赫きヴィア・ドロローサ~ハッピーエンドは無くなりました   作:貫咲賢希

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第1節:終わりも始まりも突然だ

 

 雨上がりの荒野で一人の少年が歩いていた。

 私は知っている。

 突然襲われた故郷からたった一人逃げてきたのだ。

 家族や友人たちを置き去りたった一人で逃げている彼を嗤わない。

 彼だけでも生きてほしいとの願いを受け、勇気を振り絞りここまで歩いてきたのだ。

 

「よく頑張ったね。もう大丈夫だよ」

 

 本心からの言葉だ。

 いつの間にか目の前に現れた私を少年は驚いたように見開く。

 

「天使様?」

「───そう呼ばれたのは久しぶりだね」

 

 これまであらゆる褒め讃えを幾度も貰ったが、「天使」と呼ばれるのは久しぶりで、とても懐かしかった。

 この子は本質が見ているのかもしれない。

 主人公補正。あるいは天性の女誑しか。

 ……成程、もう少し成長すれば可愛い女の子たちが夢中になるのも頷ける。

 私は別に絆されたわけでもないのだけれど、事実は認めよう。

 

「疲れただろ? もう安心するといい」

 

 少年は見るからに安堵した。

 けれども、所詮は束の間の休息。

 これは救世主の噺であり、その始まり。

 未来で少年は更に多く傷つく。絶望する。手に入れたものを多く失う。

 何度も苦難を乗り越えた先でやっと祝福されるのだ。

 尊き天命賛歌の幻想譚(ファンタジア)

 約束された大団円(ハッピーエンド)

 

 私は少年の頭を優しく撫でる。

 

「さよなら、ヒーロー(主人公)

 キミが倒すべきラスボス(最後の敵)は私が先に倒したから、約束の地で家族と再会するといいさ」

 

 次の瞬間、少年の頭は吹き飛んだ。

 トマトが爆発したかのようだった。泥の地面に鮮血が飛び散る。

 呆気ない。何が起こったのか理解する暇もなく、小さな命が一瞬で消えた。

 

「──ふ──うふ、ふふふッ!」

 

 頭がなくなった首から血の噴水が飛び散り、小さな体は糸が切れた操り人形の如く地面へと崩れ堕ちる。

 途端に起きた惨劇を、返り血を浴びながら私は何処までも愉快そうに眺めていた。

 本来は私が倒したあの女(、、、)を倒す存在だから何か起こるかと考えていたのだけれど、覚醒する間もなく死ぬ姿に思わず口が緩んでしまった。

 

「あはははッ!! これで正真正銘、原作崩壊というやつだね!

 

 滑稽だ。こうも簡単に運命とやらは崩れ去るのか。

 であるならば、私の目的も達成できそうだね。

 希望も潰え、騒動の引き金も消えた。

 残っているのは明日が分からない混沌のみ。

 私は今度こそ望んだ未来を手にする。

 

「神様、どうか見てて! 貴方の為に私は世界を壊す!」

 

 女の笑いが光降り注ぐ空へ木霊す。

 かくして、とある物語がここで壊れた。

 

 + + +

 

 大きな少女が瞼を開くとまだ部屋は暗かった。

 部屋に置かれた振り子時計を見ると、本来の起床時間よりかなり早い目覚め。

 いつもならば二度寝をするところだが今日は早出の為、ゆっくりと起き上がると同室相手がベッドに姿がないことに気づく。

 トイレだろうか?

 深夜なら心配したりもするが、ルームメイトが日の出間近起きることもあるので、彼女は自分の身支度を始めた。

 ガスランプを点けて寝間着から普段着を着替えると、一番忘れてはいけない仕事道具の鎖を手に取る。次に路銀や便利道具が入った鞄を確認。昨晩確認した通り、忘れ物はなさそうだ。

 

 最後に少女は共有の姿見鏡で全体の姿を見た。

 ふむ。我ながら美少女であると、内心自画自賛する。

 

 肩まで切り揃えた天然の水色の髪。琥珀色の大きな瞳。すらりとした足に、小振りな胸。普段から仕事以外でも運動や手入れしている成果がでている。

 折角、親から 貰った素材の良さだ。日々の研鑽で磨かなければ親不孝者だろう。

 健康の為、食べられるならば一日三食は大事だ。

 まだ眠っている同居人たちを起こさないようにと静かに食堂まで向かうと、近づくにつれて物音と聞こえた。

 

「おはよう、メナリヤ」

 

 扉を開けた瞬間、修道女が彼女──メナリヤに笑顔で挨拶をする。

 

「おはよう、ルーセント」

 

 修道女であるルームメイト、ルーセントにメナリヤも挨拶をした。

 灰色の長い髪に青石(サファイア)のような瞳。見るものを綻ばせる可憐な花。

 彼女たちがいる場所は大きな街にある教会。

 

 大陸西方ガオケレナ州ベニヤミン騎士団国領アナトナ。

 

 この教会はガオケレナ州で強い影響力を持つ宗派、救聖教団の支部であり、ルーセントは他の同僚共に教会に住む、教団に所属する修道女。

 ルーセントの姿は自然であり、むしろ同じ教会住まいで教団所属の自分好みの服装をしているメナリヤが異質である。

 メナリヤの両親はこの教会を経営している大本の救聖教団ではそれなりの地位なので、彼女は産まれも育ちも教会側の人間だ。

 

