赫きヴィア・ドロローサ~ハッピーエンドは無くなりました 作:貫咲賢希
魔王バフォメットの特秀した異能は二つ。固結に溶融。
固結は物体、精神の異常結合。
空気中の水分を集め、冷却せず氷を産み出し、あるときは槍に、あるときは檻として利用する。身体の細胞を固結すれば、より肉体へと一時期に変化させることが可能だ。フェリシタルの大鎌を受け止められた原因。元々強靭な肉体である魔族の細胞を固結させ、魔力障壁に等しい鎧へと作り替えたのだ。
次に溶融。物理学では固体が液体になる現象であるが、固結同様魔道の域に達した異能は、あらゆる物質と理性を溶かす。
岩も鉄も木も大地も例外なく、泥のように溶かすのだ。無論人体も例外ではない。
全力であれば城一つを泥に変える魔業を一人の人間に放った。
物質を溶解せし紫の閃光は狙った獲物を飲み込み、放出された魔力の反動で吹き飛ばす。先にあった半壊の建物一帯を跡形のなく液状に変えて泥沼と化した。
「手練れだったが、所詮この程度か」
建物諸共溶けて消えた敵を評価してすぐ貶める。
下僕の魔族たちを葬った実力は確かだ。実際、相対して殆ど大鎌を振るうだけの相手だったが、純粋な暴力を前に下手な小細工など枷になる。風と共に絶叫する大鎌は正しく脅威だった。
胸の黒い十字架を見る限り、気に食わない教団の戦士だったのだろう。より慎重に立ち回ればまだ粘れただろうが、勝ちに焦った性急な行動ゆえに命を落とした。
殆どの人間とはそういうものだ。
浅はかで、矮小で、蒙昧、短慮。
恵まれたもの、積み上げたものをあっさりと台無しにする愚か者。
稀に突出した存在もいるが、人間とは短命だ。優れた主導者がいなくなれば、崩壊した帝国のようにすぐ瓦解する。神に愛された皇帝が亡失した途端、あの国は破滅の道を歩んだ。
慈悲や正義など妄言。平和を愛すると口にしながら、私欲を肥やす。
正真正銘の道化だ。ならば、より愉しんでやらねばならんだろう。
バフォメットにとって人間は趣向品。同族である魔族たちも同列。己以外全てが自分の悦を満たすだけの道具に過ぎない。
欲の為に苦労することも時にはあるが、終われば労働の分だけ成果はある。先程まで戦っていた人間を殺したとき、有象無象を蹴散らしたときよりも爽快感があった。
死んだ下僕たち代わりに、抵抗する人間を皆殺しにしなければ。
新しい下僕たちも必要だ。宴もかねて、いきのいい人間の女は孕袋として残さなければ。
精神を溶かし人間と魔族の
バフォメットが開催する宴は単なる性欲の発散だけではなく魔術儀式だ。
素質があれば何も力もない人間が魔力を持ち己の眷属になる。ゆえに古来より、一部の無力な人間からは神としても崇められていた。
物質や精神ではなく、生命の在り方すら変貌させる悪魔。
変革の邪神──魔王バフォメット。
誕生して今まで繰り返した、所業を今宵も享受する。
だがその前に、少し休憩も必要だろう。
「う、そ……………」
「あいつ───」
ほら、あそこにとても美味そうな人間が残っているではないか。
+ + +
「女二人に──極東の島国から来た人間だな」
「なんや。妖のくせに異国文化も学んでるんかいな、顔に似合わず勤勉やな」
黒い翼を羽搏き、メナリヤたちの和兵恵の前に現れるバフォメット。
魔王を前に和兵恵は腰の刀も抜かず、自然体で対峙する。傍にいるメナリヤは気絶したルーセントを抱えながら、別方向──フェリシタルが吹き飛ばされた方角を向き、血の気が引いた顔で呆然としていた。
失意の理由なぞ推し量れないバフォメットは、脅威にならなさそうな女たちは一旦蚊帳の外におき、和兵恵だけを注視する。
「当然だ。時間を貪りながら知恵を身に付けぬ命など存在するに値せん」
「偉そうなことを。どうせ己以外のもんは大して価値ないと思ってる口やろ、木瓜」
「ほう、島国の蛮族風情にしては理解するだけの脳みそはあるようだ」
