悪役令嬢転生かと思ったらゾンビパニックかい! 作:レッドアリーマー
素直に驚いた。
「これは……」
倒壊した建物など無い。散らばる腐肉も、飛び散る血飛沫も消えている。
赤茶色を基色とした、基本二階建ての家々。屋根に使われているテラコッタ瓦に似たものが陽光に映えていて、所々にある鐘撞台から伸びる影を強調している。
人通りは少ないけれどあるにはあって、商業区からは元気な客乞いの声が聞こえてくる。
元の街並みとは違うけれど、確かに、「王都」と呼べるものがそこにあった。
「すげえな。どこの街よりも復興が進んでるんじゃないか」
「ですわね。……頑張りましたのね、皆さん」
「行商人か? 手続きはこちらの詰所で行うぞ。すまないが、手続きが済むまでは王都へ立ち入らせることはできない。規則なんだ、許してほしい」
と……門を挟んで二人いる兵の内の一人が話しかけてくる。
「行商人じゃなく、旅団なんだが、王都へは入れないか?」
「旅団? ……時勢柄珍しいなんてものじゃないが、そうか……わかった、少し待ってくれ。上に相談を入れてみる」
「ああ、助かるよ」
そこから二、三、兵士とルドガーが会話をして、晴れて。
「よし、通っていいぞ。まだ復興中だが、伝統の国を楽しんでいってくれ」
入国許可が出たのである。
さて、ルドガーら『旅路の旗』とは一旦別行動をすることになった。
私の目的地が貴族街であるために「どうしても偏見が消せない。様子見をしたい」という意見が『旅路の旗』内で出たこと、また補給をほとんどせずに直帰したために食料などを買い集める必要があることなどが主だった理由だ。
だからまぁ、一足先に貴族街……懐かしの第二区へ戻ってきた。
「……」
今の私はローブを着ているため、ぱっと見じゃあ誰かわからないだろう。
凶手ヴァラーとは違う色のローブにした。いたずらに民を怖がらせる理由はないから。
他の区とは打って変わって、貴族街はほとんど変わっていない。恐らく位置の問題だろうけれど、元の街並みを復活させた、という印象を受ける。
まるでここだけ時が止まっているかのような印象だった。
一歩、踏み出す。
「おっと、旅団の方。貴族街に何かご用でしょうか」
「おいミルグドリヒ、何もそんな威圧的にならなくてもいいだろ。すまねぇなアンタ、こっから先は観光には向かない場所なんだ、引き返してくれると助かるよ」
声をかけてきた二人の騎士。……彼らの身に付ける鎧は、準聖騎士のものではなくなっている。あれは多分、聖騎士の……。
武器を向けられたわけでもない口頭での制止。だからもう一歩、二歩と踏み出す。ちゃき、と金属のこすれ合う音が鳴った。
「あー、頼むぜ。真昼間から流血沙汰は困る。折角の復興ムードに水を差したくねえんだ」
「私達の制止を無視するということは、同じ旅団の方もそういう扱いを受ける、ということになるのは理解していますか?」
ふむ。これでもわからないか。
この一年で上達した魔力隠蔽術は十二分に育ったとみていいだろう。
では。
「まったく。久方振りの主の帰還である以上、向けるのは武器ではなく傅きでしょうに。たった一年で主人の顔を忘れるとか、躾けがなっていませんわ~」
「……おや、本当に気付きませんでした。ぱっと見平民と変わりませんよ」
「あん? なんか聞いたことある声……のような?」
ローブの中から背負っていたショベルを抜き放ち、地面に刺す。
「この特徴的な武器を見て、それでも思い出せませんか、ヒルベルト」
「……まさか」
目深に被っていたフードを──。
「まさかお前、ヴァラーか!?」
「もう味のしないボケなので普通に蹴りますわ」
「ごはァっ!?」
ツッコミを入れてあげるほど優しくありませんのよ私。
公爵家でも侯爵家でも男爵家でもなく、懐かしの外壁上。
そこにて、改めてをする。
「ヴァラーはラファだったのか……あ、ちょっと待て、蹴るな蹴るな。本当に気付かなかったんだ」
「そんな天然でよく聖騎士が務まりますわね」
「今は凶手に怯える必要もありませんからね。聖騎士に出される任務は専ら魔物の駆除ばかりで複雑なことはほとんどありませんし」
「結局雑用してません、それ」
「まー仕方ないんだよ。どうやったって人手不足は解消できねえからな」
それは……そうか。
人手不足というか、人口不足というか。
「で、なんで帰ってきたんだよ。何かあったのか?」