「もう朝御飯作ってくれたの?」

「ええ。メナリヤもう仕事行くでしょ? みんなのご飯を作るついでにね」

「ありがとう! けれどルーセントって、今日当番だったかしら?」

「代わってもらったわ。私の当番の日にやってもらうから気にしなくていいわよ」

「気にするわよ。何か帰りにお土産でも買ってこなくちゃね」

「私が好きでやったのだから、お礼だけで十分だわ」

「なら今度、私の好きで何かルーセントにしてあげよう」

「大げさね。いつもメナリヤにはしてもらってばかりなのに」

「こちらの言葉よ。ルーセントにはいつも感謝しているわ」

「それこそこちらの言葉よ」

 

 和気藹々と互いに微笑み合う二人。

 互いに六つ頃からこの教会に預けられて出会い、共に成長し育った姉妹のような親友。

 仲睦まじいのは自他共に認識しており、助け合いはいつものことである。

 

「折角準備してくれているし、早く食べさせてもらおうかしら。のんびりしていると馬車に乗せてってくれる行商人さんを待たせるしね」

「………やっぱり、私も一緒に手伝おうかしら」

 

 不安を浮かべたルーセントを安心させようと、メナリヤ力強く微笑んだ。

 

「心配してくれてありがとう。でも魔獣一匹だけだし、すぐ帰るから平気よ。

 ここは祓魔師(ふつまし)の私に任せて」

 

 祓魔師はその名の通り、魔を祓う者。

 救聖教団が認可した霊力という聖なる力を持った人間が、世のため人の為に戦う信徒。

 

 この世界では人類と魔族が争っていた。

 

 魔族。悪魔。魔力持ちし化け物。穢すもの。東に行けば妖魔、妖と呼ばれる害敵。

 人以上の力で人を喰らい、弄び、辱めて、嗤う、悍ましき人類の敵対者。

 魔物と呼ばれる有象無象の魔族は凶暴な獣のほうが危険だったりするが、最高峰の魔王と恐れられている存在は百年単位に渡って、幾つもの国を滅ぼしている。

 

 今は遥か昔、この地は一度、エルサレムという一つの帝国が西方大陸全土を纏め、平和に治めていた。

 されど、平穏は永遠ではなかった。巨大な力を持っていた帝国だったが様々な要因で崩壊。以降は魔族と始めとする人間の敵にこの地に住まう無辜の民は脅かされている。

 現在は救聖教団を主導にした周辺騎士団国家の尽力により、辛うじてこの地の人類は生き永らえていた。

 

「でも、最近物騒になっているし、私も祓魔師になろうかしら」

「………私がなれたのだし、ルーセントならなれると思うけれどね」

 

 ルーセントとメナリヤは幼い頃から才能を見出され、この教会の責任者である司祭から指導を受けていた。

 霊力持ちは貴重だ。教団に属するならば、否応でも鍛錬は強いられ、彼女たちは見事に才能を伸ばした。同世代であれば間違いなく優秀の部類である。

 

「けど、勤務先は希望通りにはいかないと思うわ。それこそ、物騒だしルーセントは優秀なのだから、教皇庁直属に抜擢されるかもしれない」

「大げさと言いたいけど、メナリヤも誘いがあったから、私もされるかもしれないわね」

「私の時は単なる人手不足だからだと思うけどね。ほら、それこそ物騒だから」

 

 苦笑しながら、メナリヤは片目を瞑った。

 世界では年々、人が住める土地が減っている。

 平和な場所は遥か東方の島国である扶桑ぐらいであろうが、あの地も魔族が根絶したわけではない。

 

「謙遜ね。聖女になれる逸材だと言われたじゃない」

「……それはルーセントでもしょう」

 

 メナリヤは一瞬、苦虫を噛んだ顔を浮かべた。

 聖女とは教団にとって特別な祓魔師のことである。

 

「聖女。天使の力を宿す清らかな乙女。ゆえに女性のみ資格がある。

 宿した天使の名を冠して、天使の御業を使う聖なる使徒。

 年々、なれる人が減っているそうね。ここ何年か新しい聖女は誕生してないわよ」

「──なれる人が多かったらとっくの昔に平和よ。

 話を戻すけど、私としてはルーセントや司祭様、他のみんながいるから、私が安心して外で仕事できるから、暫くは祓魔師にはなってほしくないな」

「うん、分かった。メナリヤがそう言うなら、私が家を守るね。

 うふふ、なんだか奥さんみたい」

 

 楽しそうに微笑むルーセントにメナリヤ目を丸くする。

 

「なら、私は旦那様? 勿体ないわね」

「あら、私はメナリヤが旦那様でも構わないけど?」

「いや、うちの宗教同性婚禁止だし。同性愛を否定するわけじゃないけれどね。

 心配しなくても、ルーセントみたいな可愛い子はいつかカッコいい男の子が守ってくれるわよ」

「……、そうだといいわね。メナリヤは大変そう。理想が高いから」

 

 二人は容姿の良さもあって、求愛されたのは一度や二度ではない。

 断り文句としては、ルーセントの場合は殿方のとの恋愛は興味持てない。メナリヤの場合は恋愛に興味はあるが、声を掛けられた相手すべてに興味が持てなかった。

 

