悪役令嬢転生かと思ったらゾンビパニックかい! 作:レッドアリーマー
それは、結局ミスリルを錠前にする方法も理由もわからず、途方に暮れている時の事だった。
「いた! アンタたち、ちょっと来て!」
とリリーガからの要請が入って、彼女の小屋に戻ってみたところの話。
食卓に対し、なんらかのアーティファクト、ないしは魔法によって投影が為されている。
映し出された都市は、恐らくカカラパラゾ。それと──無数の魔族の姿。
「これ、は……」
「これは二時間後の未来の投影よ。私の力とクオンの力を合わせて、視たビジョンを映し出しているの」
投影においては老若男女問わずのカカラパラゾ住民が襲われていて、既に物言わぬ死体となったそれも少なくはない。
ざっと見て魔族の総数は凡そ二千。カカラパラゾの戦力を考えれば少ないとさえ感じるはずのその数は、非戦闘員にも容赦しないやり口によって拡大されている。
「こうなった原因は、私が発破をかけたから、ですわね~」
「ラファ……」
「……あ、後悔とか無いですわよ。それを期待するには些かお門違いですわ」
「そんなことはどうだっていいのよ。……ラファ、リベルタ。究極、こっちの世界のあれこれは……アンタたちに関係のないこと。だから……」
「クオン、あなたはどうしますの? ざっくりとしか話を聞いていませんけれど、貴族に思うところあってシュトゥーラ4-79にいたのでしょう?」
リリーガの言葉を遮り、問う。
助けるのか、助けないのか。
命の選別。その選択権を持つのは強者の証。
あるいは己が向かったところでどうにかなるものではないと、そう考えるのやもしれないけれど。
「助けにいくよ」
「それは、どうして?」
「だってここに映っている人達は死にたくないという顔をしているから」
リベルタが静かに息を呑む。
ああ、なるほど。──その答えは、奇しくも……私の哲学と同じ、ですわね。
私より言葉が優しくわかりやすいけれど。
「私は極剣の御姫。……カカラパラゾの体制も、あそこに蔓延する嘘偽りも、彼らの持つどうしようもなさも、私を崇めんとするその心も……全てが嫌い。全てが嫌。だけど」
問題児四人がいない代わりにクオンがいる。
百年後くらいにクオンが『永世盤久の宝珠』を破壊する。
だからそれは、四騎士の持つ「理由」と同じで。
「生きることを諦めない人の背を押すのは、高いところから眺めることのできる存在の……特権だって、そう思うから。私が彼らの在り方を唾棄するのなら、私は彼らを助けなくちゃいけない」
「……あそこに、守りたい人が……誰もいないのに?」
「見下すのなら見下したなりの責任を持て、という話ですわ。期待しないということは自身が背負うということ。下に見るということは自身が上に立つということ。クオンの話はただそれだけのこと」
そしてそれは、王の在り方だろう。勇者か姫巫女かは知らないけれど、あるいは彼女もいつかは、かしら?
