悪役令嬢転生かと思ったらゾンビパニックかい! 作:レッドアリーマー
「ラファ。控えなさい」
バチりかけた空気。そこへ水を差したのは……お父様。
ごきげんようですわ~。
「ええ、そうですわね。失礼しましたの」
大人しく引き下がる。そんな私を見て、鼻を鳴らして勝利を喜ぶアレハンドラおば様。
このゲーム『愛されるが故に死して』における悪役は大きく分けて三人。
序盤のシナリオにしか出てこない且つかませ犬なラファ・ダルクエルデ。
中盤から最終盤までその影をチラつかせ続ける『愚悪賢者』ゴルズィオ・ヴィリジオニティカ。
そして終盤に現れ、特定のルート……オスカルルートとイジスルートで邪魔をしてくるアレハンドラ・リティオ・ノルブカクルト。
この三人は主人公リベルタと絶対に相容れない。ラファ・ダルクエルデはともかく後ろ二人は絶対悪であり、事情を理解すると同情できる、みたいな要素が一切ない。好奇心の一点のみで人間も魔族も裏切ったゴルズィオ。王に嫁いだ特権階級の心地よさに溺れたアレハンドラ。
もしこの二人に転生していたらリベルタと仲良くなるとか絶対無理でしたので、ラファで良かったですわ~。
まぁ大きく分けて三人なだけで、悪役……というか悪人ならわんさか出てくる。ここにいるのだろう貴族方々は大抵にこやかな笑顔の裏であくどいことから零れた甘い汁を啜っているし、なんであればリベルタの出身村を焼いた方々もいる。驚くべきはその貴族とアレハンドラが繋がっていないという点だろう。
巨悪であれど、アレハンドラは無知だ。太古に関する知識が全くない。反対に腐敗貴族たちにはそういう知識や継承されたものがあって、だから『勇者の魂』の転生先であったリベルタを殺さんと利用せんと目論んだわけだけど……。あ、ですけれど。
「失礼いたしました、アレハンドラ様。娘にはしっかりと躾を行いますから、ご容赦くだされば」
「……クリソゴヌス。そう宣うのであれば、私の希望は通ると見るけれど、良いのね?」
「尽力いたします」
一切感情を出さないお父様に「流石ですわ~」とエールを送って、少し離れたところに膝をついていた三人のもとへ向かう。
三人。エスタ、イジス、リベルタだ。どうやら三人は先に二階へついていたらしい。だから"噂のラファちゃん"が知られていた、と。
「……すまん。王妃とお前の仲が悪いことを知らなかった。余計なことを喋ったな」
「王妃と公爵家長女の仲が悪いとか、そんな面倒なこと誰も首を突っ込みたがりませんからね。あなたが知らなくても無理ありませんわ」
況してやハナから王国に興味のないだろう四騎士にそれを求めるのは酷だろう。
「それで、『聖なる燧石』は見つかりましたの?」
「ああ。加えてお前の言っていた建国者に関する書物も見つかった」
「それは何よりですわね。ただ……」
「どうした?」
不思議には思っている。
どうして……これだけの貴族が残っていて、私達のように王都攻略を行っていなかったのか。セイブル王が危険だから? いや……。
「──ラファ・ダルクエルデ」
凛とした声が響く。
その声の届いた瞬間、あれだけ舐め腐った……もとい上から目線で私達の行動の不甲斐なさについてを語っていたアレハンドラも居住まいを正す。
……おや。もう上下反転してますの?
というか。
「私を名指しとは、どういうおつもりですの、王子殿下」
「僕が誰かへ呼び掛けるのに、内に秘めるものが必要なのか?」
「いいえ、愚問でしたわ~」
「ああ、愚問だった。──再度呼びかけよう。ラファ・ダルクエルデ」
「はいですの。オスカル王子殿下」
オスカル・グランセ・ノルブカクルト。
公の場で会ったことがあるだけの……それも生まれてから四度ほどしか顔を合わせていない青年。
「他者に聞かれたくない話がある。僕と共に上階へ来てほしい」
「……ええ、まぁ、構いませんけれど」
「お、オスカル? なぜそのような世間知らずを気に掛けるの? そんなことより母はあなたを──」
「母よ。父の正気を認めなかったのはあなただ。である以上、この国における現在のトップは僕になる。──国家の主の行動を、たかだか母親でしかない身分の者が遮っていいことなどない」
ぴしゃりと言い捨てるオスカル王子。……この時期の彼のことは全く知らないけれど、こんなに苛烈な性格だったのでしょうか。分岐ルート序盤のオスカルは母親の影に怯えているほどでしたのに。
そうなるとなおさら疑問ですわね。ほとんど関わりの無い私に何用ですの?
