悪役令嬢転生かと思ったらゾンビパニックかい! 作:レッドアリーマー
その戦いは唐突だった。
迷いに迷った二人が、それでもようやく一人で歩いていけるくらいの距離にまでカカラパラゾを収めた頃合い。
ここからは一人でいけるよとリベルタが言ったその直後に──辺り一帯が不穏な空気に包まれる。
クオンにとっては記憶に新しく、リベルタにとっては知らないのに知っている空気。
魔族の現出。空間に滲み出るようにして侵食してくる、闇属性の魔力。
ただし今回は「滲み出る」というより「空間が裂けて」という方が正しい光景だったが。
そこより現出したのは身長三メートルはあろうかという巨大な猿の魔物──否、魔族。
その手に身の丈ほどもある長い黒金の棒を携えて、クオンとリベルタの二人を視界に収めた。
「光属性、そして……紛う方なき勇者の気質! ワッハッハ、ワシはどうやら大当たりを引いたらしい!」
地鳴りのような笑い声。
そしてその声色からは、知性を得た魔物ではない、一種族としての知性を感じさせるものがあった。
「ま、さか……初代、魔王……?」
「ムゥ? 初代、初代……。ワシが初めての魔王だから、間違ってはおらんが……ワッハッハ、まだ二代目もおらぬというのに奇異な言葉を操るものよ!」
「ロスト・ディフィート!」
動揺するリベルタとは対照的に、光属性の強化魔法を自身に使うクオン。
これが避けられない戦いであると本能で察していた。だから逃げるためではなく勝つための魔法を使う。
そしてこれは誘いでもある。
リベルタより自身の方が脅威であると──
果たしてその試みは、成功する。
「意気や良し! なればおヌシから先に潰そう! 正々堂々、魔が人に勝つ時が来たのだ!」
振り上げられた黒金。それは瞬く間に振り下ろしへと変わっていた。
いや、いつの間にか。
構えた剣に触れるところまで迫っていて……ゆっくりな世界がクオンを襲う。
何もかも緩慢だ。棒の動きも自身の動きも。
鉄の剣。それが棒によってへし折られていくのがありありと見える。避ける判断に切り替えても身体が重い。思考速度に身体能力がおいついていない。
死が。
目の前で。
嗤った。
「ワハハハハハ──是より栄えるは魔と知れ、勇者!」
月色を幻視する。
砂埃の中にゆらりと現れた煌めき。振り上げられた白銀が手元付近の棒に当たって──激しい衝突音と共に、棒自体の動きも止まる。
そこで止めることは先端で受けることよりも遥かに至難のはずなのに。
止まる。動かない。
「ぬ……!」
「高笑いは、確かに悪役の特権ですけれど……オーッホッホッホッホ! 悪役且つ令嬢な私の方が似合っていましてよ!」
否、あろうことか。
白銀は黒金を弾き返したではないか。
「オ、オォ!?」
月色が風になびく。
気高きその色は、彼女こそが王であるのだとその場にいる誰もに認めさせる力があった。
勇者も、未来の勇者も、魔王も。
膝を突かずにはいられないほどの。
「しかし……五十パーセントとはまた曖昧でしたわね。クオンとリベルタでどっちも五十パーセントとか、予言もアテにならないというか」
「おヌシだなぁ──骨面の女というのは!! 骨は捨てたようだが、わかるぞ!」
「ああ……骨も被り物も、私にかかる叢雲でしかありませんわ。吹けば飛ぶような仔羊たちは、この戦場には似合いませんの。──そうでしょう?」
「ワハハハハ、ワハハハハ、ワッハッハッハッハ! 名乗れィ、其は何者か!」
「ラファ・ダルクエルデ。ここから遥かを挟む未来において、死の淵に瀕した人間という種を救い導く月光。夜闇の中に穏を照らす白銀の
「そうか、人間! ワシの名はトンティエンという! が、魔王でいい! おヌシを殺す魔王で、おヌシら人の繁栄を断つ魔王なれば!」
再度の振り下ろし。
しかし今度はかなり高い位置で止まる。手元へショベルによる突きが入ったから。
「大きな図体の割に速いことは認めますけれど、割に、だけですわね。速度の尺度ならマルスメディスの方がまだ速かったので」
「ワッハッハ、だからと言って止められるものではないのだがなぁ!」
「まぁそこには仕組みがありましてよ。その仕組み……というか仕込みのためにあなたと会敵する時間を遅らせたのですから、感謝してくださいまし」
