悪役令嬢転生かと思ったらゾンビパニックかい!   作:レッドアリーマー

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絡滅!

 考える。

 マルトムルガ男爵のことだ。私はあれを前にした時、私らしくなくなった。別に外野がどう騒いでいようと何を言ってこようと己を貫くのが私という存在だったのに、ただ()()()()()()()()()という理由で退(しりぞ)いた。

 私がああいう……なんていうのだろうか、格の違い、のようなものを感じたのは人生において三度。一度目はお父様に悪戯がバレた時。二度目はミルグドリヒの道場にてクリスティナに後ろを取られた時。そして三度目はトァンの殺気を背後から浴びせられた時。

 お父様以外からは戦闘力としての脅威は感じなかった。だというのに悪寒の走る思いをした。恐らくマルトムルガ男爵も後者二人と同じタイプと思われるけれど、彼らは他者とどんな違いを持っていたのか。身体能力や魔力量じゃあない。殺気……だとして、初代魔王や当代魔王からは感じなかったものを人間二人とゴーレム一体に覚える理由は。それともなにか特別な魔力があるとか、特別な素質があるとか……?

 

「不思議なものじゃて。達者でなと言って別れてから然程の時は経っておらんというのにどこか精悍な顔つきをしておるわい。……ところで骨の被り物は良いのかの?」

「忘れていましたわナイスですの」

 

 考え事に耽りながら魔王軍に合流しようとしていましたけれど、いやホント、事前に言ってくれてよかったですわ。セーフ。

 ……前と骨の形は変わってしまいますけれど、ま、テキトーに。

 

「よし。ですの。……それと、お久しぶりですわ、フナリエ老」

「うむ」

 

 この方もかなりの年数を生きている魔族。魔法の腕は私など足元にも及ばない域で操り得る……けれど脅威は感じない。

 ううむ。まぁ今考えても仕方ないか。それより今は。

 

「壮観……ですわね。一つの空間に対する外殻の破壊と封印。ちなみにこれで中にゴルズィオはいなかった、なんてヘマは」

「当然せんし、転移に使われる次元遍路もすべて封じてあるわい」

 

 元ハウルエルの花畑。まぁこっちの世界での名前がそれだったかはわかりませんけれど、その座標にある真っ黒なドーム状の"ナニカ"。

 本来不可視……というか"重なっているだけ"であるはずのゴルズィオの空間を見つけ出し、その位相空間の隔たりを破壊、且つ封印、さらにこの世界へ楔を打って繋ぎ止め、籠城を図ったらしいゴルズィオに対して空間の開錠を試みている段階、と。

 

「開錠にはあとどれくらいかかりそうですの?」

「現時点でおよそ九割。というか通常の空間系の開錠はほぼすべて成功しておる。残るはブラックボックス……"専用の鍵"とでもいうべきものが見つからなくての、それで立ち往生しているのじゃ」

「専用の鍵、ねぇ」

 

 マスターキーとかパスワードキーのようなものですの?

 キー。鍵。……鍵?

 

 あっ。

 

「……ちなみにその鍵……ええと、鍵穴的なモノはありますの?」

「魔法的な穴じゃが、あるにはあるぞ」

「それは……ええとその、特定の場所ですの? それとも魔力の組成?」

「後者じゃが、前者にすることも可能じゃよ。どれ、この場に形成してやろう。扉風な形を作ってやっても良い」

 

 言うが早いか眼前に魔力が……確かにフナリエ老のものとは違う魔力が集中し、扉が形成される。

 

 いやー。

 えー? でも……だとして過去の私はどういうことですの案件なんですけれど。

 

「……娘子? 流石にその武器がミスリルであるからといって、力業でなにもかも解決するわけでは……」

「えい」

「ない……はず、なんじゃ、が……? ……どういうことじゃ。これは……開いた……?」

 

 確認のすべが現状ないとはいえ、ますます気になりますわね。過去の私がなにをどうやらかしたのか。

 彼女がドラゴンに託した"行く末の鍵"とは一体なんであったのか。

 ……まぁなんであったのかは本来簡単にわかったのに私がおじゃんにしたわけですけれど。

 

 とにもかくにも、鍵の形状は関係なくて、素材が適していたとかそういう話なんでしょうね。

 

「さて、参りますわよ」

「いや待て娘子、流石にまだ魔王軍の準備が整っておらんわい」

「じゃ、準備できたら突入してくださいまし。先に行ってますわ~」

 

