悪役令嬢転生かと思ったらゾンビパニックかい! 作:レッドアリーマー
ゲーム『愛されるが故に死して』はあくまで乙女ゲームであり、ジャンルとしてのRPGや戦闘・アイテム収集などを目的に作られたゲームとは違う。そういった部分はおまけ要素でしかなく、本来は攻略対象の好感度を上下させながら進めるアドベンチャーゲームである。
と言っても他の乙女ゲームよりは魔法についても背景についても深掘りされている方ではあるけれど、語られなかった部分もかなりある。
特にアイテムについてはフレーバーテキストこそあれど、それそのものの背景事情についてはほとんど語られていない。たとえばたびたび話に出てくる『聖なる燧石』だけど、テキスト自体は「聖なりし力を宿し、燃えるように揺らめく光を放つ茜色の鉱石。どこから来たのか、王族でさえ所以を知らないという」というもの。
ここにこの石の由来などは記載されていないし、ゲーム中でも「『勇者の魂』の覚醒に必要なもの」としか説明されない。なぜか必要で、なぜか王族が管理している物止まりなのだ。
……長々と言い訳をしましたけれど、つまりは。
「いえあの……だから、知りませんでしたのよ、さっきの花がその『フランメルジュの花束』の原材料だなんて」
「俺達の秘奥まで知っているお前が、これについては知らない、か」
詰問してきているところ悪いですけれど、本当に知らないんですの……。
事の発端は今朝にまで遡る。
昨晩アンデッドへの有効な闇属性魔法を調べに調べ、気分良く眠れますわ~なんて嘯きながら心地よくベッドインした私。
そこでまた不思議な夢を見た。どこぞかの花畑に私がいて、そこでお花摘みをしているというメルヘンな夢。トイレのことではない。
またぞろどっかでゾンビとなった家族でも出てくるんじゃないかと思って客観視していたその夢は、けれど特に何でもなく終わる。終わって起床する。
すると自らの手に花が一本握られているではないか。不思議な色の花弁。暖色だけの玉虫色、という表現がぴったりな花弁をしているその花。とはいえ出所の分からないものをいつまでも握り締めている趣味は無い。そして同時に今元気なそれを枯らせる趣味も無い。
だから花瓶を探すことにしたのだ。今回は戦力を集中させることになった第二区の攻略、それが始まる前に、どこかに無いかな、と。貴族の学園ならあるだろう、と。
結果から言うと、花瓶は見つかった。エスタの部屋で。
だからエスタに「この花を活けてもいいか」と問うたら──彼は花を見るなり物凄い形相をし、「慎重に、決してそれを落とすことなく、俺に渡せ」と。
そのあまりにも鬼気迫る顔に疑念を抱きつつ花を渡せば、エスタは花を花瓶に活けるどころかその場で花を焼いてしまったではないか。
抗議の声を上げようとしたら、「そこに座れ」と言われ、嫌ですわ、座れ、の問答を繰り広げた後、彼が溜息を吐きながら言ったのです。「……何がお前の逆鱗に触れたのかはわからないが、いきなりフランメルジュの花はやり過ぎだ。謝るから、とりあえず座れ」と。
アイテム『フランメルジュの花束』。ゲームでのグラフィックはただの花束で、テキストは「劫火の花々。ブーケを投げるように敵へ投げつけることで、敵一体に超ダメージ+燃焼状態を付与する」というだけのもの。つまり戦闘中に使う攻撃アイテムである。
びつくらぎゃうてんである。ですわ。この花を束にすると『フランメルジュの花束』になるのだとは知らなかったし、エスタ曰く一本でも相当な火力を出せるのだとか。私ここに来るまでの道中くるくる回したり指に立ててバランスゲームをしたり散々してましたの。落としていたら一瞬で爆発していたらしいですわ。こわ~……。
「……本当に知らなかったんですの。朝起きたら握っていて……」
「どういう状況ならそうなる。言い訳をするにしてももう少しマシなものをだな……」
「言い訳といいますか、謝った上での釈明といいますか。ぶっちゃけあなたを殺すのであればこんなもの使わずに正面切って首を断ちにいくので、少なくとも私の立てた計画ではないとわかってほしいといいますか」
「……今、確かに、と思ってしまった自分がいるな」
「でしょう?」
遠回りが過ぎる。加えて火属性特化のエスタに火属性アイテムで攻めようという考えがない。私がエスタの立場だったら「なに言ってんだこいつ」ってなるのも無理はないと思うんだけど、どうか信じてほしい。
