悪役令嬢転生かと思ったらゾンビパニックかい! 作:レッドアリーマー
「世界の存続のためには君が死なねばならない──そう言ったら、君はどうする?」
「えっ、お断りしますわ」
気付いたら真っ暗な場所に居て、ぼんやり輝く誰かにそう告げられた。ので断りましたの。
「君が死なねば、世界は続かない。君の大事な人を助けるためには、君が死なねばならない」
「いえですから、お断りしますわ。世界とはそも私のためにあるものですの。私が死なねば続かぬというのならばそれまでのこと。ただまぁ世界が続かねば私の住まう場所がなくなってしまうので、何かしらの代替手段を見つけて必ず存続させますけれど」
「君は死なねばならないんだ。それ以外の手段での世界の存続は望めず、選択を放棄するにも時間がない。君が迷っている間に、刻一刻と滅亡は迫ってきているのだから」
「話を聞かない方ですわね。お断りしますと言っているのですわ」
「──リベルタ。聞きたくない、では済まされないんだよ」
「えっ」
振り返る。するとそこには、両手で耳を塞いで蹲るリベルタの姿があった。
あっ。
あ……そ、そういえば消退病の治癒のためにリベルタの精神と同調したのでしたわね。
……えーっと、じゃあ、これはすべてリベルタに向けられていた言葉、と……さしもの私も羞恥を覚えますわ。勘違い令嬢ですわ~。
それはそれとして。
……なんだこの光。いや、そうか、光だから光属性? この謎の語り掛けマンが消退病の正体? 消退だけに、ですわ。おーっほっほっほ。
しかし……エスタの話では散らばってしまっている思念を闇属性の魔力でふんわりやんわり包み込めばいい、という話でしたのに、本当に使えませんわねあの生ける伝説。
結局
ショベル……はないので、ステゴロですの?
とりあえず殴ってみますの~。
すかっ。
「……」
あ、あら。
……触れない。まずいですわ。私スーパー物理お嬢様ですから、物理無効にはとことん弱いですの。ちなみに魔力は……あら何も感じ取れない。
「聞きたくないと、選びたくないと逃げてしまえば、世界にはなにも起きないまま終わる。君が一言死を選びさえすれば、世界は何事もなく続く」
謎の語り掛けマンの言葉は続く。頭沸いてやがりますのね。世界の存続なんて大層なものが人間一人の双肩にかかってたまるものですかって話ですのよ。世界の命運は私の掌一つで足りますけれど、存続は手に余りますの。
……で、謎の語り掛けマンに触ることのできなかったこの身体は、案の定リベルタにも触れ得ない様子。
私の声も届いていないっぽいですの? もしもーし。やーい幼少期と大人期の掛け算検索件数八百六十二件~。
「リベルタ、選ぶんだ。死して皆を救うか、生き永らえて世界と共に滅するか。簡単な選択だろう?」
「わ……私、は」
「諦めるんだ。君は何も悪いことをしていないけれど、君の死が皆のためになるのだから──生きることを、諦めよう」
「それでみんなが……救われるなら……わかり、ました」
「えっ」
ぼんやり輝き語り掛けマンの口元が歪んだように見える。表情なんて見えなかったのに。
その光がバシュっと分散し──リベルタへ突き刺さる。
「あ──あぁぁ、ぁあああっ、ああああああああ!?」
と、彼女が絶叫を上げたのち……彼女は動かなくなった。
え、ドン引きですの。
自己犠牲? ないですわーそれ。自分が死んだあとの世界なんて無いも同然ですのよ? 主観の観測こそが世界を形作るすべてですのよ?