 もやもやしている魔力塊……正確に言うなら魔力溜まりに足を踏み入れる。転移にも似た感覚に身を委ねれば、秒としない内に流れ着くことができた。

 

 真っ黒な空間。真っ暗な空間。最早懐かしくさえある場所。

 

「来ましたわよーゴルズィオー。こーろしーますわよー」

「あんまりにも物騒な来客だネ☆ でもいらっしゃいだヨ☆」

 

 バツンと……電源が点いた、みたいな音がして、突然明るくなる世界。目がチカチカしますわ~。

 そして見える。枯れているとはいえそれでも見事だったのだろう元花畑と……それを踏み荒らしている魔物の数々。魔物は……眠っている? みたいですけれど。

 

「悪趣味ですわね、相変わらず」

「冤罪はやめてほしいナ☆ これは君が呼び込んだ魔物だヨ☆」

 

 はい?

 ……あ、そういえば私ここでブラックネット・カオスワールドを使いましたわね。それで大暴走(スタンピード)ってきた魔物たちが……あー。

 

「ま、どうせ隔離されている空間。草木の循環もなかったでしょうし、問題ありませんわ」

「都合の良いことだネ☆」

 

 うっさいですわ。

 

「で? まだ姿を見せる気はありませんの? 殺されるのだから早く姿を見せてくださいまし」

「魔王に挑む前には四天王を倒す必要があるだろウ☆ それと同じサ☆ まずはそこにいる魔物をすべて倒すといイ☆ 大丈夫、限りはあるヨ☆」

 

 同時。

 今まで立ったまま眠りについていた魔物たちが一斉に咆哮を上げ──。

 

「邪魔よ」

 

 極大なる火力によって薙ぎ払われた。

 

 背後──足音が複数。

 

「あんな雑魚ども蹴散らすのに終局魔法まで使う必要あったのかァ? 魔力ごっそりいかれんだろ、使えねえけど知ってるぜ」

「じゃあアンタがお得意の炎で焼却すればよかったじゃない。入って魔物を視認して、十秒くらい待ったのにそれをやらないから私がやったのよ」

「ほっほっほ、魔王様の御前だというのに一切の猫を被らなくなったのぅ。儂はそっちの方が好きじゃが」

「失礼ですが──お歳を考えては如何でしょうか、フナリエ老」

「そういう意味じゃないし失礼が過ぎるわい!」

 

 そのまま私の隣に並び立つ足音の主たち。

 ふむ。

 

「この構図、なんだか私が魔王っぽくありません? 次代に譲れですわ~」

「アンタが魔王? お断りなんだけど。臣下の警告も忠告も一切受け入れずに進みそうじゃない」

「俺は別にどっちでもいーぜ。今の魔王様もアンタもどっちも良い所がある」

「儂もどっちでもいいのぅ。どっちも魔法に理解があるしのぅ」

「お二方、流石に失礼では? 今目の前にいらっしゃるのですよ魔王様が」

「……ノギオン。お前のソレは、まるで私が眼前にいなければ言っても良い、という風に聞こえるが」

「コメントを控えさせていただきます」

 

 うわー、なんだか懐かしいですわねこのコント集団。

 四騎士も大概コント集団でしたけれど、如何せん目的意識があり過ぎて雑談をあまり好みませんでしたし。

 

「わオ☆ 大所帯だネ☆」

「まったくですわ。酸素欠乏対策にもう少し間伐するのも視野にいれますわ」

「……それはブラックジョークが過ぎるわい」

「んなこといちいち引き摺らねえから問題ねえよ。で? 世界をこんなにしたクソッタレのナントカ賢者ってのはどこにいんだ」

「空間の隠蔽と同じで、異相にいるのよ。今お爺ちゃんが位相空間を弄っているから待ちなさい」

「ふん、そんなことをせずとも、槍の一本でもあれば事足りますわ。今持っていないので土から錬成してくださいません?」

「私の拙い魔法でよろしければ、どうぞ」

 

 フナリエ老とエルレビが作業中のためか、ノギオンが槍を作ってくれる。……拙いとか言っていますけれど、それなりに上等なものじゃありませんの。

 充分、ですわ。

 

「これこれ娘子、さっきはミスリルのショベル故なんとかなったやもしれぬが、今度ばかりは」

 

 担ぎ、踏み込み、捻り──投げる。

 魔法による身体強化、ナイトクローによる推進力を追加した投擲。流石に夢の世界でやったほどの"理想"には届かないけれど、充分だ。

 