「自覚はあるけどね。どうせ恋するなら、自分が好きになった素敵な人がいいじゃない。

 ルーセントだって、適当にどっかの牧師と結婚したくなんてないでしょう?」

「それは勿論」

 

 早口で即答するルーセント。

 異性との恋愛に興味ないと断り続けている彼女だけあって、確固たる貞操観念があるようだ。

 

「無理に結婚なんてしたくないし、幸いにも一生独身のシスターなんて珍しくないわ。

 ん?」

 

 会話の最中、食堂の扉が開く。

 やって来たのはこの教会の責任者であり、メナリヤたちの師である司祭。片手にはまだ眠気を堪えている小さな女の子がしがみ付いていた。

 

「めなりや~」

 

 子供はメナリヤの姿を見ると、とてとてと近づき、座っていた彼女に飛び込む。

 

「めなりや、おはよう」

「おはよう、カミーユ。司祭さまも。おはやいですね」

「おはよう。私は君の見送りだよ。ルーセントがするだろうと思っていたけど、ついでにね。その子も見送りしたいって起きていたのをみつけたんだ」

「そうですか。ありがとう、カミーユ」

 

 頭を撫でるとへにゃりと女の子が笑った。

 

「なら、食事は四人分ね」

 

 ルーセントが食事を並べた。

 この辺りの一般的朝食はパンとミルク。そこにスープと卵一個あれば上等だ。

 ルーセントは卵の代わりに緑黄色野菜で作ったサラダ。スープは昨晩の残りを湯でかさまし、野菜の切れ端と調味料で誤魔化したもの。

 一見、貧相に見えても十分な食卓だった。

 

「ありがとう、ルーセント。では、皆が揃ったので祈りましょう」

 

 女の子がメナリヤの隣に座り、ルーセントと司祭も椅子に腰を下ろすと、揃って両手を重ねて、瞳を閉じた。

 

 + + +

 

 アナトナは国内有数の地方都市であるが、この時間だと大通りも人がまだ少ない。

 雲が疎らな晴天の下、ルーセントたちに見送られたメナリヤは慣れた石畳みの道を速足で歩く。

 

「おはよう、メナリヤ。お勤めかい?」

「おはよう、ポプラおばさん。そ、近所の村にね。頑張ってくるわ」

「気を付けてね」

 

 道中、早めの散歩をする老人たちと快活な挨拶を交わす。

 幼い頃からルーセントと共に遊び回ったメナリヤにとって、この周辺の住人は殆ど顔馴染みだ。

 穏やかな空気。何年も過ごしたことで落ち着きをくれる景色。

 周囲を囲む防壁と霊脈を利用とした結界によって、ここ数十年は平和な街。

 街の外はそうもいかない。住む場所か限られており、税金も払わないといけない。余裕のない人間は魔族や盗賊に怯えながら、日々過ごしている。

 

 メナリヤはそんな人たちの助けになればと、今日も己のできることするのだ。

 

 + + +

 

「なに、これ」

 

 目の前に広がった光景にメナリヤは愕然とする。

 

 仕事はすぐに終わった。

 近隣の住人を脅かす魔獣が潜む森に向かって、霊術一つで消し炭にした。

 

 村のもてなしとお礼を断りの帰り道、行きとは別の行商人の馬車でメナリヤは黒煙を上げるアナトナを遠目で見つけた。

 最初は火事か何かと思ったが、空に群がる魔鳥の群れを霊力で強化した視力で見つけると、行商人にすぐ引き返すこととアナトナの危機を伝えるよう指示して、自分は単身で街に向かったのだ。

 幸いにも馬車には傭兵業の人間が数名同乗していたので、ある程度の不足の事態は回避できよう。

 

 メナリヤは死骸だらけで静かだった防壁を抜けた先、住み慣れた街は悪夢を目の当たり巣にする。

 

 阿鼻叫喚。砕けた壁。煙が上がる空。

 魔物や魔獣が人を襲っている。

 隠れたとこを見つかったのから、いたる建物を奥から断末魔が響く。

 

 街の護衛の為、駐在騎士や傭兵が抵抗、誘導しているがそれはごく一部。ほとんどの住人がなす術もなく 魔族たちに蹂躙されていった。

 転がっている死体が誰のものであるか、メナリヤはあえて検分しない。見覚えのある皺だらけの顔を見過ごす。すれば、更に心が折れそうだから。

 

「キシャアアアアアアアア!!!」

「ッ!?」

「グギャアガアア!?」

 

 背後から奇声で我に返ったメナリヤは自分の武器である鎖を振るって迎撃する。

 霊力で強化された腕力はメナリヤの細腕に強靭な力を与え、更には特別に鍛造された鎖により、魔犬は頭が陥没して、そのまま死に絶えた。

 

 ──危なかった。

 

 威嚇せず襲ってこなければ、奇襲は成功していただろう。最悪、呆然としていたメナリヤは何もできず蹂躙されていた。

 本来ならば逃げるべきだ。

 メナリヤは自分が常人よりも強い力を持っていると自負しているが、ここまでの大軍をどうこうできるほど、絶対的な力を持っているわけではない。

 逃げる手段を選ぶくらいならば、自らこの危険地帯にやってこなかった。

 

