悪役令嬢転生かと思ったらゾンビパニックかい! 作:レッドアリーマー
あっ、夢ですわね。
すぐにわかった。なぜって、場所が王都で、街並みが綺麗だったから。
確か私はリリーガに眠らされて……。
けれど、こういうリアリティのある夢を見てしまうと脳が休まらないのでは? ラファは訝しんだ。
……覚醒の兆候がないので、とりあえず街を歩いてみる。公爵家にいないことがまずおかしいのですけれど、なんて思いながら。
美しい街並みだと思う。思うけれど、そういえば王都にいた頃はこの街並みを考えた人間がアンデッド暴走を引き起こした黒幕なのではないか、なんて考えを走らせていたこともありましたわね、と独り言ちる。……いえ、この考えはとっておきましょうか。
ゴルズィオはあくまで人間。人間を裏切り、魔族のふりをして、魔族をも裏切った好奇心の塊。彼が建国に関わっていないとは限りませんし。
でもまぁそうならスッキリしますわ。身内を疑う必要がありませんもの。……無論、リベルタの故郷を焼いた貴族はいるのでそうはならないのですけれど。
敵ばかりの人生。
たとえ……たとえ、アンデッドの暴走を抑え、夜明けを取り戻したとて、今度はvs人が待っているだけ。
特に私は半ば追放されていますからね。中和液関係の功績を持ち帰ったとしても、誤解の解消に結構な時をかけるでしょう。そも、ミルグドリヒの言う通り、帰った時に私の席があるかどうかすら疑問ですわ。
もし全てが無くなっていて、けれど平和だけが齎されていたら。
私が返り咲くことが、民の不幸へと繋がるのなら。
……その時はようやくもってリリーガおば様のもとへ身を寄せましょうか。
乱世であれば鎮め導き先を照らす王となる所存ですけれど、そうでないのなら……王になりたい欲求はそこまででもありませんから。
「よ、っと……わ、綺麗な国ね。中世の国って感じ」
「リリーガ。あなた、また寝ましたの?」
「これは夢渡りの魔法。一度かかったことあるんでしょ?」
ああ、そういえば。
それでお守りを持たされたのですし。
「中世って……。……ああ、確かにカカラパラゾは近代、ですものね。カカラパラゾ的中世がはるか先の未来になるのは面白いですわ」
「すっごいメルヒェンを感じるわー」
お互い様だとは思いますけれど。
「そうだ、リリーガ。未来のあなたから、私の周りには良からぬ気配がいる、と窺っていたのですけれど……それってまだいますの?」
「アンタの中にいる悪霊と数奇な運命を除外しての話よね?」
「はい」
アティアを手に入れたのはそれを告げられてから大分後。だからそのことではないはず。
数奇な運命の方は、まぁ、良からぬ気配扱いされるのもわからなくはないが。
「……あれ、本当ね。何か……いるわ。今まで全然気づかなかったけど、魂に集中すると……感じる。けどこんなのいても居なくてもって感じじゃない?」
「フラムベルジュの花束で撃退できるらしいのですけれど」
「そうなの? じゃあたくさん摘んでいきなさいな。庭にある花、全部フラムベルジュだから」
「ちなみになんでそんなもの植えていますの? 危なくありません?」
「植えたんじゃなくて咲いたのよ。火属性魔力の排出口だから、あの花畑は」
「……この家の周囲の時間が遅くなっているというのなら、境界層で火属性魔力の滞留が起きません、それ」
「確かにねー」
ねーじゃないけど。ですわ。ですけど。
これが光属性なら魔王領に光属性がないことの証左みたいになったけど、火属性魔力だと……よくわかりませんわね。いつかドカンと行きそうですけれど、そうなった様子はありませんでしたし。
……あ、でも、そもそも未来では普通に時間が動いていたような。
どこかのタイミングでオフにしたのでしょうか。というか、そうでないとリリーガおば様が歳を取った理由がわかりませんものね。
良からぬ気配については、そんな小さなものならいいですわ。
「ね、ここの案内してよ。未来の私も行ったことないのか、一切記憶がなくて」
「いいですけれど、時間は」
「いいからいいから。……α世界に戻って、またゾンビをやっつける日々を過ごして、仮にそれが終わっても休む暇のない日々が続いて。本当にここだけなのよ、あなたがゆっくりできる時間って」