 ソレは。 

 その槍は──中空のナニカを確実に捉える。

 

「ギ!?」

「……ほー、なるほどのぅ。確かにこの空間を支配している以上、どう隠されていても空間との繋がりは必須じゃ。そこへ魔力を含ませた槍で打撃を加え、繋がりを断つ……しかし断たれては空間が維持できないがゆえ、身を隠すための位相が強制閉鎖し、こちらの世界に放り出される、と」

「ホントにそんな複雑な手順を考えてやったの?」

「骨女様は聡明な方ですよ、エルレビ」

 

 いえ、なんとなくいそうな場所に槍投げただけですわ。投げやりでしたわ。

 

「……ボクの分身も同じ手段でやられちゃったみたいだけド☆ 凄いね、魔力を五官のどれかで察しているのかナ☆ それくらいの正確性ダ☆」

「御託はそろそろケッコーですわ? で、エルレビ、フナリエ老? 二人の目から見て、アレ……殺せば死にそうですの?」

 

 アレ。中空から吐き出されるようにして出てきた青年。

 ゲームで見た通りの人間の青年だ。ともすれば攻略対象になってもおかしくない美形は、ピエロのように不自然に吊り上がった口角で台無しになっている。いやまったく、ピエロの役割はクランパネリテだけで充分だというのに。

 

「うーん、微妙じゃなぁ」

「微妙ね。あれ、半分くらい魔法造物(マジックアイテム)……っていうか、アーティファクトじゃない? 見た目は人間だけど」

「だーっ、面倒臭ェ。殺して死ななきゃ壊してみりゃいいだろ。そんでも死ななきゃ他を考える。それじゃダメかよ」

「確かに。まだるっこしいことを聞きましたわね。とりあえず殺してみますわ? 魔王の魔剣なら殺せるやもしれませんし」

「私の価値は魔剣だけか?」

「だってあなた他の特筆すべきポイント、闇属性魔法と転移くらいじゃありませんの。あと使えない分身」

「……ブラッド、あなたに合わせよう。様子見は不要だ。最高火力を任せる」

「っしゃァ! テンション上がってきたァ! ──爆炎轟縮!」

 

 瞬間的且つ爆発的に上がる気温。ああ、久しぶりに感じるブラッドの火力は……フレイエルデ侯爵のそれとは比べ物にならない。鉄を熔かす温度とかそういう話じゃない。生き物が生きてはいられない温度だ。

 そして私を挟むようにして闇色の炎が立ち昇る。普段私の使う闇魔法とは違う、種族特有の魔力が波のように脈打つ黒。

 

「ダーク・カリス」

「セェヤァァアアア!!」

 

 灼熱の白と高圧の黒。その螺旋が織り成すはドラゴンの首を思わせる造形(エフェクト)

 二つの"極大"がゴルズィオへと突き刺さり。

 

 ……そのすべてが、無効化されるようにして散った。

 

「はア☆ やれやレ☆ これだから野蛮人ハ☆ 今自分たちで言ったばかりじゃないカ☆ アーティファクトのようダ、って☆」

「あー、だからあなたって長生きなんですのね。フナリエ老、あなたが長生きな理由、私は知っているのですけれど、あれに使っている魔力って今取り出せますの?」

「秘中の秘なんじゃがのぅ。ほれ、こんな感じじゃ」

 

 フナリエ老……というかその人形の手に集約するは、風属性と水属性の中間にある感じの魔力。色は黄金色ですけれど、『永世盤久の宝珠』に使われていたものとも違う。うーん、再現は難しそう。

 なので彼の手に集った魔力をショベルで掬い上げ、攻撃の無効化に未だ戸惑ったままのアタッカー二人を蹴って退かして──叩き込む。

 

「……!? エ、そんなピンポイントなことあル?☆」

「手応えアリ、ですわ~。まぁ確かにまだ『不死根(デッドレス)』の破壊は成っていませんけれど、『永世盤久の宝珠』は破壊してきましたのよ、私。ノウハウは十二分、ですわ」

「よくわからんが、成程な! おい爺さん、エンチャントだ! その魔力俺の剣に寄越せ!」

「ファイアランス! ……何ぼさっとしてるのよお爺ちゃん! 早く私の魔法にその魔力を付加して!」

「ほほほ……これ、頼られておるのかの? そういう魔法として扱われているだけのような」

「魔族ができる連係とはこの程度のもので充分かと。私の拳にもエンチャントお願いできますか?」

 

