黄田田

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ジャック=ソルジャー76


第2話

この身を焦がすような痛みはどうしようもないのかと昔、モイラに尋ねたことがある。彼女は自分の実験体の人生を憐れんでか、それとも最高傑作に何か精神面での不備があってはいけないと思ってか適当なことをほざいた

 

「君の復讐の炎を燃やす燃料だとも思うといい」

 

復讐。復讐とはなんだ?俺はこの世すべてを憎んでいるが、すべて殺せばこの痛みは治まるのか?肉体を歪めてまで善なる世界の為に奮闘していたあの頃、最後に何が残ったと思う?

 

警官、兵士、ヒーローとして何百人のも犯罪者やテロリストどもを収監してきたが天秤は何も変わらなかった。世界はこれっぽっちも正義の側に偏ることはなかった

 

『明けない夜はない』そんな前提から間違っていた。いくら捕まえても犯罪者は減らず、非道な独裁者を斃してもすぐにその後釜として巨大企業が同じ暴虐を始めた。末端の売人を罰してもカルテルを解体しない限り何も変わらないように、不正を根本から絶たないといけないのに“文明”“法”とやらはなぜか不思議なことに不正を働く側を守ろうとする

 

そんな連中を滅ぼしたとしたとして、それは復讐なのか?真に正しい正義の行動ではないのか?自浄作用すら働かない組織・社会など、初めから無かったことにするのがマシだ

 

だから死神が必要だ。必要な殺しだったのだ!

 

だが正義の殺人なんて無くて、でも、しかし、だって

 

殺しは楽しい!!!!!もっと、もっと殺したい!!!!この逸楽にふけりたい!!!

 

「がああああああああああああああああああああああああああ!!!!」

 

精神の崩壊とともに形が保てなくなり溶けた金属のように崩れ、疼痛の海に沈んだ

 

 

 

***

宵闇の中、レイエスは周囲で最も高い建物の上にいた。改造されたアメリカの強化兵はどんな暗闇であろうと何メートル先の標的をも発見することができる。無線機で仲間にメッセージを送った

 

「ターゲットを発見した」

「あぁ、私も今見つけた」

「俺は緑色の少年をやる、お前は車の方を片付けろ。」

「ハァ?話が違う!どう見たってお前機動力のある相手得意じゃないだろ。それに生け捕りって内容だ、少年は私がやる」

「黙って俺に従え。“死にたいのか”?」

「…早くオヤジに逢わせてくれ」

「もういい勝手にやる。ジェイソンもどきは手を出すな」

 

警告もむなしく独断でターゲットに狙撃を始めるレディ・ナガン。レイエスは仮面の下で大きく舌打ちした。協調性の欠けるエージェントなど昔は存在できなかった。無断で行動する、任務に遅刻する、重要な書類を事前に読まない

 

最近は時代の変遷か、そもそも“世界すら変わったからか”こんな若造ばかりだ。例えばソンブラとか。ソンブラとか。ソンブラとか

 

あの緊張感のない態度で常に周りの人間を下に見ている小娘。レイエスもさんざん時代遅れの軍人だの清掃員だのおちょくられたものだ。かつての自分ならそんな態度も笑って見過ごせただろう。ただ年を取り、人間ですらなくなった今は無理だ

 

組織において指揮系統は非常に重要だ。急ごしらえの鍛造品とは言え、これは任務。失敗すれば命はない。そんなことは“当たり前”だ

 

(それを理解していないからあの女は…)

 

だが始まってしまったからには仕方ない。女の方を援護しつつ、自分はもう一人のターゲットを狙うことにしようとレイエスは決断した

 

「影よ、集え」

 

他者にも影響する『シャドウ・ステップ』によりニアハイエンド二体を少年の近くに展開し、自身も実態を持たない黒煙となる

 

さながら隕石のように標的近くに追突すると、すぐさま実体を持ち攻撃を開始した

 

オールマイトは焦っていた。突如緑谷の位置を示すGPSが消え、狙撃音が轟いたからだ

 

(くそっ!AFOの刺客か!)