「ルーセント……。みんな……」

 

 心配したのは親友と教会で共に過ごした人たち。

 自分に笑いかけてくれた近隣の住民もメナリヤにとって蔑ろにしていい命でないが、優先順位はより身近な相手になってくる。

 命は平等ではない。価値観とは千差万別だ。

 己にとって、より価値が高いものを優先するべきである。

 

「たすけてあああええええええええええええええ!」

「いやだあさ、いたいいたい死にたくない!!」

「守れ! 命をかけて命を守れ!」

「死なないで、やめて! やめて! ちかよらないで!」

「ッ!!」

 

 生きたいなら耳に届く悲劇は無視しないといけない。

 蛮行を愚行で台無しにしては、無意味である。

 

「ぅう────、ッ、上等よ!」

 

 歯を食いしばり、恐怖を払拭するようにメナリヤは地面を蹴った。

 迎え撃って止まれば囲まれる。最初に倒すべきは目線の先にいた人間二人まとめて食い殺そうとする人間サイズの蜥蜴。

 意識が外れた瞬間を狙って、頭部を鎖で薙ぎ払った。

 悲鳴は襲われた人間から。蜥蜴の魔物は絶命する。

 

 一撃必殺─そうでなければならない。

  時間をかけて相手をすればすぐ手詰りなのは明らかだ。

 

「あ───」

 

 助けた相手が何かを言おうとしたが無視した。逃げろとも言わない。

 目立った行動で、周囲の魔族たちはメナリヤに意識を向けた。

 

 霊力だ! 女だ! 喰らえ! 犯せ!

 

「っ!?」

 

 ああ、なんて酷い世界。

 メナリヤは集まる気配に吐き気を催す。

 何故こうも、悪喰や異種姦など気にしない化け物共が多いのか。

 

「っ!!!」

 

 群がる魔族たちは身体が人間に近く、頭部が熊や爬虫類の別種が殆どだ。

 ならば霊力を込めて、鎖を振るう。致命傷と思わしき頭部を粉砕する。

 襲い掛かる魔族を斃しながら、メナリヤが向かっているのは教会。

 

 教会は結界が張っているので並大抵の魔族では突破は不可能。

 教会の主たる司祭はメナリヤよりも高位の祓魔師。守護の関係で、教会から出てないだろうが、それゆえに安全地帯。

 

 走り、立ち塞がった魔物の殺し、骸を乗り越え、横から襲ってきた怪鳥を凪ぎ払いながら教会へ向かう。

 教会は街を守っていた結界の中核にある為、おのずと中央を目指すことになる。

 襲い掛かる魔族を倒しながら、順調に進んで行くメナリヤだったが世の中、上手くいかないのが常だ。

 

「小娘一人に何を手間取っているか」

「!?」

 

 知性ある声が聞こえた。

 

 メナリヤは立ち止まる。彼女を襲っていた魔物、魔獣も制止した。

 進行方向を塞ぐように飛び降りてきたのは、一体の巨人。

 大きさであれば、自分を襲ってきていた魔物・魔獣も人間より大きいのは何体もいたが、合われた巨人は、以上の体格、およそメナリヤと比べて三倍。五メートルほどの巨体だった。

 他の頭部が別のもの生き物である、魔獣たちと比べて、巨人は人間に近い。だが、その分、醜さが目立つ。清潔さなど微塵もない不潔。黒光りした身体は山、谷を表すように筋肉隆々。

 

「ほう。直接見るといい女だな。よし、これは俺様の獲物だ。お前たちは他にいけ」

 

 言葉を発する知性がある。

 魔族とはその脅威度から五段階で区分分けされていた。

 言葉を発するにならば巨人は魔族の中でも上位種に違いない。

 

「どうした? さっさと行かんか」

『……………』

 

 巨人の指示に周りの魔獣、魔物たちは従わなかった。

 魔物、魔獣たちからしてみれば、追い詰めていた獲物を横取りされると思っているのだ。

 だが魔族の上下関係は獣の群れに近い。力あるものこそが絶対なのだ。

 逆らえばどうなるか。答えは目の前。

 

「さっさと──いかんかああ!!!」

 

 巨人は近くにあった建物の壁を紙細工のようにむしり取り、掴んだ瓦礫を投擲した。

 

「!?」

 

 まさしく大砲。

 メナリヤのすぐ横を通り過ぎ、魔獣たちの数体をひき肉へと変えた。

 

『!????????』

 

 暴虐が引き金となり、残っていた魔物、魔獣たちは情けない声を上げながら、散り散りとなって逃げ出す。

 残されたのはメナリヤのみ。相対するのは一体の魔族。数だけみれば先程よりも優勢だが、脅威度は格段に跳ね上がる

 その場に留まっているメナリヤに巨人はにたりと嗤った。

 

「ふむ。怖気に逃げなかった。あるいは恐怖で動けなかったか」

「…………」

「よい目だ。その威勢の良さが恐怖に変わる様を俺様は楽しむ。

 その魂に刻むがいい、お前のすべてを犯す者は何たるかを。

 我が名はグレンデル! 偉大なる原初の殺人者、その末裔である!」

 