「……なんだかヘンな気分だよ」
「なにが、ですの?」
「私にとって『勇者の魂』って重荷でしかなかったから。エスタくんたちに聞く限りじゃ、とんでもなく凄いことを成し遂げたはずの勇者は、なんで私にそんな重荷を残すことにしたんだろうって……そう考えない日はなかった。けど」
リベルタが苦笑いをしながら見つめるはクオンの瞳。
勇者。『勇者の魂』。初代勇者。彼女自身ではないにせよ、よく似た魂と思われる存在。
「きっと本当にどうしようもない事情があったんだろうね。だって……少なくともクオンが誰かに背負っているものを押し付けるとは考えられない。自分じゃどうしようもないことがあって、これは受け継がれてきた。そしてそれを受け継いできた歴代の勇者たちは、みんな……クオンみたいに"前へ進むことのできる魂"だったんだろう、って。そう思って」
「真正面からそうも褒められると流石に気恥ずかしい……し、私の魂を誰かに押し付ける予定は今のところないけれど」
「私には憧れの人がいる。その感情は愛恋や親愛のそれじゃあなくて、どっちかというと友情に大部分を彩られたものだけど……その人は鮮烈で熾烈で苛烈で、凄いけど手の届かない存在なんだ。その人を仰ぎ見ることはあっても、なることは無理だってわかる。そんな存在」
あらあら面映ゆいですわ~。ここで察せないほど鈍感ではありませんのよ私。
「でもこれは、憧れっていうより変身願望に近かったんだろうなって。自分と違い過ぎて、手を伸ばす。私がやっていたのはそれ。……クオン。私はクオンみたいな人になりたい。自分で考えて自分で決めて自分で動いて……自分の口から、誰かを助けたいって言葉を吐き出したい。だから……私も助けに行きたい」
自分の口から、誰かを助けたいという言葉を吐く。
ああ、確かに。それは至難だ。自らが強者であると自覚しなければならないし、相手を助けることのできる存在だと見なければならない。
守るでも、共に戦うでもなく、助ける。
「なんだか逸れに逸れまくりましたけれど、話はまとまりましたわね? リベルタとクオンがカカラパラゾへ救援にいく、と。リリーガはまた転移かしら。じゃ、私お留守番してますわね」
「え゛。……アンタ行かないの?」
「義理がありませんわ? カカラパラゾの民はどーあっても私の民にはなりませんし」
大きなため息は……心の中から。
あらあら。今回はあなたに頼まれてもNOを返しますわよ。
「ラファらしいよ、それ」
「師匠はそれでいいです」
「えぇ……? 確かに魔王がいないからアンタたち二人だけでも充分かもしれないけど……」
「生憎と私、目に入る全てを助けたいと思うような正義漢じゃなくってよ」
「それはわかってるけど……えぇ……?」
情に訴えかけても、依頼をしても、動きませんわ。
だって行く意味がありませんもの、私。
「ではラファお嬢様。そろそろリリーガ様愛用のお砂糖が切れてしまいそうですので、カカラパラゾへ買い出しに行こうと考えていた私めに付き添ってはいただけないでしょうか」
「トァン、ちょっと何を」
「私でなくてはダメですの?」
「リベルタ様、クオン様はこれより外出なされますし、リリーガ様は行使予定の大規模魔法の結果気絶することが約束されております。私は汎用型のゴーレムではありますが、戦闘用ではありませんので……純粋に強い力の同行を必要とするのです」
「私、守る戦いは苦手でしてよ」
「はい。ですので心苦しくはあるのですが、何分人手不足でして。消去法で、仕方なしに、あなたでなくとも構わないのですが、この私めに付き合ってはいただけないでしょうか」
ハ──本当によく出来たゴーレムだ。
既に獲得しているんじゃないかと思わせるほどに。
「私でなくとも構わないのであれば、私であっても構いませんわね」
「ええ。他に誰もいませんので」
「トァン。姓は? あるいは名は? リリーガからつけられていませんの?」
「私に姓名の概念はありませんが、本来の名はトァン・マックアィレルと申します。あなた方の時代に合わせるのなら──トゥアン・ミヒャエルと」
「成程、それはもう納得ですわ」
リリーガへ向き直る。
頭を抱えている彼女に。
「……はぁ。あのね、こいつが言った通り、本当に戦闘用に作ってないんだからね。加えてトァンは特別製っていうか突然変異っていうか……壊れたら二度と同じものは作れないんだから……その辺わかってるんでしょうね」
「普通の人間とそう変わらない、という風に聞こえましたわ」
「……ええ、まぁ、そういうこと!」
「なら問題ありませんわ。私、買い出しの付き添いにいくだけですし」
さて。
二時間後がこの光景だというのなら、既に襲撃は水面下で進行しているのだろう。この空間の時の進みが遅いのだとしても、それこそ「間に合わなくなる」が発生しようというもの。
それに……なんだか面白くもありますわね。
ゲームの頃、パーティメンバーの内、戦闘に出せるのは三人までだった。いやまさかリベルタ、初代勇者、ラファの並びができようとは。護衛NPCがいるところもそれっぽいですわ。
あ、別に私は戦いにいくわけではないのですけれどね?
