赫きヴィア・ドロローサ~ハッピーエンドは無くなりました 作:貫咲賢希
メナリヤは前世でとある作品に触れていた。
『
源流である日本製成人ゲーム『闇夜の蛍』が家庭版と全年齢向けのアニメの同時期に制作された外伝だ。
シリーズ原点である『闇夜の蛍』は二一世紀の日本で販売された有名な成人向けゲームであり、豪華な製作陣と質の多い内容で人気を博した作品。
世界観は日本の江戸時代頃をイメージ。
『退魔士』と呼ばれる戦士が『妖』と呼ばれる魑魅魍魎と戦う和風ダークファンタジーである。
成人向けアダルトゲームである為、性的描写は当然存在していた。
なんであれば他の同様なゲームと比較する非常に多い。特にプレイヤーを鬱するようなグロい展開が大半だった。強姦や陵辱は勿論、人肉嗜食、催眠等々。心から愛し合うシーンはほんの一握りエログロ上等作品。
特に『ヤンデレ』という特徴を持つヒロインが殆どであり、プレイする際には注意する点である。ヒロイン同士の殺し合いは下手な妖よりも恐怖された。
外伝である『白夜のバプテスマ』の舞台は十九世紀半ば頃のヨーロッパをモチーフにした大陸西方ガオケレナ州。
『闇夜の蛍』の舞台である扶桑国よりも遥か彼方にある大陸での出来事を描いた祓 魔師と天使、魔族が争う王道ファンタジー。
同時期に発売された家庭版の『闇夜の蛍』は性的描写を可能限りぼかすように無くし、代わりに鬱グロ展開上等はその分増やした。とあるサブヒロインの死亡エンドが増えたほどである。
本家の『闇夜の蛍』とは違い、『白夜のバプテスマ』ほんの少しだけマイルドになった少年少女が明日を掴む物語。
霊力もない常人であるはずの少年兵が教団の祓魔師であるヒロインの窮地を救うことで物語が始まる。
シリーズと特色である『ヤンデレ』と『鬱要素』はあるものの、本家より比べたら見易い『白夜のバプテスマ』は多少万人受けし、新規ファンの獲得に成功した。
逆に古参からは『大衆向けに日和った作品』と揶揄されるのも少なくなかった賛否両論されたが、小説からアニメ化したのは営業に成功した証拠である。
前世、メナリヤはアニメを通して『白夜のバプテスマ』を知った。
源流である『闇夜の蛍』もテレビ版と劇場作品を見たが、思い入れが強いのは最初に見た『白夜のバプテスマ』の方である。
『闇夜の蛍』は気に入ったキャラクターは次々と死亡し、最後の方は殆ど気落ちがしていた。ハッピーエンドであったが、やっぱり好きだった登場人物が死んだことは悲しかった。
劇場版は展開が変わって一番気に入っていた子は生存していたものの、そこに至るまでの経緯が辛かった。
本家であるゲームや他の派生作品までは手を出しておらず、数が多すぎたのも理由の一つ。大元である成人向けゲームなど規制されていたので、存在を知ったのは随分と後だった。
対する『白夜のバプテスマ』はアニメを見終わった後で、小説も読んだ。
メナリヤの前世は、ライトユーザーと分類されるもの。他アニメ、ドラマや映画、小説の方に時間を割き、アウトドア活動も好んでいた。
『白夜のバプテスマ』の世界で生まれ変わると知っていれば、源流や派生作品も全て網羅したかったと、何度も後悔している。
彼女が前世を思い出した切っ掛けは、子供の頃、両親の仕事の都合でアナトナの教会に預けられ、ルーセントと友だちになってから暫くしてからだ。
なんとなく見覚えのある子だと出会ったときから、思い感じるのを繰り返してく内に、前世のことを思い出したのである。
やばい。このままだと遠くない未来に私は死んでしまうのでは?
メナリヤが前世のことを思い出し、現世が見たことある物語の世界だと知ったとき思ったことがそれだった。
両親が教団関係者なので、自然に自分も教団の庇護下だ。世間的には慈悲深い団体であり、原作主人公も教団に所属する。
けれども、それは最初の内。
何故、日本作品は味方であるべき組織を薄暗いものにしたがるのか。
働き過ぎゆえの反発精神?