「よくわからんが、楽しい戦いには感謝しよう!」
「素直でいいですわねあなた。好感が上がりましたわ毛先ほど」
まただ。突きの姿勢という全身をピンと張った状態から、さらにと魔王の黒金が弾かれる。
「ところで、背後にいる呆けている二人。邪魔ですわ。戦いに参加できない程度の実力しか持たぬのであれば、とっとと掃けてくださいまし」
「……ラファ! なんでここに……この時代に!」
「そこから説明するのは面倒なので丸投げしますわリリーガ。私、このお猿さんとダンスをしていますので、その間に諸々説明しておいてくださいな」
「私大規模魔力の三連続使用で結構疲れてるんだけど」
「あと五回は使ってもらいたいですわ~」
いつの間にか、二人……クオンとリベルタの後ろに女性がいた。
藍色の髪の女性。リベルタには見覚えのない人物だが、クオンにはある。
「【綰摂の御姫】……」
「久しぶりね、極剣。そっちのあなたは初めまして。時間が無いから手短に説明するから、一回で聞いて理解して」
そうして始まった説明を背後に、またも黒金の棒と白銀のショベルが衝突する。
世界そのものを叩いているかのような轟音。悲鳴のような金属音。
打ち払うだけではない。弾き返すだけではない。
一歩、二歩。三歩四歩五歩と……ゆっくりとではあるが、ラファがトンティエンへと近づいていく。一歩、また一歩。
「七歩目で、間合いですのよ」
「──ヌ!?」
今までは魔王の攻撃を彼女が受けるだけだった。受け、往なし、弾き。それの繰り返しだった。
けれど今度はラファがトンティエンへと攻撃を……ショベルによる斬撃を繰り出し、危うさの無い速度で彼が防御をする。
その時世界へ走った衝撃を、クオンは生涯忘れないだろう。
天地が割れる。雲一つない空に亀裂が入ったような錯覚。彼女を起点とした山なりに地裂が走り、闇属性の余剰魔力が大気を叩く。
防御が間に合うくらいの攻撃だった。速い攻撃ではなかったのだ。
だというのに──受けた魔王は、大きく大きく後退した。距離を取ったのではなく、弾き飛ばされたのだ。
「成程、素晴らしい防御力ですわ。その武器も、中々の材質と見ましたの」
「ハ……
「生憎とこちら
「同格だろう……!」
「なら時代が違いますわ、と言ってあげましょう。──それで? 愛用の武器が凹んでしまいましたけれど、その程度で戦意喪失ですの?」
黒金を握り締めた魔王は……口角を上げる。
嗚呼。嗚呼。彼の全身が叫ぶのだ。
「そんなはずがなかろう。勇者が二人現れたからと世界にせっつかれて出てきてみれば、よもやこれほどの好敵手に巡り合えようとは。──だが、一つだけ問うておこうか、人間」
「あなたが死ぬ前に、ですの?」
「おヌシはどうしてそこまで強くなった。ワシか? ワシは来る敵来る敵を倒していたら、自然によ。いつの間にか魔王となるほどまで力をつけていた」
「だからそんなに弱いんですのね。目的の無い力など藁にも劣る強度にしかなりませんわ」
「ワッハッハ、言うてくれる。確かにそうやもしれんなぁ。それで、おヌシの強さの秘訣はなんだ」
「もう何番煎じかもわかりませんのでそろそろ億劫なのですけれど、私は強いのではなく凄いのです。容赦がない。手加減がない。今の一撃も、あなたの攻撃を弾く手も、全てが必殺。それは感じていたでしょう?」
薄く冷たい……深海のそこを這って進む氷のような殺気。
苛烈ではない。熾烈でもない。鮮烈ですらない。
一撃一撃に殺気が込められているのではなく、こうして話している間すら歩み寄ってくる死の息吹。
──「お前を必ず殺す」という強い意志。
ぞっとしたことに、今更、気付いた。
彼も、周囲にいる三人も。
そして──悪寒が走る。
彼が。魔王が。トンティエンが、彼女と同じものを纏い始めたから。
今までの「戦闘を楽しむ者」のそれとは違う。
言葉の通じない殺人者を前にした時のような。
数百の人間を食い殺してきた猛獣に退路を塞がれたかのような。
「そうか……いつの間にか腑抜けていたか、ワシは」
「良い気迫ですわ。ええ、そうです。魔族とはそう在りなさい。正々堂々を謳うのならば、戦いに愉しみを見出す前に必死になりなさい」
それは少女の方も同じだった。
あれに触れたら死ぬ。問答無用で、何の慈悲もなく。