 

少年の無事を確認するため、ギアを上げ道路をエルクレスを走らせる。だが前方にそれはいた。否、落ちてきた

 

「目的は分断と、遅れてやってきたヒーローの対処…だったな」

 

黒き死神は邪悪に笑う、過去の英雄を屠るため

 

オールマイトは激しい悪寒に包まれた。アレはまずいと、このクラスの刺客を少年の方へ派遣しているのなら、恐らくすぐにエンデヴァーらが救援に来ない限り命はないと思えるほど

 

それほどの強敵だ。ギガントマキアや完成した死柄木、AFO本体にすら及ぶかもしれない絶対的な死の気配、考える暇もなくそれは無骨な2丁のショットガンを構えると一斉射撃した

 

3回の射撃、50発程度のパレットを受けただけで車体が悲鳴をあげ、強化ガラスにひびが入った。次食らえば廃車確定だろう、そのリスクも踏まえたうえで急遽車体を旋回すると殺し屋へと突貫した

 

だが暖簾に腕押しかのようにとらえたのは虚空だけだった。今度は背面に射撃を食らい、エルクレスは動かなくなった。すかさず第二第三の散弾が飛んでくる、爆発する前にオールマイトは即座に脱出を選択した

 

少年との思い出、アタッシュケースを大事そうに抱えたまま。鍛え上げられた体幹はたとえ大幅に弱体化しても元英雄に無様に転げまわることを許さなかった

 

月は二人の老兵を明るく照らす、かたや世界に希望を残し、今もなお戦っている元英雄。もう片方は世界に怨嗟を残し、今もなお憎しみの炎を燃やす“元”英雄

 

いやレイエスは英雄としてすら評価されてなかったかもしれない

 

「オールマイトだな」

「貴様は…」

「お前はリストにないが、生かしておく必要もない。ここで死ね」

 

再び散弾の雨、生身で受けたら全身がはじけ飛ぶだろう。だからこそオールマイトは怖気づかなった。この程度の恐怖、現役自体から腐るほどあった。撃たれたら死ぬ?そんなことはわかっている、だがオールマイトは引かなかった。尋常でない覇気がレイエスを襲う

 

「殺したければ殺せばいい!私はもう役目は終えた身だ。だが覚えておけ、正義は常に悪より生まれ出ずる。悪がいる限り聖火のごとく、譲渡した正義という名の炎は消えない。そしてどんな人々にとってもそれはある」

 

下らない性善論とAFOから聞いていたOFAの力の原理だった。だがレイエスの心はそれは強く否定できなかった

 

そのやせ細った老人の言葉が、存在そのものがかつてのジャックと同じ『堂々と正しくした正義』そのものだったから

 

「…お前は」

 

レイエスはその実本物の英雄を見たことがなかった。ジャックは正義感に溢れ果敢ではあったものの清濁併せ持った対応ができずタロンの術中にはまってしまった。本人にとって未知の分野であるマーシー…アンジェラの医療研究や生物学、化学分野に投資したりと必死で視野を広く高めようとしていたことは覚えている。だが生来持った管見は、そう変わるものではないのだ

 

かつて英雄と呼んだ世界から自身の首を要求され、分相応な立場から強制的に降ろされた彼はレイエスと同様に闇に紛れ、過去の追求に埋没するようになった

 

「overwatchは嵌められた。すべては何者かによる陰謀だったのだ」

 

ソルジャー76が誕生し、エジプトで再び邂逅した際レイエスに彼にこう言った、「本当の敵を見失うなと」

 

レイエスは軍で執行役員をやっていただけあって組織運営、指揮系統に造詣が深く、オーバーウォッチのリーダー、ブラックウォッチのコマンダーとして最高レベルの責任を負っても、大局的に物事を見ることができたが、目が良すぎたあまりに残酷すぎる真実すら目に移ってしまった

 