兎に角、人類平和を掲げている教団もまた、裏で色々としている。
できることなら逃げ出したかったが、両親が教団でも立場ある存在だ。今生の両親のことは慕っている為、できるだけ迷惑はかけたくない。
せめて本拠地である場所から遠ざかり、ルーセントと共に育った場所を守るため、アナトナの駐在祓魔師に希望した。
ルーセント。『白夜のバプテスマ』でのメインヒロイン。
源流が数多の分岐があるゲームの『闇夜の蛍』のような作品とは違い、小説なので約束された勝ちヒロイン。
『白夜のバプテスマ』は他に何人かのヒロインとフラグを立てるが、最終的に選ぶのはルーセントだった。誰から見ても分かる出来レースを最後までしたのである。
メナリヤは前世を思い出す前からルーセントと友人で、前世を知ってからはより仲良くした。
メインヒロインと友だちになれば、甘い蜜を吸えるという魂胆が皆無だったとは否定できない。
最終的に主人公陣営につき─生き残れば─、良い思いもできかもしれないのは事実だ。
言い訳に聞こえてしまっても。ルーセントと友だちになったのは「とてもいい子」だからだ。
真面目で努力家。誰にでも優しくて排除すべき魔族すら隠れて悼んでいる。温和だと思えば、怒ったら中々許してくれない激情家。
原作でも大半の女性キャラクターがシリーズの特色故にヤンデレになる中、ルーセントは数少ないまともの方だ。精々、主人公が他の女性と話していると曇るくらいである。
一緒にいるのが楽しかった。自分に向けてくれる笑顔が好きだった。
特にメインヒロインだから、死なないという安心があった。
『白夜のバプテスマ』は本家である『闇夜の蛍』をなぞる様に、鬱展開が多い。
人死には勿論、仲間を思っていた存在が、いつの間にか違う存在になっていた。主人公が救った街の人々が、時を経って魔族に嫌がらせで殺された。教団内部で起こった吐き気を催す人体実験。親しくなった人間の人体改造。改心した敵の惨殺。あげたら数知れない。
ルーセントはそのような鬱展開ばかりの作品で、苦難はあれど、最後まで無事な稀有な存在。自分が作中であった悲劇に見舞われても、彼女だけは無事である。
絶対、穢れない宝石、宝物。
そう思っていたのに────。
+ + +
「は──ルーセント!!」
目の前の相手に見惚れていたメナリヤは、ルーセントのことを思い出し駆け出した。
周囲に積みあがった死骸を踏み荒らして、気の遠くなる長さを体感しながら、地面で横たわる彼女を見つけた。
息を飲む。微かに上下する胸で呼吸はあるが意識はない。
何処かのタイミングで意識が失ったのだろう。破れた修道服。傷ついた肌。見るに堪えない、無事とは言えない惨状にメナリヤは崩れる。
「あ、ああ……ルーセントぉ……」
メナリヤはしゃがみ込んだまま、壊れを拾い上げるかのよう、ルーセントの身体を抱きしめた。
何故、この子がこんな目に合わないといけないのだ?
