悪役令嬢転生かと思ったらゾンビパニックかい! 作:レッドアリーマー
この世界で起きているゾンビパニックは一般的に言うゾンビパニックとは少し違う。寄生虫や細菌によって引き起こされたもの……つまりバイオがハザードしたわけではなく、魔物として存在していたアンデッドの制御が外れた、というところにある。
よって本来であれば魔王がアンデッドの制御を取り戻せば済む話……なのだけど。
「前にも話した通り、無理だ。今なおアンデッドは溢れ続けている。根本をどうにかするためには、完全覚醒した勇者の力が必要不可欠となる」
「元凶クソ魔王にも程がありますわ。自身の部下の統治すらできないとは」
「アンデッドに考える脳はない。一部アンデッドに知能があるように見えているのは合理的であるというだけだ。ゆえにあれらに忠誠や心情は存在せず、私からの統治など受け付けるはずもない」
「それでも今までは制御できていたのだからこういう態度を取っているのですわ」
相も変わらず私の部屋へとふらり現れる魔王。またも分身体らしく、そしてまたもワインを手に持っている。
多分本体の方は酔えないから分身であるうちに酔いを楽しみたいんだろうな、とか。
「娘。貴様は当然のことのように制御権を"取り戻す"と口にするが、奪われたというわけではない。失ったのだ。失われたものであるから、再生成するならまだしも、取り戻すということができるはずもない」
「なら再生成を早くしてくださいまし」
「不可能だ。暴走している根本が存在する限り、制御に必要なものを生成することはできない。この世に二つが同時存在することは無い」
ということらしい。で、勇者の完全覚醒には前述した『聖なる燧石』のようなアイテムが必須。つまりゲームにおける終盤状態になる必要がある、と。
一つが王都にあるのはわかっているけれど、残り三つはイベントで出てくるものだから、正直所在はわからない。そのイベントが起きたらどこにあるのかわかるのに。
「……昨日、この王都にボムゾンビが出ましたわ。貴方の領で押しとどめているのではなかったんですの?」
「なに? ……娘。それは叫び声を上げていたか? それとも甲高い音を発していたか?」
「後者ですの」
「であれば……どこかに工房が作られている可能性があるな」
「クラフトゾンビまでいる、と?」
「ほう? 詳しいではないか」
ゲームにおけるアンデッド、その中でもゾンビは大きく分けて二種類。攻撃系と補助系。別にゾンビパニックが主題のゲームじゃないから敵のグラフィックに差異は無かったのだけど、確か五種類はいたはず。
ノーマルなゾンビ、スピードゾンビ、ボムゾンビが攻撃系。補助系がブレインゾンビとクラフトゾンビになる。
アンデッドという広い括りだと彷徨い歩く亡霊騎士とか笑い狂う骸骨とか結構いるんだけど、ゾンビはたったこれだけ。
跳躍したり遠距離攻撃をしたりするゾンビも既に確認されているから細分化するともっといそうな気はするけど、種別鑑定は本当にこれだけのはずだ。
クラフトゾンビ。簡単に言えば他のゾンビを製作・改造するゾンビを指す。ゲームにおいては単なるバッファ役でしかなかった存在だけど、現実となった今、それのせいで人間がアンデッドに噛まれてのゾンビ化以外にもゾンビが作られることがある、ということだ。
イベントにもクラフトゾンビは出てきていた。というかまさに「!クラフトゾンビの工房を破壊する」という目標があったはずだ。
「……まさかとは思いますが、クラフトゾンビの工房というのは、蠢く腫瘍、と表現するよりない形をしている、ということはありませんの?」
「どうやら本当に詳しいらしいな。人の身でアンデッドの生態を識るとは、些か趣味が悪いと言わざるを得ないが」
「余計なお世話ですの」
なる、ほど。
ゲームじゃグラフィックまではわからなかったけど……そう繋がるのか。
