悪役令嬢転生かと思ったらゾンビパニックかい! 作:レッドアリーマー
ショベルを振り上げ、振り下ろし、止める。棒を振るというよりかは握っている部分から下を引く感じで。
基本は剣道。というよりそれ以外の「型らしい型」を知らないので、ただそれの繰り返し。
筋力及び腕力のトレーニングにはこれが一番いいですのよ。
踏み込みと斬撃を同時に出し、剣を戻すと同じくしてステップで下がる。繰り返し、繰り返し、繰り返し続ける。
息が上がって疑似ランナーズハイを感じ始めたら次へ。
今度はショベルの持ち手を掴んでぶんぶん振り回す。止めるとかない。ただ振り回されないよう振り回し続ける。
ボールは友達じゃないですけれど、ショベルは友達と言えるくらい手足のように動かせるようになっておかないと、大事な場面ですっぽぬけるとか絶対嫌ですからね。
仮想敵ありの訓練はしない。いざ相手にした敵が仮想よりも硬いことなんてザラなので、そういうのはしていない。ですわ。
ショベルを振りながら考えるは別のこと。
既に彼女……ティナさんが出ていってから一時間以上が経過している。アムエナ=カカラパラゾの内部は静まり返っているので外の様子を窺い知ることはできないけれど、その静寂がどこか「戦士たちの無事を切に祈っている」ようにも感じられた。
私にはそこまでの思い入れがありませんので祈るなどはしませんけれど、なんか思った以上に深刻そうですのね、という所感。
四騎士が反感を持って自由を求めるくらいの緩さはあるものだと思っていたのですけれど、案外戦時中というか。
加えての違和感は、地名にこれでもかというほど聞き覚えがないこと。
スチルの背景にあった国や建物には見覚えがあるのに、アムエナ=カカラパラゾの名前は一切ピンとこない。ハウルエルの花畑の花は見たことがある気がするのに、ハウルエルという地名は知らない。
そしてティナさんが聖ランパードーア学園の問題児たちを知らなかった。
これらから考えるに……最悪のケースとして、私がタイムスリップしたここは四騎士がランパードーアに入園する前か後の可能性があるということ。
いや、後であれば太古崩壊が起こっているはずなので前だと思いたい……けれど、"再起源"によって四騎士が太古崩壊を行わない過去が確定した上での入園後……入園せずに時間が進んだという世界線の場合、本当にどうしようもなくなる。
四騎士の到来を待って寿命を終えるか、待たずして太古崩壊を引き起こし、未来へとつなげるか。
……最良の選択肢はこの時代の四騎士を唆して正史を辿らせること、もしくは未来からの干渉を阻んで過去を改変させないこと。これが達成されたのならとっとと
──ドタドタという足音。
それは道場の前までやってきて、バコンと扉を開けた。
「ティナの姐さん、大変だ、ディエゴのやつが……って。……ティナの姐さん? 随分とちっちゃく……んでもってファンシーになりやしたね……」
「クリスティナさんは滲み出る侵蝕についての警報で招集され、戦場へ向かってしまいましたわ。私は客人のヴァラー……なのですけど、こうして放置されている次第ですの」
「ああ……そうか、ティナの姐さんも一級魔法使いか。……ああけど、ってぇなると……」
扉を開け、けたたましい声で早口に言葉を発したのは……えー、とっても貴族らしくない、貧困層の水夫、みたいな恰好の緑のスカーフをつけた男性。
口調も相俟って海賊感ありますわね。ここから海は遠いっぽいのですけれど。
「荒事ならある程度対応できますわよ。ティナさんと違って代価はいただきますが」
「本当か!? あ、でもアンタどこの家の娘さんだ? これはクルメクルケニスの家の話なんだが」
「クルメクルケニス。地と光の大家の話であっています?」
「他にクルメクルケニスがあるならわからねえが、そうだよ」
クルメクルケニス。モーモンの本名がモーモン・グレイブ・アーヴァンクルメクルケニスだったはず。