「……まぁ、そうでしょうね」
言われてみればそうかもしれない。
ここが、最後の休息地点、か。
次の休息地点は……すべての災害とすべての悪意を摘み取った後か、私が殺された後か。
悪役令嬢ですからね。なんやかんやあって処刑ルートも残っていると考えていますわ。
「ほら、行きましょ」
手を引かれる。……案内するのは私なのに、立場が逆ですわ~。
ゆっくり歩く。手を繋いで。
別に迷子になったってあなたの夢境でしょうに、とはツッコまない。
「ここは?」
「トールマンご夫妻が経営していた植物ショップですわね」
「花屋?」
「いえ、フラワーショップは別にありますわ。ここは観葉植物や薬用植物などを売るお店ですの。中には……ああこれとか、面白植物もありますわ」
「なにこれ。……ベル?」
「ブナメタル科の植物で、殻斗がベルのような形を作り、種子が果肉に包まれることなく自由な状態になることで、こうして鈴の音を鳴らす不思議な植物ですの。貴族の子供は基本護衛がつくので不要ですけれど、平民の子供にはこの堅果を腰などに提げさせ、遠くへ行ってしまわないようにするのだとか」
「また妙な進化をした植物もいたものね」
「進化の概念に理解があるんですのね」
「……なに? 今私馬鹿にされた?」
「古代人ですから、あなた」
懐かしいですわねブナメタル。ちゃんとした正式名称があったはずですけれど、私はドングリンって呼んでいましたわ。リンリンなるどんぐりですわ。
ちなみに私が骨やデイラリちゃんの被り物をした状態で普通に戦えているのは、幼少期にこうして平民街へお忍びで出掛け、その際に籠を被っていたから……それで慣れていたのですわ。虚無僧っぽいし大丈夫でしょうと高を括っていたら、近隣の大人たちに魔物が出たと騒がれて、注意喚起まで出されて、渋々撤退しましたのよ。
あの頃のキッズたち、元気でしょうか。まぁ生存者の中に見覚えのある顔がなかったので多分死んでいますわ~。
「まぁいいケド。……あっちのは? あっちのも植物ショップ?」
「あれは薬草屋ですわね。植物ショップでは薬用植物の苗を売っていますけれど、薬草屋では薬草そのものを売っていますわ。というかカカラパラゾにはありませんの、そういうとこ」
「んー、昔はやっていたらしいけど、今どきの子で薬草からポーションを作るなんてことしてる魔法使いいるのかしら。基本ファクトリーゴーレムがやるから、製法を知らない魔法使いまでいそうよね」
「ファクトリーゴーレムとは」
「読んで字のごとくだけど。カカラパラゾじゃ一次、二次産業は全部ゴーレムがやってるのよ。治癒院とか管理局とか、三次産業は人間がやってるけどね」
ごめんなさいカカラパラゾ古代とか言って。スーパー近未来ですわね。
魔法使い……人間に「戦闘」という役職あればこその進化な気がしますわ。職に困らないのは最も重要な職が最も人手不足だから、ですわ~。
「あ、中世ならさ。奴隷制度とかあるの?」
「流石に奴隷という名称ではありませんけれど、似ているものならありますわ。ただリリーガの想像する奴隷とは大きく違いますけれど」
「どういうのなの?」
「……一般に想像される奴隷というのは、主人に絶対服従で、鞭で打たれても文句が言えず、言ったら殺される……という人権ガン無視のそれですわよね」
「私の中世ファンタジー知識にあるのもそんな感じ」
「王都で施行されていた制度の名は『最低限の生活保障制度』。色々規定がありますけれど面倒なので要約すると、"一人で生きていくことが難しい方向けの救済措置"ですわね。なんでもかんでも自分で決めて自分で実行する、というのが難しい方もいます。誰かの下にいた方が気楽、指示をされた方がポテンシャルを発揮できる。無論普通に職へ就くことでも成り立ちますが、それができない方、というのもいるものです」
貴族はその制度を利用しないけれど、平民はよくしていた。雇用の形ではなく、自らの所有権を明け渡し、一つの道具として在ることで、「生きるために働く」を実行可能にする。
奴隷であっても殺さば殺人罪に問われる王国ですから、なんなら普通に平民でいるより命は重かったのかもしれませんわね。飲ませず食わせずで餓死させた、というのもダメなので。
