悪役令嬢転生かと思ったらゾンビパニックかい! 作:レッドアリーマー
寝ぼけまなこをこすりながら寝室を抜ける。
忙しなく働く侍女たちに挨拶をしながら食堂へ向かえば、私以外の全員が食卓に着いていた。
一番遅かったことを恥じ入りながらうんしょと椅子を引いて着席。今日の朝ご飯はなんだろう、とお皿を覗き込むと──。
そこには、血塗れでボロボロなお母様の顔が。
「ら、ふぁ……あ゛な゛だも゛……ごっぢに゛ぃぃぃい──」
「お生憎様ですの~」
ショベルを振るってその顔面を叩き潰す。
そこで、目を覚ました。
魔法で髪の汚れを飛ばし、次いで身体の汚れも飛ばす。闇魔法イノセンス……ゲームでは状態異常をランダムに一つ解除する、という微妙な性能だったこれも、心身ともに健康である今は確定で汚れを排除してくれる優れものになっている。
シャコシャコと音を鳴らしながら歯磨き。姿見を見ながら考えるのは、今朝の夢の話。
恐らく第一区に手を届き得る状態になったから見たのだろうあの夢だけど、私の精神を揺さぶろうというのはあまりに無理な話ですわ。
助かっていてほしい、という気持ちは勿論ありますけれど、たとえお父様、お母様、お兄様の誰かがゾンビとなっていようと一切の躊躇をせずに首を断ち切れる自信がありますの。
だってアンデッドから人間へ戻る、ということはできないのですし。だったら妙な期待を抱くだけ無駄ですわ~。
身支度を整えて向かうは食堂。学園の食堂機能は当然のように死んでいますけれど、生存者がやっている炊き出しがありますから、そこでご飯ですわ。
元が一般日本人なので食事の質も気にしませんの。貴族の食事が口に合っていたかと言われたらそもそも首を振りますし。
なんでもない顔で列に並び、なんでもない顔で食事を受け取り、なんでもない顔で食事を済ませて食堂を出る。
変に警戒したりきょどったりしなければ案外バレないものですわ。実は貴族や聖騎士は民が辟易してしまうために別室で食事を摂るよう言われているのですけど、面倒じゃありませんの。
学園の中を歩く。
一応は乙女ゲームの中に出てくる学園なだけあって、庭園や噴水といった一つ一つの装飾が豪華なもの……だけど、初期にあったゾンビ騒動の影響でどこもかしこも血塗れだ。腐肉は掃除されているけど、それらが付着した痕跡は残ってしまっているし。
雑然とした世界を抜ければ聞こえてくる掛け声たち。準聖騎士の皆さんは朝から鍛練に明け暮れているようですわね。精の出ることですわ。
おや、ミルグドリヒと目が合いましたわ。会釈でも返しておこうかしら。
……ん? ハンドサインが。来い来いとされているような。
もう、特別ですのよ? 男所帯な準聖騎士の集まりに、私という淑女が向かう、なんて。
「知っている者も多いだろうが、改めて紹介しておく。ラファ・ダルクエルデ公爵令嬢だ。基本一人でアンデッドの群れに突っ込んでその全てを殲滅して帰ってくる程度には猪突猛進で強い。ただしお前達が目指すべき未来はそこではなく、互いを補い合える関係であることを肝に銘じろ」
「なんですのいきなり。反面教師役で呼びつけたんですの?」
「私の足を奪った公爵令嬢として有名ですからね。使わせていただきました」
奪うも何も、ピンピンしているくせに。
あの時のダメージはもうリベルタの回復魔法で回復している。それを数日も経ってまだ擦っているとは、心の狭い男ですわ~。
「ウ……」
微かに聞こえた唸り声。実は引き摺っていたショベルの持ち手を掴む。
「ガ、ァァアア!!」
「っ!? ホフマン、どうし──」
「油断大敵ですわ」
その先端をぶっ刺す。今まさに同胞の首筋を噛み千切らんとしていた騎士の首へ。
動揺も躊躇も容赦もない。
そのまま騎士を芝地へと倒し、思い切り力を込めて首を断つ。
「待──」
「ちませんわ」
手を伸ばし、制止を仕掛けてきた騎士。その腹に蹴りを入れて、止められぬよう本気でショベルを下ろし……その首をもらい受けた。
……静寂が満ちる。
「ミルグドリヒ。彼が戦場へ出たのはいつが最後ですの?」
「……」
「仮に私と共に第八区を攻略せんとした時が最後なら、厄介な話ですわ」
「……」
「あらまぁ恨みがましい目。もしかして私へ怒りを向けているんですの? でしたらお門違いというやつですわ」
ミルグドリヒは。
抜剣し……ホフマンの着ていた鎧を割断した。
「彼が戦場に出たのは昨日の防衛戦が最後です。……その時確かに、足を怪我したと……言っていました」
「足」
足の裾を引っ張る。引っ張ってみれば……右足のアキレス腱側に、噛み痕が。
「昨日と言いましたわね」
