悪役令嬢転生かと思ったらゾンビパニックかい! 作:レッドアリーマー
紫と黄色のマーブルという、自然界ではまず見ることのない配色をしたその沼を見下ろす。
こぽこぽと音を立てて這い出てくるはアンデッド。ぱっと見では他の場所をうろついているそれらと見分けはつかないけれど、明らかに魔力量が潤沢で均一。いわゆる「根っからのアンデッド」はこの魔力量であると見ましたの。なればそうであるものとそうでないものの区別もつきますわ。
そのマーブルの中心に根を下ろす切り株が一つ。あれこそが『
見得る限りの属性は闇。アンデッドと同じ。だから闇魔法は効果がないのだろう……が。
「とりあえずぶん殴ってみますの~」
やってみてから、できなかった場合を考えたいですの。
ふぅ、と一息を吐く。
「無理でしたわ~」
無理だった。硬いというより物理が効かない感覚。暖簾に腕押しな感覚ばかりが帰ってきて、打撃に反応を見せない。さらには足元が恐らく底なし沼で、その一切に関係なくアンデッドも襲い来て……。
これは確かに『勇者の魂』が持つ奥義でぶっ飛ばしてもらわないと無理、と魔王がなるのもうなずけるというか。
ちなみにその魔王は今ここにいませんの。あの魔族の子供をそのまま生存者の集落に帰すとなると危険が過ぎる、けれど同行させるにはより危険がある、ということで、魔王の手下たちのもとにアレを預け、様子見をさせるのだとか。
さらには此度見つけた中和液の話が本当に有効かどうかを人海戦術で調べさせるのだとか。そのために一度魔王城へ帰るのだとか。
残念ながらといえばいいか、私が魔王城へ行ったとて魔族の子供が向けてきた敵意の何倍ものそれを受けるに終わりますの。それだけならまだしも、その場で全面戦争が起きかねませんのよ。だから当初の目的通り、この『
いいか、私が帰ってくるまで余計なことをするなよ、娘。とは言われていましたけれど、突撃は私の本懐なので余計なことではありませんわ。
仮に、今回の発見によって「生前受容液を摂取していなかった者であれば中和液によってアンデッドから戻ることができる」というのが知らしめられたとしても、根本的な解決はできていない。この『
人類にとって幸いだったのは、アンデッド化というのが魔族にとっても脅威であったことだろう。もし他のアンデッドのように魔族は狙われないが成立していたら、むしろ雑兵はアンデッドにすればいいという風潮が広がって、瞬く間に人類の滅亡が訪れていたことだろうから。あ、ですわ。
「……そういえば、亡霊や夢魔もアンデッドなのに、沼からは出てこないのですわね」
──"言葉を届けよう"。"元々ゾンビ類が『
──"それらはそれぞれ"、"別々の場所に安置されている"。"亡霊の湧き出す石英の地"、"夢魔の住まう鏡の洞窟"。"聞き覚えは"?
「ああ……確かにどちらもありますわね」
ここは来たことがありませんけれど、その二つはリベルタ操作で訪れたことがありますわね。
特に亡霊の湧き出す石英の地は回復薬作りに何度もお世話になりましたわ。エスタルートとオスカル王子ルートは戦闘が多いのでそれはもう。
しかし、良い知恵袋を手に入れましたわ。太古から存在するかどうかはわかりませんけれど、古くから存在するらしいアティアは私の知らないこの世界の知識を教えてくれますの。
……あら、けれど。
「あなた、元々は子供で、魔族に村ごと滅ぼされてあの場に地縛霊としてあった、みたいな生い立ちではありませんでした? あ、死に立ち?」
──"何が言いたい"
「いえですから、なぜあなたが他の地のことを知っているのかな、と思いまして」
──"我々と"、"そう伝えている"。"あの地で魔族を招き入れ死した子供"、"それだけではない"。"魔王領となって久しいこちらの地にて"、"恨みを晴らすことなく根付いたヒトの亡霊"。"その全てが我々であると言える"。
「なのにあの場に現れたんですの? それまで誰一人として魔王領にヒトが来なかった……と? 本当に?」
──"正確に言えば"、"精神に防護壁を持たないヒトが"、"お前だけだった"。"あの時お前は"、"精神攻撃の類は効かぬと言った"。"だが実際のところ"、"我々が見てきたどの人間よりも"、"お前の魂は夢幻に引き摺り込みやすかった"。"だというのにお前は"、"精神攻撃をものともしなかった"。
「ああ……。成程、普通の……あなたの精神攻撃に負けて同調してしまうような人間であっても、そもそも精神を防護するものは有していると。あなた達はその防護を超えることができない……魔王領へ来るのは大抵精神の防護壁とやらを持っている人間……ははぁ」
──"故に知りたい"。"その強さの理由を"。"精神を守る必要がないほどの"、"強さの理由を"。
四騎士やクランパネリテなど、魔王領に来て活動できる人間は軒並み精神防御が高く、亡霊の付け入る隙がない。
仮にそういう……所謂ネームドみたいな存在でなくとも魔族と敵対する以上は精神防御を上げるのでしょうね。夢魔の類がいるから。
で、そんなところに何の防御も持たずにのこのこやってきたラファちゃん。亡霊たちはようやくチャンスが巡ってきたかとそこへ殺到し、ありとあらゆる手段で私を絶望の淵へ落とそうとする……も。
ということですわね。きゃぁラファちゃん大ピンチ!