そう思わせるほどの高貴。先程は傅く色味に見えた月色が、断頭台の刃のような鈍い光に見えてくる。
見えなかった。
否、双方の振りかぶる動作は見えたけれど、その後が見えなかった。
「シィィイイイイッ!!」
先程までの速さの倍はあろう。その振り抜きがラファを捉え、しかしラファの防御も間に合っていた。
けれど体格というものがある。どうあっても覆せないそれは彼女を遥か遠くへと吹き飛ばし──直後、黒金の戦棒を振り抜いた姿勢の魔王の首元に、煌めく白銀がある。
「ッ!」
「甘いですわ。吹き飛ばす方向に振るからそうなるのです。あなたの体格があれば叩き潰すが一番でしょうに、だから弱いのです」
「ああ、今ワシの弱さを自覚したわい! だが、吹き飛ばされたのはおヌシの技術であろう! ワシは確かに上から下への振り下ろしを選択した!」
「横薙ぎであることが変わらないのであれば、防御時のショベルの角度でどうとでもなりますわ」
間合い内からの首への刺突。それは魔王が上体を逸らしたことで避けられる。
自身の身体の上を滑る小さな月色に繰り出すは拳。無理な姿勢ではあるものの腰を捻った魔王の一撃は、その拳に手を置かれての跳躍で躱される。
互いに一撃必殺。だから攻撃の後には隙ができる。その隙を食らい合う、フェイント無し、防御無しのゼロ距離戦闘。
一瞬でも気を逸らせば死。気を抜けば死。薄氷一枚の上で踊る協奏曲。
「ほら、どうですの? ──楽しいでしょう?」
「ああ……成程、これか、これか! 楽しむのではなく! 楽しい! 凄いとはこういうことか!!」
「人の表現能力とは素晴らしいものですわ。ふふふ、私達が浮かべている笑みをして、人はこれを"凄惨な笑み"と謳い立てますの」
殺していることが。殺したはずなのに生きていることが。
楽しくて愉しくて、たまらない。
楽しもうとして楽しむのではダメだ。
このギリギリにこそ、この死の奪い合いにこそ悦がある。
「──とはいえ! そろそろ肉を断ちたいし、骨を潰したいというもの! 次は当てる──当てて殺す! 覚悟しておけ!」
「殺しますわ。潰走も敗走も許しませんの。ここで潰して、ここで消します」
リリーガが頭を抱える。本来はラファが戦っている間に魔法のレクチャーをして、二人の勇者による極大魔法で魔王を消し飛ばす……それまでの時間稼ぎを、という話だったのに、と。
あるいは初めから方便だったのではないかと考えてしまうのはリリーガだけではないのかもしれない。二人……彼女を師と仰ぐクオンも、友と慕うリベルタも、呆けるようにして見守っていた。
なれるとは思えないけれど。
目指すべき在り方。「唯一である」素晴らしさ。
戦棒を頭上でぐるぐると回し、魔王が迸らせていくは闇と風の魔力。
ここへ来ての魔力の使用。ただ、魔法の練度は高くないのやもしれない。制御から外れた二つの魔力が稲妻のように大気を叩いて逃げていっているから。
ショベルを正眼に構え、死んでしまったのかと思うほど静謐に集中を高めていくラファ。
闇の魔力は湛えるように彼女の体表を覆い、半透明の何かがその身と同じ形を取っていく。
「雷──霆!」
雷が落ちたのだと錯覚する。
水平方向の落雷。黒い雷が走る。
「
静まり返った湖。波一つない水面に黒が落ちる。
注視していなければ気付かない変化。夢の狭間の畔の唄。
黒い雷は走り抜け、黒金を振り抜いた姿勢で止まり。
黒い雫は動かずに、ショベルを振り下ろした姿勢で止まる。
罅の入る音は。
黒金から、聞こえた。
「遺言を聞きますわ。私はあなたも背負いますの」
「……なる、ほど。……敵わぬ……わけだ。──良い闘争だった。願わくは、この充足が……続く魔王に与えられることを……」
膝から崩れ落ちる魔王。
その頭蓋は、額から避けて割れていて。
ラファの方もぐらぐらと……倒れる、前に。
ショベルを突いて、踏み止まる。勝者は膝を突いてはいけないと。
それと。
「ギャ──ギャ、ギャ、ギャギャギャ! トンティエンが死んだ! 魔王! あれだけ偉そうに! ギャギャギャ!」
「死んだ、死んだ! 次の魔王は誰だ! オレか! オマエか!」
「人間に負ける弱い奴は要らな──ギ?」
先程までは静かに見守っているだけだった者達。一切戦いに参戦してこないため存在の忘れられていた「魔王軍」を名乗る者達。