第八区と第七区は一応繋がっている。第七区の工房で作られたボムゾンビが第八区へ渡ってきた、というのも辻褄が合う。
が、問題は。
「確か……工房を破壊するには光属性と火属性の強い魔法、その同時攻撃が必要で、且つクラフトゾンビを滅さない限りは半永久的に作られ続ける……でしたわよね」
「ああ」
それはエスタとリベルタで問題ない。
私が聞きたいのはそこではなく。
「魔王領ではどうしているんですの? 工房は放置、というわけでもないでしょう。そして魔王領に光属性持ちの魔物、魔族はいないはず」
「些か詳しすぎるな。なんだ、魔王領に密偵でも放っていたか?」
「貴方にこちらを問う権限はありませんのよ。貴方が私達に対してできることは責任を果たすことだけ。それには説明責任も含まれますの」
「貴様らは私の部下でもなんでもないだろう」
「同じ世界に属するものとして、ですわ」
「であれば、王侯貴族らも責任を果たしていないことになるな。遍く人間に対し」
「ええ、ですから追及するつもりだと言ったはずですのよ」
肩を竦める青肌の青年。やれやれ、じゃねーですわ。
「なぜ火属性と光属性が工房を破壊し得るのか、という話だ。娘。貴様も闇属性の使い手なれば、闇属性の魔力の特性は把握していよう?」
「……結合と引力、そして感情ですわ」
「ああ。よって結合を分離させるために斥力の力を持つ光属性が必要になる。それによって再生や防御を阻害し、火属性の持つ"熱の伝播"によって核を破壊する。それが火属性と光属性でなければならない理由だ。同時でなければならないのは、どちらかが減衰すると再生か防御が間に合ってしまうから」
「ふむ。……つまり、同じことを再現することができたのなら、両属性が不要になる、と?」
「そうだ。分身は有していないが、私の本体は"ある魔剣"を有している。それは属性の持つ作用を悉く停止させる。この効果を持つ剣であれば、工房をも破壊し得るというわけだ」
知っている。魔剣ソウルアティア。この世に存在する属性に関係なく対象の魂を断つとされている魔剣。
魔王攻略時にその性能の一端を目にすることができるけど、かなりの壊れ性能だ。だから納得もいく。
……部屋に立てかけたショベルを見る。
要は再生する前に防御ブチ抜いて破壊すればいいって話ですわ?
「忠告しておくが、娘。貴様の膂力ではなにをどうしたところで無理だ。諦めろ」
「あらご丁寧にどうも。ま、やるつもりはありませんわ。こちらには強力な光属性と火属性の魔法使いがいるのですから」
「ああ、そうするがいい。……そろそろ時間だな。このワインはまた置いていく。前回のものは口に合ったか?」
「飲んでませんわ。アンデッドにかけて燃やすと言ったでしょう」
「そうか。口に合ったのなら何よりだ」
言って……消える分身魔王。
……まぁ、くれるというのなら貰いますけれど。朝飲みはしないので保存しておきますわ。
イジス。エスタ、モーモン、パリスはそれぞれ水、火、地、風を司っている。それぞれがそれぞれに特化した魔法を使い、さらにリベルタが光属性でバフをかけたりヒーリングをしたりするため、主人公パーティは完成している。闇属性の出番はない。
属性別にできることが異なるために比較するのは野暮な話だが、それでも単純火力というのなら火属性が秀でている。違うな、エスタが秀でている、というべきか。
火属性使いの守護騎士エスタ。彼の武器種は大剣。見た目からは考えられない程の剛腕より繰り出される一撃は、一応元人間であるはずのゾンビを縦に割断し得る。
「いいですの、二人とも。先程述べた通り、タイミングが肝ですわ。どちらかが遅ければ……」
「遅ければ?」
「工房が抵抗としてゾンビを排出する、という可能性があります。壊せないだけならまだしも、再度殲滅し直し、というのは面倒でしょう?」
「成程、責任重大だな」