自身の死が誰かのためになるとか、くだらない妄言は中学二年生までにしてくださいまし。あ、今まさに私達十四歳でしたわね。
とかなんとか考えていたら、薄らぼんやり語り掛けマンが元に戻り、さらにはリベルタも戻る。耳を塞いで俯いたリベルタが。
「世界の存続のためには君が死なねばならない──そう言ったら、君はどうする?」
「うわー」
う、うわー。
もしかしてこの一連の流れをずっとループしてますの? そりゃ意識も消退しますわ。
……あの腐れサッキュバス、どんな魅了をかけたらこいつを励起させられるのか……本当にこれだから魔族は。
「娘。それは種族差別だ。それを行わぬ魔族もいる」
「えっ……魔王?」
「ああ、私だ」
光っていない青っぽいもの。それが闇の中から現れた。
いえあの、ここリベルタの精神ですのよ。心の中ですのよ。
「リリーガの言っていた良からぬ気配について、私側でも少し調べていた。その最中で、娘。貴様の精神が昏迷に囚われる事態を観測した」
「私っていうかリベルタがですわ?」
「否。勇者のこれは病の症状だ。しかし貴様の場合は……引き摺り込まれた、という表現が正しいだろう」
「はあ……? まぁ……確かに気付いたらここにいましたし、その表現はあながち間違いではないのかもしれませんが……仮にだとして、なぜあなたが?」
「貴様の精神が昏迷に囚われる事態を観測したからであると、今言ったはずだが」
「いえですから、私の精神が囚われて、なんであなたが出張ってくるんですの? まさかとは思いますけれど、本当に私に惚れていますの? 一昨日来やがれですの?」
ゲームで知っている話になるけど、この魔王は然程器用ではない。ないし、キャパシティは結構狭い。
だから二兎を追えば絶対にどっちも逃がすタイプだ。大人しくリベルタだけを考えていやがれですわ。
「すぐに愛恋へ話を繋げるな。……私の感情は、恐らく焦がれだろう」
「はい?」
「貴様に憧憬を抱いているのだ、娘。特別でないままに特異たり続ける者。知識だけではどうにもならない、根底に存在する圧倒的なまでの余裕。生まれ付いたその瞬間から世界は自らのものであると疑わないその自信と根拠。……魔王としての私に求められ続けたものであり、今なお探しているものだ」
「なる、ほど? それで心配になって見に来るのは結局意味わかりませんけど、まぁ憧れるくらいは許可しますわ。せいぜい私の背中を見て育ちなさい」
憧れは理解から最も遠い感情だなんて言葉があるけれど、少なくとも理解しようとする心は憧れから生じるものだし、どうすればああなれるのかを研究し追求し、自らを高めて変えていくことは憧れなければできないことだ。
世界の頂点に座する私へ憧れを抱くのはまぁ当然のことですわね。おーっほっほっほ。
「つまりあなたは私の舎弟になったと」
「違うが」
「なんでもいいですけど、出てきたのですからこの状況に助力くださる? 殴りも効かなければ魔力も練ることのできない空間で、さしもの私もお手上げですの。無意味でも殴り続ける気概はありますけれど」
「魔力を練ることができない、というのは何の冗談だ?」
「冗談ではありませんわ。実際にできませんのよ」
「……できているが」
「えっ」
でもほら、闇の魔力がこう……ぐぁぁああっ、ってならないし。
「娘、貴様……今自身が精神だけの状態であることを失念しているだろう」
「……ああ、確かに?」
「現実の貴様の肉体はしっかり魔力を錬ることができている。……周囲の者達は、時折貴様の拳へ集約する魔力に怯えている様子だな」
「ははぁん。……つまり金縛りの要領」
脳は起きているのに身体が起きていない、もしくは酸欠である場合に起きるのが金縛り。
今の私は精神が起きているのにその他が眠っているような状態にあって、だから普通の感覚で魔力を練っても実感がわかないのだろう。ならこれを……自身の体の中心へ向けるように魔力を集めてやれば。
おお。
「……貴様の魔力量は決して多くはないが、そのコントロールは卓越したものがあるな」
「嗜みってやつですわそれは」
「……?」
なんてったって転生者ですからね。幼少期から自由に動かすことのできるフシギパワーが手元にあったら、そりゃ遊びまくりますわよ。肉体が出来上がってなくて満足に動けなかった頃から「魔力は友達怖くない!」をやっていたのですから、第五の手足くらいにはなっていますわ。