なお、何の信頼があるのか、一応婦女たる私とオスカル王子が二人きりになることについては誰も咎めてこなかった。
彼の発言力が強いのか、私が女と思われていないのか……あるいは彼が男と思われていない可能性もありますわね。ま、信頼の証と受け取りましょう。彼に対しても私に対しても。
そうしてやってくるは西の尖塔。三階にセイブル王の影は無かったので、お兄様がちゃんと対処しているものと思われますの。
「──単刀直入に言わせてもらう。ラファ・ダルクエルデ」
「はい」
「この国から出ていってほしい」
「……はい?」
え。
……え?
「どうして……ですの?」
「そちらに生存者がいることを知らされた以上、僕たちはそちらと合流するしかない。今までは"そんなものいるはずがない"とすることで無視できていたけれど、無理になった」
「……私達が生存していることを理解していた上で、無視をしていた、と?」
「そうだ」
何の嘘偽りも無く、オスカルは言葉を言い切る。
流石このゲームにおける「最も正直な人間」。リベルタやエスタでさえも腹の内に秘めるものがあるのに、王族という立場にありながらまっすぐであり続けた……シナリオ終盤という四騎士や他の攻略対象への感情移入MAXな頃合いに出てきて、それでもそちらのルートを攻略したいと思わせる魅力のあるキャラクターだ。
……まぁ『愛されるが故に死して』の他の登場人物が嘘吐きすぎ問題はあるけれど。
「弁明をするつもりはない。ただ、現状の王族の状況、貴族の情勢を鑑みて、求心力を手に入れた君と衝突させるわけにはいかないと考えていた」
「……ははぁ。確かにアンデッド発生前の私であれば問題ありませんでしたわね。あの頃の私は多少勝気なだけの公爵令嬢。平民を統べる他の貴族や国を統治する王族方々と合流したとて、同じく軍門に降るだけ。けれど今の私には……忠誠を集めているかどうかはともかく、生存者の旗印になるだけの力がある」
「そうだ。特別な武器ではないものを武器とし、アンデッドの群れを撃退し、人々を扶け続けた。君の性格など関係がない。君の功績だけを見た場合、王城に残っている存在との噛み合わせがあまりにも悪い」
船頭多くして船山に上る……あるいは築室道謀? 少し意味が違うか。
なんにせよ、私がどうするかに関係なく、私がいるだけで平民たちに亀裂が入りかねない。だから出ていってほしい、と。
「ご家族揃って世迷言を仰いますのね」
「……」
「先程セイブル王の正気を認めなかったからご自身が王だ、などと宣っておられましたけれど、果たしてそうでしょうか? オスカル様。この国の王は民意が定めるものだとあなたはセイブル王から聞かされているのではなくて? 民が望むから成立している君主制は、民の意が得られなくなった瞬間崩壊する──砂上の楼閣がこの国の王政でしてよ」
なおこれは本来オスカルの台詞である。オスカルルートのノーマルエンドにおいて、オスカル含む王族は解体となる。その際彼がアレハンドラに放つ台詞だ。おかしいおかしいと、喚き散らかして王位に縋りつこうとするアレハンドラへ、冷たく言い放つ言葉。
*この国に本当の王などいない。民に慕われるものをこそ王と言い、私欲に溺れた者は王足り得ない。民から望まれなかった時点で僕らは民と何ら変わりのない人間になる。諦めろ、そこにはもう、お前の好きな甘い蜜も、お前の焦がれた特権も何も存在しない。僕らは王ではなくなった。──そして今、家族でもなくなった。
*この国の王政など、砂上の楼閣でしかなかったんだ。そもそも僕たちは、貴族の血すら引いていないのだから。
言葉も発せなくなるアレハンドラに背を向け、リベルタや仲間たちに対し、「行こう」とだけ告げてその場を去る。それがオスカルルートノーマルエンドの最終スチル。
ちなみにここ以外では彼の背中の装飾がどうなっているかが確認できないため、わざとノーマルエンドを開拓するプレイヤーもいたそうな。
「ラファ・ダルクエルデ。つまりは君が、王となると?」
「身分を考えるのならまずは四騎士で、次がお父様、お兄様のどちらかですわ。その次にお母様が来て、私は最後ですのよ」