……ようやく狙える相手がノーリアクション小娘で申し訳ありませんの。私生前……地球でも「お前はお化け屋敷に入るなキャストが可哀想だから」と言われ続けていましたのよ。ごめんなさいですわ。
ま、疑問も解消できてスッキリですの。
なんか守る必要がないくらい強いって勘違いしていますけれど、フツーにやり方知らなかっただけですわ~。
「ついでに『
──"我々とて"、"知らぬことは教えられぬ"。
「まぁ『
──"ただ一つ"、"疑問はある"。"無制限にゾンビを生み出すアーティファクト"。"アーティファクト故理外の動きをするのは当然"。"それはそうだが"、"そこまでの規模を持つアーティファクトが"、"突然現れたというのは"、"考え難い話だ"。
「どういうことですの? 『
──"アーティファクトというものは不変である"。"ただし不壊ではない"。"故に『
……それは、つまり。
「なんらかの要因があって魔王は『
──"然り"。"風化もしなければ魔力が尽きるこもないアーティファクトらは"、"だからこそ外的要因でしか失われない"。"外的要因がなければ生み出されない"。"そうでなければ今頃世界は"、"より渾沌に満ちたものとなっていよう"。
確かに。もし無条件にそういう……特別なパワーを持つオブジェクトが吐き出されるのであれば、世界に秩序もへったくれもなくなってしまいますの。
ちなみに今普通に使っていますけれど、アーティファクトというのは「類を見ない、無二のアイテム」を指しますわ。『聖なる燧石』なんかもアーティファクトですわね。
しかし、これは大事なことのように思いますわ。
つまり元凶クソ魔王も……彼が何かをやらかしたから『
……名前からして多分水晶玉っぽいそれだと思いますので、落として割っちゃったとかだったらぶん殴りますのよ。流石に違うと思いますけれど。
仮に……後者。つまり誰ぞかの意思のもとに破壊されたのだとしたら、すべての話が変わってきますわ。元凶クソ魔王がただのクソ魔王になってしまいますの。あのクソ魔王の性格からして誰かによる過失であっても「私がしっかり管理していなかった。つまり私のせいだ」とか言ってさも自身の過失であるかのように話しそうですし。
「魔王城に亡霊はいませんでしたの? そちらの我々さんと合流して情報を取ってきてほしいですわ~」
──"亡霊の制御アーティファクトは失われていない"。"魔王城"、"及びその近辺の亡霊たちは"、"魔王の制御下にある"。
「それが解放されたらあなたたちが併合吸収できますの?」
──"可能だが"、"その時の意識が我々であるかどうかはわからない"。"こう言ってはなんだが"、"辺境の地に縛られていた我々は"、"アンデッドとしての形を成すことのできない"、"弱いアンデッドである"。
「あー、魔王の支配下の亡霊騎士なんかと混ざるとあっちに負けちゃうんですのね」
──"そうだ"。
それは困……りはしないけれど、単純に知恵袋が消えるのは勿体ない。
せめて出涸らしも出ないほどに絞り尽くしてからでないと。
ふーむ。ゲーム的な話をするなら、アーティファクトはインベントリの専用タブに入れられてしまうため、破壊どころか捨てることさえ適わなかった。
もし魔王にとってもアーティファクトが同等の扱いを受けるのだとすれば、彼も自分じゃどうこうできなかった可能性が高い。となるとやはり外的要因……。
確か一応『勇者の魂』と『魔王の精神』もアーティファクト扱いだった、ような?