罵り合って互いに動こうとはしない。態々会話をしているのは相手の出方を疑っている証拠だ。少なくともバフォメットは口にしている程、異国の男を軽んじてはいなかった。
飄々な態度をしているが、内に秘めた霊力は戦わなくても分かる。
腰に差した刃を抜かないのは、いつでも抜ける自信の表れ。隙があれば何時でも首を落とすつもりだろう。
「さっきから何様なん。妖の癖に
「それはこちらのセリフだ。平服してそこの女たちを差し出せば、見逃してやらんこともないぞ? 故郷でない地で死にたくはあるまい」
「その気もない癖によく言うわ。ていうか前から思っててんけど、なんで自分ら同族と交わへんの? こっちからしたら犬畜生と交尾してるもんやで。きもいわぁ」
「それには明確な学問的理由もあるのだがな。同族とも勿論交わるが、人間と交わるのは好奇心が大きいだろう」
呆然としたメナリヤが反応する。和兵恵に意識を集中しているバフォメットは彼女の様子に気づいてはいなかった。
「こちらも誰彼構わずまぐわってはいない。皮肉なことに美醜の価値観は人間と魔族とではそう変わらないのだ。犬畜生豚や虫を好む悪食はいるがな。
魔に魅入られたのだ。選ばれた者は寧ろ光栄に思ってほしいところだな」
「ふ、ざけるなッ!」
今まで塞いでいた女が口を開いたことで和兵恵とバフォメットも彼女に視線を移した。
どちらも等しくメナリヤをそこまで気にしていない。単に物音がしたから、目を向けた程度。だとしても烈火のごとく、彼女は怒声を巻き散らす。
友の尊厳が穢されたことを光栄に思えなど、口が裂けても許すことなどできなかった。
「ただの暴行魔が偉そうな口を言うなッ! どうせ同じ魔族にモテないから、無理やりしているだけでしょ、このブサメンくされ山羊ッ!」
「……意味不明な啖呵だが、威勢は伝わったぞ。
たいそう大事そうに抱えている女は他の魔族に穢された後のようだな」
「っ!?」
「ならば、同じ道を歩ませてやろうでないか。
安心しろ。精神を溶かし、感じたこともない快楽を味あわせてやる」
バフォメットの脅しを聞いたメナリヤは鼻で笑った。
「どうせ如何わしい魔術に頼るのでしょう? それとも生物的麻薬かなにか?
薬キメ紛いをさも自分の実力のように言うなんて、程度が知れるわね」
「……。……生娘がよくほざく」
「うわッ、鳥肌がたった。なに、匂いで判断してるの?
お前、山羊に見えるけど実は豚か何か?
いや、それは豚に失礼ね。豚は食べたら美味しいし、見た目もよく見たら悪くない」
「──我を豚以下だと言いたいのか?」
「理解できなかった? 長いし過ぎて痴呆になってるんじゃないの?」
「貴様ッ!!」
「はぁはははは! 笑わすやん、自分!」
成り行きを見守っていた和兵恵だったが、溜まらず大爆笑した。
「ええやん! 凶妖──やのうて魔王を目の前にして、それだけ吼えれるの気持ちいいわ! たいした度胸やで!」
「え、えっと……どうも」
意外な処からの賞賛に思わずメナリヤは溜飲を下げる。
対するバフォメットとはいうと、今にも襲い掛かりそうなほど青筋を立てていた。
「貴様も馬鹿にするか?」
「いや、最初から馬鹿してるで──」
さも当然のように、和兵恵は言う。
「自分、いつ僕の相棒が死んだと思ったん?」
バフォメットの頭上に赤い煌めきが降り落された。
+ + +
大鎌はお世辞にも優れた武器とはいえない。
人間の歴史からみれば武器ではなく農具だ。
特に小回りのきく本来の手鎌と比べ、大鎌は生え過ぎた雑草でしか使用しない。
鎌を武器として使用したのは、主に国が民の武装を禁止されている農村である。どんなに貧困な村でも、農具である鎌より石を研いで作った槍の方が武器としては優秀だ。
優秀な武器とは誰でも扱いやすく、持ち運びに優れている。剣や槍が主流の理由であり、文明が発達すれば銃が筆頭に上がるだろう。
