悪役令嬢転生かと思ったらゾンビパニックかい! 作:レッドアリーマー
鉄とミスリルの打ち合う音が響く。
もう五十は打ち合ったか。それほどに手数が多く、巧い。特別力が強いわけでも迅いわけでもないが、敵の隙を突くことに長けたスタイルがどうにもやりづらい。あ、ショベルを隠すのは早々に諦めた。素手の私じゃ剣相手に戦うことなどできないので。
話を戻して……どうにも、なんて。
理由は単純だ。私は基本物を考えられないアンデッドか剛力の魔族としか戦っていない。戦闘の経験値が圧倒的に足りていない。
得物が別であればまた話は違ったのだけど、今生からしか触り慣れていないショベルではこういう敵との戦い方がわからない。
加えてこの……時折ブレる視界は。
弾く。少し強めに。
「っと……どーした、仕切り直しでもしたかったのか? だったら悪いが──」
「問いがある。その問い如何では王国から手を引くことも考える」
「おっと会話による平和的解決がお望みか。ま、こんな世界だ。人間同士がやり合うよりかはそっちの方がずっと良い。それで、何を聞きたい?」
「ヘンリースミス侯爵家の生き残りはお前だけか」
「いんや。親父とお袋どっちも生きてんよ」
「ゴルズィオ・ヴィリジオニティカ。この名に聞き覚えは?」
「生憎と学がないもんでな。どっかの偉人だってんなら知らねえや」
「お前の父母の首筋に傷痕があるのを見たことは?」
「あん? んー……多分ないと思うが、マジマジとみたこたねーな」
……やっぱり口頭での受け答えによる確認は無理か。
こっそり忍び込んで全員分盗み見て、というのをしようとしていたのだけど。
「が、アンタのやりてぇことはわかった。アンタのターゲットが誰なのかわかってないんだろ」
「ターゲット……?」
「凶手ヴァラー。夜闇と共に出でて悪しきも善しきも殺して重ねる。だが決して快楽殺人者ってわけじゃねえ、理由があって行動してる。オレの先祖の書いた本にはそう書いてあった。アンタがそのヴァラーと同一人物なのかは知らねえが、少なくとも目の前のアンタには理性がある。オレはそう踏んだ。だから今王都に来た理由も無差別の殺人ではなくターゲットありきの殺人。……どうよオレの名推理」
それは推理ではなく願望だが。
あながち間違っていないけど。
「もう……幾つか聞きたい。構わないか」
「おうよ。それで解決できるのなら」
「お前はラファ・ダルクエルデという人物を知っているか?」
「あの嬢ちゃんなら今国にはいないぜ。少し前に行方不明になっちまった。こっちは恩があるってのに挨拶もしやがらねえでまぁ」
「恩? アレに?」
「あー、まぁあの嬢ちゃんの人となりを知ってりゃその反応になるのも理解できるけどよ。だとしてありゃ傑物ってやつで、決して悪人じゃねえ。思想がぶっ飛んでるんでやべーやつに見えるだろうけどな。……オレはまぁ、少し前は馬鹿だったんだ。守られて当然だと考えてた。けどそんなオレを……見放さず、強い言葉で惹きつけた。だから」
「もしラファ・ダルクエルデが帰ってきて……彼女の出奔理由が罪に依るものだとして。お前はどうする。庇うか、裁くか」
「庇いやするけど、あの嬢ちゃんはそんなことしねーさ。冤罪被ってるってんならそれを晴らす手伝いはするけどな」
……さて。
ゲームには登場しない人物で、"再起源"前の私の記憶にはない……しかし関りがあったらしい人物。
怪しさは満点……だけど底抜けに人の良い感じが伝わってくる青年。
「ヴァラー。アンタのターゲットが嬢ちゃんなのか」
「……違う。だが、関わっている可能性がある」
「どうしたらその疑いを晴らせる? ミルグドリヒと約束したんだ。この国を、彼女が帰ってきやすい場所にしておこう、って。……そんな疑いがあるんじゃ、オチオチ帰ってこられねえ。むしろそれがあるから行方をくらませた可能性もあるんだしな」
ミルグドリヒとも知己なのか。
……知らない、というのは非常に厄介だけど、そんなこと言ったらミルグドリヒだってそうだし、クリスティナだってそうだったわけだし。
「アンデッドの暴走。その全てを企てた者と、その共犯者について……お前には、話しておこう」
多少、開示はしておきますか。
ゴルズィオと貴族に繋がりがあること、首筋に木立のマークを持つ者がそうであることを話した。
