悪役令嬢転生かと思ったらゾンビパニックかい! 作:レッドアリーマー
不思議な色の花弁の花。暖色だけの玉虫色。
それを眺める位置にある小屋。その玄関の前に私達は現れた。そこまで昔のことでもないのに、なんだかもう懐かしいですわここ。時系列的には懐かしいというのはおかしいのですけれど。
「お待ちしておりました。ラファ・ダルクエルデ様ですね」
「ええ、そうですけれど……ん、ゴーレム? ですの?」
声をかけてきたのはTHE☆執事みたいな見た目の人間……いや、ヒトガタ。
「ご慧眼です。はい、私は汎用型ゴーレム02-00-2。リリーガ様からはトァンと呼ばれております」
「ふーん。獲得できるといいですわね」
「……! ……ええ、ありがとうございます」
それでは、お預かりします、とトァンはリリーガを受け取り、家の中へ運んでいく。
でもまぁこういう家事ロボットがいるから気絶した、というのなら納得ですの。
まぁ降って湧いたどうにもならない待ち時間、久方振りに本当の意味でゆっくりすることも吝かではない……のですけれど、この花畑は可燃物なのですわよね。
どこかにハンモックとかないかしら。
──"答え合わせをしたい"。"なぜ空中へ行った"?
──"お前の言う通り"、"空には盾も逃げ場もなかっただろう"
あら、思わぬところから答え合わせの要求が。敵に答えを教えるわけがないので一瞬でも「考える隙」を与えようとしたのですけれど、まぁアティア相手になら教えてもいいでしょう。
「私のこれ……闇属性の魔力の体外放出による防護はあくまでただの防護。掻き分ける力も前に進む力もありませんわ」
だから、地面にいる時に終局魔法の奔流を受けると、地面と終局魔法にサンドイッチされて潰れる方が先になっていた。
空中へ来たのはそれを避けるため。且つ、掴んだ魔力を後方に捨てるため。
「地面でアレを食らっていたらフツーに死んでいましたわね。まぁその時はリリーガを盾に持っていたと思いますけれど」
どれほど頭にキていても、リリーガへ直撃させる勇気はないだろうし。
「ラファ・ダルクエルデ様。お湯の準備ができましたが、いかがなさいますか?」
「それは入りますわ」
魔法講義なんか中断しますの。イノセンスがあるといえど、連戦に次ぐ連戦、下水、そして連戦という流れは身体がお湯を欲するというもの。
なまじ少し前に大浴場に入ってしまったのが仇でしたわ。あれさえなければ我慢もできたでしょうに、酷いことしますわ~。
というわけで、リリーガの家のお風呂にイン。
なぜか檜風呂……まぁ檜ではないのですけれど、似た香りと似た木質を持つ樹木の風呂で、カポーン。
あ゛ぁ゛~……。
……ん?
いや気持ちいことは気持ちいいのですけれど……なんだかおかしな感覚が。
こそばゆいというか、心地よすぎるというか。あとなんだかこのお湯ラメラメしているような。
「当然でしょ。そのお湯は『霊酒アムリタ』と似た成分だもの。酔えはしないけどね」
「あら、起きましたのリリーガ。早いですわね」
「全くよ。人が気持ちよく寝てるところにまぁっずいポーション突っ込まれて……ひぃ~。そういう設定にしたのは私だけど、もうちょっと思いやりを持ちなさいよねあのゴーレム」
入ってくるリリーガ。見れば見る程未来の彼女とは似ても似つかないですわね。同じなのは髪色くらいでしょうか。藍色の髪ですわ。
狭いお風呂でもないので場所を移動する。
「このお湯に浸かるだけで体力も魔力も回復するし、傷も疲労も癒えるってわけ。若干の若返り効果と若さの保持効果もあるわ」
「なるほど。でもちょっとこそばゆいですわね。筋疲労も自らのものですから、それが無理矢理取り除かれている感覚といいますか」