 ただ……通るようになった、というだけで、殺すに至るほどではない感じですわね。

 どうにかして通常の攻撃を通せるようにならないと焼け石に水ですわ。

 

 あ、いえ、だから。

 

 アティア。あなたに頼みがあるのですけれど、それ以前のお話を少しだけしておきましょうか。

 

 

 アティア。魔族嫌いの亡霊。弱い亡霊の集合体。

 彼、ないしは彼らは、私が現代へ帰ってきてからほとんど喋ることがなくなった。現代へ帰ってきたから、ではなく、四騎士とリベルタに話したあの話の内容が受け入れ難いから、のようだけど。

 その彼に語り掛ける。

 

 ──"確かに"、"揺らいでいる"。"それは事実だ"。

 ──"賢しく"、"狡く"、"騙し討ちをする存在は魔族である"。"我々はその哲学をもとに集まった"、"魔族による悲劇の被害者たち"。

 ──"だが、どうにも違うらしい。過去でもこの時代でも"、"策を操り弄し"、"時にはその矛を自分たちの種族へと向ける"。"魔族にそういうものがいないわけではないが"、"どちらかといえばそれは人間の領分であるらしい"。

 

 魔族にも勿論いた。私を暗殺しようとする者や、クラウスのようによく思わないがゆえに秘めて騙る者。けれど圧倒的に少なく、そして圧倒的に嫌われている。

 人間が策を弄すれば、それは頭が良いということになるのに、魔族がそれをすると罵りを受ける。

 彼らは見てしまった。初代の魔王がどういう存在かを。そして……ブラッドやエルレビのように、不器用ながらもまっすぐに生きようとする存在達を。

 

 ──"無念が晴れることはなく"、"苦慮をしない日はない"。"起点となった悲劇を忘れたことはなく"、"膨れ上がる憎悪も消えない"。

 ──"だが"、"()()()()()()()()()()()()()とは……思えてしまっている"。"ここに集ったものたちを恨んでなんになる"。"今を生きる魔族を恨んでなんになる"。"彼らが苦しむと"、"我々は救われるのか"、"と"。

 

 亡霊は亡霊らしく理不尽な恨みを抱いていてもいいとは思っている。だからこそ亡霊なのだし。

 けれどそれはそれとして、未練を解き、次へと向かい得るのならば……私はその背を押そう。

 だから。

 

回帰不能点(ポイント・オブ・ノーリターン)ですわ。これよりさきは、あなたの在り方を歪める使()()()もされますの。それが嫌なら、私から離れなさい。離れないというのなら、この先何があっても黙らず、怯まず、臆さず、嫌がらず、厭わず……そして、我慢をせずに、自らの望みを叶えなさい」

 

 ──"自らの……望み"。

 ──"亡霊アティアの望むるは"、"最早"、"ただ一つなのだろう"。

 

 フナリエ老の魔力。それを握り締めるは亡霊の腕。

 さらにはそれを……魔族の魔力を自らに取り込み、変質を起こしていく。

 

 ──"王よ"。"この世を統べる新たな王よ"。"我々に欠けはない"。"我々に終わりはない"。"だから"、"あなたの望むままに"、"あなたの見る世界を創ってほしい"。

 ──"我々は亡霊アティアに非ず"。"我々は霊明アレテイア"。"今までと変わらず"、"あなたの翼となり"、"爪となり牙となり"、"前へ進むための足となるもの"。

 

 亡霊を纏う。けれど今までの冷たさや翳りはどこにもない。どちらかというと……まぁ、そうですわね。

 守護霊がついた、とでも思っておきましょうか。温かく、力強く、生き続けるためにある力、ですわ。

 

「おお! なるほどな、そりゃいいじゃねェか! おいジジイ、剣だけじゃねえ、俺の全身にもアレを寄越しな!」

「あれそのものは無理じゃのぅ。そんなに欲しけりゃエーテルネーアの婆さんにでも頼むことじゃな。ま、似たようなことならできるぞい。ほれ」

「そういえばあのお婆ちゃんはなんで来なかったのかしら。魔王軍よね、一応」

「私も助力を乞うたのだがな、"若い世代に世界の命運を任せてみるのも一興"とかなんとか言われて断られた。亡霊女王(レイスクイーン)に若い世代もなにもと思うのは礼を欠くか?」

「微妙なラインです、魔王様。私ならばコメントは差し控えますね」

 

 ……せーっかくアティア改めアレテイアが格好つけたシーンですのに、このコント集団はもー。

 これじゃまーたアレテイアが魔族嫌いになっちゃいますわよ。

 