そして。
「これ、誰かの仕業だったらマズくありませんこと? 寝ている私の部屋へ侵入し、フランメルジュの花を握らせることのできる人物なんて……どこにいますの?」
「それがいないと思うからこうして詰めているんだがな」
「流石に魔王もこんなせせこましいことはしないと思いますし、内部犯であれば四騎士以外は私が気付けますし」
「無視か。流石はお前だよ」
「とすると、この花が降って湧いたか、あるいは魔物や魔族の種族特性か……」
「必死で言い訳を並べているようにしか見えんな」
「身の潔白のためなら魔王でも赤子でも使いますわ~」
「実はお前が魔王という可能性はないのか?」
あと気になることがあるとすれば。
「この花ってどんな場所に生えていますの? これを握って目を覚ます直前、私は崖にある花畑で花を摘んでいた覚えがありますの。夢の中で」
「……確かにフランメルジュの花はそういう通り抜ける風の吹く場所に群生する傾向にある。というか、そうでないと火属性の魔力が溜まってしまって爆発するんだ。フランメルジュの花は別名成長と共に自爆する花。自然に生えているものは危な過ぎて人間以外近付かん」
「恐ろしく意味の分からない生態ですわね。……けど、だとすると、私は実際にあの場所へ行っていたのかしら。だからそう、夢を渡って」
「夢渡り……。……高位の占師であれば行うことができるとされる術か。……お前は占師なのか?」
「いえ別にそういうことは」
……ある、のか?
この世界が辿るかどうかは知らないけど、一応未来の事は知っているわけだし。
というか……あ、そうだ。未来のことは視えないけど過去のことは視えるって風にしたら、四騎士の秘密を知っている理由も説明つくんじゃ。
デメリットは、これ以上勝手に覗くなと言われた場合が面倒なことと、エスタたちに過去視を検証する何かがあった時にバレること。
……うーん、まだデメリットの方が大きいですわね。
「はぁ……。まぁ、敵意は感じなかったしな。この件は不問とするが、次同じことがあれば……今度こそお前の知識源を含め、話してもらうぞ」
「確約はいたしませんわ。此度これが起こったのは私の意思ではないですし、私のミスでないことで私が損をするのは納得できませんし」
「……もう少し協調性というものをだな」
「あら、協調性が無かったが故に世界から複数属性使いを消し去った四騎士様は言うことが違いますのね」
「ラファ。疑われたいのか晴らしたいのかどっちなんだ」
「棚上げを好まないだけですわ。他者を叱るのならば、自身の罪を漂白してからにしてくださいまし。それでは」
さて。
じゃあ、便利な探知機にでも頼りますかね。
学園の鐘。その屋根の上。
「ふむ。……フランメルジュの花か」
「ええ、何か思い当たりませんの、
魔法関連、魔物関連ならコイツが一番の専門家だろう。何か知らないんですの。
青肌の青年は少しだけ悩んだあと。
「娘。貴様に夢渡りの才は無い。だが、他者を夢渡りさせる存在になら心当たりがある」
「そんなことができるんですの?」
「余程深い眠りについた相手でなければ行えないことだがな。貴様が如何に物事へ頓着しない娘と言えども、この昏迷たる現状でそこまでの眠りにつけるとは思えぬが」
あ。
……こ、心当たりありますわ~。
「人間も魔族も"安心して眠る"ということのできない現状で、誰か一人でもそういう睡眠を見せたのなら……夢を引き込む者にとっては稀有、且つ奇異に映ることだろう。興味本位で渡らせてしまっても無理はない」
「興味本位で私にあらぬ疑いがかかったのですから、文句の一つでも言ってやりたいですわね」
「なら行くか?」
え。……あー、そうか、行けるのか。
でも今から第二区の攻略があって……。……えー、でも快眠したら変なところに飛ばされるかも、って考えたら、早めに解消しておいた方が良い気がする。しますわ。
「書置きを残す時間は?」
「この分身が貴様を運んでいる最中に消えてもいいのなら」
「はぁ、じゃあソッコーで行って帰ってくるのがベストですわね。……ちなみに後日は」
「私の気が変わらない保証はないな」
そこまで気難しくないでしょうに。
ま、わかりましたわ。夢に干渉するのをやめてくださいと言ってくるだけならそう時間はかからないでしょうし。
……これフラグですの?