エスタは言っても歴戦の戦士だ。けれど、リベルタはそうもいかない。
彼女はまだ一端の戦闘者とは言えない。だからエスタがリベルタに合わせる必要がある。
そして。
「気付かれたみてーだなー」
「フフ……風が囁いているよ。大勢の醜いモノ達がここを目指し始めていると」
ずぼらやれやれ系迅速騎士、モーモン。
TPO考えないナルシ系精霊騎士、パリス。
私の救援に駆け付けることの無かった二人もここにいる。あ、イジスは別のところで作戦中。
「──私はここにいても仕方がありませんので、降りてアンデッドをぶち殺しますわ。お二人はリベルタとエスタ様の守護を」
「一人で行けばリベルタが気にするってのがわからねーかなー。パリス、ここは頼んだぜー」
「ああ、構わない。存分にやってくるといい」
工房のある場所へ続く梯子。その上から下へと飛び降りる私……に追従してくるモーモン。ま、彼なら邪魔にならないから問題ありませんわ。
降り立ってすぐ五秒の法則を用いてゾンビを殺す。ショベルで頭蓋を殴り、首を斬り飛ばし、四肢を裁断してまた頭蓋を潰す。
やはりショベルは素晴らしい。殴れる。斬れる。防げる。ここまで戦闘に向いた農具も中々あるまい。
五秒経ってヘイトが乱雑に向き始めたらブラックネットを使う。
「相変わらず躊躇ねーなー。自分の命を狙え、って魔法だぜ、それー」
「誰を狙っているかわからない流れ弾に対処するのと、明確に自身を狙う凶刃を防ぐの。どちらが容易であるかなど、考えるまでもないでしょう」
「言うは易く行うは難しだと思うけどなー」
そんなことはない。ゲームでもいつも思っていた。一番防御力が高くてHPの高いエスタにだけ攻撃を集められないか、って。
ぶっちゃけそれができずに死んでいったリベルタが何人もいる。ヒール行為はヘイトを溜めやすいので、ヒーラーのリベルタは真っ先に攻撃食らいまくって死ぬのだ。
「それに──」
今しがたこちらを向いたアンデッド。その首にショベルを突き刺し、そのまま壁にまで持っていく。
ぞぶり、ぶちりと切れるアンデッドの首。
「私は性別的に女性ですからね。非力なこの身でアンデッドを殺すには、正面を向いている首にショベルを突き刺すのがベストですわ。首の側面と背面は難いので」
腐肉を突き破るこの感覚にももう慣れた。骨を折り砕く膂力は魔力が与えてくれている。他の騎士に比べれば微々たるものだけど、少なくとも一般日本人だった頃よりはある。
であれば戦わない理由はない。自身の魔法特性を利用しない理由はない。
「グラヴィティハンド!」
アンデッド以外に対しては引き寄せる効果……つまり逃げる、や回避、なんかを封じる魔法を使う。アンデッドはすり抜ける。
よって彼らの背後にある瓦礫へと効果が作用し、これを引っ張れば、背後から強襲されることとなる。そうなっているゾンビらの首を的確に裁断していく。
ちなみに魔法は融通の利かないものも多くあり、このグラヴィティハンドもその一つ。もう少し研究すれば瓦礫を掴んで戦う、みたいな戦法もできそうなのに、あくまで一定時間、一定距離を引き寄せる、ということしかできない魔法だった。もっとイメージ任せになる魔法が欲しいですわ~。
するりと近付いてきて今まさに私の肩へ食らい付こうとしていたゾンビの顎を肘で打ち、振り向くことさえせずにその腹をショベルにて突き破る。
ただし、前にエスタにも言ったように、横薙ぎではあまり意味がない。下半身を失っても上半身だけで這ってくる彼らは、どうにかして首を断たねば脅威度は変わらない。
「短剣乱舞」
よって振り返り、とどめを刺さんとした……私の前で、幻影の短剣により頭蓋を粉砕されるゾンビ。その他周囲にいた十数体のアンデッドがその頭蓋に幻影のナイフを突き刺され活動停止する。