 ──"そこまで子供であるつもりはないが"。

 ──"別段好く理由もない"。

 

 ほーら拗ねちゃった。

 

 ──"……"。

 

 何はともあれ。

 フナリエ老の魔力を咀嚼し、理解し、それと同質の魔力組成になったアレテイア。

 彼らを纏い、翼と牙と爪を生やすその様子は、うーん流石に魔族。

 

「ア☆ お話終わっタ?☆」

「ええ、待っていてくれてありがとうですの」

「いいヨ☆ いいヨ☆ 君達が、というか君がソレにどう向き合うかは興味があったシ☆ まさかソレ自らが克己するとは思ってもみなかったけド☆」

 

 踏み込むと同時、翼が羽撃いて推進力を増す。

 眼前に迫る首元と既に振り抜かれているショベル。一撃絶死を狙った横薙ぎは、浮かぶ水晶のようなものに防がれて終わる。

 

「ハッハァ! 防いだなァ! 爆炎爪雷!!」

 

 振り上げからの振り下ろし。たったそれだけの動作(モーション)にも、爆炎と雷鳴が加算されれば技として成立する。

 今度は幾重にも重なり、盾のようになってそれを防ぐ水晶。

 

「崩れ落ちる山肌。離れていく賛歌。目を瞑り祈りを上げる落日──」

「──賑わう港。不協和音の水琴窟。暴風と雷雨を寝かせる暗雲」

「囃し立てる焼処(やけど)。大いなる他人事。曝け出す金熾(かなしき)事割玉(りゆう)──!」

「──食い破る怒涛(いかづち)。手を伸ばす死者。締め上げる虚ろの古巨人(あるじ)

「終局魔法:もしもあの手を掴めたのなら(ミゼーリア)!」

「終局魔法:二度と届かぬ憧憬(カタラクタ)

 

 黄金を纏う真紅と同じく黄金を纏う揺碧がゴルズィオに突き刺さる。そちらも水晶で防ぎ……きれていない。威力として計算されないような部分は通してしまっている。

 なるほど、あれオートガードの類ではないのですわね。なら。

 

「魔王は左、ノギオン様は右でお願いしますわ~」

「すっかり一員だな、娘」

「指揮権が彼女にある以上、最早軍門に降ったとも言えるかと」

 

 魂を切り裂く剣と黄金を纏った拳が叩き込まれる。

 

 だから──。

 

「これで防御は──ウ!?」

「だからキミは正面から悠々と、ッテ?☆ いくらなんでもそれは舐めすぎじゃないかナ☆」

 

 ゴルズィオのすらっとした長い脚が腹部に突き刺さる。

 クリーンヒット。色々言っても子供の身体でしかない私の肉体は、成人男性からの腹蹴り程度で容易く──爆ぜる。

 

「──」

「さしずめ、ブラックネット・フェイクドールといったところですわ?」

「キミは命を獲ったと思った瞬間に喋ってしまうのが玉に瑕だネ☆ それでボクの協力者も一度殺し損ねたんだから学ばないト☆」

 

 正面の人形……魔王の分身の上からフナリエ老の偽装をかけ、さらにそこへブラックネットを使って「意識を惹きつける身代わり人形」に仕立て上げたソレを用いて行う不意打ち。

 本命の攻撃は背後から。それで終わりのはずの斬首は──魔力を押し固めたどの魔法とも言い表せない"盾"によって防がれる。首筋に発生したのではない。首の中……皮膚の下に発生したのだ。

 総力を結集しての一撃。ここを逃せば次どんなチャンスが巡ってくるかわからない。上空のブラッド、左右の魔王とノギオン、周囲のエルレビとフナリエ老。

 ゴルズィオがこちらを舐めきっていて、魔族が一つになって、亡霊までもが戦いに手を貸したその一撃によって、仕留め損なった。

 私がお喋りだったばっかりに。

 

「──お生憎様ですわ」

 

 パチンと。

 背後から強襲した私が弾け飛ぶ。外殻を覆っていたアレテイアだけでは掴めなくなって、カランと落ちるショベル。

 

 そして、ゴルズィオの首を掴んで、その身に膝を当て、押し倒すようにして体重をかけたのが──正面のフェイクドールの下に隠れていた、私。

 獲物を狩る直前にお喋り? ハ、馬鹿を言え。そんなことするわけがないだろう。

 こちらが牙を見せても、相手が見せ返してくるかはわからない。やるなら徹底的に、迫って迫って、確実に殺せる瞬間に。

 