ヴェネツィアを襲撃したことから始まった破滅は、責任をすべてブラックウォッチのみに押し付け自らの罪を隠蔽と言い逃れに徹しようとするオーバーウォッチ上層部の姿をレイエスの眼に焼き付けた

 

そして復讐の種がとうとう芽吹き死神に、レイエスとジャックは、二人いたからこそ正しく英雄たれた。そしてその二人を支えるアナがいたから、ラインハルトがいたから、ジェラールがいたからオーバーウォッチは真のヒーロー集団であれたのだ

 

だが眼前の英雄はたとえ独りでも、そのカリスマ性と力によって解決できたであろう。それほどの持って生まれた英雄性、まだ良心が残っていたころの自分ならこの人物がオーバーウォッチにいていたらと切望し、嘆くことができたかもしれない

 

だが今のレイエスにとってオールマイトという存在は極大の嫉妬と絶望を生む猛毒にしかならなかった。やせこけた姿でも英雄たる自分を見失わないその姿に、自分たちのすべてを過去のほとんどを否定されたような気がして

 

「正義は悪より出ずるというのなら、なぜ正義はかくも無力なのか」

 

アントニオのにやけ面が脳裏に浮かぶ、どれだけ多くの功罪を積んできた悪人を捕えてもすぐに金と権力によって解放されてしまう。証拠資料は悪によって爆破され、法すら正義の手を雁字搦めにする

 

オーバーウォッチは完全無欠の正義集団だったと謳う愚かな民衆が浮かぶ、誰がオーバーウォッチの暗部を、罪を“事前”に消してやったと思っているのか

 

―――力には逆らえない だからそんな大義の元、ヒーローを殺す

 

ヘルファイアショットガンがレイエスを蝕む猛毒へ火を吹いた。砕け飛ぶ過去の象徴…、だがレイエスがまた殺人を犯す前に地獄の炎環が彼の周囲に展開された

 

「間に合った」

 

そこにいたのは燃え盛る現ナンバー1 だった。炎を背負い、オールマイトの様子を確認した彼はどこか覚悟したような表情でレイエスを睨んでくる

 

「エンデヴァーだな。お前はリストにある、抹殺対象だ」

「貴様は…何者だ」

 

レイエスはその問いに答えなかった。発射されたショットガンのパレットだけが応答だった。鈍い音が響いたがそれはすぐに音もない業火によって消える

 

レイエスは即座にレイスフォームとなり難を逃れた。自前の銃の弾丸は鉄だけじゃなく様々な元素を合わせて合金となった子弾を使っているがさすがに摂氏1400度を超える炎の前には無力だ。一瞬で溶かされてしまう

 

エンデヴァーの前に陽炎が生じ、そんな彼をレイエスは不思議そうに見る

 

「妙だな。リサーチを済ませたうえでお前とオールマイトは仲が非常に悪いと聞いたのだが?奴を守るために即座に最高火力を出すなんてずいぶん律儀じゃないか」

「確かに、確執はあった。だが俺はこの男の実力を何よりも認めている」

「息子にはその尊重を分けてやれなかったのか?」

 

リーパーはその実、資料を見てヒーローたちの裏を知ったうえでエンデヴァーを心底毛嫌いしていた。レイエスにも息子がいる、もう会えなくなってしまったが。奴は毎日その腕で子を抱くことができたのにそれをせず、非道な真似をした。そんなうえでレイエスは彼の過去を許せなかった。正義の果てに息子を奪われた自分と、ただの己の欲望と執拗で息子を殺した男、なぜ奴の方がヒーローを騙れる

 

その言葉を聞いてエンデヴァーは顔を歪ませるがオールマイトが彼の背中をたたくと、深く深呼吸して持ち直した

 

「貴様如きのヴィランに言われるまでもなく、確かに俺は過ちを犯した。それはどうしようもない。力を求めて大切なものを失った。だが今の俺には責任がある、大儀がある。ただ闇雲に欺瞞と罪を重ねていたあの頃とは違うのだ!」

 