「アンタは頑張り過ぎだし張り詰め過ぎなの。さっきのだって、意識を取り戻したのは途中からだったけど、話し合いによる相互理解もあったでしょ?」
「ありませんでしたわ。私が罪を犯したのは事実ですし、彼らが止まったのは私の容姿と私の魔法を見たが故。どちらも隠していたままならば絶対に止まらなかったでしょう」
彼らは思い込み激しく私を殺そうとしたわけじゃない。
受理された罪を裁きにきただけ。その相手がどこの誰であろうと、本来は止まって良い話じゃない。
今回は私が終局魔法を捌き切ったからああいう動揺に繋がったけど、そもそも直撃していたらそこで終わりでしたしね。
「わかったわかった。わかったから肩の力抜きなさい」
「時間が無いから転移をしたのでは?」
「ここは大丈夫なのよ。時間の進みが遅いから」
「……遅い?」
「後で境界線を見せてあげるけど、外での一分はここでの百二十分なのよ。この小屋と花畑周辺はね。で、ここで取った加齢分をこのお湯で取り返すってわけ」
ああ……メンタルとタイムのルームですわね。
そういうことならまぁ……流石に。
流石に……さしもの私も、力を抜きましょうか。
「お疲れ様。ゾンビに滲み出る侵蝕……魔族に人間に。敵ばかりね、あなたの人生」
「
「……私、今の喋り方の方がやっぱり好き。格好いいもの」
「……じゃあやめますわ~」
「それ好きじゃないわ。わざとらしすぎ」
と言われても。ラファ・ダルクエルデの口調がこうなのだから、こうしなければおかしいでしょう。
私はラファ・ダルクエルデなのだから。
「ふん……敵ばかりとは言うがな、仲間を作る動きをしないだけだ。仲間と呼べるものを得る……得られる機会には幾度となく巡り合ってきたのに、それを放棄してきた。同情されることではない」
「私がなってあげるって言ってるのよ、これ」
「……不要だよ。敵しかいない方が気が楽なんだ。味方に心を預けるのは……疲れてしまうから」
「あなたは人生の中で一人たりとも仲間を作っていない。なのにそれがわかるの?」
「……さてな」
勿論地球での話ではなく。
私にはただ、それより前があったというだけの──。
「やめやめ、ですわ~。今はどうでも良い話。それより今に続く未来の話をしなければ」
「ああ、戻っちゃった」
うるせー、ですのよ。
まず、と。リリーガは魔力に反応して文字の浮き上がるボード……マギステックボードというものに大きな括りを二つ描く。その頭に「α世界」と「β世界」という文字を書き足した。
「アンタのいた未来。それはα世界の未来よ。で、ここはβ世界の過去」
「へ? ……え、地続きじゃないんですの?」
「ええ、違う。『
初知りですの。……じゃあ四騎士はなんのために。
「単純に知らなかったんでしょうね。私もこの世界が作られてから仕組みを知ったから」
「作られ……?」
「よく似た隣の世界っていうのはね、観測されない限り励起しないものなの。無限に広がる並行世界があるんじゃなくて、光を照射した先に世界があったことになる。ないとおかしいから、あったことにされる。β世界が生まれたのはほんの数日前。『
世界五分前説。いや、それ以上か。
……ゲームシナリオ、つまり史実では過去へ行くことが無い。だから作られなかった。
ゾンビパニックの起きた現実……私が入り込んだ世界でのみこのβ世界は息をすると。
「よってここで何をしても……アンタの知り合いだろう人間の先祖を害しても、アンタのいる未来に何か影響が出るわけじゃない。アンタが帰るのはα世界の未来だから、そこには元居た時間軸と何ら変わりのない光景が広がり続けているはず」