パーティリーダーをリベルタにしていないと『勇者の魂』は消えるし、同じく魔王がリーダーになっている時でないと『魔王の精神』も出てこないという妙なこだわりがあったことも覚えていますのね。
あ、でも。
「外的要因によって失われることがあるのですよね」
──"ああ"。
「なら、仮に……魔王の所有していた『
──"たとえ破壊した者であろうとも"、"再生成となると至難のはずだ"。
「その者は、アーティファクトの破壊方法を知っている、ということになりますわ。ただどうせ『
──"……"。
ん、なんですのその沈黙は。
まさか私が誰かに何かを作ってもらうような性質に見えましたの? ナイナイ。聞くとしたら破壊の方法ですわ~。
……ちなみに、ものづくりに関してはある意味私にとっての恐怖対象やもしれませんわね。昔から工作のセンスが壊滅的ですの。破壊は楽しいですし分解も楽しいのですけれど、立体の造形物となると途端にダメになりまして。
絵は描けるのに3Dとなるとなんだか上手くいかないのですわよね。
と、視界の端に影が落ちる。
見上げれば。
「娘。意外だ、貴様が本当に大人しく待っているとは」
「私これでも淑女でしてよ。殿方を待つなどできて当然ですわ」
「そうか。沼地の縁にある足跡や飛び散った泥などは気のせいか」
「ええ、気のせいですの。細かい事気にし過ぎるとモテませんのよ」
魔王が帰ってきたらしかった。
とりあえず隠し事があまりに性に合わないので全部ぶちまけましたの。
即ち、実はアンデッドの暴走って十割あなたが悪いってわけじゃないんじゃありませんの、って。
そうしたら。
「……いや、私が悪い。貴様の言う通り、私が元凶だ」
とか、明らかに含みのある言い方をしくさりやがりまして。
それを再度問い詰めようとしたら、まずは報告を聞いてくれとのこと。そういえばそれを待っていましたわね私。
「まず……数は少ないが、生者以外に興味を示すアンデッドに中和液を与え、その種族が元のものへと戻る事例を幾つか確認できた。ただし、生者以外に興味を示したのに戻らなかった者もいたゆえ、まだ検証数が必要であるといえる」
「魔族は種族が多いのでその辺の検証面倒そうですわね。人間領に戻ったら私も検証してみますわ」
「ああ。……そして、あの子供についてだが、魔族の医者に診せたところ……普通の子供と何ら変わりがないそうだ。幾分か栄養失調のきらいはあったが……」
「だとしても隔離して様子見がいいでしょうね。中和液が体内から排出されたら再度、ということもありますし」
「そういう措置を取ってある」
とはいえ一応光明か。戻すことができる、というだけで……かなり心持ちは違うだろう。
「だが、生前に受容液を摂取していないことが条件であるというのは、やはり受け入れ難いだろうと満場一致の意見だった」
「まー……でしょうね、としか」
あの後色々レシピを思い出してみましたけれど、生素材の殺菌や鮮度を保つためなのか、結構いろんな場所で受容液は使われている。そしてお酒にも。
これを制限するとなると、本当に子供が食べるようなものしか食べられない。味の濃いもの、腹を下す可能性のあるもの、アルコール、その他美味しいけれどそのまま食べると害のあるもの全般。それらすべてがNGになるとなると……人間も魔族も「厳しい」という意見しか出なくなるだろう。
食事は心のオアシスだ。ストレスの最も簡単な発散方法が暴飲暴食であり、でなくとも味覚から満腹中枢を刺激して幸福感を得るのは常套手段なのだから。
ゾンビになったあと戻れるかもしれないことと比べたら、なんて意見も出るのだろうけれど、そもそも感染しなければいいのだから私は食べますわ、みたいなのだって出てくるだろう。
そしてそういう差ができた瞬間、生存者に溜まるフラストレーションは制御のつかないものとなる。
「それと……娘。貴様が人間であるということは明かしていないが、医者たちから感謝の意が届いている。中和液によるアンデッド化の魔力の減退はすべての命を救う偉大なる発見であり、その名が後世にまで受け継がれてもおかしくはないと」
「良かったですわー名前教えていなくて」
「……やはり魔族からの謝辞など背筋が凍る、か?」
