悪役令嬢転生かと思ったらゾンビパニックかい! 作:レッドアリーマー
熱量の消失こそが人類という生き物の最大の敵だ。
欲しいものがなくなった。やりたいことを忘れてしまった。やらねばならぬことを逸してしまった。
新しい目的を見つけるまでの間、失意の底で途方に暮れなければならない。
喪失と堕胎の対価。私はこれらをそう呼んでいる。
「生と死の狭間にあってこそ世界を正しく認知できる。生に偏り過ぎていては贅沢が生まれ、死に近寄り過ぎていては自分以外の全てが敵に見える。揺蕩うこと──それこそが良い生き方の秘訣であり、人間という種が出すべき答えの一つなのだろうな」
「わーやっぱり狂気ってますわー。私達を視認した途端自身の人生哲学を語り出すとか。狂っているか面倒臭い老人かのどっちかですわね」
「ふふ、概ねは後者だが、前者であることについても否定せんよ」
荒れ果てた王城。復興している三階以下にある、元通りとは言えないけれど華やかな感じとは違う……ここだけ一年半前のままのような荒廃具合。
乾き切って汚れのようになっている腐肉。血の飛沫模様。割れたガラス、壁。
そこでにこにこと笑っている男性。セイブル・グランセ・ノルブカクルト。
「しかし、良かったのか。ラファ、そなたには友達が数人いただろう。聖騎士の子と、そして私を裏切った……いや、初めから私に近付く目的で自らをねじ込んだ、マルトムルガ男爵。いなくてよかったのかね」
「基本的にノルブカクルトの魔力による洗脳や記憶奪取は撃ったもの勝ち……拮抗や抵抗の意味がない、先に撃った方が勝るとかいうトンデモ仕様だと聞いていますわ。なら烏合の衆を連れてきたとて無駄でしょう。違いまして?」
「はは、確かにそうかもしれぬ。そなたが最も信を置くもの達にそなたの身体を八つ裂きにさせるのも一興ではあったのだが、うん、やはりそなたは賢いな、ラファ」
「前みたいにラファ嬢って呼ばないんですの? それとも心の中ではつねにラファと呼んでいたとか? 友人の娘とはいえ一回りも二回りも離れた少女にそうも馴れ馴れしいのは気色が悪いですわね」
「
……ふん。通算したら流石に私が勝りますわよ。
前の生は確かに若くして死にましたけれど、その前は充分に生きたのですから。
いやまぁ、……二歳差? とかですけれど。
「それで……君曰くの烏合の衆を引き連れず、単騎で私の前に現れたそなたは、何が目的なのか」
「私にかかっているという暗示を解くためにきましたわ」
「ふむ。マルトムルガ男爵になにか吹き込まれたのか。そなたはあれを酷く信用しているようだけが、あれとて十二分な正体不明だろう。彼を疑うことは──」
「あー、久しぶりに言いますけど、お生憎様ですわ。そういう精神的な揺さぶりは効かないんですの。ガスの元栓は閉め忘れなんてあり得ないのですわ。基本危険物はダブルチェックするのが私なので」
「……それは前とやらの知識か。残念だがそちらに関しては上手く読み取れなかった。保管場所が違うのか、どうしてもな」
「うら若き少女の脳内を読んだことをそんな風に自慢されても困りますわ~」
よし。ま、こんなところか。
髪を掬い上げると同時、
「それでは、私をどうするのだと、もう一度聞こう」
「以前。私が『
「それが事実だとしたら、そなたの名は王国史、いや人類史に残るべきになるな」
「元から残るべきですわ。なんせアンデッドの暴走という人災を解決に導いた救世主ですもの。功績面でも実績面でも人類史に名を残し、そして今──王国滅亡を企てている狂王を手に掛け、覇を為すのですわ」
殺気に。セイブルは杖を持ち上げた。先端に宝石のついた、典型的な魔法使いの杖。
「私にとって最後の障害がそなただ、ラファ・ダルクエルデ。そなたさえいなくなれば、欲に溺れたアレハンドラも、節制に酔ったオスカルもいなくなったこの国を静かに畳み落とせる」
「あら、なんのために私が『
「なに?」
「──言ったでしょう。"或る万能"に手を掛けた、と。あの時は無意識でしたけれど、今は制御下に置いています。再現:ノルブカクルト」
ブラックネットを広げるように、黄金色……いや、はちみつ色の魔力を掲げる。
私がこうも雑談に興じていたのは彼の魔力を見極めるため。その組成を模倣するためだ。
残念ながら"或る万能"をそのまま使うことはできなかった。ゴルズィオが実験体だったように、なにか特別な素養や処置が必要なのか、私自らが扱うことはできないという結論を出した。
だけど、そこを「経る」すべは見つけた。魔力を組み上げ、想像をブロック塊として食わせる際、"或る万能"のフィルタを通すことで、闇属性に縛られない魔法行使が可能となる。想像のすべてを自在に操るほどには至らないけれど、六属性に属さない魔法を再現するくらいはできる。