「君が死なねば、世界は続かない。君の大事な人を助けるためには、君が死なねばならない」
「あ、コイツのこと忘れてましたわ。……ちなみにですけど魔王」
「私も消退病の患者の精神に入り込んだことは初めてだ。故、聞かれても知らぬ」
「というよりは、消退病って結局のところ思念の発散が起こす病なわけですのよ。それは症状であって呪いとかではなく。だから意思を持つとは考え難いんですわよね。なら何が意思たるかって考えたら、やっぱり魅了なのかなと思いまして」
「……どうだろうな。サッキュバスの扱う魅了には確かにこのようにして架空の人物を想起させるものも存在するが……それらはむしろ甘い言葉を吐く。このようにして対象の精神を追い詰めるようなものは作らない」
言われてみれば確かに。
リベルタを殺したい、ないしは好きにしたいだけなら、もっと甘い言葉で誘惑すればいい。こんな……拒絶を煽るようなことをせずとも。
「じゃあ、これが良からぬ気配ですの?」
「これをフランメルジュの花の一輪で撃退できたと思うのか?」
「実体があれば可能だったのでは?」
「あるのか?」
「ないですけれど」
ふーむ。
となると……。
「リベルタが初めから持っていた闇……『勇者の魂』に付随する何か、ということですの?」
「そう考えるのが妥当だろう」
けどこんな内面系のイベント私は知らないぞ。こんな……言ってしまえば「攻略対象が救いに来ることで一気にロマンスの扉を開くことができそうな設定」、シナリオ上で使わないはずがないのに。あるいはフレーバーテキストでは触れられていたけどリベルタが消退病にかかる&魅了される機会が訪れなくて没になった設定……とか? ううむ、なんか納得いかない。
「君は死なねばならないんだ。それ以外の手段での世界の存続は望めず、選択を放棄するにも時間がない。君が迷っている間に、刻一刻と滅亡は迫ってきているのだから」
「とりあえず黙れですの」
持ってきた闇の魔力で語り掛けマンの口を塞ぐ。いやその全身を包み込んでロックする。
わー、久方振りの闇属性が効く相手ですわ~。
……これ、このまま殺せますの?
「やめておけ。正規の手段での治療ではないのならば、後遺症を生むことになりかねない」
「あんまり正論振りかざすのやめてくださいます? クソ魔王とか言い難くなるじゃありませんの」
「初めから言うな」
いや外のアンデッド騒ぎにおける元凶クソ魔王なのは間違いないでしょーに。
「でも正規の手段もこうしてふんわりやんわり包み込むことですのよ?」
「今貴様すべての表現を通り越して潰そうとしていただろう」
「擬音がぐっしゃりぐっちゃりだったのは認めますわ。……ま、いいですの。ならとっとと正規の手段を教えてくださいまし」
反発ばかりをしたいわけでもなし。
教えてもらえるなら従いますわ。
「……」
「……」
「……」
「……? なんですの?」
「……知らぬ。魔族に光属性は宿らぬ。ゆえ、私は治療法を知らぬ」
「──ルタ──死な──君が──」
「知らないのであれば口出ししないでくださいますか。──潰しますの」
密封されてなおリベルタへ死を囁く薄らぼんやり。その身を闇の魔力で押しつぶす。
瞬間、この真っ暗闇の空間に罅が入った。
「これは……目覚めの気配だな」
「正解だったってことですのよね」
「ああ。だが、果たしてそいつは本当に消退病だったのか……」
「良からぬ気配のことも謎の語り掛けマンのことも気にはなりますが、どうせ世界の秘密の云々なのでどーでもいいですわ。現実へ帰ったらまたアンデッド掃除の時間ですわよ」
私の言葉になにか言葉を返してきたっぽい魔王。けれど、世界が薄れていくのに巻き込まれたのか、声は聞こえない。口をぱくぱくさせているだけに見える。
まぁ重要なことならまた言いに来るでしょう。
では。
「おはようございますの~」
「……あれ、私」
「リベルタ、ラファ……良かった」
看病してくれていたのはイジスだったらしい。他の皆はアンデッド退治かな。
「私……何かずっと、嫌なことをさせられていて……思い出せないけれど、選ばなきゃいけないことで……」
「安心して、リベルタ。ここには君に選択を強要する存在なんていないよ」
「……」