「仮にここで……どうにかしてアンデッドの暴走の未来を引き当てない術を作っても、意味はないと」
「そこよ。──究極、ここは何をしてもいい世界なの」
言い切るリリーガ。
それは。
「私は未来視で知ってるけど、アンタ私に隠れて倫理に反することをやっていたんでしょ? 動物実験を。でもそれ、気にしなくていいのよ。この世界はこれから先も続いていくけれど、アンタには一切関係のない話だから。関係のない世界の関係のない未来。そこがどうにかなることを、アンタは気にしない。そうでしょ?」
「私のこと、よくご存じなようですわね」
「ずっと視てきたからね。……α世界の私は達観しきっちゃっててアンタへの干渉は最小限に抑えているけれど、私は違う。私はアンタの鮮烈な生き方に惚れこんだ。目的のためなら手段を厭わない姿勢も、そのためであれば人を捨てることのできる在り方も」
あら告白ですの? でも残念、私に同性のシュミはありませんわ。
「人情も印象も心象も、アンタが気にしなければ無いのと一緒。人を斬り刻むような実験も、幼子の泣きわめくような残忍も、何をしてもいい。だってここは観測されることで意味を成すβ世界。観測者に使われ、使い捨てられることがこの世界の本望なのだから」
「それはなんとも殊勝な心がけですけれど、なぜそうだと言い切れますの?」
「『勇者の魂』に時間を超える力なんて無いからよ。あれにあるのは世界を超える力だけ」
……そういえば。
ゲームをしていた頃は、四騎士があるというのだからそうなのだろうと納得していたけれど。
四騎士はどのタイミングで、どのようにして、『勇者の魂』に時間を超える力があると判断したのだろう。
「……いえそもそも勇者なんて今この時代にいますの? 魔族が成立したばかりなのに?」
「あなたは出会っているじゃない」
「まさかアーダルブレヒトが?」
「あんなの勇者のタマじゃないでしょ。クオンよ。【極剣の御姫】、【見通しの姫巫女】。私と同じで、世界を外側から愛でる者」
……えぇ?
アレが勇者? 勇者っていうのはこう……成長後リベルタみたいな、もう少し自分でなんとかできるというか、あと強くて……ええ?
「あれも魔法使いだもの、剣は然程上手じゃないのよ。極剣に強いって意味はないしね。極剣……つまり"最後まで貫き至る者"。さて、それってなにかしら」
「時間ですわ。万象を貫いて最後に至り得るのは時間だけですもの」
「即答は流石ね。そう、私が綰摂……全てを統べる者なら、あの子は全てを看取る者。見通し、看取る。究極的に誰かで在り続ける者」
はぇーですわ。あの子がそんな使命を負っていたとは。
でも、だとしたら余計わかりませんわね。
四騎士は姫といえばリリーガだと言っていた。あの口ぶりからして他に姫巫女を知らない……役職としては知っているけれど会ったことが無いという感じで、だというのに『勇者の魂』については詳しいだなんて。
「それがアンタの世界とこのβ世界の違いなんでしょうね」
「違い?」
「言ったでしょ、よく似てる世界だって。α世界とβ世界は何かが違わなければならない。同じだとよく似てるじゃなくて同じ世界になってしまうから。……ここからは推測だけど、α世界にクオンはいないんじゃないかしら」
初代勇者と初代魔王については、テキスト……文面だけが残っている。
描写から、初代勇者は杖を使っていたこと、そして両者とんでもなく強いことがわかる……のですけれど、確かにクオンと『聖杖レムリアティア』はあんまり似合わない。こう、デザイン的に。
私達の世界……α世界における初代勇者はあの杖の似合う少女で、β世界の初代勇者たるクオンはへなちょこ剣の少女ってことですの? それが差異?