だから──そういう意味で、私は、リベルタも魔王も救える。
「私の記憶を奪うか、ラファ。どの記憶を手にする。この私の脳に詰まった、魂に刻まれた、どの記憶でそなたは」
「どんな記憶も要りませんわよ。私がやるのは奪取ではなく消去ですわ。
「待、」
「ちませんわ~」
発動する。記憶……アーティファクトにおける入力の部分に関する魔力。ある意味で「生命」という単一もまたアーティファクトだと知った研究成果。
この辺はフナリエ老とエルレビに感謝ですわ。二人やエルレビの故郷のウィッチの里も協力して研究を完遂してくれたのですから。
こんな場所で、こんな相手に使う気で研究していたわけではないですけれどね。
「あ──ぁ、ああ、あああ! あああ! 消える、私の……私の記憶が、すべてが!!」
今までの余裕はどこへやら、本当に焦った表情と声で……縋るようにこちらへ手を伸ばしてくるセイブル。先撃ち必勝とかエグすぎますわ。マルトムルガ含めてこの魔法は禁呪にしましょう。復興させることができたのですから、廃れさせることもできますわ。普及していない魔法だからそこまで大変でもありませんし。
「返せ、私の、私が愛した、私の──私の在るべき世界を、私の行くべき未来を──」
鬼のような目だと考えた。
そう心の中で描写するほどには、……油断していたというより、想像していなかったというべきだろう。
狂乱に陥ったセイブルがその身一つで襲い掛かってくる、など。魔法使いである以上は肉弾戦など邪道……その考えの浸透した典型的な魔法使い。そう考えていた相手からの急襲は。
ボン! という結構激しめな爆発と共に防がれる。
爆炎の中から白目を剥いて煙を吐いて倒れ込むセイブル王と。
役目を終えて、花弁を失くした姿で落ちた、一輪の花。
フランメルジュの花。
「──如何ですか? これが、烏合の衆の底力になります」
声は背後から。
……ふん、だ。
「これ、あなたが持っていっていたんですのね。ヒルベルトと探しましたのに」
「ええ。女々しくもあなたの忘れ形見のような気がして、私が押収していました」
「死んだ覚えは無いのですけれど」
「いなくなってしまった相手でも忘れ形見という表現は使うと思いますが?」
「……ふん」
……ま。
「助かりましたわ。それで、口が減らないあなたの名は?」
「ミルグドリヒといいますよ、物忘れの激しいお嬢様」
「ダルクエルデを名乗るつもりはなくって?」
「……はい?」
きょとんとした……いつも優しい笑みを浮かべている彼からは想像できない顔。
「ふふ、その顔が見れただけで充分ですわ。ま、考えておいてくださいまし。この国がどういう道を辿るにせよ、赤子という存在は未来の希望になりますからね」
月色の髪をしゃらんとやって、立ち上がる。
……最後の最後がショベルじゃなかったのは……いやまぁ最後にするつもりは別に無いのだけど。
だから、うん。
「さ、行きますわよ。"狂王がついには言葉すら話せなくなった──"、なんてどうでもいい事実を貴族に伝えないといけませんから。そしてあなたやヒルベルト、マルトムルガ、あと誓約書の力をふんだんに使ったオスカル王の後押しで私が王座を取りますわ。ぼさっとしている暇なんてありませんわよ」
「……私、もう少しロマンチックな告白が良かったです」
「ならそれはあなた側がやってくださいまし。私の希望は夕陽の映える戦場ですわ~」
さ、……紆余曲折あったけど、とっとと世界を戻して、シナリオにも続いてもらいますわ~!
ショベルを掴む。
フナリエ老曰く、「いや、それも充分杖じゃよ。柄の先端に鉱石がついてるんじゃし」らしいショベルを掴んで、静かに魔力を練り上げる。
目の前にいるのは──どこか気まずそうな顔をしたリベルタと、同じく言い表せない何かの表情をしているシェディン。
「行きますわ。多少、魔力による抵抗があるやもしれません。各自頑張って抑えてくださいまし」
「ああ、努力する」
「頑張るよ……!」
「周囲の方々もですわよ。二人の魔力が暴走したり、二人自身が暴れ出した場合、私をしっかり守ってくださいね」
「おうよ! 合法的に元魔王サマをたたっ切れる良い機会ってなァ!」
「別に違法でもやりたかったら叩くじゃない、アンタ」
「色々言いたいことはありますがここは敢えてノーコメントとさせていただきましょう」
「り、リベルタ、安心しろ、できるだけ穏便に止めるから」
「えー、暴走してんだからぶっ叩けばよくねー?」
「精霊が怯えている……まぁ怯えているのはどちらかというとラファに対してだが」
「おれたちも協力するからな! 魔法は使えねえけど!」
あの、皆さん。私集中する必要がありまして。
応援は結構ですけれど雑談はうっさいですわ?