「折角名を遺すのなら世界を救った方がいいですの。ついでにその前後でアンデッド化を減退させる術も発見していた、みたいなことが注釈に書かれたらそれはそれでいいですけれど、その程度のことは私の功績に思えませんわ。今後治療薬を実用まで持っていった医者にその功績は渡しておきなさいな」
魔族がどうとか人間がどうとかどうでもいいですわ。等しく知性体ですのよ。そして知性体である以上派閥を持つのも当然で、両者が分かり合えないことも理解していますの。
で、その上で些事ですわ。魔族から名声を得てなにか役に立ちますの? 地位が手に入るのなら喜んで受け入れますけれど、そうじゃないのでしょう? なら要りませんわ~。
「地位。地位か。……難しいな」
「でしょう? だから要りませんわ。……では中和液のことはこれくらいにして」
「……『
「別に元凶探しをしたいわけじゃありませんのよ。私が知りたいのはどのようにして『
「そのような手法はない。あるのならば私が既に試している」
「やけに庇いますわね。……『
「すべての元凶は私だ。それ以外の事実は存在しない」
……はぁ。
じゃあ、まぁ、仕方がありませんのね。
「協力姿勢を見せていただけないのであれば、ここでお別れですわ」
「……私からそれを請うた覚えは無いが」
「ええ、そうですわ。だからここで私達の関係はおしまい。──これより私は単身魔王城に突っ込みますので、まぁ適当に魔王らしく立ちはだかってくださいまし。粉砕しますわ」
「自殺行為だ。アンデッドの暴走によって数が減ったとはいえ、魔王城には未だ多くの配下がいる。それらはアンデッドと違い、脳があり、そして力がある。貴様一人でどうこうできるものではない」
「けれど、その魔族方々はアンデッドと違って殺せば死にますでしょう? 加えてアンデッド化に怯えて自国の領土も取り返せない腰抜けばかりですわ。本当に人間に勝り、人間を脅かし得る種族の群れであるというのなら、人間にできることくらいやってみせなさいというものですの」
「死を……意識を失うことを恐れるのは生物の本能だろう。人間も魔族も変わりのないことだ」
「であればなおさら問題ありませんわ。私は人間を殺し得ますし、アンデッドも殺し得ます。なればアンデッドに劣り、人間とそう変わらない魔族も殺し得ますの。──さらにを言うのなら、死を恐れた時点で私には勝てませんのよ。アンデッドなどより私の方が文字通りの屍兵ですから」
蛮勇と罵りたいのなら好きにすればいい。
ただ見ていないだけだ、私は。天寿と謀殺以外の死は、私の前には存在しない。……そう考えると私ヘーラクレスとかそういう類かもしれませんわ。生き返っているわけですし。
「……奇妙だ」
「何がですの?」
「私は今、貴様を心配していた。貴様の在り方は鮮烈だが、特段腕力に優れるわけでも魔法に優れるわけでも知略に長けるわけでもない。そのような……勇者ではない者が魔王城に入ったのなら、磨り潰されるが関の山だと」
「あら、随分と曇った審美眼ですこと」
「だが途中から……私の配下たちの身を案じていた。貴様に殺されることを案じたわけではない。……これは……貴様に毒されることを危ぶんでいるのか、私は」
「雲行きの怪しい単語が出てきましたわね。なんですの毒されるって。人を劇物のように」
「貴様の在り方は鮮烈だ。何度でも言う。苛烈にして奇天烈にして熾烈。誰しもがそう強く在れたらと願い、しかし理想との差に膝を折る存在。……私は……私以外の魔族に、夢を追ってほしくないのやもしれぬ」
「ふむ」
言葉は多いし、遠回しな言い方だけど、つまり。
「私を独り占めしたい、と。そういうことでいいですの?」
「……。……──……、……──……。……。……ああ、そうだな」
「はぁ、なーんだ、独占欲ですのね。でもダメですわ。私は私のもの。他の誰にも占有させませんのよ」
「……まぁなんでもいいが」
「ただ……他の誰にも渡したくないというのなら、ここで別れるのは得策じゃありませんわ。ついては私があなたについていきたくなるような情報を出しなさい。その素直な心に免じて『
おーっほっほっほ。
これが男性を手玉に取るということですわ。国外追放を経験して、悪役令嬢が板についてきましたのね!
──"言葉を届けよう"。"我々ですら呆れている"。"魔王が魔族でなければ"、"その肩を叩いていたやもしれない"。
うるさいですわ。あなたはもっと恨みMAXでいなさいな。そう簡単に絆されるんじゃありませんわよ。最後の最後まで苦しみなさい亡霊らしく。