……いえ。
「まさか、こっちの世界に四騎士はいない? だから……その役割を担うのが、クオン?」
「多分ね。ここから先の十年ごとに、誰も世界崩壊を行わないまま進んだ場合のカカラパラゾ、というものを視たことがあるのだけど、アンタの言う四騎士は誰も生まれてこなかったわ。その代わり、クオンの名があらゆるところで知られるようになっていた。そして……今から百年後くらいに、クオンが世界崩壊を起こした。初代魔王を倒したあとにね」
それがβ世界。そして、そうであるのならば。
「完全にこの世界へは用がなくなりましたわね。『永世盤久の宝珠』の破壊法だけ聞いてα世界に戻りたいですわ」
「私、時間がない、って言ってアンタをここに引き込んだじゃない。α世界とβ世界が本当に何も関係ないなら時間がないとかそんなのどうでもいいって思わない?」
「そういえば確かに。なんだったんですの、あれ」
「この世界にアンタが現れた時、他にも現れた魂があったのよ。それは確実に『勇者の魂』だった。アンタの言う四騎士? とかいうのはいなくて、『勇者の魂』だけがこのβ世界に現れた」
「……まぁいいですわ。続けてくださいな」
何やってるんだリベルタは。しかも四騎士が不在とか、大丈夫なのだろうか。寂しくて死ぬんじゃないかあの子ウサギは。
あるいは……クオンがいたから弾かれた、とかですの? こう、同一存在は一つの世界に一つしか存在できないみたいな。それこそ『
「世界というのはバランスを取りたがるもの。魔王が現れたら……その兆候が現れたら勇者を生む。勇者が魔王を倒し、人間に繁栄が約束されたら世界のどこかに魔王の欠片が誕生する。滲み出る侵蝕が生まれる前の世界には両者存在せず、生まれ落ちたあとは必ず両者がセットでいる」
「あー……だから、今クオンとリベルタがいると、『勇者の魂』側が圧倒的優勢になってしまっているわけですわね?」
「理解が早くて助かるわ。そう、だから滲み出る侵蝕の進化が目覚ましいものになっているし、生まれ出でた魔王は恐らくアンタが知る者よりも強大になっている。──そして、外でのあと数時間後、『勇者の魂』二つと『魔王の精神』が一度目の衝突をする。私の未来視が乱れるほどの衝突があって、その後の分岐は全部追えないくらい無数になるんだけど……半分くらいの確率で、そのリベルタって子は死ぬ」
わお。五十パーセントはやり過ぎですわ?
「単純に実力不足ね。クオンは剣を使わなければもう少し強いけど、リベルタって子は現状杖による魔法以外の攻撃手段がない。普段であれば……四騎士? が前衛をしていたから問題なかったのかもしれないけれど、それがないとダメだったみたいね」
「……つまりなんですの? 守れ、と?」
「最終的な判断はアンタに任せるけど、大事なんでしょ、あの子。そこに個人の感情があるかどうかは知らないけど」
大事か大事でないかで言えば大事ですの。
リベルタがいないと立ちいかない問題が山ほどありますし、『
でも私、守る戦いはとことん不得手ですのよ。先に魔王のもとへ行って殺し合いをするくらいしか思いつきませんのよ。
あー、いや、だから。
「魔王が今居を構えている位置はわかりますの?」
「ええ、凡そは」
「じゃあ突撃しますのよ。守る戦いをするくらいなら、先手必勝で潰しますわ」
「言うと思った。そして、あそこで魔法使いとわちゃわちゃしてるとそれが間に合わなくなっていたのよ。ここで英気を養って、万全の状態になって……いざ『勇者の魂』討伐に行かんと意気込んでいる魔王とその軍勢の出鼻を挫く! これが私の立てたプラン」
「英気を養うもなにも、私はもう万全ですわ。なのでもう行きたいですの」
「……いやちょっと待ちなさい。せめて寝なさい。アンタ安心して眠ったのいつよ。いつが最後よ」
「いざ『勇者の魂』討伐に行かんと意気込んでいる状態、ということは、あちらも万全といいますか、高まりの直前ですから出鼻は挫けるのでしょうけど、装備やら英気やらは最高に近い状態になっているでしょう? そんなのに合わせる必要はありませんわ。休憩中のところを奇襲しましょう」
「いい? 今のアンタは疲れを取っただけなの。食事もしていないし睡眠も取っていない。そんな状態で何ができるって」
「魔王が殺せますわ」
「っ……だからそれは、精神論でしょ! 実際にお風呂に入ってアンタは癒された。アンタは強がってるだけで、ホントは疲れてるのよ! だから」
「魔族とて生物ですのよ。そうである以上、休息を取らせることなく攻めるのは必勝法の一つで、」
「うるさい! スリーピングサイン!!」
恐らく睡眠魔法。だから避け……背後から奇襲!?
振り向けばそこには。
「ゴーレムではありますが、本気の殺気……堪能していただけましたら幸いでございます」
「ぐ……中々……やり……ます、わ……ね……!」
「いや早く寝なさいよ。なに睡眠魔法に抗ってんのよ」
「魔法……なんかに……負けませんわ……かくなる……上は……指をへし折ってでも……!」
「スリーピングサイン! スリーピングサイン! スリーピングサイン! スリーピングサイン!」
く、そ……。ですわ~……。