カカラパラゾはミルグドリヒの道場。
そこに四人で転移する。
「んな!?」
「ああ丁度いい所に」
今顎が外れました、みたいな顔をしているクリスティナを発見。外れているなら嵌めますけれど、大丈夫そうですわね?
「は……はぁ!? 転移!? 【綰摂の御姫】か!?」
「ああリリーガはこれ乱用していますのね」
「つか……ラファお前、デイラリちゃんはどうした! いいのかよ顔!」
「そういえば。前にここにいた時は頑なに隠していましたわね私。今は隠す必要がなくなったのですわ。デイラリちゃんは極光に蒸発しましたわ」
トァンは一応ヒトガタの執事のような見た目に設定されているため、まるで貴族令嬢三人娘に見えますわ?
リベルタ、クオン、私の順番に明るい金髪、暗い金髪、月色と……些か金髪濃度高めですけれど。
「蒸発って……。……あー、もういいや。驚き疲れた。で、この二人は?」
「あ、初めまして。リベルタ・オスロ・ナムトカルガって言います」
「ナムトカルガ……にこんな嬢ちゃんいたっけな。そこそこ付き合いあるんだが」
「クオン・エメトゲル=ナナ=ペレトメギスカト。ここは……位置的にミルグドリヒ子爵家の庭に見えるけど、なんで道場?」
「ああそりゃあたしが建てたからだ。クリスティナ・ミルグドリヒ=ラウラ=プレストグリム。それがあたしの名前」
「……ミルグドリヒでエストグリム? ……大変な人生を送ってきたんだね」
「おうよ。だがあたしが当主になったからな、もうそういうのは終わりさ」
クオンの名前に驚く様子がありませんわね。
あちらの世界にはいなかったから四騎士が名前に出さなかった……のだとして、クオンはあんまり有名人じゃない感じですの?
「で、すまん。あたしが無知なのが悪いんだが、エメトゲルもメギスカトも聞いたことがねーや」
「数年前に当主失踪で没落した家だから、知らなくていいよ」
「あー、じゃああんたも大変な思いをしてきたんだろうな」
「気にする必要もない。……それより、あなたは他の貴族より話が通じそうだから、話しておきたい。これからカカラパラゾを襲うすべてを」
「ではリベルタ、クオン、そちらはお任せいたしますわ。私、お砂糖を買いにいかなければならないので」
「うん。……えっ、それって本気で──」
手を振って道場を出る。トァンと一緒に。
……ダメですわ~リベルタ。もっと感知を鍛えなさいな。
「おかしな魔力の動きを検知して出向いてみれば……まさか出会うことになるとは考えていなかった」
「はじめまして。私はラファ・ダルクエルデと申しますわ。──あなたの名をお伺いしてもよろしくて?」
「……クリソゴヌス・ハイル=テスタ=アジェンドアルクエルデ。ダルクエルデ公爵家二十代当主」
お父様瓜二つな男性。多少目の前の男性の方が若いですけれど、それくらいしか違いが無い。後ろはともかく名前まで同じですわ。
ただし身に纏う魔力は闇と火と土。当然のように複合属性ですわね。
「ナムトカルガ子爵子息が報告を騙っていることは知っていた。ダルクエルデの純血と思しき容姿をした少女がいる、という話を隠していることも」
「お仲間を捕まえて吐かせましたの?」
「いいや、優秀な耳がそこかしこにいる。ただそれだけだ」
「成程、お喋りな口より使い勝手が良さそうですわね」
自然体のままに話を進めるお父様……もといクリソゴヌス……だとお父様の名前で紛らわしいのでハイルとでも呼びましょうか。
自然体とは表したけれど、「悠然と立っている」が正確か。
目線の先に魔法を発生させることのできる、卓越した魔法使いの持つ余裕。お父様がいつもしている目。
「あなたには純血の隠し子などいない。よって私は偽物である──なれば排除しなければならない。そんなところですか?」