「参りましょう」
「良い判断だ」
こうして、ゾンビ溢るる世界で……初めての国外プチ旅行が決定したのだった。
最初の印象は、とても勝気な女の子。
「ラファ・ダルクエルデですわ。ダルクエルデ公爵家が長女ですの。あなたによろしくする気があるのなら、よろしくしてあげてもよろしくてよ?」
右手を腰に当てて、左手を天へ向けて。首を傾げて、片目を瞑って。
物語の中から出てきたかのような子だった。動作がいちいち大仰というか、演技染みているというか。
一度だけ遠くから見たことのある舞台のような、役者であるかのような女の子。
「リベルタ・オスロ・ナムトカルガ……です」
「あら……失礼しましたわ。平民だとばかり。けれど、確かに魔力量込みで平民には見えませんわね」
「あ、いや、平民で……す」
「平民なのにミドルネームと姓を持っていますの? ……ははぁ、少しばかりの厄介事の気配がしますのね」
「う」
仲良くする気なんてなかったけど、迷惑をかけるつもりもなかった。
だからそれを指摘されて、少したじろいだ。『勇者の魂』。その覚醒のために必要なアイテムを探しにきた、なんて……厄介事以外の何物でもない。
けれど、続く言葉に驚くこととなる。
「お友達になりましょう、リベルタ。あなたと、あなたが抱える厄介事程度であれば、私の器で飲み干してしまえますのよ」
嫌な顔一つしない、なんてものじゃない。むしろ貪欲に。むしろ渇望して。
彼女は、ラファは、私を引き上げた。
……ただ、その言葉に対しての返事はできなかった。
直後のことである。
「すまない。アンデッド系が暴走した。私は勇者以外に手を出すつもりはない。……故に、力を貸してくれ、勇者」
果てのない深淵のような魔力とともに現れたのは……私の村を"あんなこと"にした、魔王。
突然のことだった。だから動けなかった。
……私は動けなかったけど、私の前にラファが出たのはわかった。魔王はラファを見ていなかったけれど、ラファはすべてを瞬時に判断していた。
そして聞こえてくるは悲鳴、怒号、罵声。
身の毛がよだつアンデッドの唸り声。
全てに無関心な様子で魔王が続ける。
「憎まれる謂れがない。勇者、貴様の村を破壊したのは私ではない。あれは──」
「話はあと、ですわ!!」
手が引かれる。魔王に対して文句の一つでも言ってやろうとしていた私の手が。
左手が引かれて、右から血色の悪い指が私のもといた空間を薙いでいた。制服は学園のものだけど、覚えていない顔。知らない少女。
その顔面に、
「ひ──」
「そうなるなら、最初からそう言え、ですわ!!」
大きく仰け反ったアンデッド。その顔面をさらにと蹴り飛ばし、一回転して着地するラファ。
彼女は私の手を掴み直し、引く。魔王もアンデッドも無視して、向かうべき場所がわかっているかのように。
その時にはもう演技染みているとは思わなかった。大仰な仕草も鬼気迫る声も、演技なのではない。役者なのではない。
本気、なのだ。この子は常に……本気で生きている。
流されるままの私とは違う。荒波で溺れているだけの私とは格が違う。
「リベルタ、無事か!」
「大丈夫かい、リベルタ」
「なんかやべーなー」
「醜悪な……」
あの時私を助けてくれた四人と合流してからは、それがより顕著となった。
剣や槍は重いからと農具の一つを手に取ったラファ。エスタ君や準聖騎士のみんなが心配そうに見守る中で、彼女は……どこまでも、いつまでも鮮烈だった。
学友であるはずのアンデッドの顔を殴り、潰し、首を断ち。
知り合いだろうとそうでなかろうと関係なく処理をしていくラファ。生存者の人達は恐ろしいものを見る目でラファを見ていたし、どこか糾弾したそうな雰囲気も出していたけれど……私には違って見えた。勿論私にこの学園への愛情がない、というのは大きく関係しているだろうけど、それを抜きにしても……ああ。