四騎士の存在が選択の強要とほぼ同一でしょうに、とは流石に言いませんわ。でもまぁリベルタもそう思っているのではないかしら。
あの謎の語り掛けマンが抽象的な現実におけるストレスの具現化だとするのなら、確実にストレスの根源の一人が目の前にいますものね。『勇者の魂』の在り方の強要はリベルタのストレスでしかないと、私知っていますのよ。
「ラファ、君もお疲れ様。リベルタを救ってくれてありがとう」
「え……ラファが、私を連れ戻してくれたの?」
「ああ。君は消退病という病に罹っていてね。それを治療してくれたのがラファなんだ」
「……ありがとう、ラファ」
「礼は不要でしてよ。特に疲れてもいませんし。……ただ、リベルタに言っておきたいことがありますの」
「……?」
「この先何があったとしても、自己犠牲の選択肢を取ることはやめてくださいまし。その択を取った瞬間、すべての事情を無視してショベルで殴りにいきますわ。顔面を」
「う、うん。わかった、自己犠牲は選ばない……けど、別に最初から……」
「いいですわね?」
「はい……」
これでよし。自己犠牲なんてするくらいなら、皆で代替手段を探して見つからずに共倒れした方がまだマシですわ。
私の人生に咎は似合いませんの。自分のものであれ、他人のものであれ、ね。
「エスタ様たちはどこへ?」
「……二人にはあまり気にしてほしくないところへ、かな」
「生存者が暴動でも起こしました?」
「うっ……ラファは聡いね、本当に……」
聡いというか、ゾンビパニックの定番なので。
生存者の暴動。安全が確保され、余裕ができはじめた生存者。またはいつまでも続く危機に不安が募り、それを抑えきれなくなった生存者らの起こすパニック。
そういうのは大抵良くない結果を引き起こす。ゾンビをセーフティエリアに入れてしまうとか、食料なんかを持ち出して逃げて、簡単に殺されて食料を無駄にするとか。
力を持たぬが故の錯乱は目も当てられない。魔法は素質的に使えないにしても、剣があるのだから毎日素振りでもしていればいいのに、ですわ~。
「エスタたちはその鎮圧に向かっているよ。……二人は行かない方が良い。聞くに堪えない罵声が飛び交っているからね」
「ふぅん……ま、イジス様はリベルタのそばにいてくださいまし。私はくだらないことを喚く物をぶっ叩いてきますわ」
「嫌な気分になるだけだよ、ラファ」
「人間関係ってそんなものですわ~」
嫌な気分になるだけだってわかっているから何もしない、なんて。
孤独を加速させるだけですのよ。
ぐ、と一度伸びをして、ショベルを手に取りエスタたちの魔力がある方へ向かう。
お暇なことですわね。第二区の攻略もまだだというのに……内々でおままごとだなんて。
やがて学園の武道場へ進んでいく歩み。伴い聞こえてくる罵詈雑言。
確かに聞くに堪えませんわね。どーでも良すぎて。
よって、魔力である程度強化した脚力を以て──武道場の扉を蹴り破る。
ドガシャァ! と、思いのほか大きな音が鳴った。
えーと、第一声はどれにしようかな、と。
時は少しだけ遡る。
生存者の不満が爆発した。彼らと繋がりの深い準聖騎士より齎された情報に武道場へ赴いたエスタたち。
彼らはそこで、暴動というには消極的な……所謂ストライキに近い形のバリケードを築いている人々を見ることになる。
「何を……」
「は、やっぱり来たか。流石は魔法使い様だ」
「俺達の文句も聞こえてたんだろ? だから救うのをやめた。違うかよ」
「……なんの話だ?」
「とぼけてんじゃねえ。いたって聞いたぞ──お前らが奴隷みたいにこき使う騎士の知り合いが、ゾンビ共の中に。けど、これ以上生存者を増やしたくなくて、救わなかった。流石はお貴族様だ、選民思想が根付いていやがる」
どこから漏れたか、あるいは騎士か。
確かにアンデッドの中に知り合いの顔があることはあった。四騎士もリベルタもこの国へ根付いているわけではないから、この国出身の準聖騎士たちの方がそれを発見することが多く、そのたびに……それを殺すたびに士気は下がっていた。
けれど救わなかったわけではない。救えなかっただけだ。
アンデッド化した人間は決して元には戻らない。魔物や魔族でさえそうなのだ。人間が抵抗できるわけがない。
けれど、それを説明したところで。
「そう説明しておけば平民が納得すると思ってやがるのがお貴族様だって言ってんだよ」