「確かに私には隠し子などいない。妻となる女性さえ見つけられていないから、当然に。先代からも純血を別の場所に隠しているという話は聞いたことがないし、あなたの魔力も……極めて異質だ。闇属性しか感じられないこともそうだが、そこまで闇属性の魔力に愛されている存在も見たことがない。それほどの質はたとえ赤子であっても忘れようがない。つまり私は、あなたを見たことがない」
「決定と判断に随分と長い時間をかけますのね。力を持つ者として、間違った判断を下すわけにはいかない……そういうことですの?」
「勿論それもある。だが、あなたの闇属性親和率と身体的特徴は事実として存在する。だから……その整合性を取るために、何があれば私自身の納得を得られるか、考えていた」
「いた。では、結論は」
……昔からそうですけれど。
お父様相手だけは……緊張しますわね。どのような相手であっても後れを取るつもりはありませんし、私の行く手に立ちはだかるのであればお父様であっても躊躇なくショベルを振るいますけれど……こういう話し合いの場面では。
彼がお父様ではないのに、その口から飛び出す言葉に。
「目の前の少女は、ダルクエルデの未来そのものである。……そう、結論付けた」
「どうしてそう思いましたの?」
「まず、事実の話。属性親和というのは、適合属性の血の掛け合わせと濃度で比率が左右する。あなたの闇属性親和率はダルクエルデ当主の私を大きく超えている。それはつまり、私や私の父母よりも濃いダルクエルデの血を持つ男女が他にいた、ということになるし、現時点でそれがあり得ることはないとも言える」
「過去……初代ダルクエルデの系譜である可能性もありますわ」
「濃度だけではなく掛け合わせも必要だと言った。闇属性を得意とする貴族の血、その種類は大きく分けて十四あり、今ある全ての血筋を掛け合わせ、色濃くしたとしてもあなたの親和率には遠く及ばない。事実からして、あなたの存在は濃度を上げ、掛け合わせを行使し続けた未来でしか成り立ち得ない」
さもありなん。
その辺はお手上げですわね。ほとんど伝わっていない話ですし。
「事実の話以外は?」
「私が家族を持つのなら、息子と、そしてあなたのような少女が娘であると……安心できる」
「──……」
「今の私がそう思えるのなら、未来の子孫もそう思えるはずだ。そう感じさせるのは、あなたが、ダルクエルデの娘として育てられ、そう振る舞っているからだろう」
私が。
ラファ・ダルクエルデではない私が。
彼女に託された私が。
「未来という大河の先で、あなたという存在がダルクエルデに
ああ。
久方振りか。戦い以外で笑ったのは。
「こちらがやり難いというだけの理由であなたをお父様とお呼びしますけれど、よろしくて?」
「問題はない。ならばこちらもあなたをラファと呼ぼう」
「ええ。──私、今【綰摂の御姫】からのお使いの最中でして。様々な事情は道場内にいるティナさん……クリスティナさんに詳しく──……ッ!」
顔を上げる。遅れて、お父様も顔を上げた。
「よく感知を育てている。……滲み出る侵蝕。先日観測されるも何者かによって斃されるに終わった超脅威個体……あれを倒したのは、ラファか」
「ええ、私ですわ。それで? お父様たちカカラパラゾの貴族は、未来の小娘に全幅の信頼を預けますの?」
「
背を向けるお父様。
その背に投げかける言葉があるとすれば。
「お気を付けて」
「私が死ねば、あなた達の未来が消えるのならば、この身が死することはない」
「そして、ご存分に」
「ラファ、あなたも」
では。
「私達も参りましょうか、トァン」
「砂糖を売っているのはカカラパラゾ商区層ですので、二層上ですね」
「……層の上がり方を知らないので、案内よろしくですわ」
「ええ、承知いたしました」
もうミスリルの話は諦めましたわ。
未来へ帰って、ショベルが元の鉄製に戻っていても、致し方なしにするとしましょう。
それよりも──お父様と同じ戦場で存分に戦うことに専念しましょうかね。これが今の私にできる最大の親孝行ですわ~。