荼毘に過去の罪を暴露され、嘘にまみれた折檻ヒーローと揶揄されても彼は立ち上がることをやめなかった。まだ守るものがあるから。それはナンバー1ヒーローとしてでも、父親としてでも、失ったものを後悔するよりそちらの方を優先すべきなのは彼にとって明らかだった

 

レイエスには守るものもなかった、力を求めた結果“本当に”すべてを失った。曇り切ったガラス戸が割れるようにレイエスの絶望、憤怒、そして何より後悔が、殺意という明確な形で奔出した

 

『デスブロッサム!!!』

『..!!!ヘルカーテイン』

 

亡失の幽霊の悪意が黒き花弁の形をとって現れる。エンデヴァーは刹那で業火によって対応しようとするが二手ほど遅かった

 

弾丸はエンデヴァーの全身を貫き、運動器系、循環器系、神経系や内臓系に至るまでことごとくを破壊しつくした。全身から血を吹き、膝をついてしまう

 

「エンデヴァー!!!」

「いや…いい。オールマイト、貴様はもう逃げろ。この怪物は俺が片付ける。少年の下へ早く!」

「しかしそんな傷じゃ…」

「いいから早く!」

 

死神の散弾銃はしゃべる暇など与えないとばかりに虫の息のエンデヴァーを集中砲火する。しかし赫灼を防御に集中させ何とかオールマイトを逃がす分の隙を得ることができた

 

「…あとで必ず!!」

「あぁ合流する!」

 

彼を逃がしたらもう範囲を気にする必要はない。今までの反撃とばかりに最大火力のプロミネンスバーンを撃ち込んだ

 

「死ね死ね死ね死ね死ね死ね!!!」

 

少し前のレイエスならそれを死ぬ前の最後っ屁だと嘲笑ってあろう。だが今の彼は完全に正気を失っていた。必ずこの男を殺すという狂気と執着によってその存在を歪ませる

 

エンデヴァーにとってその姿は、どうしたってかつての自分と重なった

 

「お前は俺だ。家族がいなかった未来の轟炎司だ、だからこそここで絶対に斃す!!!」

 

お互いの多大な同族嫌悪のもとヘルファイアとヘルフレイムが衝突した

 

 

 

***

状況は芳しくはなかった。ニアハイエンドが抑えた緑谷を、的確に狙撃できた所まではよかったものの、即座に放たれた剛翼によって防がれた

 

「チッ!ホークス。後輩がしゃしゃった真似をしてくれる!」

「それはこっちのセリフっすよ先輩!」

 

どこからか憎たらしい声が聞こえる。『エアウォーク』によって移動砲台とかしている今は状況がよく見える。緑谷が展開した煙幕の中に彼自身とハイエンド二体がいることがわかっている。だがホークスの現在地がつかめない

 

「奴は確か先の大戦の負傷で翼のほとんどを失っているはず…」

 

リーパーに連絡しようとしたが、遠目から見ても完全に正気を失っていたので辞めておいた

 

「何あれダッサ。人にはさんざ素人とか言っておいて」

 

猛猛しく燃える赤い炎と粘着質な黒い煙。エンデヴァーとリーパーはだいぶ大規模な戦闘をしているようだ。余波がこちらに来ることも考えないといけないかもしれない

 

「いいか、何が起きようと目標が最優先だ。どんな想定外があってもそれ以外考えるな」

 

あのジェイソンもどきの言葉がよみがえる。どんなふざけたマスクをかぶっていても同業者はすぐにわかる。暗く淀んだ心、自分の信じたものに裏切られて、本当の正義とは何かわからなくなっている、そんな感慨

 

精神系の個性を持っているわけでもあるまいし、少し話しただけではその心中すべてはわからなかったが事前に通信機越しにAFOに伺った奴の過去からどんな人物か推測することができた

 

奴と私の過去は似ているようで、全く違う

 

ただ私は綺麗に見せられただけの自分の姿が嫌で、血にまみれておきながら正しく微笑む偽りの仮面を外したかった。だけどそのハリボテは社会全体に浸透していて私は上を撃つ以外の選択肢を見出せなかった。それだけだ