毎日、誰かの為に働いて。毎日、お祈りもしたのに。
とある言葉で、神は乗り越えられない試練は与えないとされている。
これが与えた試練だというならば、メナリヤは今すぐにでも神を殺したかった。
「息があるなら、共に避難しろ」
「ッ!?」
掠れた声を耳にして、メナリヤがびくりと反応する。
黒骸骨兜の男が、いつの間にか近くにやって来ていた。
死神のような黒骸骨兜。聖職者と思わしき純白の法衣。手に持つは身の丈ある赤刃の大鎌。
「ふぁ……」
我ながら情けない声を出した。
あからさまに怪しい風貌なのに、またもメナリヤは再び見惚れてしまう。
訳が分からない。
傷だらけの友が側にいるというのに、目の前の相手がこれ程気になるのか困惑する。
恐怖でないのは確か。むしろ、これは興味。目が離せない。顔が熱い。
一瞬、魅了の魔術の類を疑ったが、そういったものは予めルーセントと共に耐性を付ける訓練を受けていた。可能性は低い。安易な性欲消費などお断りだ。
ドキドキと高鳴る鼓動を共に「誰だろう、この人は?」と疑問を抱く。
声からして男性。法衣と兜の隙間から血が通った人の首と髪が見えるので、亡者の類でないことも確かだ。
これだけの強さならば原作にいても不思議じゃないが、メナリヤの記憶にはない。
不思議なことに前世の記憶で『白夜のバプテスマ』のことは鮮明に思い出せるのだが、該当する人物が思い当たらない。
胸に掲げる黒十字架。偽装でなければ救聖教団異端管理局の証だ。
異端管理局とはその名の通り、異端審問や霊術、魔術の管理。汚職取締りや魔女狩りを主に活動している教団内でも暗部の側面際立つが内部組織である。
更にあの強さ──原作の中盤で主人公たちと戦った『執行者』と呼ばれた荒事専門の存在かもしれない。
『白夜のバプテスマ』では、主人公たちはとある理由で教団から逃げ出し、追手として戦うことになるのが執行者たちである。
中盤になると、主人公達も魔臣級は単独で倒せるほど成長しているのだが、そんな彼らを追い詰め、犠牲者も出したトラウマの一つ。他にも度々争い、異端管理局とは最後まで敵対していた。教団関係者である両親から、それとなく尋ねたので原作と同じく存在しているのも確認済みだ。
メナリヤとしては、遭遇したくなかった教団の一員。
前世の記憶を持つ生まれ変わりなど異端管理局にとっては、どんな意味でも処理する対象だ。
自分が口を割るか、記憶でも覗かなければ安心であるが、できるならば一生関わりたくない存在。
だと、言うのに───。
「あ、あの、助けてくれてありがとうございます」
「撤回しろ。実際、その女は手遅れだ」
ぶっきらぼうな言葉。人の感謝を拒絶した。
だというのに悪気はしなかった。むしろメナリヤは好感を持てた。
ここで君だけでも無事でよかったなど言われたら、彼女の心は冷え切っただろう。
「貴方が来てくれなかったら、ルーセント──この子はまだ酷い目にあってたし、私も同じようになりました。だから撤回はしません」
「……。好きにしろ」
そう吐き捨てると、骸骨兜の男は懐から二本の小瓶をメナリヤの傍に置いた。
「霊薬だ。勝手に使え。飲めば避難ができるくらいには回復するだろう」
メナリヤたちの霊力が枯渇していることをこの男は一目で判断したようだ。
優れた検分力。投げ渡しや、手渡しではなく、警戒させないように傍に置くのもメナリヤ的には好感度が良かった。
むしろ、温かみの欠片もない態度から貴重な物品を貰うとは思いもしなかった。不意打ちである。メナリヤに胸にこみ上げる刺激がよぎった。
「あ、ありがとう、ございますッ」
「気まぐれだ。これ以上面倒は見ない。
俺は救いに来たのではなく、殺しに来たのだからな」
骸骨兜とは背を向けると、そのまま何処ぞへと立ち去ろうとした。
「あ───待って!」
思わず呼び止めたメナリヤだったが、男は無視。地面を蹴り上げると、空の彼方まで飛び上がり、すぐ見えなくなった。
「…………」
メナリヤは見えなくなった姿を追って寂しさと孤独に浸り、すぐに我に返る。
「ッ……私は何を。こんなときに……」
集中すれば街の中でまだ魔族の気配を感じていた。
この瞬間にも不意打ちを喰らう恐れだってある。
メナリヤは地面に置かれた瓶を一本手に取ると、躊躇うことなく中にあった液体を飲み干した。
瞬間、身体に染み渡る清涼感と共に、枯れていた霊力が戻るのを実感した。メナリヤは一切疑っていなかったが、骸骨兜の言葉通り霊薬であった。しかも、かなり上質の。
(これからどうする?)
