悪役令嬢転生かと思ったらゾンビパニックかい!   作:レッドアリーマー

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罰滅!

 寂れた寺院のような場所で一休み。子供との対話のための時間を設けることになりましたの。

 

 ブラックネットの効果は切れたのに、私を睨んだままでいる魔族の子供。

 猫……犬? いえ、狐……ハイエナ……あ、リカオンですのねアレ。

 

 雌雄さえもわからない子供は、私に対しては牙を剥くばかりで一切言葉を交わしてくださいませんので、魔王が話を聞いていますの。

 ただこの元凶クソ魔王も言葉数が多い方ではありませんから、どうしてもこの待ち惚けの時間が……。

 

 まずいですわ。絶対そんな時じゃないのに、妙に眠気が……うつらうつらとしてきましたの……。

 これはまるで、どこかに誘われているような──。

 

 

 悲鳴が上がる。怒号が響く。断末魔が轟く。

 助けて、助けて、と叫び縋る声。いやだ、やめて、と拒絶する声。

 そして、すべての感情を無視して……不浄の腐肉が世界を蝕んでいく。

 焼け焦げ、のっぺりと、シミになってしまったかのような死体。

 食まれ、千切られ、バラバラになってしまった動くしかばね。

 愛しい者がいたのかもしれない。愛すべき家族がいたのかもしれない。明日を誓いあった友が、背を預けた頼れる相手がいたのかもしれない。

 ありとあらゆるものが濁流の底だ。万象一切が失意の涯だ。

 どろどろと、くろくろと、絵画を泥で塗り潰したかのように、雑味しかない泥色が日常に漏れる。

 

 ああ、終わってしまった。ああ、噛まれてしまった。ああ、世界が暗くなっていく。

 ああ。ああ。ああ。ああ。ああ。ああ。ああ。

 諦観の混じった感嘆。もう無理だ。もう動けない。悲鳴も怒号も、耳が機能を終えて聞こえなくなっていく。

 

 足を、掴まれた。

 見れば。

 亡者の手が足首を掴んでいる。土気色。灰色。暗緑色。そのどれでもない不浄の腕。

 そして引き摺り込もうとしてくるのだ。目の前は泥沼? いや、掘り返された墓だろうか。

 腕を蹴ってもあるはずの頭を蹴っても意味がない。手ごたえはあるのに足を掴む力が弱まることはない。

 むしろ強く。強く強く強く。

 強く──。

 

「二度目ですけど、お生憎様ですわ~」

 

 立ち上がる。足を掴む腕を無視して。まるでそんなものなど無いというかのように。

 ああ、けれど世界がそれを許さない。出ていくことは許されない。ここにいろ。ここにいろ。ここで、この場所で、眠れ、死に狂い、眠れ、死に叫び。

 

「リリーガおば様の見せる夢……とは違いますのね。となるとまたサッキュバス……いえ私の場合、インキュバスですの?」

 

 足だけではなかった。大腿や腰、腹、胸元や肩、腕、首、顔。至る所に指が食い込み、その身体を引き倒さんとする。

 

「場所も……先ほどとそう変わっていないような。つまりここ、昔は街がありましたの? いえでもアンデッドの大量発生からまだ十数日しか経っていないはず。となると……まさか太古にも似たようなことがあって、記憶が呼び戻されたとか?」

 

 眼球を不浄の爪がひっかく。口に入り込んだ枯れ木のような指が顔面を切り裂く。首には水音。そう、噛まれている。いや啜られている。脊髄をじゅるじゅると。

 抵抗は無駄だ。腹部に打撃があった。背骨に痛烈な一撃が入った。腕の肉が噛みちぎられた。

 引き倒されたその肢体の上を、大勢の醜悪が走り抜けていく。足蹴にされ、踏まれ、尊厳の悉くが破壊される。

 

「割となんでもあり得るのがこの世界の怖い所ですわ~」

 

 ──……ない。

 ……あり得、ない。

 どうして。どうしてどうしてどうして。

 なぜ……折れない。その心はなんだ。お前は、偶然にも生き残り得た。だから強気でいられる。そうじゃないのか。

 ここまでされて、こんな姿になって、どうして。

 

「え? ああ、だからお生憎様ですわ。精神攻撃(そういうの)は基本私に効かなくってよ。折角色々作り上げて用意して……でも私のような何のリアクションも返せない相手ではなく、もっと効果ある相手にやった方がいいですわ。魔力が勿体ないでしょうに」

 

 ……ならぬ。この怨嫉怨讐怨恨、受け止めるのはヒトでなければならない。魔族ではダメだ。魔族に力なき者の気持ちを味わうことはできない。

 

「恨みですの? けれど、アンデッドはもう何も感じないのですし、晴らすにせよ囚われるにせよ矛先に無理がありますわ」

 