 動いた。馬鹿正直に突進。

 身構えていたメナリヤにとって、それはギリギリに回避できる挙動。

 跳躍、向かう先は建物の上。巨体とすれ違い際に、鎖を横凪ぎにしていた。

 一撃で魔物、魔獣を絶命、あるいは戦闘不能に追い込んだ一撃を、巨人──グレンデルが腕の盾にして受け止める。

 

「ぬるいわ!」

「──でしょうね!」

 

 更に重ねて鎖は薙ぎ払った。

 連撃。だが、一度目は防御していたグレンデルは脅威と感じなかったのか、何もせず受け止め、獰猛な笑みを浮かべながら近づいてくる。

 メナリヤは屋上に着地すると、グレンデルと目線を近づけながら、己の腕に巻き付い鎖に更なる霊力を流し込んだ。

 

「む!」

 

 グレンデルの腕に直撃した鎖はそのまま腕に巻き付き、瞬く間にその長さ延長させながら、蛇のように巨躰全体に絡みついた。

 これぞメナリヤが持つ教団が開発した『封銀鎖』の真骨頂。鎖とは封じ込める為にあるもの。体中に鎖が巻き付かれられたグレンデルがその動きを制限された。

 

「ふん、この程度か」

 

 己の動きが封じられたが、それは一時的なもの。

 本来、この鎖は複数人で格上を抑える霊装である。それを一本、一人であるならば、完全に動きを封じるのは困難だ。現にじりじりとグレンデルが動いている。

 それで十分。少しの時間さえ稼げばいい。

 

「魔に堕ち哀れな獣よ 主の言葉を聞くがいい──」

「む!?」

 

 唇から聖句を奏でると、グレンデルも警戒の色を示した。

 遅い。撃鉄は既に起こされていた。

 

「正しき者の望みは喜びを齎し 悪しき者の望みは滅びる

 ──“Amen(エイメン)„ッ!!」

 

 聖導式対魔族特化霊術『聖撃』。メナリヤの掌から霊力の閃光が解き放たれた。

 体全体とはいかなかったが、グレンデルの頭部を全て覆い隠すほどの眩さが薄く暗くなっていた周囲を照らす。

 

「ぐうう!?」

 

 肉が焼ける音。巨人の苦悶。

 頭部を狙った必殺の一撃かと思われた魔を焼く光。

 だが、光が消えると、そこには、火傷を負っても形が残っていたグレンデルの顔があった。

 

「貴様、許さんぞ!!」

 

 顔を焼かれた怒りで、グレンデルは血走った眼をメナリヤに向ける。

 

「ただではすまさんッ! 骨の隋まで凌辱しつくしてくれるわ!」

 

 目の前の化け物が放った恫喝に、メナリヤは内心呆れる。

 元々、そのつもりだっただろう下半身に正直な畜生が。

 狙ったとはいえ、それだから、近づいたあの子に気づかないのだ。

 

「こんな鎖などいまから───ぐは、ああっ!?」

 

 怒りに染まったグレンデルは焼けただれた口から血を吐いた。

 痛みの根源は腹部。突き刺さりしは十字槍。担い手は明らかに修道女。

 

「伏兵!? だが、その程度──」

 

 今度こそ己を蝕む鎖纏めて、伏兵も振り払おうとしたグレンデルだったが、巨大な体の全身に悪寒が襲った。

 

「聖なるかな 聖なるかな 聖なるかな 全能なる主よ

 私どもは貴方を崇めます」

 

 美しい声。何処までも優しい響き。常人ならば、耳を傾ける温かい奏。

 聖句だった。

 内包された神秘はメナリヤが放った『聖撃』より数倍。集束する霊力も数倍。

 比べるまでもない。確実な巨人にとっての命の危機。

 

「待って!! くそぉおおおお!!」

「万軍の主 栄光なる全地 

 呼ばれる者は贄に 闘う者は揺らぎなき家に」

 

 巨人の制止など乙女には届かない。

 讃美の歌。魔を焼却せし憐れみ。清らかな声で奏でる祈りは揺らぐことはなかった。

 

「煙みちたり このとき我へ 禍なるかな 我滅びなん」

 

 命の危機にグレンデルは抵抗するが、蝕む鎖は先程よりも拘束力が強くなっている。

 鎖の拘束が最初は緩かったのも、油断を誘う為。

 グレンデルの顔を焼いたのは目くらましと、伏兵に気づかせないため。

 

「聖なるかな 聖なるかな 聖なるかな

 この焔が唇に触れたならば

 既に汝の罪は覗かれ 汝の罪は清められと──“Amen(エイメン)„」

 

 慈悲なる声は無慈悲に最後の言葉を告げる。

 十字槍の先端が燃え上がった。巨体を紅蓮が包む。

 熱はなく周辺の家屋は一切被害を与えず、魔だけを焼却する烈火。東方に伝わる浄火と似て非なる奇跡の御業は『聖焔』。

 教団の上位祓魔師でも使えるのは極一部。修道女ルーセント、最大火力の霊術である。

 

「ぎゃああああああああああああああ!!!」

 

 巨人の断末魔。すべてを燃やし尽くすのに時間は掛かったが、終焉は確定。

 燃え尽きて、灰になって跡形もないことを確認してから、彼女たちは親友の姿を確認する。

 