親の仕事も継がず、採集者(採集だけをする冒険者のようなもの)にもならず、狩人も嫌で兵士への就職も嫌。
そういう人生ドロップアウトな方でも生きていくための仕事が割り振られる……登録すれば勝手に割り振ってもらえる、というのは、あるいは現代日本にも欲しかった制度なのやもしれませんが。
とはいえ仕事そのものはそれなりにキツいものばかりですわ。下水道の掃除とか、売れなかった魔物素材の破棄とか、そういう感じの。
割り振られた仕事さえ拒否する場合は王国側がその『制度利用者』を審査し、所有者から買い取って……その先はなぜか全員兵士になるのですわよね。本当になぜか。どんなことをされているのか甚だ謎ですわ。
「無論を唱えるのならば……貴族のほとんどは職業魔法使いになりますから、そういう意味ではドロップアウト組と扱いはそう変わりませんわよね。ひとたび戦争が起これば後方とはいえ最前線で戦う兵士になりますわ。ああ、魔物の大侵攻とかでも同じですの」
「そこは今とあんまり変わらないのね。魔法使いが特権階級にいるのは、その命が酷く軽いものだからだ、って。知らないで悦に浸っている魔法使いも多いけれど」
誰も守ってはくれない、自らが守らなければならない。
力を持つとはそういうことですわ。
「学園はどこにあるの? あなたの通っている学園」
「第三区ですから、第八区のここからは少し遠いですわねー」
「方向と距離を言って。そこに跳ぶから」
流石夢、なんでもありですのね。
ではせーの!
はい。テレビのあれですわ。ジャンプしたら別の場所に切り替わっているアレ。
「わぁ……カカラパラゾのどの学園より……こう、学園学園しているっていうか!」
「その感想は、まぁ、理解が及びますわ」
ファンタジーの学園ってこうですわよね、って造形をしていますわよね。
「なんて名前の学園なの、ここ」
「王立リアソファル学園。昔……といっても太古ほどではないですけれど、むかーしにいたリアソファルという大魔法使いが建設した学園で、その方は二属性の魔力を自在に操ったと言われていますわ」
「二属性? ……普通じゃない? 四属性とかなら語り継がれるのもわかるけど」
「未来では人間が有する属性は基本一属性までですのよ。それ以上を有していると体内魔力が競合して爆発しますわ。比喩抜きに」
「……あ、『永世盤久の宝珠』がないから?」
「はい。あれがあるからこの時代の方々は二属性や三属性の魔力を体内に留めておけましたの。そしてあれが失われることで、それを行い得る肉体が生まれ出でなくなった。……『永世盤久の宝珠』を破壊した瞬間に二属性以上持ちの魔法使いの全てが爆発するかどうかは知りませんが」
実際どうなのだろう。爆発するというのは魔力爆発なのでボム的なそれではないのですけれど、決して混ざりあわないはずの魔力を体内に収めておくのができなくなった時点で内側から破裂するのは必定ですわ。私があのオーブを壊したら、アムエナ=カカラパラゾに血の雨が降るのかも。
「理屈は理解できる……けど、だとしたらそのリアソファルというのはなんだったワケ?」
「不可能を成し遂げたから偉業なのですわ。……というのが妄信する学生の言い分ですけれど……私は実は魔族との混血だったのではないかと疑っていますの。魔族であれば複数属性を持ち得ますから」
「うわちゃ~……それ本当だったらかなりのスキャンダルね」
「ええ。だから学園上層部も黙っていたのだと思いますわ。そも、魔族が複数属性を使える、という情報自体学生には入ってきませんし」
学園の銅像にもなっている存在が魔族との混血だ、なんて。
醜聞以外の何物でもないだろう。
「次、あなたの家に行きたいわ」
「私の家はあちらですわね」
「オッケー、跳ぶわよ!」
「いえ、歩いていきましょう。通学路ですし、そこまで離れてもいませんし」
「……やっとアンタからゆっくりしようって提案してくれる気になったのね」
「あるいはこれが最後かもしれないと思うと、流石に惜しくなったのやもしれませんわ」
これが最後。
王都をゆっくり眺められる時間は、これで。