エスタと同じ名付け感なら、アーヴァン単体で意味があり、その後が家名なのだろう。
「問題ありませんわ。そのための被り物ですし、万が一があってもティナさんとの繋がりは疑われない場所にいますのよ」
「その辺は姐さんなら問題ないだろうが……よし、時間がねえ、ついてきてくれ!」
「構いませんけれど、あなたのお名前は?」
「っとすまねえ、フラウィスだ。家名は気にすんな、あってないようなもんさ」
「そうですか。お互い大変ですわね、とだけ。さ、行きましょう」
「おう!」
そういうことにしておいた方が都合良さそうだし。
しかし降って湧いた幸運というやつですわね。このままクルメクルケニス家に接触してモーモンの所在を聞きましょう。
なんでも。
カカラパラゾの最下層にある『古い公園』。そこの一部に穴があいていて、普段からフラウィス、ディエゴさん、それともう数人の少年・青年でそこを秘密基地にしていたそうなですわ。
本当は老朽化が発覚したその瞬間にカカラパラゾの管理を行っている『国営財産管理局』及び『所有者である領主』に報告をしなければならないそうなのですけれど、それをしてしまうと秘密基地が使えなくなるだけでなく当該施設全域が使えなくなってしまうため、基本的には余程厄介なことにならない限り皆放置するそうなのですわ。
で、その『古い公園』はクルメクルケニスの所有物であり、そこへの報告を約半年以上も怠っていたと。
そして今日も今日とて秘密基地で遊ぼうとしたら、老朽化で開いていた穴の中にさらに大きな穴ができていて、ディエゴさんがそこに落ちてしまったと。
これだけなら貴族の皆々様が魔法を使って助け出せばいいだけの話──子供でも使えるから──のですけれど、なんとその中に魔物が湧いていると。今は自身の魔法で隠れているからいいものの、魔力が切れたらお陀仏だと。
圧倒的管理不足。そして圧倒的自業自得。
……それでいて、「住宅地の地下にダンジョン」はRPGっぽさあって懐かしい気持ちにもなったり。
「お友達……ディエゴさんの属性は?」
「光と水だ。それで自分で防壁張ってるみたいなんだが、目算あと保って十分なんだ」
「お友達に風属性を使える方は? 非戦闘員は邪魔ですので早々に引き上げてほしいのですけれど」
「風属性は姐さんしかいねんだ。頼む、今土属性で集まって梯子を作ってる。その間なんとか時間稼ぎをしてくれ!」
「……まぁいいですわ。私もあとで上ることを想定した強度にしてくださいまし」
「そりゃ大丈夫だ、なんたってディエゴが上れる梯子にすんだからな!」
よくわかりませんけれど。
さーて下水の次は老朽化した住宅地の地下ですわー……っと。
着地。
「ディエゴ、今そっちに行ったデイラリちゃんは敵じゃないから攻撃すんなよ! さっき言った助けに来てくれた人だ!」
上からフラウィスさんの声。落下した感じ、ざっと六メートルくらいの穴で、声の反響からして想定より広そうですわね。
「ひぃぃっ!?」
「あなたがディエゴさんですの? 助けにきましたので変なパニックとか魔法暴発とかしないでくださいまし。あんまり邪魔なようなら殴って気絶させますわよ」
「う、うぁ、で……デイラリちゃん……!?」
「知名度結構高いらしいですわねこれ。人気なのかしら」
ディエゴさん。なるほど、随分とファットな。
確かに彼が上って安全な強度なら、私でも大丈夫そう。
「魔法の使用は必要最小限で。基本的に向かってくる魔物はすべて」
キシャァとわかりやすく声を上げる虫っぽい魔物。それを振り向くことなくショベルで殴り、頭部を斬り潰す。
「こうして潰してしまいますから。──以上、わかりまして?」
「……」
「わ・か・り・ま・し・て?」
「は、はい!」
よろしい。
結構な暗闇ですし、単一属性しか使ってなかった、で言い訳が通ることを見越して、ブラックネットを使う。
ショベルにはナイトクローを纏い、あとは殲滅殲滅!
お掃除の時間ですわ~!