「ルーセント!」

「メナリヤ!」

 

 安堵と喜び。

 互いに気配を察し、示し合わせたような連携を行えたのは、長年の付き合いゆえ。

 それでも、相手の姿を直接目の当たりして、胸を撫でおろした。

 

「無事みたいだね。みんなは?」

「避難者と一緒に教会に。メナリヤの霊力を感じたから、迎えに来た」

「うん、ありがとう。おかげ様で助かった。

 帰りで乗せてもらった行商人に引き返してもらって救援を呼んでもらっている。助けが来るまで耐えよう」

 

 メナリヤ自身、付け焼刃の言葉だと自覚している。

 アナトナは大きな街だ。それ相応の救援は首都級でなければ務まらない。

 どんなに早くても籠城戦は一日二日の覚悟は必要だ。

 

「そうね。他のみんなも頑張ってるけど、これだけの数。

 無理に避難させると、犠牲者は増える一方だわ。各地の拠点で籠城したほうがいい。」

「それにしても、なんでこんな数の魔族が……」

「話は教会に向かいながらで。メナリヤ、顔青いよ。一旦、休まないと」

「うん、着いたらそうさせてもらう……」

 

 軽く笑い合った彼女たちは、力強く頷き合って、駆け出した。

 魔族の襲撃で酷い有様だが慣れた道。多少、急げば数分で目的の場所に到着する。

 幸いにも道中、彼女たちを襲ってくる魔族たちはいなかった。

 退いたわけでない。遠くから、争いの声が聞こえていたが、目前に危機が迫っていない余裕の為、走りながらルーセントが口を開いた

 

「いきなりやって来たの……。街の結界が、外から割られたと思ったら、空から魔族たちが攻めてきたんだ」

「やっぱり結界は破壊されたんだ。しかも、何かしらの裏工作じゃなくて強引に」

「うん。だから、まだ見てないけど、さっき私たちが倒した魔族よりも強い存在がいるかもしれない」

 

 長年、魔族と争っていたこの地の人間は、己たちの生存権を守るため結界技術を日々研鑽していた。重要都市程、その強度は高く、このアナトナは国内でも豊富な霊脈に恵まれていたことで、堅牢な結界で守られていた。

 魔族に脅かせる大地にて、平和を維持していたのはそれだけの理由がある。

 それが破られたのならば、それにもそれだけの脅威が訪れた証拠だ。

 

「街の外には、そんな奴いなかったよ。もしかしら、一発限りの魔術をド派手にぶちかましただけかもしれない。楽観視するなとは言わないけど、気を張り詰め過ぎないでね」

「酷い顔の人に言われてもなぁ……」

「もう! 私は少しでも安心させようとね!」

「わかっているわ。でも、私よりもさ。教会にいる子供たちを安心させて。

 他にも大人たちはいるけど、メナリヤに一番なついている子もいるし、貴女の顔を見ると元気になると思うよ」

 

 脳裏に思い浮かべたのは教会で世話している子供たち。

 様々な事情で庇護下に置かれている彼、彼女たちはいつも元気に振舞っているが、皆、甘え盛りの時期。メナリヤにとっては妹、弟たちのようなものである。

 愛に飢えた子供たちの為に遊んでやると言いつつ、実際は日々の荒事で疲弊した心を子供たち癒してもらっていた。

 

「うう~ん。なら、教会に入る前に気合入れないとな~。この顔だと逆に心配される」

「作り笑顔は得意でしょ? ほら、教会見えたよ。頑張ってね、おねえちゃん」

 

 彼女たちの目の前には、周囲を木々で囲まれた街のシンボルであり、自分たちの家とも言える教会は見えた。

 街の結界と教会の結界は別の為、弱い魔物や魔獣は近づくこともできず、静かである。まるで、ここだけが日常のまま。魔族の襲撃などなかったような、静寂だった。

 

「ルーセントにそう言われたの久しぶり────」

 

 悪寒がした。

 

「ルーセントッ!!」

「え──」

 

 メナリヤはルーセントを守るように、彼女の前へ立つ。

 同時に、目の前に見えた教会が吹き飛んだのだ。

 

「!?」

「ッ────」

 

 メナリヤは鎖が手を翳して、体中の霊力を無理やり集めて障壁を展開していた。

 渦のように空中で回転した鎖を起点とし、霊力で編まれた即席の結界が、前方から圧し飛んでくる瓦礫と衝撃破から二人を守る。

 

「教会が………」

 

 何か起こったのか二人が理解したのは、衝撃が終息してから数秒後。

 瓦礫は燃えておらず、強い衝撃によるもので崩壊したと思われる。教会が吹き飛ぶ寸前、遠方から飛んできた様子が確認されてなかったことから、内部からによる破壊ではないかと推察できた。

 

「みんなは───」

 

 恐る恐る、メナリヤは周囲に飛び知った瓦礫の山を見る。

 家屋の残骸。隙間から見える、今朝も見た小さな子供の手らしき──。

 

「司祭様!!?」

「!?」

 

 ルーセントの悲鳴で意識を別方向に向けさせた。

 教会にいた司祭は自分たちにとっての親代わり。特に、自分の親の顔を知らないルーセントにとっては本当の親と思っていただろう。

 メナリヤにとっても第二の父であり、霊術においての師。それはルーセントも同じだった。

 