ヒルベルトは……難しい顔をして何かを思案している。先程の見当違いな推理や自らの発言した学が無いという言葉からそれが本当なのだろうことは理解できるけど、頭の回転自体は良い方に見える。
「ヴァラー。アンタはその貴族を殺しにきた……って認識でいいんだよな」
「ああ」
「なんでだ。そりゃこの世界で苦しみを味わったやつなら全員その権利があるようには思うよ。けど、わざわざそいつを探してまで探そうとするのは……誰か、親しい人を失った、とかなのか」
「私を理解しようとしているのか?」
「……まぁ透けるよな。……わかるさ、その殺意は。でも……そりゃ復讐心に囚われすぎてるように……思っちまう。すまねえ、初対面でこんな……」
勝手に事情を推測して、勝手に同情して、勝手に自責とは。
凄まじい純度の光属性と見た。姓も違うのにアーダルプレヒトを重ねてしまうのはこれのせいだな。
「私がそれを殺しにきたのは、再発を防止するためだ。人類の存亡に係るような大事を起こし得る人間が何食わぬ顔で生きている。アンデッドらを駆逐せしめて、世界の夜明けがきても……そいつがいる限りは安心できないだろう」
「そのゴルズィオってのは」
「そちらはそちらで対処している。そちらも殺す」
「……殺すことでしか、解決できねえか」
「四肢をもいでアンデッドの前に放り出す、でも構わない。全指を削いで下顎を砕いて誰もいない井戸の底に閉じ込めておく、でもいい。そいつが他者に意思を伝えられない状態になるなら生きていても死んでいてもどうでもいい」
死が最も手っ取り早い意志摘み取り法なだけだ。同じ結果が得られるのならそれでもいい。
「声からして……アンタ、オレとそう変わらない歳の……女の子だろ。そんな物騒な言葉……」
「今の世で最も不要な倫理だな。……話は以上だ。協力の意志を見せないのなら、後日、お前のいない隙を狙って忍び込み、件の貴族を殺そう」
「……しばらく調査は必要だよな。首筋のマークなんてそうそう見れるもんじゃねえし」
「ああ」
「なら、付き添わせてもらう。待ってろ、準聖騎士の鎧一式を持ってきてやる。フルフェイスのやつだ」
「殺人に加担するのか?」
「最後の最後で邪魔するために付き添うのさ。スムーズな調査のためには身元を保証するやつがいた方がアンタも楽だろ? 最後の砦はオレで、アンタの障害となんのはオレだけ。今回の続きはそこでやろう」
……調査中になんとか絆してやり方を変えてもらいたい、という魂胆が見え見えだけど。
確かにそれは……魅力的だ。
「いいだろう」
「そうか! じゃあすぐに──」
「だがそのためには準聖騎士の隊長を引き込まねばなるまい。奴が見知らぬ騎士を見逃すはずがないからな」
「……あー。だがミルグドリヒのやつはああ見えて案外頭が堅くて」
「だそうだが、今すぐに聖騎士らに私のことを密告するか?」
「いえいえ。私とあなたは顔を合わせてはいけませんので。なぜって私、まだ聖騎士になっていませんからね」
ヒルベルトが振り返れば……城壁の影から出てくるミルグドリヒの姿が。
会話はほとんど聞かれていたな。加えて。
「み、ミルグドリヒ! 違うんだ、これは」
「あまりにも決定的な証拠を前に何が違うと? 犯罪者を匿うことも事実を隠蔽することも重罪ですよ、ヘンリースミス侯爵」
「あ……いや……」
「──なんて。密告しないと言った時点で茶番だとわかってください。それで? 私が上げた替えの包帯はどこへ? あれほど感動的な別れのアイテムだったでしょうに」
「ああアレ。汚れたので捨てましたわ」
そういえばあったなそんなもの。本気で忘れていた。軽口のためとかではなく本気で。
「……ミルグドリヒお前、ヴァラーと知り合い……なのか?」
「前にもこの城壁で会ったことがあるだけです」
間違ってはいないけど。
「さて、準聖騎士の鎧一式でしたね。すぐに用意しましょう。それと、その特徴的な武器はしばらく封印ですよ。……正直これを見てヒルベルトが気付かない理由がわからないのですが」
「オレが? ……ミスリルの槍使いなんてオレたちの周りにいたか?」
「……いえ。ではヴァラー、代用の得物は何がよろしいでしょうか」
「なら、槍で頼む。最も扱い慣れている」