空瓶と中身が残っている霊薬を纏めて懐にしまった。残った霊薬は勿論、ルーセントが目覚めたときに取っておく。
メナリヤは方針を考える。
骸骨兜の男はおそらく執行者。そうでなくても異端管理局は主だって集団で行動する組織ではない。
実力は目の前で見たから理解しているが、彼一人でこの事態が全て即座に解決できるほど夢見がちでもなかった。
「羊飼いの羊飼いよ わが主よ
迷いゆかない哀れな羊を 導きたまえへ “
メナリヤは自分を囲むように鎖を展開、索敵の霊術を使用した。周囲に敵が見当たらない今の状況だからこそ、落ち着いて使用できる御業。
すると彼女を取り囲むように幾つのも光が漂う。
青は霊力。赤は魔力。緑はそれ以外。
梟頭と多くの同胞が死んだことへの警戒か、この周辺に魔族はいなかったが、まだ多数の魔族が残っていることが分かる。けれどそれも、次々と数を減らしていった。
「すごい──けど、二人いる」
二つの霊力が魔力──魔族を次々と消していってる。
一つは方角からして、あの黒い骸骨兜。もう反対方向を同じもしくはそれ以上の速度で魔族を殺している存在がいた。
骸骨兜の同僚か、あるいは別勢力か。他にも先の二つ程ではないが、いくつかの光が魔族に抵抗している。なんであれば、逃げていく魔族がいるくらいだ。
絶望的な状況でないことは確かだ。
であれば、ここままこの場でやり過ごしたほうが安全か?
「ダメだ。もしも魔族に囲まれたら今度こそマズいわ」
減っているとはいえ魔族の数はまだ多い。
貰った霊薬で回復しているとはいえ、こちらには気を失った友がいる。先刻まで地獄を味わった彼女を無理やり起こして、戦力に引き立てるのは酷だ。
数匹の魔物くらいならば、なんとかなるが、質と数が高くなるにつれて厳しい戦いが強いられてくる。
ルーセントを置いていく選択肢は当然なく、骸骨兜の言葉通り、共に安全な場所へ向かうしかない。
「──街の外に。もう、ここで私にできるこは何もない」
悔しさで唇を噛む。
守りたかった場所と人たちは目の前で奪われた。せめて残されたルーセントを守るため、彼らを悼むことは後回しにする。
街の外でも逃げてきた魔族に遭遇する恐れがあるが、防壁付近の駐屯所であれば無人であっても、何処かの民家よりは安全だ。
何より道中が安全であることが重要である。
メナリヤが選んだ方角は、骸骨兜が進んでいる場所だ。
皆殺しにしているためか彼が通った後に、魔族の痕跡はない。失った同胞の気配を察してか、近づいてこない。彼の後に続けば、戦闘を避けて街の外に出られるだろう。
瓦礫の山から見つけた布の埃を軽く叩いてとりぞき、ルーセントの身体にかける。
ルーセントを抱き上げたメナリヤは今一度、後ろを振り返った。
あえて、直視していない。
何年も過ごした場所が失ったと改めて自覚すれば、心が折れそうだったからだ。
「ごめんなさい」
俯きながら謝罪をして、メナリヤはその場を後にした。
+ + +
道中、死屍累々の積み重ねだった。
既に日が沈んで、月明かりは薄雲で僅かにしか届いていない。霊力で視覚強化していなければ、足元も覚束なかった。大国の首都では既に設置されているらしいガス灯もそろそろこの街にも整備される話があったが、この有様では復興で予算が消えてしまうだろう。
まるで地獄のような道筋。襲ってくる魔族たちはおらず、とても静かだった。皆、動かない骸になり果てている。
「すごい。これを全部あの人が……」
メナリヤは陰々滅々とした魔道を見て思わずは感嘆する。
自分も魔族を屠ってきたが、ここまでの数ではない。
中にはルーセントと協力して斃した巨人──グレンデルといったか、それと同格と思わしき死体も転がっていた。
絶望的状況だと思っていたが、もう少し楽観視してもいいかもしれない。
魔族というにも格付けがある。
魔物──最下位の魔族。単体では猛獣にも劣り、中には人間の子供にすら処分できる種族もいる。しかし、それで油断した素人が手を出し、被害が出るのはよくある話だ。
魔獣──第四位。猛獣では太刀打ちできず、武器を持った集団でようやく倒せる。中には村や小さな町を落とせる個体もいる。祓魔師、騎士団であれば対処可能。
メナリヤたちが二人かがりで倒したグレンデルがここに分類されるだろう。メナリヤが拘束して。ルーセントの火力で難なく倒したが、正規の祓魔師、騎士団でも苦戦する相手だ。
メナリヤたちの師である司祭が呆気なく殺されたことから、梟頭はおそらく魔卿クラスだっただろう。
それを不意打ちのようだったとはいえ、一撃で殺したあの黒い骸骨兜はどれくらいの実力だろうか。
この先にいるだろうか?