 そんな司祭が──ボロボロの身体で頭から持ち上げられている。

 

 相手は一瞬、人間に見えた背中。頭部は何かの被りものをしているかのような、別の生き物のものだった。

 背丈でいえば、数分前に遭遇した巨人グレンデルと比べると小さい。掴まれた司祭と比べたら、せいぜい二メートルあるかないかだろう。

 巨人と相対したときには感じなかった悪寒が、メナリヤの全身に駆け巡る。

 

 ぎょろりと、背中越しの頭部が一八〇度に回転した。

 こちらに向けられた顔は梟。人の身体を持つ、梟頭が青ざめる少女たちを見て、にたりと嗤った。

 

 ぐちゅり ぼと

 

 何が起こったのか、二人には一瞬、分からなかった。

 教会が吹き飛ばされたことによる間接的被害よりも、直接目の当たりした惨劇。

 すぐに事実を、頭に叩きつけられる。

 

 林檎を握りつぶすかのように、人間の頭が砕け、残った首から下が地面に落ちた。

 

「司祭、さま? あ、いやあ───────あああぁ、あああッ!!」

 

 真っ先に動いたのはルーセントだった。

 彼女は十字槍を向けて、梟頭に突貫する。

 

「!?───待って、あう!」

 

 制止しようとしたメナリヤだったが、足がもつれて膝から崩れ落ちた。

 霊力欠乏。先程した急な防壁で一時的身体が上手く動かない。

 

「待って、止めて、逃げて、ルーセント!!!」

 

 叫ぶがルーセントは止まらない。

 現役を退いたとはいえ司祭を殺したならば、相手は上位の魔族だ。無策で突撃など無謀に過ぎない。

 動かない体の代わりに、必死で叫ぶが既に手遅れ。

 霊力で身体強化した脚力は、ほんの一呼吸の間に、ルーセントと梟頭の距離を縮めた。

 加速を乗せた刺突。

 巨人の腹部を難なく貫いた十字槍は、梟頭が無造作に振るった腕に凪は払われて、無惨に砕け散った。

 

「きゃあッ!?」

「ルーセント!!」

 

 しっかり槍を持っていたことで、ルーセントの身体も吹き飛び、瓦礫で散らかる地面にすり傷をつけながら転がる。

 ようやく止まったと矢先、ルーセントの細い体を梟頭が蹴った。

 

「あうッ!!」

 

 呻きと同時に血と唾液が小さな口から吐き出された。吐血であれば、内臓が傷ついたのだろう。すぐに処置が必要な状態の身体を、何度も梟頭は踏みつける。

 

「ぐ! あ! いたい! やめ! いや!」

 

 その気になれば梟頭はルーセントの身体を無惨に踏みつぶすことができた。

 あえて壊さず、いたぶる境界線で嬲る。足裏に伝わる柔らかな感触を、少女から聞こえる悲鳴を、梟頭は楽しんでいた。

 

「お前ッ!? ルーセントから離れろ!!」

 

 動けない体を無理やり立ち上がらせて、メナリヤが駆け出す。

 そこで存在を思い出したかのように、梟頭は視線を彼女に向けると、空中を腕薙ぎ払う。

 

「きゃああああ!?」

 

 襲ってきたのは衝撃破。

 霊力が枯渇した状態だったメナリヤはまともに受け、飛び散った瓦礫の山に背中からぶつかる。

 

「ぐふ───ッ!?」

「お前の相手は後でしてやる」

 

 瓦礫に埋もれながら、メナリヤは梟頭の声を聞いた。

 梟頭は再び自分の足元で蹲るルーセントに視線を向けると、彼女に覆い被り、衣服を手で破いた。

 下着こと破かれたことで形良い乳房が晒される。

 

「え? あ?」

「!??? ちょっと待って、何するの! やめて! 変態! 糞魔族!!!」

 

 これから何が起きるかは、痛みで疲弊したルーセントよりも遠目で見たメナリヤほうが理解した。

 魔族の雄は霊力を持った雌を好む。

 己の糧として。食物的に摂取される前に別の意味で食われることがあった。特にルーセントのような見た目麗しい少女ならば、見逃されることはほぼない悪行。

 メナリヤは己の痛みなど無視して助けようとするが、瓦礫に嵌って思うように動かない。

 遠くで叫ぶ親友の声に、ルーセントも己の状況を理解した。

 近づく不気味な梟頭。晒された肌が外気に触れて、魔族の熱を感じさせた。

 その視線から逃れるよう、必死で叫ぶ親友に目を向ける。

 

「メナリヤ、見ないで────」

 

 絶望の表情で涙を浮かべた親友の顔が、梟頭の身体で完全に覆い隠された。

 

「あっ、だめ、触らなぁ──

 あ゛あ゛あ゛あ゛い゛あ゛あ゛あ゛き゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!!!!!!」

 

 日が落ちかけた空に絶叫が響く。

 悍ましく蠢く梟頭の身体。姿が見えぬ友の悲鳴。

 メナリヤは、目の前で起こった悲劇に呆然とする。

 

 いや、え?

 なんで?

 どうして? なんでルーセントがこんなところで襲われるの?