「いいですの──私はラファ・ダルクエルデ! ダルクエルデ公爵家が長女! 私が私の全力を賭して世界を在るべき姿に戻してあげますので、動けない方々はそこを動かぬことですわ! パニックさえ起こさないのであれば、その命は続くものと考えなさい!」
格好いいな、と。
自然にそう考えてしまう。
大言壮語ではない。彼女は言葉通り、本当に学園を救ってみせる。
私達も協力したけど、大部分は彼女の成果だ。アンデッドには無効のはずの闇属性魔法を巧みに使い、農具でしかないはずのショベルを手足のように扱い、学園に入り込んでいたアンデッドの全てを駆逐してみせた。
あれでラファを怪物のように言っている人達が理解できない。守られたのに、どうして。
「……人間は弱い生き物だからね。弱い存在が弱くあることについて、なぜを問うても意味ないんだよ、リベルタ」
「イジス、君……」
「それに……ラファのように強く在れる人間ばかりなら、こうも簡単に団結できていなかったかもしれない。彼らが守られるだけの弱さを有していたから、こうしてまとめ上げることができたんだ。余計な自我がないだけマシだよ」
「……イジス君って、結構毒吐くよね」
弱い存在が弱くあることについて、なぜを問うても意味がない。
その言葉は……私に刺さった。
だから、強くある存在でいたいと思った。
ラファに守られるだけの存在ではいけない。あの時返せなかった言葉。お友達になりましょう、に対して、はい、を返すためにも。
リベルタ・オスロ・ナムトカルガはラファ・ダルクエルデの友達になる。
そのために──強く、なる。
強くなるのだ。
という夢を見て、目を覚ます。
懐かしい……というほど昔のことでもない、私が変わった日の決意。
上体を起こしてぐっと伸びをする。
窓の外は快晴。……だけど、少しでも視線を下にやれば、血痕と腐肉の海が視界に映り込む。
あの日を境に世界は一変した。
王都の隅々にアンデッドの闊歩する地帯が出来上がり、王都を出ても王国じゅう、そしてまだ確認はできていないけれど、世界じゅうにアンデッドが犇めき合っている。
どれほどの人間が死んだのか。どれほどの人がアンデッドになったのか。
魔王領から溢れ出したそれらは人間を食らい、人間をアンデッドとし、人間に成り代わらん勢いで増え続ける。
正直言って、絶望的だった。
ラファは頻りに世界を救うと言っているけれど、果たして個人の力でどこまでできるのか。
私は……少しだけリアリストなところがあるから、考えてしまう。
勢いや根性、気合だけではどうにもならないモノがこの世にはあると。
でも同時に、彼女へ憧れた私が言う。
不屈の精神にこそ真が宿る、と。
……着替え、支度をする。
今日は第二区を取り戻す日。前回の戦力分散を失策と取り、全戦力を集中させる作戦で行く日だ。
そう意気込んで着替えを終えたあたりのこと。
部屋のドアがノックされる。
「誰? どうしたの?」
「ミルグドリヒです。リベルタ様、ラファ様を見かけませんでしたか?」
準聖騎士の隊長さん。ラファと仲が良いことは知っている。
「ううん、私は今起きたばかりだから……。ラファがどうかしたの?」
「それが……パリス様曰く、ラファ様の魔力を感じ取れない、のだそうで」
背筋を冷たいものが走る。
「すぐ行くよ」
「しっかり食事を摂ってからにしてください。エスタ様たちは生徒会室にいます」
「……わかった」
ラファが行方不明。そんなこと……あっちゃダメだ。
探さないと。見つけ出さないと。
──私の世界が落陽に彩られてしまう前に。