「民意は君を選ぶだろう」
「ですからスマートにいくべきですわ、王子殿下。私を追放したとしても国の分断は避けられないと思いますわよ。ああ無論、私を放り出した直後に全ての安全を勝ち取り得るというのなら話は別ですが」
それでも不満は残るだろう。私に恐怖しかしていなくたって、その恐怖が増幅させていた信頼は甘美な因す処だ。それを拭い去るには圧倒的なまでの希望であるくらいしかない。
「……それでも僕は、君に出ていってほしい。最低な言葉を吐いている自覚はある。今まで国民を救い続けてきてくれた君へは、本来褒賞が与えられるべきだ。それを、追放の形にしてしまうなど、あり得ないことだ。……けれど、今の王族の求心力では、君や他の貴族を御しきれない。君の言う通り王族は砂上の楼閣。意見の依存先をこれ以上増やしたくはない」
「知りませんわ、と……そう突き放すこともできましてよ」
「そうだと思う。それが正しいとも思う。……だから、君を知る伝説たちが口々に吐いた、鮮烈なる灯火の君に、この言葉を吐く。……どうか、助けてほしい。王としての責務さえ果たせない僕を、僕が見据える拙い未来を……どうか」
正直な言葉を吐くのなら、「ナマ言ってんじゃありませんわ」だし、「馬鹿言えですわ」だし、「責任転嫁にも程がありますのよ」だ。
別に国へ尽くしてきたなんて想いは無いけれど、なぜ私が国外追放などという咎を受けなければならないのか。その理由が活躍し過ぎたからとか、ふざけるんじゃありませんのよホント。
……セイブル王が正気だったらこんな面倒なことにはならなかった。彼の王としての在り方は多くの民が認めるところ。
けど、なし崩し的に王位に就いたオスカルや、自身の事しか頭にないアレハンドラでは……確かに腐敗貴族と私を同時に相手取ることはできないだろう。
あー、クソ。ですわ。
「追放は……永久追放ですの?」
「いいや。アンデッドの問題が解決し、国に平和が戻ったら取り消そう。そもそも正式に発表するつもりもない。その時どうなっているかはわからないが、どんなことになっていても、僕が王としてラファ・ダルクエルデの復権に尽力する。それを約束する」
「口ではなんとでも言えますわね……」
「必要であれば書面に認めよう」
「ええ、必要ですの」
「わかった。……そして、そう言うということは」
色んな人に啖呵切った手前色々恥ずかしいんですのよ? この国と共に死ぬつもりだ、とか言っておいて……まさかここで悪役令嬢。国外追放は嗜みですの? いやな慣習にも程がありますわ~。
「オスカル様。近いうちに伝説の四騎士はこの国を去りますの。『勇者の魂』、リベルタを連れて」
「……だろうな、とは考えていた」
「そこに合わせてしまうと余計な勘繰りを生みかねませんわ。だから、彼らが去った後に……いえ、去る前に去りますわ。恐らくアレハンドラ様は今日中にでも合流をと言い出すはず。そこに私がいては無駄な争いを生みますものね」
「武器や装備、食料など、必要なものはあるだけ持っていってくれて構わない」
「嫌ですわ。そのタイミングで私がいなくなったとなれば、私が盗んだみたいになるじゃありませんの。現状の国のために王都を出るのであって、罪を背負って出るわけじゃありませんのよ。いずれ帰ってきますから、しっかり席を空けておいてくださいまし」
「約束する。……すぐに誓約書を用意しよう。学園側……四騎士たちには君を学園に戻すことができないと伝えておく」
「それがいいですわ。お別れの言葉のないまま、確認の手段のないままに四騎士たちがこの国を離れるのがベストですわね」
勿論懸念は残る。
この国を建てた者。良からぬ気配。未だ取り返していない第二区と第十区。腐敗貴族。セイブル王の行く末。
けど……。
感情に奔放に生きると決めたから。
同情をしてしまったのなら、その心にだって従おう。
私にとっては、王族とて、守るべき民の一人ですものね。
認められた誓約書と、王城に残っていた少しばかりの食料。そして相棒のショベルを持って……第一区の隣接する外壁の上に立つ。