本当はもう少し長い物が一番だけど、そんなもの無いだろうし。
振っての斬撃はともかく押し付けての斬撃ができなくなることだけ留意しないと。本当にショベルは便利だったから。
さて。
多少の困惑をしているヒルベルトも連れて……王都潜入編、始まりますわ~。
随分と建て直された王都を歩く。
「昨日もアンデッドの鳴き声を聞かないと思っていたが、随分と区画を取り返したようだな」
「あんまり自分が今までここにいなかった、みたいな発言しないでくれよ? オレは咄嗟の誤魔化しとか甘いんだから」
「ああ」
「……ま、それこそ嬢ちゃんのおかげが六割くらいだ。残り三割が四騎士っつー生ける伝説と勇者のおかげで、最後の一割が親父たちの後詰め。アンデッドがいんのは残すところ九区のみだけど、作戦本部……属性五家はあんまり乗り気じゃないらしい。属性五家が乗り気じゃないのか王族が乗り気じゃないのかは知らねえけど」
……あのあとオスカルとアレハンドラがどういう方向に舵を切ったのか。
どうやら風通しはかなり悪くなったようで、準聖騎士の出番は本当の雑用だけになったのだとか。まぁ貴族と聖騎士がいればアンデッド程度大したことないだろうからそれもわかる……んだけど、なんで取り返し切らないんだろう。
「っと、着いた。旧防衛拠点……王立リアソファル学園だ。しっかしなんでここに? 貴族を調べるっつーから今の拠点の王城か、ないしは貴族区画だと思ってたけど」
「少しな」
学園内に入る。
ほとんど私が出ていった時のまま……に見えるけど、所々に片付けた痕がある。
アレハンドラを迎えるために綺麗にしたのかな。あの王妃は汚いところ無理だっただろうし。
アンデッドも人影もないそこを歩いて向かうは生徒会室。扉を開ければ……そこにはマギスティックボードとコルクボードと、……花瓶が一つ。
「花瓶? なんだこれ、オレたちが出ていった時にはこんなの無かったはずだぞ」
「……中に水が入っているな」
「そりゃ花瓶だしまぁ……」
「コレがずっとここに置かれていたのなら、この中に水は入っていないはずだ。蒸発するのもそうだが、これに活けられていたフランメルジュの花が水を吸う、とっくにカラカラになっていておかしくない」
「フランメルジュの花……っていやぁ、そういやエスタ様の部屋にそういう花があったような。つか活けられていたって、なんでアンタがそんなこと」
「誰かがエスタの部屋からこの花瓶をここへ動かした。フランメルジュの花を抜き去って。……何故だ」
フランメルジュの花自体も結構な火力になる。謎の人物Xはフランメルジュの花を使った?
……けど、道中に爆発痕のようなものは無かった。それにアレはリリーガが良からぬモノを退治するために私へ渡してきたもの。彼女の予言は無数の未来を視るタイプだけど、今のところその予言は外れていない……ように思う。つまり、失われたフランメルジュの花を私はどこかで使うのだ。良からぬモノを退治するために。
だからここで消費されたということはないと読む。なぜかXは大事にフランメルジュの花を抜いて持ち去った。わざわざ花瓶から抜き出して、しかも花瓶に水を入れ直して。さらにこの花瓶を置きに来たのも最近で……。
「ヘンリースミス侯爵、最近あった大きな出来事を幾つか言ってみてくれ」
「ヒルベルトでいいってば。……んー、大きな出来事か。……現在取り返している地区にはアンデッドがいないことをオスカル様が宣言したこと、マルハ村、グブス、レットラとの連絡がついたこと、ああ……あと、ポーションの改良版が出たな。上の連中はほとんど気に留めてねーけど、前線で戦うオレ達からしたら垂涎モノってな。まぁ今は雑用ばっかだけど」
……まぁ、順当に考えればポーション関連か。
フランメルジュの花を活けている水には何か特別な効果がある、とか? ……火属性をたっぷり含んでいるくらいだと思うけど。
それに、だとしたら花瓶は空っぽで然るべきだろう。どうしてこんなにも水が入っているのか。
「……」
鎧の一部を外し、花瓶に指を突き入れ……舐めてみる。
「お、おい。せめて煮沸とか」
「……ポーションに似た味だな。やっぱり改良版ポーションの原案はこれか」
「えぇっ!?」
さて……だとして。
……上か?