迅速騎士モーモン。ずぼらで寝坊癖のある本人の性格とは裏腹に、特記ステータスはAGIとDEXなスピードタイプ。聖騎士らしく剣こそ持っているものの、メインウェポンは今見たように幻影で作る短剣。その攻撃力こそ低いものの、殲滅力で言えばエスタに勝るとも劣らないものを持つ。
とはいえ防御力の高い相手やHPの高い相手には無力であり、その辺を本人が弁えているからか作戦立案時にもあまり前へ前へと出ようとしない。地属性魔法を使う自分は裏方だと思っている系騎士である。
「助かりましたわ、と言った方がよろしくて?」
「必要ないぜー。あんたは背中を預けるに値する仲間だ。当然のことへの礼なんざ言ってたらキリねーだろー」
「殊勝な心掛けですわ。さて、私はブラックネットを使用したまま梯子から離れようと思うのですが、ついてきますの?」
「騎士、だからなーこれでも」
上等だ。
ショベルの取っ手に腕を入れ、両腕をクロスさせる。
そうして撒き菱でも撒き散らす感覚でダークパルスを両側……今にも崩れ落ちそうだった構造物へ。破壊、申し訳ありませんわ~。
ガ、ガ、ガ、と段階を踏んで周囲を破砕し始めるダークパルス。その発動の成否など観測せずに再度ブラックネットを使用し、アンデッドの群れへと突っ込む。
取っ手の三角形へと腕を入れた状態で、さらに柄を持つ。それによって起こるはてこの原理による攻撃力の増加、及び射程距離の減少。あるいは取り回しの良さが増したと言えるショベルを用い、8の字を描くようにぶん回して突貫する。
残り、五秒。
「っ、そーいうことかよー」
何かに気付いたらしいモーモンが幻影の短剣を射出する。射出先を指定しない乱舞。だからいつもより数を増やし得る。
流石にショベルの取っ手部分が当たっている腕に痛みを覚えてくる頃、私は自身の考えていた位置に到着した。
「二、一……崩れますのよ!!」
ダークパルスが基部の破砕を終了する。
結果……私達のいる場所へ向かって倒れてくる二階建て建造物二棟。
ゾンビは避けない。迫っていることにすら気付かない。
気付かず、押し潰され、それでもそれでもと縋り手を伸ばした先にいる私に──ショベルでぶん殴られる。
「蘇り、痛みを感じない身体……結構。ですけれど、それで危機察知能力を欠如するようでは意味がありません。そのあたり欠陥ある生態としか言いようがありませんわね」
「あんまそーいうこというなよなー」
「あら、モーモン様はアンデッドに人権を認めますの?」
「そーじゃなくて。もしそういう言葉を聞き届けて、危機察知したり回避したりするアンデッドが出てきたらめんどーだろー」
「……確かに。あまりアドバイスはしない方が良いですわね」
さて、と見上げる梯子の上。
そこで──極光と獄炎が立ち昇るのを見た。完全同時の大魔法。
「魔法名は?」
「ホワイトレグナム。太古の二属性使いが使ってた魔法だなー」
「あら、いいんですの? その辺りの開示……伝説の四騎士にとってはあまりしたくないものなのでは?」
「なんでかあんたは俺達の秘密知ってるっぽいからなー。知ってる相手に隠しても意味ないだろー」
へぇ、鋭い。
伝説の四騎士がなぜ王族に次ぐ権限を有しているか。
それは彼らが実は太古の……みたいな秘密を持っているからだ。その匂わせに対する反応はしてこなかったつもりだけど、やっぱり経験値が足りない、かな。
「それじゃ、もう一仕事をしますわよ。エスタ様とリベルタが回復したのち、こちらへ殲滅魔法を向けられる程度の時間稼ぎ、ですわ」
「おーよ」
「よろしくお願いいたしますわ、太古の落ちこぼれさん方?」
「……おーよ」
太古。記録も残されていないような昔は、複数属性使いの魔法使いがこれでもかと存在した。
その中を生きた四騎士たちは、落ちこぼれだった。単一属性にしか特化していない彼らは──ある日、『とある罪』を犯す。それが世界全体を巻き込む悲劇を生むとも知らずに……。