そんな感じで虫魔物を掃除している時だった。
ふと感じた得体の知れぬ感覚がして、咄嗟にショベルを防御に回す。ヒャウ、という空気の通り抜けるような音と重なって金属音が響き、手応えが無事防御できた結果を返してきた。
「おや……防がれましたか」
「人間……ではなさそーですわね」
「ええ、あのように矮小で汚らわしいものと同じにされては困ります」
攻撃を加えてきたのは青年。ただし腕が黒い靄で、足が植物のツタのようになっている、という修飾がつくが。
魔族か。滲み出る侵蝕の……。……いや。
「まさかとは思いますけれど、上の襲撃は陽動で、あなたが大本命だったりしませんわよね」
「流石のご慧眼と褒め称えておきましょうか? いやはや、感知を磨かぬ魔法使い共ではこの程度の策とすら呼べぬものにすら気付かないと考えていたのですがね。流石にその程度の能力はありましたか。とはいえ、配置されているのが子ども二人だけとは……我々はなめられていると判断しましょう」
「ディエゴさん! 今すぐ自身の身体を水で押し上げなさい! これ以上は何も言いませんので怪我は自己責任!」
攻撃力は多分大したことない。が、速度が厄介だ。加えて恐らく通常の防御が役に立たないタイプとみた。
推定ドライアドと亡霊の祖先とかその亜種。ミスリルは有効。そして。
「アティア、無理をしない程度に最高強度になさい」
──"無茶を言う"。
全身とショベルに纏うは亡霊の力。
その異質さに気付いたのは、果たして両方だったらしい。
「ひ……?」
「ほう」
「ディエゴさん、あなたは怖がっていないで脱出! 邪魔ですの!」
「は、はは、ひゃいぃぃっ!?」
ブラックネット・ピンポイントを目の前の魔族に使う。
「む……視線が逸らせなくなった? これはまた……随分と強度の高い闇属性魔法を使いますね。その姿も相俟って、あなたが同族のようにさえ見えますよ」
「だとしたら私、同族殺しで名を馳せすぎているかもしれませんわ。生涯を通して殺した滲み出る侵蝕の数は世界の誰にも負けていません自信がありましてよ」
「滲み出る侵蝕。その名前、長くありませんか? ──我々は自身らの種族拡大と自我の確立を以て、あなた方を
「魔族、でしょう。今更仰々しい説明は不要ですわ」
「……! ほう、ほうほう。ではこちらもあらためて聞きますが──やはりあなた、魔族なのでは?」
「違いますけれど、どっちでもいいですの。私は今ここであなたを殺す存在であり、そして私の守る民を害す全てを殺す者。とはいえ名乗りは必要でしょう。──ヴァラー。そう名乗っていますわ」
「マルスメディス・ティトラカーン。魔なる者の王に仕える第三の使徒!」
うわそれ第四までいそうですわね。
……というか、未来の魔王には四天王とかいませんのよ? 可哀想だとは思いませんの?
「いざ、尋常に勝──」
「先手必勝!」
「ヌッ!?」
どれほど理性ぶっていても根っこは脳筋魔族のはず。だから名乗りをあげれば名乗り返してくると踏んでいたし、少しでも間が挟まれば「いざ尋常に」とか「それでは楽しみましょう!」とか言ってくると読んでいたので、口が開いたその瞬間を縫って踏み込み、斬り上げを行う。
斬った……が、この手応えはなるほど、ツタの集合物ですのね。
「卑k」
蹲り、「卑怯な」とか言ってきそうでしたので口を開くところを狙って今度は面での殴打。
アティアがツタとツタを束ねるゴーストを捉えたことを感覚として理解し、ショベルに乗り込むようにして下体を持ち上げる。身体が斜め下方に向くような体勢になったところでグラヴィティパルスを足元で破裂させ、急制動を行った蹴りをショベル越しにマルスメディスへ突き入れた。
「ぐ、ぉ……!」
そのままショベルの持ち手を上げて彼を引き倒し、さらにグラヴィティハンドで地面を掴んで引き寄せる。闇属性魔法は彼の身体を通り抜けますからね。
地面とショベルで彼の顔面をサンドイッチして、ぐぐ、ぐぐぐと圧し潰していく。
「こ、の……力は……!」
「魔族には闇属性が効かない。ま、それを常識にしない方々であればあなたの存在は脅威でしょうし、対策の難しいものであるのかもしれませんわ。……けれど私、初めに申し上げた通り、あなた方との交戦経験は豊富でしてよ。だから最も効果的な戦い方を選べますの」
「ムスメ、オマエはナニモノだ……!?」
「あら、自己紹介し合った仲ですのに、酷いですわ。それとも確立した自我、獲得した知性とやらが潰れかかっているのかしら。なんにせよおかしな猶予は与えませんのよ、私。──死になさい」
「ま──マテ! これなラどうだ!!」
潰す気だった。けれど、不自然に伸びた彼の足に気付いてしまった。
潰す力は緩めずにそちらを見ると。
「ァ……カ……」
縦穴の途中。自身の身体を水で濡らしたディエゴさんの身体がさかさまに縛られていますわね。ファットなお肉がツタによって強調されていますわ。