「ナイトクロー・エンテレケイア」

 

 象徴的なショベルを有していて、今しがた克己と共に力を馴染ませたアレテイアを纏っていて。

 直近、フレイエルデ侯爵相手に見せた"大技に紛れて背後に回る"という手法を使ってきて。

 さぞ──本物っぽかっただろう。ああいや、今になっても周囲の魔族、そしてアレテイアまでもが攻撃は失敗した、とでもいうような顔をしているから……あるいは倒された今ですら私の気配を捉えられていないのやもしれないけれど。

 

 私がアレテイアにも魔族にも気取られない"ある移動法"を使っていたのは、散々見せつけてあげたというのに……残念だ。

 

「ガ……け、ド……! その程度の握力じゃア、魔力干渉力じゃア、ボクの首は潰せなイ……!」

「ふふ、勘違いしていますわ。こうしてあなたを押し倒し、そして私が女であなたは男性。この後にやることなんて一つしかないでしょう? ──そう、眠り姫へのキスですの。男女逆とかうるさいですわ」

 

 ナイトクローで掴んだ首と腹に宛がった膝の力を強めて、顔を近づけていく。

 本当は髪を耳にかける動作もしたかったですけれど、生憎両手が塞がっていまして。

 

「ん──」

 

 そっと口づけを落とす。腕で骨面を上にずらして、儚く小さな口で。

 ダルクエルデ公爵家令嬢、ラファ・ダルクエルデの口づけを。

 

「ぁ──ぐ」

 

 その……首に。

 ちゅ、ではなく。

 がぶ、ですけれど。

 ちゅうちゅうではなく。

 じゅるじゅるですけれど。

 

「カ──」

「……んー、ぺっ。……見た目が若くても中身は相当歳行ってますし、食べられたもんじゃありませんわね~」

「……え、引くんだけどフツーに。何やってんのアンタ」

「なにって、殺害ですわ?」

 

 人間という生き物が持つ武器で、どこが一番力を出せるか。

 拳より蹴りか。いや拳の方が汎用性が高いか。頭突きか、圧し掛かりか、締め上げか。

 

 いやいや、顎だろう。

 男女で多少変わるし、老若でも結構差が出るものの、平均的な咬合力は六十キロから七十キロ。歯ぎしりなんかでは百キロ行くとかいう話も聞きますわね。誰がどこまで調べているのか微妙なのであんまり大きな数字は出したくありませんけれど。

 口腔は清潔でなければいけない。外気に触れはするものの、半分内臓なのだから──というバイアスのかかりがちな人間さんですけれど、他の動物と同じで噛む力はとんでもないのですわ? まぁ傷害罪やら暴行罪がチラつくので現代日本人の択に無い、というのはわかりますけれど、ここ異世界ですし。

 

 だからそれを武器に使うのも当然ですわ~。

 

「……いやー、オーガな俺が言うのもなんだがよ。ちょい……魔物過ぎねえ? やってることが」

「ぺっぺっ……。小鬼(ゴブリン)だってやるでしょうこれくらい。大鬼(オーガ)がお高くとまりやがって、ですわ~」

「んな魔物と一緒にされてもな……」

 

 ああそこはそうなんだ。その辺の種別、しっかりわかっているわけではないからなぁ。いやゲームにもちゃんと記載はされていたんだろうけど。

 

 なにはともあれ。

 

「これで殺せましたわ?」

「……色々言いたいことはあるが、そのようだな。多少の呆気なさは感じるが……」

「うーむ。普通は術者が死ねばこういう空間は完全解除されるんじゃがのー。それがされないあたり、まだ息があるか、なにか仕掛けを施しているか。とにかくここ、出るの苦労しそうじゃぞ」

「うわホントじゃない。扉が無くなってる……空間の壁にも干渉できなくなってない?」

「やっぱりそうかの? 儂のボケじゃなかったか~」

「その反応がボケだってば! ちょっと、どうするのよこれ!」

「儂らで頑張るしかないのー」

 

 帰るまでがゴルズィオ討伐ですわ。

 流石に殺したとは思いますけれど、復活しても殺してあげるので安心してくださいまし。

 

 私の仕事は……とりあえず大きなものはこれで終わり。あとは雑務ですわ。気が楽ですわ~。

 

 ──"気になることはある"。

 ──"あなたの倒した男"、"魂魄が見当たらなかった"。

 ──"元から無いのか"、"それとも……"。

 

 ……気が重くなりましたわ~。

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