「この辺りは第四区といって、学園御用達の商店街がありますの。つまり、貴族向けの商店街になりますわね」
「……うわ本当だ。魔法武器とか触媒とか、あと高そうな服ばっか」
「とはいえこういう裏路地に入ると……ほら」
裏路地の暗がり。そこに看板の無いドアが。
開けて中に入ると、広がっていたのは。
「なにここ……酒場……いえだから、バー?」
「ええ。カカラパラゾの飲酒可能年齢は何歳からですの?」
「十六だけど」
「そこは変わりませんのね。……ですが、こういう隠れ家的な違法バーも結構ありまして。ここは営業許可を取っておらず、そして未成年でも関係なくアルコールを出すバーとして学生間で有名になっていましたわ」
「なんで取り締まられないのよそれ」
「バックに大きな貴族がいるからですわ。密造酒等々の罪の気配のある貴族が。……残念ながら、貴族というのはいつの時代も腐敗しているものなのですの」
「ああ……そこは、うん、なんか、それも中世って感じね。カカラパラゾもそう変わらないか、確かに」
隠れて何かをしている、突き止めたけど上で握りつぶされた、裏に大きな貴族がいる。
そのパターンは腐るほど見てきましたわ。……ダルクエルデは公爵家ですけれど、だからといって司法の顔というわけではありませんから、まだ迂闊には動けない……という時にゾンビパニックが起こりましたの。
そのせいで証拠品の類の数多くが腐肉に消え、証人の多くがアンデッドになってしまいましたわ。
ゴルズィオや『
ま、今はゆっくりする時間だ。
臭い物に蓋をして、第四区を抜けていく。
そうして見えてくるは第二区。貴族街。
「ここからでも見えますわね。突き当りにあるお屋敷が我がダルクエルデ公爵家ですわ」
「でっ────────────っっか」
「なんたって公爵家ですからね。大公四家が世界崩壊の罪で没落し、属性六家が新たな貴族の顔になり、そうしてダルクエルデはなんやかんやあって一番上にまで上り詰めましたの」
カカラパラゾと王国の位置は違うけれど、魔王領成立の際に移転し、血筋を繋げたのだろう。
あるいは大公四家が没落していなければ、四騎士の扱いは王族に次ぐ権力から大罪人四人とかに変わっていたのやもしれない。
「アンタって……本当にお嬢様だったのね」
「最初からそう名乗っていますわ?」
「いやだって、普段のアンタ見てたらお嬢様って言葉とは結び付かないでしょ。ねえ亡霊さん」
──"我々は"、"ノーコメントとする"。
「ノーコメントらしいですわ」
「答えじゃない」
さもありなん。
大通りを抜け、公爵家の門を……開ける手順が面倒臭いので飛び越え、中に入る。
対空トラップ発動しませんでしたわね。魔法トラップは全解除されているのかしら。
それとも夢だから発動自体しない?
「一体何部屋あるのよこの家」
「そういえば数えたことありませんわね。んー、使用人全員に個人部屋を貸し与えてもなお部屋数が余るくらい、ですわ?」
「もうホテルじゃない」
「実際お父様が若い時分には、王族……同じく若いセイブル王が泊まりにきていたらしいですわね。あとそのお父様方も」
現代でそれをオスカル王子がやったら大問題ですけれど。王族と公爵家の婚姻!? なんて騒がれますわ。
男同士だからこそ、という部分は大きいですわねー。
扉を開けて真っ先に目に入るのは螺旋階段の中央ホール。床に敷かれたヴァイオレットのカーペットも懐かしいですわ。私、この家の全体的にシックで上品な色遣いが好きですの。こう、華美や絢爛とは遠いけれど、しっかりと高品質を感じさせる大人しさというか。
闇属性の大家なだけある感じもしますしね。
「私の部屋は三階の一番奥。……そこを見たら、起きますわ。休憩は終わりですの」
「……意思は固い?」
「一刻も早くこの美しき都を取り戻したいと言えば、認めてくださるかしら」
「それは……ズルい。ここ、本当にきれいだったし。……本当に平和になったら、未来の私も案内してあげて。そうすれば……未来視をする私も本物の王都を案内された気分が味わえるから」
「承りましたわ。たとえその時、私が貴族ではなかったとしても、必ず実行しましょう」
では。
扉を、開ける──。