「行きますわよ!」
グラヴィティハンドに似せた、白銀色の魔力。その二対をリベルタとシェディンの双方に向かわせる。
それでキャッチするのは──『勇者の魂』と『魔王の精神』。
「ぐ、ぅ……!」
「ぁ……く……、ぅ」
「どこか痛みますの? まぁ我慢してくだいまし」
「そこは止めるんじゃないのかよ」
「精神や魂に引っ付いてるアーティファクトを引っこ抜くのですから苦痛があって当然ですわ~」
引っ張る。
ジリジリ、ジリジリと……その二つのアーティファクトを、二人の
「く、そ──ァアアア!!」
先に決壊したのはシェディンの方だった。彼の腹の辺りから顔を出した、黒金色の破片と……私からそれを守ろうとする青黒い魔力。
それが瞬時に私のもとへと辿り着き、刺し貫こうとして──。
「させねェよ! 炎断!」
「ちょっと火力……え、案外手加減できてるじゃない。三人まとめて丸焼きにするかと思ったわ」
「へっへっへ、俺も色々成長してんのさ!」
燃やし尽くされる。
……気のせいでなければ今、魔力が炎に燃やされていたような。……火の魔力で遮ったとかではなく、事象が事象改変を打ち破るとか……え、そっちの方が気になるのだけど。
いやいや集中集中。
「ご、め……みんな、抑え切れない!」
続いてリベルタも決壊する。彼女の胸のあたりから出てきたのは剣。ふつーにリベルタの身長よりも大きな剣が出てくる。
そしてそれを守ろうとする光の魔力。って、だから、あ。
「どわっちっちっち!?」
「おや、うねりの余波だけでも雑多な魔族なら消滅してしまいそうなレベルの光属性ですね」
「おや。じゃないわよ! 魔王様の魔力を相殺しつつ、回避に専念!」
「こういうときはおれの出番だな! この槍はミスリルとヒヒイロカネの合金だ! 魔力を切り裂くにはもってこいって話だ!」
おー。っていうかえー?
確かに久しぶりに会いましたけれど、私と旅をしている時はそんなもの持っていなかったじゃありませんの。ミスリルはいいにしてもヒヒイロカネはじっくり調べたいですのに。
ああいけない集中集中。
「皆様あと数十秒から数分ほど頑張ってくださいまし。結構手こずっていますわ私」
「だったらもうちょっと緊迫感を持ちなさいよ!」
「私に身の危険はありませんもーん」
「こいつ……守るのやめてやろうかしら……!」
セキュリティに到達……しましたけれど、これはまた……。『魔王の精神』の方は……なんというか雑。初代魔王の気概がこれでもかというほどに現れている。既存の公式が当てはまらない。雑さ加減をトレースしなければ。で、『勇者の魂』の方は逆に几帳面な感じ。というかクオンの魔力運用とほぼ同一だ。め、面倒臭いですわ。もう少し感覚で魔法を使いなさい感覚で。
左手で大きな、それでいてシンメトリーで調和の取れた絵を描きつつ、右手で細かくアシンメトリーでアンバランスな絵を描くような大変さ。私は両利きですけれど、いやもう、流石に頭がパンクしますわ。
うわぁ面倒臭い。どちらか片方を先に潰すとこの世界のどこかに再生成される仕様があるせいで同時進行しなければいけないセキュリティ解除。
こ……これは。
「ゆ、勇者よ。その気が無いのはわかっているのだが、先程から光属性の魔力が私の肌に当たって痛いのだが」
「それを言うならさっきから闇属性の魔力が身体を通り抜けてて不快なんだけど!」
「いやリベルタ、あと魔王も、少しくらい我慢してはくれないか? ラファを見ている暇なんてないんだろうが、俺たちが雑談をするたびに青筋が太くなっていっているぞ」
「エスタって時々僕以上に良いタイミングで煽るよね。もしかして僕と同じくらい性格悪かったりするのかな」
「いや幾星霜の歳月でそうではないことくらいわかっ」
「だぁああああ! うっさいですの!! もーあったまキましたわ!! やめ! こんな精密な作業やめ!!」
意図的に引き摺り出せばいいんでしょう!