いやホント、まさかもまさかですわ。四騎士が離れることによる戦力低下を懸念しての強行第一区踏破の結果、私が離れざるを得なくなるなんて。
……ミルグドリヒたちは、何を思うのでしょうね。私が死したなど信じないでしょうから……フツーに裏切られたと、そう思うのかもしれませんわ。
「これ、お忘れ物ですよ。替えの包帯」
「……気付かないまま見送る方が粋だとは思いませんの?」
「私は恩人を裏切り者だと思って生きていきたくありませんからね」
いた。暗がりに……その青年が。
ミヒャエル・ミルグドリヒ。結構四騎士たちにも顔が通っているけれど、別に攻略対象でもなんでもない存在。
「話は大体察していますが、納得できない部分も大きいです。どうしても出ていかねばならないのですか、ラファ様」
「あら、引き留めに来ましたの? 熱烈なことですわね」
「あなたが吐いた言葉でしょう。ラファ様が全てを赦し、すべての責任を取る。代わりにこの国で起きるすべての功績はあなたのものになる。……私達準聖騎士は、この暗闇の夜が明けた時、あなたが新たなる指導者となることを夢に見て、その時動きやすいよう功績を集めようと尽力しておりました。それが……今更王族ですか。酷い裏切りもあったものです」
「これからは口に気を付けた方が良いですわ。アレハンドラ様は私ほど鈍感じゃありませんから」
「元よりあなた以外のやんごとなきお方の前ではこんな軽口叩きませんよ」
……申し訳ないとは、思う。
指導者となる。そのつもりは私にもあった。そのために鮮烈な背中を見せ続けて、痛烈な言葉を吐き続けてきた。その自覚がある。
裏切りは……良い逃れのできない、正当な非難だ。
「故──問わせていただきます。ラファ・ダルクエルデ様」
「どうぞ。ミヒャエル・ミルグドリヒ男爵子息」
「あなたがこの国へ帰ってきた時……あなたは蝶よ花よと育てられた公爵令嬢様でしょうか。それとも、アンデッドの頭蓋を潰し、首を断ち、戦場にて哄笑する我らが指導者様でしょうか」
「……平和になってからもそれやってたら、スキャンダルもいいところじゃありませんの?」
「誰もあなたを咎められませんよ。怖くて」
そうか。ならば。
……首の包帯を取って、ミルグドリヒに渡す。新しい包帯を貰う。
彼は私のその包帯に火をつけた。戦場では役に立たないだろう小さな火属性魔法。彼の出力限界。
「託しますのよ、その灯り。次、誰に託しても構いませんが、私が帰った時に絶えていることのなきようお願いいたしますわ」
「必ずや、あなたに届けましょう」
「──さようなら。あ、次帰ってきた時に聖騎士になっていなかったらちゃんと笑いますのよ」
「──さようなら。あ、でも王政が途絶えた場合ラファ様の帰る場所ってあるのでしょうか?」
ふん。
互いに肩を竦め合って……
──闇へ、身を投じた。
王都から、そして王国からも少し離れた道中。空は真っ暗闇で、街道にも蠢くゾンビがいますから、おちおち休んでもいられませんわ~なんて他人事に現状を憂う。
アンデッドが犇めき合っている状況での国外追放って、フツーに処刑ですわよね、なんて今更なツッコミを頭に浮かべても、それを言う相手がいない。
とりあえず索敵範囲外からの急襲で五秒の法則を用いながらアンデッドを殺して回る。このあたりは王国の領土ではありませんけれど、王国で何かあればここのアンデッドが王国を目指しますの。潰しておいて損はありませんわ~。
……どこ行きましょうか、私。
オスカル王子はああ言ってはいたけれど、国外のどこであってもアンデッドの魔の手が伸びていることくらい彼にもわかっているはず。
結局……邪険に扱われただけ、都合よくあしらわれただけなのかもしれませんわね、なんて。……彼を信じたのは私が彼を識っているからだ。その嘯きに意味がないことも、私自身が良く知っている。
歩く。歩く。潰して歩く。
できるだけ──リベルタたちの次の目的地から、遠い場所を目指して。
歩く。歩く。歩く──。
「──娘。何をしている?」
「あ、丁度いいところに。魔王領行きたいですの。連れていってですの~」
そういえばそんな約束ありましたわ~。