 この夢そのものはお前の記憶から形作ったものでしかない。お前の悪夢を増幅させたものでしかない。

 

「ははぁん? ……つまりあなたは……元々は違う悲劇によって生み出された亡霊で、この土地に住まう人間たちにこういう悪夢を見せる存在だったと。けれどいつしかここが魔王領になったことで見せ先がいなくなったどころか、アンデッドの発生で魔族すらいなくなって沈黙。そうしていたところに私がやってきたから、これ幸いにと悪夢を見せたら……歯牙にもかけられずに再度沈黙。合ってますの、これ」

「……そうだ」

「わ。普通に出てきましたのね」

 

 読心などの万一を考えて今まで考え事をするのをやめていましたけれど、もしかしてこの亡霊そこまで大きな力ありませんのね?

 だって私の記憶や恐怖を本当に読むことができたのなら、ゾンビパニックの再現なんか用意するはずがありませんもの。

 思考に入り込んで自意識のふりをすることはできるけれど、思考を変えることはできない、なんて……弱いにも程がありますわ~。

 

 出てきた黒い小人みたいなものを見る限りでも、本当に子供なのかもしれませんわね。

 

「私を夢に誘ったのはあなたですの?」

「ああ」

「それほどまでに伝えたいメッセージがある、ということでしょう。お話、付き合ってあげますわ」

「魔族に……心を許すような相手に、話すことなどない」

「魔族に家族や友を脅かされでもしたんですの? その場合は諦めるしかありませんわ。魔族と人間は対等ですのよ。生存競争である以上、勝者と敗者は常に生まれ続けますわ」

「勝てないからと、付き従うのか、お前は」

「私がいつ付き従いましたの? 魔王は私の背に憧れている舎弟、あの子供は必要な情報を吐き出すための記録媒体。それ以上に求めるものなどありませんのよ」

「殺さねば理由など同じだ。そうして寝首を掻かれ、朽ちていく。魔族を信用するとはそういうことだ」

「成程、一度は信じ受け入れた魔族に家族や友を脅かされ、最後にはあなた自身も殺された。……さらに言うと、家族やお友達は反対していたのに、あなたが信じるからと、大丈夫だからと言って聞かせて招き入れ、その惨事を引き起こした。それがあなたの怨恨」

「……っ」

 

 わかりやすくて助かりますわ。

 

 ふと、先程まで不浄の腐肉で溢れていた場所が……うららかな日差しの降り注ぐのどかそうな村に変わる。アンデッドなど欠片も見当たらない。

 そこに、二本の大樹の間に作られたブランコで遊ぶ少年の姿があった。少年は何かを深く考えているのか、俯いたままキコキコとブランコを揺らす。しかしその思考は途中で遮られることになる。ガサっと音がしたからだ。彼がそちらへ目を向ければ、ケモっぽい少女がいた。なんらかの肉食動物の魔族だろう。ところどころに怪我を負っている。

 怯える様子を見せる魔族の少女。少年は彼女へゆっくりと近づき──そして、彼女のけがの手当てを開始した。

 

「在りし日の我々だ。魔族に気を許し、彼女は例外だからとすべての反対を押し切って村に招き入れた。怪我を治癒し、食事を与え、共に眠る。魔族の傷が癒えるその時まで続けられた世話は──その魔族の手で切り裂かれることとなる」

「はあ。……あ、同情してほしいんですの? それとも同調? 何をしてほしいのかはっきり仰ってくださいまし。今のままだと、蝶や蛾がどれほど丁寧に飛ぼうとも鱗粉が舞ってしまうのだ、ふぅ~ん。くらいにしかなりませんのよ。知っている事実を朗々と述べられても何の感情も湧きませんの」

 

 魔王が特例なのだ。基本魔族はそういうものだし、魔族も人間のことをそうだと考えている。

 世話をしてやったのに、食事を与えてあげたのに、という優しさが相手のためになっているはずだという思い上がりがこれをさせる。この魔族の少女とて、怪我をしていつの間にか人間の里に迷い込んでしまって、逃げようとしたら捕まって、これから何をされるかわからなかったから隙を見て反撃して逃げた、程度のことだろう。

 言葉による相互理解など存在しない。人間と魔族は絶対に分かり合えない。両者は互いを()()()()脅かし合っているのだから。

 

「お前の強さの……理由が知りたい。我々もお前のようであったら、恨まずに済んだのだろうか」

「それはオススメしませんわ。あなたが他者を特徴だけで判断するようになりたいのなら話は別ですけれど」

「どういう……意味だ……?」

「あと、私は強いというより凄いのですわ。それも凄惨な方の意味で」

「……」

「ま、安心なさいな。私はもう目覚め、ここから去りますけれど、消えたくなるまでは私の中に居座ってくれても問題ありませんから」

「……なに?」

「元々良からぬ気配なるものが私の周囲にいたらしいですし、今更亡霊の一匹や二匹気にしないと言っているのですわ」

 