無理という結論を出しましたけれど! 一度できた以上はできるはず!!
想像する。『勇者の魂』も『魔王の精神』も役目を終えて砕け散り、且つリベルタとシェディンに被害の行かない未来を。
それを──手繰り寄せる! もう眠りなさい!
アナンタ……初代勇者! あなたがどういう方だったのかは知りませんけれど、概ねクオンと同じタイプとみました! もういいのですわ! 人類に夜明けは訪れました。だから、戦う必要も、戦えるものを残す必要もありませんの!
初代魔王! こちらでもトンティエンという名前かどうかは知りませんけど、魔王! あなたもですわ! あなたの場合は死んだ後も戦いたいとかいう自分の欲望が多分に混じっている気がしますけれど、流石にそろそろ満足して成仏しなさい! 親が子供にそう多くの迷惑をかけるんじゃありませんわ~!!
「こ・れ・が! "或る万能"ですわ~!!」
だから、そう──ショベルを再度握り締め、アレテイアを纏って、振り被り……!
「チェスト──ッ!」
抜き出したアーティファクトを割り砕く!
──成敗!!
そうして。
まぁ、他の面倒事……特にリベルタ関連に関して連なる貴い一族の貴族のアレコレはリベルタに一任することにした。
勇者の凶行にさせないために、マルトムルガを貸し出した上で、だ。
「いやー……大変ですわねコレねー」
「王になることこそできそうですが、国民が王を求めていない、というのは……私達の落ち度でしょうね」
「まったくですわー。というか契約違反ですわよね。私が帰ったら私が帰り咲くための協力をするって誓約だったのに、勝手に王座を降りて雲隠れしようとしてた、とか」
「本人は甚く反省しているようでしたので、大目に見てあげてください。あの人は完璧な人じゃないんですよ」
「なんかみょーに肩を持ちますわね」
「私ではありませんが、ヒルベルトがオスカル王の友になっているらしくて。よく相談事をされるそうですよ」
「それをあなたに喋ってしまう時点でヒルベルトは人選ミスですわよオスカル王」
魔の王へは望んでいなくとも就けたけれど、人の王になるのはまだまだ長い道のりになりそうだ。
リリーガを案内する約束を忘れるつもりはないから、必ずやり遂げるけれど……だから、もう少し待っていてくださいですの、という感じで。
「ちなみに少しでもラファ様が隙を見せた場合、クリソゴヌス様とランディ様も王座を狙ってくるのだとか」
「それは誰情報ですの」
「ダルクエルデ公爵夫人からです」
「……人の母親とちゃっかり仲良くなってんじゃありませんわよ」
「おや、ご家族とは仲良くしておきませんと。そうでしょう?」
「……プロポーズ。早くしておかないと忙しくなってしまいますわよ。玉座に座れば殊更に」
「その旨をランディ様に話しましたら、"まずは僕を剣技で圧倒してからだ"と言われてしまいまして。特に何も言ってはきませんでしたが、クリソゴヌス様も並々ならぬ圧力でした」
「私にはそんな素振り見せませんのに、あの二人も親馬鹿で兄馬鹿なんですわねぇ」
「
「私は
「私にとっては、という話ですよ」
「……それできょとんとした顔を見せると思ったら大間違いですわ~」
ふん。意趣返しのつもりならまだまだですわ~。
「でも、言われて嫌なことではないでしょう?」
「ええ、嬉しいですわ。とっとと私の公務を手伝えるようになってくれたらもーっと嬉しいですわ」
「この世には適材適所という言葉がありまして」
だとしたら私は過労死しますわね。全て適所ですから。
「これからは人を雇い、頼り、任せることもできるようになっていかないと、ですわね」
「全員に国防の指示を出して、自分は戦場の最前線に、とかの未来が見えます」
「未来視はリリーガだけで充分ですわ。……あ、そういえばリベルタの恋路に関してなにか情報有りません? 実は私、そこが一番気になっていたのですわ」
「風の噂程度ですが、四騎士ではなく旅路の旗の彼といい雰囲気だそうですよ」
あー。結局ルドガールートになりましたのね。
まぁさもありなんですわ。『勇者の魂』も『魔王の精神』も無ければゴルズィオもアレハンドラもいない世界。元のシナリオもクソも無いですわ。
……そう考えると、この世界における悪役ってもうラファ・ダルクエルデだけですの? あらやだ、もしかして……この世界、結局──。
ソンビパニックじゃなくて悪役令嬢転生かい!
なーんちゃって。
_人人人人人人人_
> 突然の完結 <
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