「ヘンリースミス侯爵、私を肩車することは可能か?」
「あ、ああ。それくらいならいくらでも」
さて。
思った通りだった。
生徒会室の屋根。その上は手入れ不足か植物が繁茂していて、且つ開いた穴から雨が入ってきていて……恐らくあそこに水が溜まるのだろう。
つまり花瓶の水はXが入れたものではなく溜まったもの。私達がいた時は起きなかった雨漏り。その水を受け止めるための花瓶。
そしてXはその水にポーションのような効果があることに気付き、これを解明して新たなポーションとして発表した……とかそんなところか。
「ポーションを発表したやつは……流石に把握しているよな」
「ああ、戦えない平民だったからな。丁重に保護されて、今は王城の一室で新たなポーションの研究をしているよ」
「だからこんなにも溜まっていたのか。恐らく出してもらえないんだろうな」
「なるほどなー……」
「問題はフランメルジュの花をどこへやったか、だ。必要なものが花瓶本体だったとして、フランメルジュの花は捨て置いたか? 平民ならフランメルジュの花がわからなくても無理はない。が、アレは放り投げた程度でも爆発する危険物……」
「なんだってエスタ様はそんなもん活けてたんだ……」
それは私のせいなのだけれど。
……これ以上は考えても意味はない、か?
まぁいい。これはサイドクエストでしかない。私の本来の目的は別にある。
生徒会室のマギスティックボード、その隣。
そこに、半ば物置と化した荷物群……と。
生徒会準備室に繋がる扉がある。
私の目的はこの中だ。
「物を退かす。手伝ってくれ」
「いいけど、本当に何が目的で……」
ゲーム『愛されるが故に死して』。このゲームは全体を通してあっちこっちに行くためか、いわゆる「情報キャラ」「お助けキャラ」というのがいない。キャラクターの好感度はシステムから確認できるので問題ないし、登場人物にもそういうキャラクターを出す余地がない。
が、その好感度をある程度視覚化できる場所、というのもあっちこっちに存在している。それはとある村で出会う占い師のイベントであったり、『真実の泉』という場所で見られる水面であったりと様々で、その一つがここ、『生徒会準備室』。
リベルタの行き先をここにすると、リベルタではなくその時の好感度が一番高いキャラクターが表示され、それが独白をする、というイベントになる。独白の内容は大抵がリベルタへの想いだけど、中には他のキャラクターに対する想いであったり自身の過去の仄めかしであったりと様々あって、序盤の学園編でしか使えないものの取得可能スチル数がずば抜けて多い場所になっている。
その扉を……開く。
アンデッドの暴走後、使えるものがないかを探された後、他に何も使えるものがないとわかってからは誰も入らなくなった場所。
だから大したものは残っていない。残っていないが……お。
「あった」
「だから何を……って、そりゃ」
刃はボロボロ、埃塗れ、持ち手も所々ささくれの目立つ……剣。
「剣……?」
「儀礼用だがな」
儀礼剣。かなり昔に使われていたものだろうか。最早武器としての意味を為さず、儀式に使うにも見栄えが悪い。
というのがアイテムテキスト。ただし効果付き。
その効果は──。
「これを使うと戦闘から必ず逃げることができる。……果たしてどう作用するのやら」
「なに言ってんだ?」
序盤お助けアイテムにして……類似効果を持つアイテムを知らないから、実際どうなるかわからないアイテム。
身を隠さねばならないこの状況にはぴったりだと思ってのチョイスだけど、果たして。
「それじゃ、校長室へ寄った後、第二区へ行くぞ」
「校長室には何用?」
「お約束を調べにいくだけだ。他意はない」
「?」
……なお。
どれだけ探しても、「机の裏のスイッチを押すと開く階段」とか「棚の一部がひっくり返って通路になる」みたいなギミックは発見できなかった。
ファンタジーの学園ならありがちだと思いましたのに……!
……自分の通う学園だから一切気にしていなかったけど、リリーガに「中世ファンタジーの学園」と言われてそういえば、ってなった次第ですわ~。