 

だが奴は違う。私と違って何十年も“掃除屋”の仕事をやってきたのだろう。悪意と作意がうずまくこの二本足が支配する世界において、星の数ほどある恥部や暗部を長い間見続けるなんて正気じゃない。すぐに気が狂う。事実、私も数年で狂った

 

「必要悪」として働き続けあまつさえ表向きの称賛すらもらえず、汚泥にまみれ人を殺す。最後には溜まりにたまった失望が、歪んだ責任感と正義感と共に爆発した

 

奴はそんなところだろう。何十年をも積み重なったそれは錯綜と混淆の果てにもう本人すら自分の怒りの出所がわからなくなっているんじゃないか。それほどの苦悩だ

 

「よそ見はいけないんじゃないですか先輩!」

 

弾丸のごとき速度でホークスが上空へと突っ込んできた。建物内部にいたのか、道理で位置がつかめんわけだ

 

「ずいぶんボロい翼だがそれで飛べたのか?」

「緑谷くんに上げてもらいましたよっ!」

「スーパマリオかよ…」

 

腕を捕まれるが即座にライフル化し引き剥がし一発、二発とホークスの腹に撃ち込む。躱されたものの『エアウォーク』を活用して蹴りを入れることで叩き落すことはできた

 

おちていくホークス。だが浮遊することはできるようだ。ある程度下で踏みとどまった

 

「俺ね!夢があるんですよ、ヒーローが暇を持て余す社会を作るって。まだ引き返せますよ先輩。OFAなんかに与しても利用されて終わるだけです。疲れているなら、俺があんたの休める場所を必ず作ります!」

 

公安の後輩。「疲れているなら」なんて発言、同業じゃなきゃでないだろう。だが私はもう自覚してしまった。今まで持っていた漠然とした怒り。出所がわからなくて私自身何に憤っているのかわからず、これは怒りと呼んでいいのかすら曖昧な中、人を掃除するたびにそれは悪化していった。神経変性疾患のように脳を蝕み、公安委員長を殺害してもその寥寥たる怒りは収まらなかった

 

しかし、今はその怒りの起源ははっきりと理解している。その感情はすでに定義した。奴と出会ったから

 

「ホークス、お前は今まで何を見てきたんだ?」

「え?そりゃ汚いもんも一杯見せつけられましたよ!でも俺は…」

「違う違う。私が言っているのは善と悪の総和の話だ」

「は?」

 

驚愕して得意な早口もできなくなるホークス。突然出てきた概念が筋違いで異常に聞こえたからだろう。私は言葉を続ける

 

「この世界の構成が善と悪の総和で決まっていると思うか?そんな訳がない。ほとんどが黒でも白でもない、その中間だ。そして取り立てて善玉でいる必要もなければ悪玉でいる必要もない。だが安全な道は悪にある。社会構成から欠陥があった場合、人は暴力という悪に流れるからだ。それしか自分の身を守れるものがないからな」

「だが私は暴力が悪だとは思っていないぞ。この脆すぎる偽りの超常社会においてヒーローなんて綺麗なもの見せつけるだけの贋作に頼るよりサポートアイテムや己の個性を活用した方がはるかに合理的だ。臭いものに蓋をしたのはこの社会…ヒーロ共のくせにわざわざ『手を差し伸べてやる』とでもいうように今更手を突っ込んで、臭いとのたまう連中に頼ってきていた現状こそおかしかったのだ」

「市民社会無き人間の状態は『万人の万人に対する闘争』でしかなく、その闘争においては、万人が全てについての権利を有するということである…。大昔の概念だがこんなものがある」

「“傲慢”なんだよ、ヒーローは。偽りの調和を長いこと維持してきたからとっくに社会が崩壊していることを自覚できていない」

 

私の怒りは傲慢への怒り。かつての自分に対しても含めヒーローの驕り高ぶりが市民の守られて当然という脆弱性を招き、真の悪の活性化を引き起こした

 