「何かもなにも、このタイミングは王族関連でしょう。それ以外で帰ってくるとは思えませんし」
「あー……」
「その通りですけれど、あんまり市井には情報が出ていない感じですの? もっと不安とか、逆に熱狂とか、そんな感じになっていることを想像していましたわ」
ざっと見た感じ、復興のために活気を取り戻した街、という感じだった。
そのどこにも先行きの見えない不安や支配者が死ぬことへの狂乱が見受けられない。
「一年前……ワインデルデ伯爵の処刑では、確かに文字通り狂うような熱気がありました。ですが、今回は……なんというか、国民の興味が上に向かなくなっている、といいますか。不敬を承知で言うのなら、王族などどうでもよくなっている、というべきでしょうね」
「それは確かに不敬以外のなんでもありませんけれど、どういうことですの?」
「どういうこともなにも無いよ。みんな忙しいんだ。生きることに。人手不足だから、今は国民一人一人に役割がある。仕事がある。貴族だ平民だと分けてる場合じゃなくなってる。つか、貴族の方が仕事をしているかもな。他国とのあれそれもない以上、上にいるだけの王族には興味が無くなっちまった。贅沢がどうのと言っているけれど、その言葉を聞くやつは一人もいない」
「働かない人間はいないものとして扱われます。食事も配給されません。怪我をしていても病を患っていてもできることをする。起きているうちは働くのが今の王都の在り方です。その点オスカル王は貴族に混じって働いている上各種手続き等の公務を熟されていますので"いる"扱いですが、正気を失くしてしまったセイブル王と口ばかりのアレハンドラ様は"いない"ものとして扱われています。この不在扱いは当然食料などの配給にまで関わってきますので……あとはお分かりですね」
とんでもないことになっているらしい。
この世界で初めて労働者大国の名を与れるんじゃないだろうか。誰から?
「なら、私も働きますわ。何か仕事、ありますの?」
「え、いや、なんか目的あってきたんじゃないのか? 王族関連でやることがあるんだろ」
「王族関連、貴族関係。その辺を片付けるために来ましたけれど、民が働くことに専念しているのなら、もう少し落ち着くまで私もそれに準じますわよ。私のやることは、ともすれば人口を減らしますからね」
「……また誰か殺すのか?」
「そうならなければいいな、とは思っていますわ」
言えば苦虫を噛み潰したような顔になるヒルベルト。
私にはそういうものが付き纏うんですの。ごめんなさいですわ。
「どちらにせよ私達から公爵令嬢へ仕事を、というのはできませんから、公爵家へお帰りください」
「ま、そうですわよね。わかりましたわ」
立ち上がる。じゃ、せめて不在扱いにならないよう頑張りましょうかね。
と……。これは。
「どうかしたか?」
「……お二人は先に行っていてくださいまし。お客様がいるようですので」
「?」
「行きましょう、ヒルベルト。色々ありますからね」
「ちょ、おい、引っ張んなって!」
二人が掃ける。
それと入れ替わるように──私の背後へ現れた存在へ、ショベルを突きつける。
「おっとォ! ……や、やめてくださいよ。アタシはただ」
「お久しぶりですの、マルトムルガ男爵」
「……ええ、お久しぶりですね。一年半ぶり……くらいでしょうかい?」
「ですわね」
ショベルを引く。
一年前に彼と出会ったのはヴァラーだから。
「何用ですの?」
「いやー、まぁ、そうですねェ。用件はいくつかあるんですけど、まず、やるべきことをやっちまいましょうか」
「……やるべきこと?」
男爵は懐に手を入れて、それを取り出した。
それ。
「……持鈴?」
「お、流石ですね。
「──」
周囲、桜の花びらのようなものが舞う。そんな
ノイズにも似た頭痛に、ショベルへ手を伸ばす。
「っと、待ってください待ってくださいや。警戒しないで。いや、散々悪戯をしちまったんで警戒すんのもわかるんですけど、アタシは敵じゃないんですよ。ただ──そうですね、過去の清算をしにきた使者とでも思ってくだされば」
マルトムルガ男爵。ゲームでは名前も容姿も出てこなかった存在。けど、別にそんな貴族はたくさんいる。平民に目を向けたら何倍もいるだろう。
ゲームで描写可能な人間の数なんて全体の一パーセントにも満たない量でしかない。だから……そういうものだとしていたけれど。
まさか本当に、そもそも存在しない人物だった、と?