もしかしたら、少し話せるだろうか?
魔族いっぱい倒してるし、他にも強い誰かいるようだし、ちょっとだけでも。
あまりにも静かであったため、僅かに緩んだ緊張が、甘い考えを招き、メナリヤはすぐ頭を振るった。
「時と場合を考えろ、私」
何を色惚けているのだ自分はッ!!
先程から油断するとすぐにあの骸骨兜を思い浮かんでしまう。
ルーセントが──親友が酷いことになったのだぞ!?
家や家族と呼んでもいい場所が失ったのだぞ!?
自分が住んでる街を見ろ! 無惨な光景だ! 失った命は数えきれない!
なに一人だけ、微温湯に浸っているのだと、己を罵声した。
分かっている。自覚している。だから、今はこの感情は蓋にしろ。
そう思っていても、溢れる感情が止まらなかった。
「私って、こんなに最低だったんだ」
己を嫌悪した。負担ネガティブ思考は避けていたが、浮ついた心には丁度いい。
前世持ちで油断していた。他と比べて優秀だったから己惚れていたんだ。
結局、自分のことだけしか考えていない。折角、両親が教団関係者だったのだ。もっと、前世の記憶を使っていれば、こんなことに──。
破滅の震撼が怒涛の如く撒き散らした。
「!?」
失意の海に落ちかけていたメナリヤ意思が浮上する。
大きな雷が近くに落ちたような轟音。一度きりではない。爆撃音。吹き飛ばされそうな突風がメナリヤを襲う。地面が震えた。経験したことがない地震に足がすくんだ。 再び落雷のような轟音。幾たびも掻き鳴らし、破滅の空気を伝播させた。
「戦っている?」
片方はおそらく骸骨兜。ならば、もう片方が魔族だろう。
戦っているだと? あの魔卿クラスを一方的に殺した存在が。
激闘であることは、文字通り肌で感じている。
咄嗟に引き返すべきと判断しようとしたが、その遅れた思考が彼女の命運を分けた。
「!?」
意識を前方に集中したことで、気づけた魔力の渦。咄嗟に抱えているルーセントを強く握りしめて、全力で両足を強化。地面を蹴って空高く跳躍する。
次の瞬間──紫に色に怪しくうねる放流が自分たちがたい場所を通り過ぎた。
舗装された地面が、連なれた建物が、転がった死骸が、ドロドロにとけていく。
「あ───」
溶解していく光景を見下ろし、メナリヤは血の気が引いた。
もしも、あの時点で逃げようと踵返したら、巻き込まれていただろう。障壁を展開していても助からなかった可能性が高い。
近くにあった高所に着地すると、何が起こっていたのか理解した。
予想通り戦っている。
漆黒の骸骨兜が赤い刃の大鎌を振りかざし、一体の魔族と戦っていた。
回復した霊力で視覚強化したことにより、遠目からでもメナリヤはその光景を覗き見る。
場所は防壁前の大広間。その成れの果て。戦いによって、既にほとんどの建物は倒壊、あるいは泥のように溶けていた。
死神の風体と対峙しているのは山羊頭に黒い翼を持った悪魔。
音と同時に互いにが動き、交差するごとに何合も重ねた。
死神は振るうは大鎌の赤い刃。
豪風を巻き散らした必殺を込めた一撃。文字通り死に至らしめる断頭。同時に半壊だった家屋が切り裂かれる。隠れた人がいるかもしれないなど、まったく気にしていない。容赦ない純粋な殺意を悪魔が空中に展開した障壁で受け止めた。
対する山羊頭の悪魔は魔術を放っていた。氷の槍に紫の閃光。
多次元方向から襲いくる魔力の暴力を、骸骨兜は白い法衣を翻し、霊力に寄る挙動か寸前で回避を繰り返す。悪魔とは違って防御の姿勢はとらない。それよりも大鎌を振って相手を殺そうとしている。
本物の闘争。
所詮、先程まで自分や彼がやっていたのは、単なる駆除と迎撃。
力と力のぶつかり合い。正真正銘の命の奪い合いだった。
「───」
生まれて初めて目の当たりた激戦を前にメナリヤは言葉を失った。
何より、骸骨兜が戦っている相手を、メナリヤは知っていた。
魔王バフォメット。異教徒に邪神と崇められている最上位の魔族。『白夜のバプテスマ』では主人公を窮地に貶めた一角だ。
なんで、あんな化け物がここにいる?