 この地に根付いたものであるかどうかは知らないけれど、土地より私の中の方がずっと広いですわよ。そしてそこで、鮮烈なる私の救世を見上げているといいですわ。

 そうして自らの魂に刻みつけなさい。その身その心その魂は、すべて私の王道のためにあったのだと。あなたもまた私のための記録媒体ですのよ。

 

「……わかった。お前を見て、お前の理由を知るとする」

 

 ええ、おいでなさいな。

 ついでに以降こういうことがないよう精神防御とかやってくれると嬉しいですわ~。

 

「我が名はアティア……古い言葉で奪われた者を指す言葉だ」

「えっ」

「さぁ、目覚めるがいい。傲岸不遜な人の仔よ……」

 

 アティアって……ソウルアティアとかレムリアティアのアティアですの? もしかして世界の根幹案件さんですの!?

 

 

 ぱちくり。おはよーですわ。

 

「娘。貴様、肝が据わっているにも程がある。私がいるとはいえ、いつ地中からアンデッドが出てくるかもわかるまいに」

「ふぁふ……まぁ、夢遊の最中でも勝てる自信があるので問題ありませんわ。で、子供から話は聞けましたの? 要領を得ないようでしたらどっかに隔離しておけばいいと思いますわ。様子見様子見、ですの」

「ウルサイ、クリーム女。魔王様に舐めたクチ、キくな!」

 

 ん。……へえ、少女でしたのね。魔族はぱっと見で雌雄がわかるものとわからないものがいて面倒ですわ。

 

「クリーム女ですって。私、そんな甘々とした存在に見えていますの?」

「アタマにクリームを乗っけた女! ニンゲン、ズルくてワルいニンゲン!」

「ああ髪色のことですか。クリーム……まぁクリーム? どちらかといえばカスタードですし、私はこの髪色のこと月色と呼んでいますのよ」

「シルカ、クリーム女!」

 

 やれやれ、月色をクリーム色と表現する心の彩色の狭さに驚きを禁じ得ませんわ~。

 リベルタが鮮やかなまでの金髪であるのに対し、ラファ・ダルクエルデの鈍い金色……つまり月色が対照的で美しいんじゃありませんの。これでも学園編のタイトル絵ではリベルタと対等みたいな扱いされてますのよ。まぁその後の章以降は一切出てこないのですけれど。

 

 それで? という目線を魔王に向ける。

 

「この少女がアンデッドを経て生物に戻った、というのは間違いないようだ。ただし、蘇ったと表現するのは間違いがある。種族が変遷した、と表現するのが正しい」

「種族が変遷した……?」

 

 あり得ない……話じゃない。

 なんせ魔王ルートにおけるバッドエンドで、リベルタは魔族になる。それは魔族の魔力が身体を侵食してのことだったけど……。

 ……。魔力が、侵食……して?

 

「まさか、アンデッド化の魔力は侵食し返すことができると?」

「私もそれを考えた。だが、私が手ずから屠ってきたどの部下においても、精神的、あるいは肉体的に高位であることとアンデッド化が関連したことはなかったはずだ。況してやこの少女が私の部下よりも強き心を持っているとは考えにくい」

「つまり、別の要因があると」

「だろうな。しかしこの少女の種族特性に魔力的、あるいは精神的な効果を発揮するものはない。が、実際に特異な場所にいたことは事実だ。問う、少女よ。なぜサミヒデ港にいたのかを聞きたい」

「あ……ぅ……。……おっかぁとおっとぉと……旅行デ。フネ、使って……モウスグ帰る……その時、サケビゴエ、きこえた」

「サミヒデ港に何かがある、と?」

「ウルサイ、クリーム女。オマエにはイウコトない!」

 

 ……けど、それしか考えられないか。少女に何も無いというのなら、サミヒデ港に特異な環境がある。

 サハギンたちが元に戻れず、リカオンの少女だけが元に戻ることができたのは……いや、だから……。

 

「──食事、ですのね」

「なに?」

「だから、食事ですわ。旅行中と言えどもサハギン用にされた食事は少女らの家族には合わなかったはず。よって調理が為されたはずですの。現地にいるサハギンたちは決して行わないような調理が。そしてあるいは、大人たちは平気ですけれど、子供にはダメ、みたいなものがあって、それを食べたから、もしくは食べなかったからこの少女は種族変遷を起こした」