「……はい」
昨日の防衛戦は午前十時から午後四時までの間。その間に足を噛まれ、現在午前六時まで耐えていた。
一日経たず、か。
「一応説明をしておきましょうか。このままだと謂われの無い罪で私が断罪されそうですし。……アンデッドに噛まれたあとの人間がアンデッド化するまでには、実はタイムラグがあるのです。首筋を噛まれるとアンデッド化に関する魔力が血液中を巡りますの。普通の血液よりかなり遅い速度で巡るその魔力は、全身を巡ったのち、脳と心臓に到達しますわ。それが適ってようやく人間はアンデッドと化するのですわ」
ですから。
「こうして脳や心臓から遠いところを噛まれると、アンデッド化魔力の進みが遅くなり、発現に時間をかけるのです。……とはいえ魔力ですからね。感染部位を切除すれば問題なし、ともならないのが厄介なところですわ。本当にやるのであれば付け根の方から切除しなければ──」
「ラファ様。……申し訳ありませんが、ご退去お願いいたします」
「構いませんの。ただ、二の舞はご免被りますから、全員の身体検査は怠らないことですわ」
「……はい」
強がって。あるいは気を遣って。
それが起こすのは一人の悲劇じゃない。ここにいる全員の悲劇だ。
地球であれば遍く知られた「ゾンビパニックにおける善意や我慢の悲劇」も、こっちの世界じゃすべて初めてのこと。
気の持ちようでどうにかなる話ではないと……わかってくれるといいのだけど。
わざわざ恨まれるような口ぶりをしたのですから、徹底していただけるとありがたいですわ~。
王城のある第一区。そこを見下ろすことのできる唯一の場所……学園の最上階、時刻を知らせる鐘の上で、ショベルを背に眺む。
代わる代わるで見張りをしているけれど、王城の方で動きがあったとされたのは初期の頃の一度だけ。
そこから一切の動きがないものだから、誰かに生きていてほしいと願う見張りの希望混じる観測だったのではないか、と言われている。
証拠……になるかどうかはわからないけれど、二階や三階の割り砕かれた窓には時折ゾンビの影が映る。その辺りには騎士団の食堂などの施設があるとのことで、もしそこを押さえられていたら兵站に厳しいものがある、と。王族専用の食堂は四階にあるとはいえ……。
距離の問題で感知も働かないし、無理矢理に近付こうものなら他の区とは比べ物にならない量のアンデッドが群がってくる。まるで何かを守るかのように。
ふと、隣に気配を覚えた。
「あなた、私の部屋だけでなくこういう場所にも現れるんですのね」
「どこに出ようと変わりはない」
「あらそうですの。ならこれからはむしろこういう場所を狙ってくださる? あそこは腐っても私という一人の乙女の寝室でしてよ」
「娘、貴様に乙女を見出すことは難しいが、良いだろう」
失礼な。うら若き公爵令嬢ですのよ私。
「それで、何用ですの?」
「アンデッド化における魔力について、少し貴様から聞いておきたいことができた」
「私から? そういうのはあなたの専門分野では?」
「別に私は魔族に関してならばすべてを知っている、ということはない。貴様の博識に頼ることだってある」
「ふぅん。……ま、いいですけれど。何を聞きたいんですの?」
私だってゲーム知識しかないけれど。
「全身にアンデッド化の魔力が回った生物はなぜ元に戻ることがないのか、だ」
「アンデッド化の魔力は生体の持つ魔力の隙間を埋めるから、ですわ」
「……」
「普段私達が事もなげに使っている魔力ですが、魔法が発動する時からわかるように、実は数ブロックに分けて存在しているのですわ。だからイメージが段階的に食べられているような感覚を受ける。そのブロックごとの隙間にアンデッド化の魔力が入り込み、ブロックを結合、ないしは変質させてしまう。これにより魔法抵抗や属性抵抗に関係なくアンデッド化は発動し、且つ除去が難しくなる、と」
このブロック数をMPと呼びますの。MPが百あったらブロック数が百あるのと同義ですわ。
ちなみにゲームだと状態異常時にMPが使えなくなるものがありますの。そういう状態異常の時、MPのバーはまるで凍結しているかのようなエフェクトを受けましてよ。
「それを聞きに来るということは、誰ぞか大切な方でもアンデッド化してしまいましたか?」
「……ああ。噛まれたことを隠していた。ゆえ、首を断った。……脂汗を浮かべた顔で苦々しく笑い、大丈夫ですから、などと……愚かにもほどがある」
「そのあたり人間も魔族も変わりませんのね。あなたが大丈夫でも他者が被害を被るんですのよ、と……なぜ気付けないのでしょう」