「だから、そう警戒しないでくださいよ。アタシはあんたの敵じゃない。敵になり得ない。なんせアタシは、あんた自身の欠落した記憶から作られた人間なんだから」
「……魔王の名前のこと、ですの?」
「それだけじゃあありませんよ。【綰摂の御姫】に言われた良からぬものの件、なぜか気紛れを起こして取りにいった儀礼剣の件。そして、デイラリちゃんという名前のキャラクター、その被り物。アンタの周りには説明のされていない、ないしはできないものが幾つか転がっている。アタシはそれに纏わる
言われて思い出す。
自らの腰に履かれた儀礼剣の存在を。この一年、服装の一部として何も気にせずに持っていたそれ。
それだけじゃなく、デイラリちゃんのことまで……。
「確かに気になってはいましたわ。デイラリちゃん。あの造形は、妙に
「消されているというよりは落としてしまった、が正しいですがね。アンタ一人じゃ持ちきれないんですよ、三回分は」
「そこまで把握されているとなると……その持鈴は、私という名の悪霊を祓うための法具か何か、ですの?」
「いやだから、アタシは敵じゃないんですって。ただアタシは、問いをするためだけに来ました。──ラファ・ダルクエルデ。いいえ、Richarda Roe。あなたは、欠落した記憶を──」
「不要ですわ。世界がこうなった以上はあちらの星の記憶さえ不要ですの。私は別に記憶など無くとも私ですわ。記憶が人を作るのではなく、人が記憶を溜めますの。なれば欠落したらしい記憶は既に私のものではなく、そうですわね、あなたのものになるでしょう」
ぽかんとした顔のマルトムルガ男爵。
そして……ああ。
羅列されてようやくわかった。
私が悪寒を覚えるほどの脅威を感じた相手。それは全員、私の欠落した記憶に関わっていますのね。それが……多分、言い知れぬ脅威に変換されたのでしょう。
タネがわかればどーでもいいことでしたわ~。
「理由を……知りたくならないんですかい。良からぬ気配。儀礼剣。デイラリちゃん。トァンというゴーレム。魔王の名前。これらは全部アタシが握ってんのに」
「なりませんわ。あなたが持っているなら安心じゃありませんの」
「……」
ハ、と。
乾いた笑い声が出る。いつものわざとらしい商人風のそれではなく。
「ハハハっ……ああクソ、そういえばそういうやつだったな。"自らの世界観にはその生涯を終えるまで未知があり続けた方が楽しいだろう。その未知をお前が握るのならば、私も安心できるというものだ"……懐かしい言葉だ」
ん。
……え、その言葉を吐いた相手は。
「──リベルタ・オスロ・ナムトカルガに関する貴族
「……そういえば、ワインデルデ伯爵の処刑時にも、どこからともなく証拠という証拠が湧いて出たと聞きましたけれど」
「そんな内部事情を風の噂で聞いちまったんですかい? こりゃ恐ろしい情報漏洩だ。もういっぺん色々な部分を見直さねえと」
持鈴はいつの間にかしまわれている。マルトムルガ男爵はすくと立ち上がると。
「あーあー。生まれ落ちてから今に至るまでの生き甲斐、その半分以上を失っちまいやしたが……このイシドルス・マルトムルガ、これから一層誠意を以てラファ・ダルクエルデ公爵令嬢にお仕えしやす!」
「えー」
「えーってなんですかいえーって!」
「あなたはなにか大仕事を終えた気分なのかもしれませんけど、私からしたら突然変なことを言ってきた小太りな中年男性が突然心機一転して忠誠を誓ってきているに等しい状況ですわ? そりゃえーっでしょう」
「人魔を統べる王になるんでしょう。妄想を垂れ流す小太りのおじさん一人受け入れられないで何が王ですかい」
「王に、ねぇ。……この国に今、王は必要ですの? 見聞きした分だと……要らないように見えますわ」
「……ま、王の必要性については、これ以上の災害や災厄、そして他国とのあれそれが始まってからでしょうねぇ。今は王族を切って捨てた国民たちも、いつかその必要に気付くときがくるかもしれませんし、こないかもしれませんし」
……ふん。
「私の隣にいるというのなら、あくせく働いてもらいますわよ」
「へぇ、勿論。ミルグドリヒ男爵も同じ男爵位ですからね、公爵令嬢の顎で動きますよ」
「悪い外聞は踏みつぶしますわ~」
そんな感じで。
私は王になることなく、貴族をあれこれして、王族のあれこれを手伝って。
ある時爆発した民の不満に飲み込まれ、捕まり、全貴族の公開処刑が決定するのでした──。
「──と、こんなところですかね。途中勇み足になりましたしちっとポップになりましたが」
夢が去る。舞っていた花びらが消える。
「今のは……」
「アーティファクト『
そういう……意識や夢に干渉してくるアーティファクトもあるのか。……知識不足だった。
「どこまでが本当のことですの?」
「偽りの未来を見せる道具じゃありませんからね、明かされた事実は大体本当ですよ。ただそちらに行ったが最後、死の未来が待っているというだけで」
「私が……記憶を取り返さず、王にもならなかった未来」
「ええ、まぁ。無論この後からの分岐もあるでしょうから、一概には言えませんけれど」
死が怖いわけではない。
怖いのは崩壊だ。ここまで取り戻した王都がまた……今度は貴族への不満で崩壊する、というのは。
嫌だ。
「
「ええ、勿論。アタシがアンタの欠落した記憶から作られた"新しいキャラクター"であることにも変わりありませんからね。で、どうしやすか」
「王国の民の生き甲斐を奪うわけにはいきませんもの。受け入れますわ」
「では、存分に」
はてさて。
一体全体、私はなにを失っているのやら──。