「そもを言うなら、私達は貴族ではないがね」
「特権階級に変わりはねぇだろ!」
「アンタらの打ち出した"作戦"にへこへこ従って、アンタらに守ってもらえずに死んでいった騎士が何人いると思ってんだ」
「もうアンタらの言葉に信用なんざねーんだよ!」
──事実。エスタら四騎士に、この国の人々への想いなど存在しない。
彼らは自身の罪滅ぼしのために動いているのであって、救世のための正義ではない。ただそうも心を砕かずにいるとリベルタが悲しむから、という理由で取り繕っているに過ぎない。
だから、彼女のいない場所でこうも非難されると……やる気を失う。
「安全圏で騒いでるだけのやつらがぐちぐちうっせーよ」
「おい、モーモン」
「前線で戦ってんのはこっちなんだよ。攻撃受けたらアンデッドになる危険と隣り合わせなのはこっちなんだってそんなこともわかんねーのかよー」
「前線で戦ってる? 夜は呻き声、昼は腐臭で眠れないやつもいるのにか? どこが前線なんだよ、隣り合わせなのはこっちだって変わんねーだろ!」
「炊き出しも物資も全部こっち任せなのに騒いでるだけなんてよく言えたわね……!」
「アンタらに満足に食わせるために飢えを凌ぐやつだっているんだぞこっちには!」
「新鮮なモンが食えてんのは俺達が腐ったモン食ってるからだってのを忘れんなよ!」
面倒臭がりなモーモンはあまりに彼らと相性が悪かった。
既に……魔力を練り上げそうな勢いの迅速騎士。手の早さはお墨付きだ。
今にも武力行使をしそうな彼を制して額を揉むエスタ。パリスはパリスで「醜悪だな、アンデッドより」なんて呟いたものだから、モーモンと同じくらいの罵声を浴びている。
そんな時である。
「ハローエブリワン。ダルクエルデ公爵家長女、ラファ・ダルクエルデ様のご登場ですわ」
あまりに勇ましく……武道場の扉を蹴り飛ばして現れたるは、ラファ。
未だ日中、外の光を取り込み逆光のシルエットとなる彼女の姿に、今まであれだけの文句を口にしていた連中が押し黙った。
「あら? どうしましたの? 貴族の中でも最も偉い公爵家令嬢のご登場ですのよ。平伏なさいな、平民」
「……ラファ・ダルクエルデ」
「ええ、そうですわ。けれど平民が敬称もつけずに呼んでいい名ではありませんのよ」
「
それは。
ひそかに囁かれていた、ラファの蔑称。準聖騎士の一人をアンデッド化直後に殺めたことが噂となり、尾ひれのつきまくったそれが彼女を仲間殺しの存在へと変貌させた。
──ただ。
「よくわかっているじゃありませんの。ええ、その通り。私は不要と思わば仲間でも平気で殺しますわ。──では問題ですの。仲間とさえ考えていない騒ぐだけの有象無象に対する答えはなんでしょう。三秒以内に応えてくださいまし」
「そ……そうやって、ゾンビよりも先に俺達を先に殺すのかよ」
「素晴らしいですわ。一秒で答えを出したあなたには特別賞がありますの。──誰よりも早くこの地獄から抜け出し得る最適解ですわ。どうぞ受け取ってくださいまし」
言って。
ショベルを振り上げ──凄惨に笑うラファ。
彼女はそれを振り下ろす。寸止めなど一切考えていない本気のスイング。魔力で強化された膂力は成人男性の頭蓋程度簡単に陥没させられるだろう。
それが"特別賞"の青年へ当たる──直前。ギリギリ。既のことで。
エスタの剣が、間に合った。
激しい衝突音が響く。理解したことだろう。これは茶番でなく、この令嬢は本気で彼を殺そうとしていたと。
「意外ですわ。止めるだなんて……あなた方四騎士はこの国の民に興味を持っていないのでしょう?」
「それは確かにそうだが、不必要な殺人を是とするほど堕ちた覚えもない」
「必要な見せしめですわ~。それに、炊き出しをする方も物資を整えてくださる方も間に合っていますの。一人二人の声の大きい方が消えたところで何も問題ありませんことよ」
「人は数ではないだろう」
「数も数えられない人間は要らぬと言っているのですわ」
頭上で行われるショベルと剣のせめぎ合い。
一度防がれているというのに、ラファがその力を緩める様子はない。
「私、最初に言いましたのよ。パニックを起こしさえしなければ、その命は続くものと思いなさい、って。──それを忘れてこうした行動をとっているということは、命は続かないものと諦めたということ。諦めて自決するならともかく、ゾンビの群れへ身投げでもされたら敵戦力が増えるだけですの。だからこの場で殺して差し上げようと思いまして」