 だって、彼女は、いつか恋をして、幸せになるはずだった。

 

 これはそんな物語だろ?(・・・・・・・・・・)

 

 本編も始まっていないのに(・・・・・・・・・・・・)()メインヒロインの彼女が(・・・・・・・・・・・)こんな酷い目にあうのだ?(・・・・・・・・・・・・)

 

 そんな過去はなかったはずだ。

 そんな未来もなかったはずだ。

 辛いことがあってもいつか幸せになってくれる。

 だから、命が儚い、こんな酷い世界でも、安心して友達になれた。

 

「や、やめてよ! その子はお前なんかが、傷つけていい子じゃないんだ!!

 これ以上ルーセント虐めないで!!!!

 知らないこんな展開知らない! ルーセントにこんな酷いこと、知らない!!!」

 

 ぼたぼたと涙を流した己を嘆いた。

 無力で何もできない自分を呪った。

 

「誰か──助けて」

 

 か細い声で俯く。

 ごとりと、自分の身体を抑えていた瓦礫が取り除かれた。

 首を上げて、メナリヤが見たものは────夥しい数の魔物、魔獣たちだった。

 

「ひっ!!!!」

 

 悲鳴を出したメナリヤは一体の魔物に捕まれて、外に投げ出される。

 

「あが────!!!」

 

 地面ぶつかったメナリヤは、涙目で周囲を見渡した。

 怪鳥や獣人、多種の魔物、魔獣たちは襲ってはこず、外に出てきた自分を一瞥すると、揃って、愉しんでいる最中の梟頭に視線を向けた。

 数多の意識が自分に向けられたことを感じた梟頭は頭を上げる。

 

「やれやれ、仕方ない。そいつも楽しみたかったが、お前たちで分け合え」

『───────!!』

 

 歓喜の声。

 ご相伴の了承で吼える魔族たちに囲まれながら、メナリヤは失意の底にいた。

 

「ああ、やだぁ…………」

 

 アニメや漫画のようにご都合主義じゃない、弱肉強食の現実。

 誰も救ってはくれない。

 

 ふいに、梟頭の方へ、正確にはその傍にいるだろう親友に意識を向ける。

 ごめんね。

 

「さて、餌を与えことで続きを──ん?」

 

 己の獲物を堪能しようとした梟頭が己の首元に目を向けた。

 瞳に移っていたのは、憐れな女ではなく、赤い煌めき。

 頭が掴まれるのと、首が切断されたのは同時だった。

 

「ぐおお!!!?」

 

 灼熱のような激痛と共に、首から下の感覚がなくなる。

 何か起こったか理解する前に視界が回転し、地面に激突。

 唖然と見下ろした女の顔を最後に意識が消滅した。

 頭部諸共、命を踏み潰され、梟頭──魔卿プルプラスは絶命した。

 

 メナリヤは何が起こったのか理解できていない。

 突然、梟頭が自分の目の前に落ちてきたかと思えば、踏みつぶされたのだ。

 

 一瞬見えたのは白い影。

 その正体を判別する前に、白い影は視界から消えた。

 

 否、消えたのではない。

 

 白い影はまだ事態を理解してなかった魔物、魔獣たちの間を駆け抜けるように疾走していた。白い影に通り過ぎられた魔族たちは死骸になっていった。

 道中、メナリヤが魔物、魔獣を迎撃した一撃必殺──とは次元が違い過ぎる。

 頭が弾けた。数メートルの巨体が真っ二つに縦に両断された。空に舞っていた怪鳥が両翼ごと胴体を切断された。

 

 速い。目で追えないのはまさにこのこと。

 メナリヤの目には魔族たちを鏖殺する正体すらまだ分からない。

 

 両耳から断末魔が聞こえた。事態を察した魔族たちが対抗するのではなく、逃走しようとするが逃げた魔族たちほど、白い影に追われて、亡骸へと変えていく。

 逃走など許さない。外から内へ削るよう魔族たちを屠殺していく。

 蹂躙の終着は群れの中心にいたメナリヤの前だった。すなわち単なる偶然。

 魔族たちを皆殺しにし、屍を積み上げた白影は彼女の前で止まった。

 

 呼吸が止まった。時間が止まった。世界が止まった。

 

 あれほど惨殺をしておきながら、返り血一つしていない純白の法衣。

 魔族たちを葬ったであろう得物、身の丈ある禍々しい赤い刃の大鎌。

 極めるつけは顔を隠す漆黒の骸骨兜。

 畏怖を巻き散らす不気味。直前で魔族を殺してなければ、魔族と思われたほうが自然な姿。

 死神と呼ぶに相応しい風貌。聖書に登場する終末の処刑人とはこのような姿でないだろうか?

 体が痺れる。恐怖ではない。

 恐ろしい姿だと理解しながら、一切の畏怖を抱かず、メナリヤは困惑する。

 

「──無事とは運がいい」

「あ────」

 

 向けられた漆黒の骸骨兜から聞こえたのは、深淵の底から響いたような掠れた男の声。

 

 なんとも滑稽な話である。

 とても浅ましい話である。

 己でも信じられない話である。

 愚かな話である。生涯消えない記憶だ。

 

 その一瞬で──彼女は恋をしたのだ。

 




 去年からお忙しい鉄鋼怪人さんが時間を割いて、色々とやりとりした作品。
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