だからこそヒーローが消えた今の社会の方がより自然らしく、澄んでいる。万人が持った暴力という規範。それだけが今の私の、レディ・ナガンの領域だ

 

キラキラ輝いていた星を見ていた幸せだと思っていた時間が煙とともに消えていく。家族の顔、子供たちの顔、そして委員長の顔…すべてが闇に溶けていき、最後に見えたのは高らかに笑うリーパーの顔だった

 

―――私はもう戻れない

 

愕然としたホークスを撃ち落とすと、煙幕が晴れないうちにニア・ハイエンドを撃破していた緑谷を跳弾を駆使して襲撃し、腰を撃ち砕いて再起不能にした

 

倒れ伏したターゲットを見て私は最初からこうすれば楽だったのにと自嘲した。どうやらあちらの戦いも終わったようだ。感じる熱は衰え、黒煙は最初から存在しなかったかのように消えている

 

相方のリーパーがホークス以外の増援も含め、すべて対応してくれたらしい。奴に連絡すると治崎と同じビルの上にいた。ホークスと緑谷の体重は軽かったのでそこまで空中闊歩で運ぶことができた

 

「ターゲットは確保できたようだな」

 

底冷えするような低い声。黒衣だけがボロボロのリーパーが先ほどの狂気はなんだったのか冷静な態度で佇んでいた

 

「あぁ、あんたもエンデヴァーは始末できたのか?」

「逃げられた…。奴以外の増援の対応に手こずったからだ」

 

忌々しげに地べたに転がった数体のミイラ化した死体を指し示すリーパー。確か攻撃の対象の生命力を奪取できるんだったか。回収済みの脳無の残骸とまとめられたその有り様は非常にグロテスクだった

 

「うげーそんなものここまで運ぶなよ」

「これも一応AFOに見せる。事前リサーチした資料とあっているかどうか調べる必要がある。こいつらもリストに載っていたからな」

「それ必要?」

「必要だ!」

 

私は半笑いでそう尋ねてしまい、怒鳴られた。ここまで神経質な人間はそういない。些細ごとなんて気にしなさそうな大雑把な外見をしているくせに

 

「早く…親父の下へ」

「はいはい」

 

リーパーの下へ集合すると、奴は大きく舌打ちして私たちを両腕に抱いた。黒煙と共に私たちは闇へと消えた

 

 

 

***

 

「すべては俺の責任です」

 

静岡県某所の雄英高校校長室、一人の黒髪の大男が関係各位に向けて頭を下げていた

 

現ナンバー1ヒーローエンデヴァー。蛇腔での闘いでの負傷が最近ようやく完治した彼がまたしても満身創痍の姿で謝罪しなくてはならなかった

 

「緑谷出久少年およびナンバー2ヒーローホークスの誘拐」

 

言葉にするだけではこうも単純なのに、事態は一縷の希望すら押しつぶすものだった。それは二人の死を意味する、唯一AFOに対抗できる最高戦力二人を失ったのだ

 

エンデヴァーの苦悶の表情は、何も守れなかったという事実により悲愴を通り越して虚脱に歪んでいる。その絶望は周囲に伝搬するかのように隣のオールマイトも、もしあの世があるのなら亡者はかくのような顔をしているだろうと言えるほどの虚ろな表情だった

 

この二人が主に彼の単独行為を許した。いかなる事情があったとはいえ、結果がこれだ。AFOが送った第一の刺客、レディ・ナガンに敗北。事前に逃走の勧告をしていたとはいえ逃がす手伝いすらヒーロー達はできなかった

 

エンデヴァーは秘密裏に行われていた連合捜索活動をすべて関係者、根津校長、生徒たちに話した。ショックすぎる内容のため一部からはこれも隠蔽することを勧められたが彼らにはもうどうしようもなかった。ヒーローだけで対策を行えるほどのリソースがもうなく、辞めるか、殺された。ただ事実を伝えることだけがこの活動に最後に許されたことだった。マスコミだけには伝えていないが露呈するのも時間の問題だろう