「……サミヒデ港のサハギンたちの主食は生の魚と酒だ。それ以外は輸入に頼るしかなく、そもそもサハギン自体が生肉などを消化できない」

「オサケ、ダメ。コドモだから、ダメ。イワレタ。サカナも焼いタ。ナマはダメ。オナカコワス。イワレタ」

「娘。生の魚と酒に共通する触媒はなんだ」

「そんなことを言われましても……」

 

 えーと。一応ゲームの知識を引っ張り出すなら、アイテム作成できるものですから……たとえば『シーフードピザ』であれば魚、イカ、タコ、エビ、チーズ、小麦粉、中和液、トマト……でしたっけ? で、『霊酒アムリタ』であれば眠歌草、魔力の硝石、受容液、修謄剤……だった気がしますの。

 他に焼く+魚なものありましたっけ? シーフードピザと焼き魚はニアミスな気がしますの~……他、他……。

 ああ……そういえば、幻蛍の洞窟の最奥部で釣れるヌシについては、焼かずにそのまま食べた方が美味しい、みたいなイベントがあったよう、な? その時は……クルーリピアースのヌシ+受容液、だったような……。なんでしたっけ、殺菌の効果があるみたいなことをルドガーが語っていたような……? あ、ルドガーは『旅路の旗』のリーダーですの。

 

 ……受容液が共通触媒ですの?

 そういえば中和液は魔力の集中を阻害する効果があるんでしたっけ。受容液と真逆の効果を……。

 

「もし……受容液が、アンデッド化の魔力をも湛えてしまうのであれば」

「成程? 受容液は完全に自然由来のものだが、人間も魔族も魔物も体内では生成し得ないものだ。『受容液(レセプター)』の名前通り、アンデッド化の魔力の受け皿になるものであるというのなら、それを食していないから他と違うことが起きた、ということの説明になるやもしれん」

「けど、それじゃあ足りませんの。だから問うべきは中和液の方ですわ。魔王、中和液の生成方法は」

「受容液も中和液も植物から精製するものだ。世界中に生える大抵の植物には抵抗液というものが体内を流れていて、それを抽出して分離させることで受容液と中和液になる」

 

 バッと顔を上げ、周囲を見る。

 寂れた寺院。破壊された痕跡。

 

 そして、生い茂る植物。

 ……キノコなどが原因のゾンビパニック以外、植物にアンデッド化が乗ることがほぼないので失念していましたけれど……アンデッド化がバイオハザードによるものでないのなら、なぜ彼らは無事なのか。

 

「……少女よ。先程意識が戻った時、お腹が空いて仕方がなかった、と言っていたな」

「ウン……タベテモタベテモ、足りなくテ」

「その時に何を食べていたのか思い出せるか?」

「……おっとぉにもらった、アメ。海はキモチワルクなるから、もっておけ、ッテ」

 

 船酔い防止の飴? そんなものがあります……いえ。

 

「もしかして魔力酔い防止の飴では?」

「私もそれを考えていた。この少女のように普段陸上だけでしか生活しない魔族は、海などの広大な水源を長期間移動する時、慣れない魔力の波動に酔いを覚えることがある。子供ならば特に。……生の魚や酒を摂取しないことで受容液を体内に入れず、且つ魔力酔い防止の飴で中和液を体内に取り入れることで、アンデッド化が定着せずにさらにそれを中和することが可能になった、と」

「検証が必要ですわ。ただ、どうやっても非人道的になりますのね。今いるゾンビに中和液を飲ませるくらいはいくらでもできますけれど、そのゾンビが生前に受容液を取り込んでいないかなど調べようがありません。であれば新規に作るしかない」

「そのような非道はさせぬ。加えて……この昏迷たる世で、酒を禁止するのは……」

 

 飲酒によって現実を忘れ、前を向く。

 魔族も準聖騎士も多分変わらない。そうしないと直視してしまう現実に耐えられない。

 

 ……しかしそうなると途端にクランパネリテが怪しくなってきましたわ~。

 受容液をあれだけ持っていた彼は……中和液もしこたま持っているんじゃありませんこと?

 

 ──"言葉を届けよう"、"亡霊もまたアンデッドの一種だ"、"故、その立場から言えば"、"生者以外に食指が動く時点で"、"完全なアンデッドにはなり切っていない証拠である"。

 

 ……あら、協力してくれますの? 魔族との語り合いだから不貞腐れて黙り込んでいるものだとばかり。

 

 ──"……ふん"。

 

 あ、拗ねちゃいましたわ。折角協力してくれていたのに。

 いつも余計なことを言いますのね私は。

 

「魔王、一応の判別方法はありますのよ。それで何件か実験をしてみるべきですわ」

 

 なんにせよ、試してみなければ。

 人間以外に反応したアンデッド化魔族の口に片っ端から中和液を突っ込んでいきますわ~。

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