信じられない光景に呆然とした今のメナリヤは隙だらけ。
「自分、そんなとこでおったら死ぬで」
「!?」
そんな彼女に呼びかけたのは、独特の訛りを持った剽軽な声だった。
いつの間にか自分の傍に見知らぬ男が立っていた。
「だ、だれ?」
反射的にメナリヤはルーセントを守る様に隠しながら、相手に尋ねる。
長身で精悍な顔立ちは若々しく、下は長ズボンとブーツを履いているが、上は着物──遠い島国、原作『白夜のバプテスマ』』の更に源流『闇夜の蛍』の舞台である日本をベースにした扶桑国のものだった。腰に差している獲物は太刀と呼ばれる曲刀だろう。
顔もこの国のものではない。扶桑人だろうか?
「僕? 僕の名は──
あそこで妖──魔族と戦っている奴の相棒みたいなもん」
「相棒?」
すぐ傍で苛烈な戦いが繰り広げているのにも関わらず、和兵恵と名乗った男はとても自然体で喋りかけていた。
「そ。この国の人なら知っとるかもな。あいつ教団の異端管理局つうとこの執行者。
フェリシタルていうんやけどな。周りのこと気にせんから巻き込まれて死んでまうで。
雑魚なら兎も角、あれは禁地に住んでそうな凶妖──ここやったら魔王とか呼ばれるんちゃう?
流石にあいつでも手こずると思うわ」
「フェリシタル……、それがあの人の名前」
メナリヤの予想通り、骸骨兜の男は教団の執行者のようだ。
和兵恵の忠告通り、あの戦いぶりならば、巻き込まれる恐れもあるだろう。
「貴方は、離れなくていいの?」
「僕? いや、流石に巻き込まれるくらいなら相棒務まらんやろ」
「なら、貴方の傍にいたら大丈夫ね」
メナリヤはそう言って、骸骨兜の男──フェリシタルが戦っている様子に視線を戻し、和兵恵は目を丸くした。
「なんなん自分。今、あったばかりの男に護衛させる気かいな?」
「女の子二人守れる余裕ないなら逃げるけど」
「言うやんけ。おう、その挑発に乗ったるわ」
「それはどうも」
「…………。もっと感謝の言葉ないん? ありがとうございますとか。ていうか、なんであいつの戦いを──」
「黙って、気が散る」
「この女、無礼やわぁ。地元やったら無礼打ちやで」
唖然とする和兵恵だったが、彼の登場でメナリヤは冷静さを取り戻した。
気になる相手の名前を知れたのも、大きな収穫である。
奇妙な邂逅を果たしたところで、膠着状態の戦いが動く。
フェリシタルが握っていた大鎌から片手を離した。
「────」
何かを呟くと、空いた片手から閃光が迸る。
霊力の矢。それがまっすぐとバフォメットに向かう。
「ッ……」
ここまで、大鎌のみの攻撃しかしなかった相手の違う攻撃にバフォメットは僅かに驚いた。それだけだった。なんであれば、今まで行っていた鎌による斬撃の方が恐ろしかった。
防壁を張る魔力すら勿体ない矮小な攻撃。そのまま矢を肌で受け止める。思ったとおり、多少霊力があったが火傷一つ負わなかった。単なる牽制か?
「馬鹿め。驕ったな」
「!?」
フェリシタルがバフォメットに接近していた。
僅かな驚き。そして嘲笑。それで生まれた一瞬の隙をついて、眼前まで迫ったのである。
既に死神の刃は振るわれた。防御は間に合わない。戦いを見守っていたメナリヤは思わず顔を綻ばせた。
「馬鹿め。驕ったのは貴様だ」
金属音が響いた。大鎌の赤い刃がバフォメットの腹部に当たって、止まっていたのだ。
山羊の顔が獰猛に笑う。
「障壁で貴様の威力は分かった。よい斬撃だが我が秘術ならば防げるとな」
悪魔は両手を翳すと、目の前にいた人間を魔力の閃光で飲み込んだ。
こちらの主人公は和風鬱の伴部くんとは似てるとこあっても真逆です。