 

怒り、憎しみ、失望、糾弾をすることを通りこしてただただ無気力な失意だけが広がっていく。生徒たちも絶句していた。言葉が出ないのではなく失ったのだ

 

そんな無言の呪詛渦巻く環境の中根津校長がやけに落ち着いた様子でエンデヴァーへと口を開いた

 

「俄かには信じられないんだけど…あの場にはホークス以外にも君やシンリンカムイなんかの他ヒーローもいたんだろう?それなのに一人の刺客相手に遅れをとったのかい?」

「いいえ、刺客は二人いたんです。この男ですこの男がホークス以外のヒーローの侵入を許しませんでした」

 

言葉も出なくなった永劫の呵責に囚われたようなエンデヴァーを憐れんでか、端にいた活動に関わっていた女ヒーローが泣きながらもう一人の刺客の写真を取り出した

 

その男は白いジャックオーランタン調のマスクをかぶり、黒ずくめのまさに死神のような出で立ちをしていた

 

エンデヴァーはその写真を見た途端、下唇が切れるほど噛み机をたたいた。衝撃音が少し写真騒ぎで喧しくなった室内へと響く。再び無音になった空間から様々な感情を持った視線がエンデヴァーの下へと集まった

 

そんな不遜な視線を彼は感じる余裕もないまま写真を手に取ると幽鬼のようなありさまで部屋を出ようとする。その手をすかさず轟が捕まえた

 

「待てよ…。親父」

「離してくれ焦凍、俺は奴を殺さないといけないんだ」

「場所もわからないのに?」

「…」

 

連合の情報は何一つわかっていなかった。人数も、居場所も、すべてが緑谷の捜索頼りだったのに、それすら失った

 

「決めただろ焦凍、俺は戦うしかないんだ。この男を、AFOを殺さない限り俺は償えないんだ」

「でもそれは独りでじゃない…!」

「いいや!一人でやる」

 

もう犠牲はごめんだった

 

(エッジショットも、シンリンカムイも奴に殺された。血と泥にまみれ彼らは最後に俺に助けを求めたのに、煙に変化しながら血を浴びるたびに再生する奴に俺は手も足も出なかった)

 

出ていこうとした途端、誰かに大きく殴られ吹き飛ばされる。反撃行動はしなかった。エンデヴァーは轟だろうと思い、振り返ったがそこにいたのは意外な顔だった

 

「…あんたに今できるのはデクを取り戻すことだけだ」

 

爆轟は先ほどから沈黙していたがそこまで気落ちしていなかった。むしろ彼だけが事態をそこまで深刻に捉えていなく、希望を持った表情をしていた。それは言葉にも表れ、棘や真剣さがあっても諦観はなかった

 

「それだ、それだけしか考えるな」

「奪われたならクソ奪い返せばいい。おいお前ら!さっさとクソナードを取り返しに行くぞ」

 

エンデヴァーから振り返りA組の面々を見直すと活を入れる。一部の者は盛り上がるが飯田や八百万などの顔ぶれは暗い

 

「しかし、居場所がわからないんだぞ」

「それなら心配ねぇ。なぁ口田」

 

青天の霹靂。爆轟があげた名前に意外過ぎる名前が出たことに皆驚いている。そこには口田に何ができるという侮蔑の感情が少しばかり含まれてないでもない

 

「その黒衣の男。見たんだよ。この前怖いもの見たさで友達と異形排斥主義集団のアジト近くにいった時、灰掘森林で!間違いないこのマスク、集団のレイシストかと思ったけど違ったんだねっ」

「な?言ったろ」

「デクを、鳥野郎を取り戻すぞ」

 

OFAの奪取には死柄気の100%の完成が必要だ、そしてその段階にまだ至ってないことはわかっている。ホークスに至っても情報を得るためすぐに殺しはしないだろう。一抹の希望がここに産まれた

 

その希望は奇しくもエンデヴァーが生徒らに話すことを選択したゆえに産声を上げたものだった

 

 

 

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