みたいな設定がある。現代の私達が単一属性の魔法しか使えないのも実はこの四騎士のせいであり、ともすれば王族に次ぐどころか奴隷にも劣る立場で罵倒を浴びせられておかしくない大罪人、みたいな。ただし功績もあるのでよくよく考えるとトントンで、だから勇者リベルタが彼らをただの人として認め、好感度が、みたいな。そういうイベントもありますわ。
今それらに辿り着けるのかはわからない。早いとこゲームをあるべき姿に戻さなければいけないが、既に構築されてしまった人間関係の中でもう一度初々しい好感度イベントを形作れるかは……うーん、ですわ。
とまぁ、なんにせよ。
「すまない、遅くなった!」
「ラファ、モーモン様、お待たせしました!」
「それでは精霊の活躍を御覧じろ──風よ!!」
広範囲殲滅魔法を持つ彼女らの到着で、無事、第七区の奪還に成功したのである。
思わぬ副産物があった。
第七区。もうほとんど平民しかいないこの区には、なんと大衆浴場があったのだ。貴族はそもそも家族以外の他者に肌を見せることを良しとしないため、大浴場なんてものとは無縁だった。だから調べることさえしなかったし、認知もしていなかった……けれど、魔法も使えない平民がこれほどの水場を保っていたのは驚愕に値する。どういう仕組みになっているのか調べたいですわ。
で、取り返した第七区、及び今まで取り返した地点の全ての拠点強化が決定。ボムゾンビが出ている以上、木造の仮拠点では怖い、という判断のもと、地属性魔法使いによる金属強化が為される次第となったのである。
その施工中は奪還作戦を実行しない。よって休んでいてほしいと言われたものの、そんな暇はないので私一人未奪還区域を彷徨ってますわ~とか言っていたら。
「……私を引き留めるために大衆浴場を復活させるとは。やりすぎではなくて?」
「すごい……広い……! 水がたくさんある……!」
第七区の生存者たち。彼らは勘違いで傷つけてしまったエスタに負い目を覚えていて、その上で第七区を私達が奪還してくれたものだから、いたく感謝を……どうにかしてお礼をしたいと常々述べていたとか。それで、どういう協議があったのかは知らないけれど、なんとかしてこの浴場を復活させることでまとまった、とか?
魔法による修復やら技術者やらがなんやかんやして復活した大衆浴場。ただし今は私達だけしかいない。上述の慣習から貴族は未婚の私の肌を見ることを良しとしないし、そもそもが紳士であるために譲ってくれた。あんまり湯船に浸かる習慣もないらしい。
で、流石にリソースの問題から一人ずつ入る、というのは難しいらしく、私とリベルタが一緒に入ることが決定したと。
「湯舟は初めて、ですの?」
「あ……うん。私は平民だから……」
「その平民の施設なのですけれどね。ま、いいですわ。とりあえず身体の汚れを落としましょうか」
技術レベルがどうなっているのか未だによくわからないけれど、普通にシャワーとかあるこの世界。
その機能も復活しているということなので、きょろきょろしているリベルタの手を引き椅子へと座らせる。
「洗ってあげますから、大人しくしていてくださいまし」
「あぇ、いや、私自分で自分のことはできるよ……?」
「にしては普段の水浴び後も汚れが目立っていましたけれど」
「え、嘘……」
折角きれいな髪をしているのにハネが目立っていたし、腐敗した血の臭いが消えていないこともあった。
もう慣れ切ってしまっているのだろう。けれど……乙女ゲームの主人公がリベルタである。彼女が腐肉の臭いを撒き散らしているとか、普通に私の解釈不一致ですわ~。
だから洗う。徹底的に。ペットにやるみたいに。
「ちょ、きゃ、ラファ、激しい激しい!」
「お黙りなさい。そして暴れないこと。汚れという汚れを徹底的に殲滅しますわ」
女の子同士のキャッキャウフフなど存在しない。今の私は洗車機だ。リベルタが車体。
汚れを消す。消し飛ばす。四騎士が彼女へ惚れ直すくらいには──!!