「ハ、ハハ……私を殺してみロ……もう一人が、落ちて、シぬぞ!」
「ええ、可哀想に。惨いことをしますのね~」
「は……!?」
さて……潰しますか。
「マて、オドしではない、本当に奴はシぬぞ!?」
「でしょうね。ですから可哀想にと思いますわ。まだ若いでしょうに、残念無念」
「ムスメ、オマエは、オマエは」
「ああけれど、あなたも来世では気を付けなさいな。魔族のくせに人質を取るとか、未来で幹部たちにズタボロになるまで怒られますのよ」
狡い行為、嫌いですからね。
ぷちっ。
「──うぁぁぁあああぁぁああ!?」
申し訳ありませんけれど、私が受け止めれば二次被害になりますし、闇魔法に衝撃緩和系はありませんのよ。グラヴィティパルスはダメージを増やすだけでしょうし。
ご自身の魔力でなんとかしてくださいな。
安堵した顔のティナさんを見る。
「容態は?」
「なんとか峠は越えてくれたらしい。今は安らかな寝息で眠ってるよ」
「そうですか。それは良かったですわ」
ここは『国営傷害治癒院』。読んで字のごとくな、つまり病院ですわ。
「……助かったよ。まさか滲み出る侵蝕が下穴を掘って奇襲をかけにこようとしていたなんて……とんでもない知性だ」
「ま、ディエゴさんやフラウィスさんの悪運に感謝することですわ。老朽化の報告を怠っていたから気付けたこと。怪我の功名ですわね」
魔族襲撃から無事に帰ってきたティナさんにことの粗方を報告しましたの。ま、未然に防げてよかったよかったですわね。
とはいえ緊急を要することに変わりはないため、この後最下層はほとんどの場所が出入り禁止になるとか。
ティナさんは特に『国営財産管理局』の局員というわけではないため、このまま解放されるらしい。逆にフラウィスさんたちはこってり絞られるのだとか。子供だけならまだしも青年が混じっていたグループですし、子供でも問題がありますからね。
ただ、狙っていたクルメクルケニスの人々は出てきませんでしたわ。元はと言えば老朽化を放っておいたクルメクルケニスの責任。あまり公に出たくないのやもしれません。
「いいや、改めて言わせてくれ。助かったよ、ヴァラー。なんで……まぁ、お前の事情、なんか一個あたしも片付けてやる。貴族間の話ならそれこそ任せろ、あたしは色々例外なんだ」
ふむ。
……タイムパラドックスやその後の色々を考えてやめていましたけれど、そろそろ面倒ですわ。
というかこれほぼ確実に魔族襲撃イベント潰しましたわよね。多分ディエゴさんとフラウィスさんたちはあそこでマルスメディスに殺されているべきでしたわよね。
マルスメディスはマルスメディスで生き残りそうなそうでなそうなの難しい塩梅ですけれど、もー過去改変とか気にしていられないとこまできましたの。
ミルグドリヒ。
一応謝ってはおきますわ~!
「あなたを信用します、ティナさん。その上で、私の容姿、私の名前には触れないでほしいのです」
「おう。口は堅い自信がある」
「では」
デイラリちゃんなるキャラクターの被り物を取る。
ぷはぁ、ですの。
「月色の髪……ガーネットの瞳。加えて白磁のように白い肌。……まさか」
「私の名前はラファ・ダルクエルデ。他に付加要素のないただのダルクエルデですわ」
「……うっそだろ。本家筋の……いや、身体的特徴からして純血の隠し子……!? いやいや、そんなのが護衛もつけてねーわけねーから、何かあって存在を秘匿されたとかそういう……」
「私の容姿にも私の名前にもガンガン触れていきますのね」
「あっ、そ、そうだった! お、おう! えー……お前、じゃない、あなた様はヴァラーで、そう、えーと、だから畏まる必要もなくて、その」
……これ、失敗しましたの?
遥かなる草原を行く二人。
その内の一人……先導されるままについてきていたリベルタが、遠慮がちに口を開く。
「あの……その、ね、クオンちゃん」
「なに?」
「私は道を……知らないから、強くは言えないんだけど……気のせいじゃなかったら、その……迷っているのかナ~……なんちゃって……」
自信満々に先導していたクオンがカカラパラゾの方を見れば、おや、おかしなことに出発時と距離がそう変わっていないような。
どころか少し離れているような。
「……気のせいだよ」
「そ、そっか! そうだよね……」
「そ、そうだよ!?」
クオン。クオン・エメトゲル=ナナ=ペレトメギスカト。"極剣の御姫"。物の在り方を見通す姫巫女。
基本的にはなんでもできるタイプの彼女だけど、一つ欠点を挙げるのならば。
「大丈夫だから! 絶対!」
「だよね、うん、そうだよね……」
一人でいる時は普通なのに、他人を案内する時だけ方向音痴になるところ──。
一人でいる時は周囲をよく見るから迷わないけれど、案内しようとすると視界が固定されるから迷うのですわね、あなた、とは。
彼女に村を案内された"彼女"が気付いたけど特に言葉に出すことなく胸の内に秘めた解説……だったりする。