下卑た声を吐き出すその口に刺さるは、三又の矛。刺したのは……彼らと共に飛んでいた、少し小太りの魔族。
「あら……仲間殺しなどせずとも、今しがたあなたの魔王を討ち取った私がしっかり掃除しましてよ」
「いや。トンティエンさんの意思を受け継ぐのは、曲がりなりにも四天王と謳われた俺達でないといけない。……マルスメディスとトンティエンさん、他、多くの魔族を殺した人間、ラファ・ダルクエルデ」
「殊勝な心掛けですわね。けれどいいんですの? 今ここで私を殺さなくて。一応疲弊している私はここくらいでしか殺せませんわよ」
「俺達は四天王かもしれないけど、彼に比べたら雑兵だ。そしてその雑兵を焼き払うために、勇者たちが魔法を用意していることはわかっている。──俺の名はゴノ。ラファ・ダルクエルデ。俺達はお前を忘れない。幾星霜の時を経ても、幾重もの世界の隔たりがあっても、俺達魔族はお前の名前を魂に刻もう」
「そうですか、それは──」
三又の矛とショベルがぶつかり合う。
来ることがわかっていたというようにゴノはそれを突き出していたし、悟られていると知りながらラファもショベルを突き出した。けれど、グラヴィティパルスによる破裂の勢いだけでは空中にとどまっていられない。況してや弾き返されたのであれば。
「終局魔法:
「さらばだ、ラファ・ダルクエルデ。──お前が俺たちから容赦を奪ったと、のちの歴史で証明してやる」
消える。クオンとリベルタによる終局魔法で蒸発した者もいるけれど、大半の魔族は現出と同じように染み消えるかのようにして空間に帰っていった。
後に残るは……力を使い果たして落下するラファのみ。
いや。
バッサバッサと、飛べないながらも懸命に翼を動かす半透明が減速を試み、そして最後はリリーガが受け止めた。
人類の勝利である。
起きた。
「おはようございます、ラファ・ダルクエルデ様。ここはリリーガ様のお屋敷で、クオン様、リベルタ様が今ご入浴中にございます。リリーガ様は調薬中です」
「……聞きたいこと全部聞けましたわ。おはようですの、トァン」
「ええ、良い目覚めなようでなによりです」
流石に疲れましたわ、と言おうとしたのですけれど、疲労が取れていますわね。
まーたアムリタのお風呂ですの? やめてくださいまし。私の筋肉疲労を返して。
「あら、起きたの。お疲れ様ね、大英雄さん」
「……ほぼほぼあなたのバフのおかげですけれどね」
そう。基本私は無い攻撃力を素早さと知恵で補う戦闘スタイルである。
あんな正面からの斬った張ったは実は得意ではない。相手が普通の人型ならまだしも、三メートルの巨人とか聞いていないし。
だから、トンデモ過ぎる攻撃力のほぼすべてに仕込みがあった。
「光・火・風属性と属性に由来しないバフ……おかげであの戦棒が軽くて軽くて」
「役に立ったのならなにより。ただ対象が持ってないレベルの力を付与するから、本来なら筋断裂とか骨折とかして身体が滅茶苦茶になっちゃうんだけど、そこは霊薬のお風呂サマサマってことで」
「……寝ている私の身体を洗いましたの?」
「そんな優しさあると思う? アンタはなんでか強い力の扱い方がわかっていたから、普通起こるはずの力込め過ぎでの怪我が一切無くてねー。だからやったのは疲労取りだけ。どっか痛むならお風呂入ってきなさい。三人入ってもまだ広いから」
リリーガ……【綰摂の御姫】、予言の巫女による最適なバフ。今回私の身体に仕込まれていたのはそれで、要所要所で予め遅延を掛けてかけられていたバフが発動していたのである。だからあんなに強かったと。
本来の私は蝶よ花よと育てられたか弱い公爵令嬢ですからね。
ただ最後のぶつかり合いだけは当初の予定ぶっちして私が繰り上げたものですから、だからここまで疲弊したと。リリーガの予定していないバフを全盛りにして使い切りましたから。
「……女子トークするほど話題がありませんので、二人が出てきてから入りますわ」
「そ。私はちょっと作業するから、話し相手にはなれないわ」
「ええ、ご存分に」
なんにせよ、か。
……勝利の味。正々堂々一騎打ちの勝利。……うん。
性に合いませんわ~。私はいつも通り正面から不意打ちをしていた方が強いし楽しめますの。
こういう王道はそれこそ勇者にやらせなさいな。