そうしての、湯舟。
「ふぃー……ふやける……」
「良い温度ですのね。今度技術者に話を聞かなければ」
初めての湯舟を大層気に入ったらしいリベルタ。顔だけ浮かせて他はどろどろに溶けている。あんまり脱力しますと溺れますわよ。
私もそこまでの隙は晒さないけれど、正直かなり気持ちがいい。ただの貴族令嬢だった頃は毎日入っていた湯舟。熱感が全身に染み入って、身体の芯までほかほかになるこの感覚は……ううん、あまりに心地が良い。
だから、口も軽くなる。
「……つらくありませんの、リベルタ」
「ふぇ……?」
「あなたが学園へ編入してきたのは勇者としての使命を果たすためでしょう? それが……このようなことに巻き込まれて、足止めされて、学徒や平民からは縋られて。そのような覚悟はしていなかったでしょう」
ゲーム『愛されるが故に死して』のシナリオ全体における学園編は、実は九分の一ほどしかない。他はほとんど学園外での冒険と成長、そして貴族らの腐敗問題への立ち向かいであり、政治関連の話はともかく、本来であればもう少しだけ明るい冒険譚を歩んでいたはずだ。まぁダークファンタジーなので明るさはお察しだし、悲劇も十二分に起きるのだが。
とにかく流石にこんなゾンビゾンビした……腐肉の臭いに顔を顰めてすらいられないような世界じゃなかった。それが。
「巻き込まれたも何も……元凶は魔王で、私が勇者。どっちかっていうと私がみんなを巻き込んだみたいなものだよ」
「いえ、それは……」
「それにね。実を言うと、少し……嬉しいんだ」
「嬉しい?」
両手を組んで、ぐ、と伸びをするリベルタ。
「うん。……多分、勇者の旅を……していたら。準聖騎士の人達とも、クラスの子たちとも……そしてラファとも、こんなに仲良くはなれなかったってわかるから。ラファの言う通り、私は目的を持って学園に編入した。だから……いずれ去る場所としか思ってなかった。別れが寂しくなるくらいなら、初めから仲良くしないでおこう、なんて思ってた」
それは彼女が故郷を焼かれたが故だろう。
大切な人をつくるのが怖い。仲の良い人を増やすのが怖い。
四騎士に対しても踏み込み切れないでいるのはそのため。
「……まだ日は……浅いけどさ。でも、私達は同じ目的のために動いていて、同じ未来を夢見てる。ここにいる生存者の人達はもう友達とか通り越して、仲間。それが……なんだか嬉しいの」
「『勇者の魂』は、重荷でしょうに。よくもまあそう気丈に振る舞えますのね」
「え」
「嫌なのでしょう? 周囲から勇者だと言われること。あなたはただの村娘で良かったのに、世界が、周囲がそれを許さない。……少しくらい愚痴でも吐いたらどうですの? 四騎士は四騎士で使命を背負っているから言い出しづらいでしょうけれど、私のようななんでもない相手の前でまで強がらなくてもいいのですわよ」
ラファ・ダルクエルデの格は「ぽっと出の悪役令嬢っぽい子」程度。処刑されるほどの悪さもせず、背負っている使命も特にない。公爵令嬢だからまぁ責任はあるけれど、勇者の使命に比べたら天地だ。言うほど悪役でもないし。言い分割と正当だから。
あくまでゲームシナリオにおける一章の中の引き立て役。そんな相手の前で気丈に振る舞う意味などない。
「そんなに……わかりやすい、かな。必死で隠していたんだけど……」
「しっかりできていると思いますわよ。少なくとも四騎士は気付いていないでしょう。そもそも鈍感なところありますし」
「……でも、ラファには……わかっちゃうんだ」
「別にあなた勇者の記憶を引き継いでいるとかではないのでしょう? でしたら普通の女の子ですの。それが『勇者の魂』とか世界の命運とか託されて、重荷に思わないはずがありませんもの」
俯くリベルタ。ちゃぽ、と顎をお湯に付けて、膝を抱えて……零し始める。
「うん。そう……だよ。ホントは、嫌。怖いし……つらい。……私しかできないことだからやってるけど、もし誰かが代わってくれるなら……譲りたい。押し付けちゃいたい」
「ですから前にも言いましたでしょう。貴女一人に任せる気など毛頭ありません、と」
「あ……」
顔を上げるリベルタに笑ってみせる。彼女が安心できるように。
「私はダルクエルデ公爵令嬢、ラファ・ダルクエルデ。この世は私のものですの。勇者にも魔王にもアンデッドにもくれてやるつもりはありませんわ。……ですから、お好きにやりなさいな。あなたも魔王も四騎士も、私の庭で遊んでいるだけ。アンデッドという害獣を対処してくれているだけ」
彼女の髪を指で梳いて、その顎を抓んで。
「重荷はすべて私が背負います。責任はすべて私が取りますの。何を失敗してもあなたのミスではないし、同時にあなたの手柄は私のものとなりますわ。このアンデッド騒ぎが収束した時、収束に最も貢献した者の名は自動的に私のものとなるのです。──だから、重荷は私へ降ろして、愚痴は私に吐いて、その上で思うままにやりなさい。私が全てを赦しますわ」
「……本当に格好いいね、ラファは」
「ええ、世界を救う令嬢、ですから」
言葉に。
リベルタは、ようやく安心した笑みを見せてくれるのだった──。