「……おい、そこの。とっとと逃げてくれないか。今はショベルだけだからいいものの、魔法を使い出したら手に負えん」
「──ナイスアイディア、ですわ~」
「ひ……!」
言われて気付いた、というように闇の魔力を滲ませるラファ。凄惨な笑みと真っ黒なオーラに何を見たのか、情けの無い声を上げた男が腰の抜けた状態で這い去っていく。
ゆらりとラファが残りの群衆へ目を向ける。
彼らは互いに顔を見合わせ……まるで「自分たちは何も言っていません」とでもいうかのような顔で解散し始めたではないか。
一人、また一人と、そろりそろりと分裂していくその様に呆れるような声を上げたものがいた。
「んだよ……結局恐怖に勝てねえのかよ。だから平民っつーんだよ!」
四騎士の誰か……ではなく、群衆の中にいた少年である。
保護者足る存在がいないのか、その暴挙をやめさせようとする大人が誰一人としていない。
「腑抜け共が……くだらねえ、あんなのポーズに決まってんだろ。できるもんならやってみろよ女。お貴族様が守るべき国民に刃を向けられるってんなら、」
「子供なら手を出されないだろう、なんて思っていますの?」
ショベルを使わなかったからだろう。騎士たちの反応の遅れたその一瞬で距離を詰め、少年の首を掴むラファ。
脅しではない。ギリギリと彼女の爪が少年の首にめり込んで、そこから赤を滴らせ始めている。
「ギ──」
「構いませんのよ、炊き出しも物資も放棄していただいて。その場合私達はあなた方を守らなくなりますけれど。──あなた方が行い得る仕事は、私達への人質なのですわ。それをご理解くださいませ。そして、だからこそ私達とあなた方の間に信頼関係などありませんの。あるのは圧倒的な主従関係だけ。支配者は尚も変わらず貴族であり、あなた方は平民ですわ。私の命令にへこへこ付き従い、守られ、生き延びる。命の代価が文句を言わぬことであるのならば、安いものでしょう?」
「──……か、ァ──」
「無能、あるいは低能な愚民の皆さまへ、もう一度言ってあげますわ。パニックを起こしさえしなければ、命は続くものと覚えなさい。それはその場しのぎの話ではありませんの。あなた方が静かにしているのなら、私は溌剌を以てアンデッドを片付け、この世に人類の勝利を齎しますわ。大言壮語でも夢物語でもなくですの。──さて、それでもまだ反抗的であるかを問わねばなりませんわね」
少年の首から手を離すラファ。少年はゲホゲホと激しく咽た後──笑みを、浮かべる。
「ほらな……げほっ、やっぱり殺せねえんだ。口先だけなのはもうわかり切ってん、」
ショベルが、薙がれる。
噴き出す血。言葉を発さなくなった少年。落ちる沈黙。
上がりかけた悲鳴は──。
「まだ、パニックを起こしますの?」
血塗れのままに笑みを投げかけたラファによって、止められた。
不満の爆発はこれにて収束する。あまりに圧倒的な恐怖政治によって。
それで、と。
学舎への帰り際、モーモンが呼び掛ける。
「そいつ、どーすんだ?」
「準聖騎士として育てますわ。育て方なんて知らないのでミルグドリヒに丸投げですけれど」
「本当に殺したのではないかと焦ったぞ俺は……」
「本当に殺すつもりでしたのよ? ただまぁ、既のことで思い直しましたの。準聖騎士が補充されないのなら、質を落とせど元気の有り余る子供で代用できないかしら、って」
「言っていることがかなり悪だな」
「有効活用ですわ。
ソレ。……エスタが背負う、気絶した少年。
その首に傷は無い。
「しかし器用なものだな。私の精霊でさえ、魔力を飛沫のように見せるなどということはできない」
「直近で複雑な魔力操作をしたからか、さらにコントロールが上がった感じですわね」
「そうだ、消退病は……」
「完治しましたのよ。ただそれで少し報告がありますから、またあとで」
「……よかった。お前まで意識を失った時は焦ったものだが」
談笑だった。
暗い部分は欠片もない。未来を憂う様子は一切ない。
本質的にこの国をどうとも思っていない騎士たちと、想ってはいても気にしない公爵令嬢。
生存者たちはもっと早くに気付くべきだったのだ。
彼らがとうに、アンデッド退治に飽いている、ということに。
果たしてそれは──どの悲劇を呼び起こすのか。