「認めることは自死に等しいから、だろうな。全体のためを想っている素振りのものからすれば、全体のために死するという択は無い」
「案外気が合いますのねその辺。人情ではなく事実を考えるあたり、とってもドライでいいですわ」
たとえゲーム本来の姿に戻った時、主要人物が軒並み死んでいたとしても。
たとえ希望を取り戻した時、私が全員から恨まれていたとしても。
関係ありませんことよ。なんせ私は一応悪役令嬢なのですし。処刑されるなら逃げますけれど。
「貴様がアンデッド化したら、真っ先に殺しにくるとしよう」
「あら、あなたがアンデッド化したのならこれ幸いにとリベルタを連れていきますのよ。特効がさらに特効となりますし」
そう、先日厄介と言ったアンデッド化魔族だけど、実はリベルタが四倍特効になるので蹴散らすこと自体は容易になる。ただ光属性を揃えられないので、足止めできる者が必要になるが。
光属性。実は闇属性持ちも光属性並みに珍しいのだけど、できることの量が光属性に負けすぎていて文字通り霞んでいるのである。
「私はそろそろ行く」
「最近ワインを持ってこないのは、流石に国庫も尽きた、ということですの?」
「貴様が要らぬと言うからだろう」
「あら、私の言葉を聞き届けてくださるなんて、悪逆無道を体現した魔王様はどちらへ向かわれてしまったのかしら」
「……次は楽しみにしているがいい」
「ええ、そうさせていただきますわ」
消える分身。私も鐘楼から降りる。
一瞥するは第一区の方。
──生きているのなら、待っていてくださいまし。
今日も今日とてブリーフィングである。
そこで、気になる議題が上がる。
「復活……ですの?」
「ああ。昨日第八区を奪還した後の話だ。第四区……学園御用達の商店街にてアンデッドが数体確認された。区はすべて強化壁で防衛している以上、内側で復活した、以外の侵入ルートが考えられん」
「生存者がアンデッド化した、という線は?」
「だとしたら遅すぎるな。最後に生存者を受け入れたのは第七区。だがそいつらに欠けはなかった。加えて顔を照合させたが、知り合いはいなかった」
「いなかったのなら、やはり侵入なのでは?」
「第四区の生存者がいないからその辺りはなんとも言えん。防壁を抜けたアンデッドはいないはずだが……」
復活、という言葉に……思うところはある。
この世界はゲーム『愛されるが故に死して』の世界だ。魔法や体力、アイテムなどはすべてゲームに準拠している。
であれば、敵……モンスターという意味での敵の設定も引き継いでしまっているのではないか、と。
即ち、リスポーン。
ゲームでは作中時間七日ごとにモンスターが復活していた。学園編でどうだったのかは知らないけど、終盤のアイテム集めなんかでそれが顕著だったのでよく覚えている。
第四区を取り返したのはきっちり八日前。昨日出たのなら、七日前。
「何体くらいいましたの?」
「俺が討伐に参加したわけではないから正確なことは言えんが、四体だった、という報告が上がっている」
四体。戦闘で一度に出てくるモンスターの上限数だ。
これは……。
「会議中失礼いたします! 報告、報告です! 学園東部第二中庭にてアンデッドの集団が発生! 応援をお願いいたします!」
「っ、僕が行くよ! リベルタ、パリス! 一緒に!」
「う、うん!」
「風の精霊よ、私達に
瞬時に判断し、瞬時に出ていった三人。
止める暇もなかった。
「……どう見る、ラファ」
「最悪の考えは浮かんでおりますのよ」
「というと?」
「私達が区を取り戻した順番。初めが第四区、次が今いる第三区、続いて第五、第六、第七の順番ですの。……もし明日、第五区にアンデッドが現れるのならば」
「王都が人の住む場所扱いされてねーってことかー。そりゃやべーなー」
その辺がどういう認識なのかわからないから深くは突っ込まなかったけど、ちゃんと意識はできるのか。
人の住む場所。リスポーン箇所。
普通人の住む場所にモンスターが湧くことは無い。けれど、人がいなくなった王都全体がフィールドと化してしまえば話は別。以降は際限なくアンデッドが固定スポーンするフィールドになってしまう。
そしてそうなってしまったが最後、そこを居住区にすることはかなり難しくなる。
「まずいな……士気が下がるぞ」
「第五区の見張りを強化し、発生位置の正確な情報を取らせましょう。そこへ囲いをしておけば大丈夫、と言えるようにするためですの」
「ああ、それしかないか」
こういうところが地球の「ゾンビパニック」との違いですのね。
アンデッドはあくまでモンスター。一度殺し切ったら終わりではない、というのは……絶望的ですわ。
「攻略順も考えるべきか? このままだと、第四区と第八区のアンデッドが同時湧きすることになりかねん。それは次に狙っている場所……第九と第五にも言えることだ」
「囲いを作って閉じ込めてしまえば関係ないのでは?」
「むしろ湧きを集中させた方が休日が作れていいだろー?」
確かに。そういう考え方もありますのね。
沢山が同時に湧く日となにも湧かない日。切り分けることができたら負担も減りますわ。
「問題は、どのアンデッドがキーとなっているか、ですわね」
「……ああ」
「区のアンデッドを殲滅しきったことが鍵となる……とは考え難いですの。人間の都合による区分けが世界の仕組みをも左右するとは思えませんし。……そう考えると、殲滅しきらないで数体隔離して残しておく、というのも手ですわ。いずれ殺すにせよ、今はどう復活するのかを観測したいですし」
「数字で考えるなら賛成だが、人情で考えるなら反対だ」
「だなー。そんな実験動物みたいな扱い、生存者が良い顔しねーだろーし」
「良い顔をしない、なんて理由で恒久的平和をみすみす逃すんですの? その数体を残しておけば、今後一切アンデッドが湧き出てこない場所を作れるかもしれないといいますのに」
「俺達四人とリベルタ、そしてラファ。この六人だけで世界を救い切れるというのなら、お前の案も通したさ。だが戦いは数で、俺達には兵站も必要だ。非道を貫いた結果食料を管理する者達が反旗を翻して来たらどうする。アンデッドがよろしく飢え死ぬことを望むのか?」
「もっともらしい正論ありがとうございますわ。けれどあなたが一番に気にしているのはリベルタの顔色ではなくて?」
「……ラファ」
恒久的なリスクヘッジを考えられない者達の顔色のために安全策を度外視する。
そうしていて最後に残るものはなんですの? 一聴してエスタたちの方が長い目をしているように聞こえますけれど、不和を避け続けた結果が掴み取るのは平和ではないのですよ。
今は何としてもアンデッドの習性を掴むことが先決。であれば、多少欺いてでも民草を動かした方が良いでしょうに。
ホフマン、でしたか。あの騎士を処理した私へ怒りを向けてきていた騎士たちも、この程度のことに士気を下げる方々も。
世界を救うことの意味を、荒廃した世界を生きることの意味を理解していないように思えてしまいますわね。
……あまりに目に余るようなら、魔王の誘いでも受けてしまおうかしら。
魔王領へ行き、根源を叩く。今が無理なら明日を、明日が無理なら明後日を。
光属性も『勇者の魂』も持ってはいないけれど、それでもできることがあると信じて。
「ブリーフィングは以上でしょう? であれば私は第九区へ向かいますわ。再復活の危険性が出てきた以上、日を跨ぐことがあるのはあまり良い事とは言えませんし」
「第九区は広い。せめてリベルタたちが戻ってきてからにしろ。他の区と違い、一人で行くのは死にに行くに等しいぞ」
「どの区でもそれは同じでしたわ。それでは」
冷酷な姿を見せているのだ。
行動もそれに準じなければ嘘だろう。
纏わりつくものは、死にしろ腐肉にしろ人間関係にしろ、すべてショベルで断ち切ってやる。
ラファ・ダルクエルデ。これまで以上に悪役令嬢街道を突っ走りますわ~。
並ぶ。並んで見下ろす。
「私の横に立つんですのね。てっきり背中から刺されるのではないかと」
「私があなたを恨んでいる、と?」
「大切な部下だったのでしょう? 事実あなたの部下は私を恨んでいるようでしたわ」
ショベルを前に立て、その持ち手に手をかける私。
ロングソードを前に立て、その柄に手をかける彼。
「自らと部下の甘さが招きかけた大惨事。それを止めてくれた御令嬢の何を恨むのですか」
「もっとやり方があっただろう、もっと言い方があっただろう、とか。くだらない妄言を吐くものだとばかり」
「あれが最適解でしたよ。意識改革も含めて」
しっかり意識改革になったのならなによりですわ~。
「それで? 私の隣に立つことは、命令か何かですの?」
「いいえ、私の意思です。このままあなたを孤立させることは望ましくないので」
「あら素敵な理由。私、この先もとんでもない無茶をする予定ですけれど、ついてこられますの?」
「ダルクエルデ公爵から特別手当などは出ますかね」
「戦いが終わった時にお父様が生きていらっしゃったら、とりわけ高い武功を立てた者として名をあげてあげますわ」
「それは楽しみですね」
互いに得物を引き抜く。
では。
「参りますのよ」
「存分に」
着地後五秒の法則と共に──第九区を駆け抜ける! ですわ!!