様々な選択肢から大鎌とは武器として扱う者は酔狂であるのか。
所詮、農具である大鎌は死神を連想させるだけしか取り柄のない魅せ武器なのか。
大鎌を振り落としたフェリシタルは、少なくとも己が最も殺せる武器として握っている。
鋭利な突起は簡単に岩や硬い大地を砕く。
剣や槍や重量を叩きつける槌でも同じ破壊力にはならない。銃など、余程火力がない限り小さな穴ができるだけだ。
大鎌は鶴嘴の特徴を持っていた。
形が類似しており、更に鋭く研ぎ澄まされた質量を、全身の力が発揮する振り落としで、鋭利な先端に破壊力を集中させる。
威力だけで語るならば、大鎌は高い殺傷能力を備えていた。
禍々しい大鎌の赤い刃がバフォメットの後頭部に深く沈む。
僅かに遅れて
泥の大地に津波が起こった。
音速を超えた一撃が容赦なく悪魔の脳天を穿った。
「■◎▼X───────!!?」
言葉にならない絶叫がバフォメットの喉から迸った。
皮膚を割き、頭蓋骨を砕き、脳を貫通して、舌を穿ち、顎の下から赤い刃が血を吹き出して現れる。
油断していたわけではなかった。和兵恵を強者と判断していたバフォメットは、少し前にフェリシタルの斬撃を受け止めた同様細胞を固結させ防御態勢を取り、その上から不可視の魔力障壁も展開していた。
先程よりも強固な守りだったにも関わらず、不意打ちとはいえフェリシタルの振り突きはあっさりと魔王が築いた城壁を打ち破った。あまり余った衝撃は空に舞っていたバフォメットを大地に突き落とす。
飛沫が上がる。バフォメットの異能で泥になった建物と大地の影響により、この周辺は半ば沼状になっていた。己が作った泥でバフォメットは身体を汚した。
「馬鹿、なッ、この力は!?」
肉の音を巻き散らしながら赤い刃が引き抜かれると、バフォメットは驚愕の念を隠せず現した。脳すら破壊されても、すぐ喋れるは魔王と恐れられる生命の賜物であるが再生が許されたのはそこまでだった。
脳を穿いた赤い刃が今度は首に添えられる。
久しく感じてなかった死の恐怖がバフォメットに襲い掛かった。
駄目だ! この鎌に首を斬り落とされたら駄目だ! 理屈は究明できないが、確実な死が迫ると直感で理解した。
逃げなければと、背中の翼を藻掻くように羽搏かせる。
「鬱陶しいッ」
言葉通り、心底鬱陶しそうな声。
バフォメットの背中を踏んでいたフェリシタルはそこにあった翼を片腕で捥いだ。
「もま、あ、があ、あ゛あああああッ!!!」
幾つもの血管が切れ、血が噴き出す。引き千切った翼はゴミのようにその場に捨てられた。
有り得ない。最初に対峙していたときよりも、明らかに力が増していた。
何処にそんな力を隠して持っていたのか、バフォメットは少しでも確かめる為に首を動かし、絶句する。
虫けらをでも踏みつぶしているように君臨していた死神の姿。
漆黒の骸骨兜。得物は己の命を刈り取ろうしている赤い刃の大鎌。長い間、魔族を殺し戦ってもなお汚れが見えない純白の法衣。更に背中には、見慣れないものがあった。
血のように吹き出す、神秘を宿した
その正体を、長年この地で生きていたバフォメットは知っていた。
「馬鹿なッ! 天使の翼だと! 貴様、人間の、男の身でありながら、何故天使の力をその身に宿している!? 天使の力が宿るのは、人間の女──聖女だけではなかったのか!?」
「答える義理はない」
「いや、本当に天使の力だとしても、我が全て溶かす秘術を何故まともに受けて生きているのだ!?」
「自惚れな、
「ぐぎ!」
フェリシタルは残った翼も捥ぎながら、足元の悪魔を見下す。
「貴様の異能は個体と精神を溶かす。光、霊力といった光体は不干渉だろ。霊力で身を守れば簡単に防げる。
何百年同じ手品を使っているんだ。馬鹿の一つ覚えめ」
バフォメットという魔王の名前は何年も知れ渡っていた。
それゆえに、攻略方法も研究されていた。
「だとしても、我が魔力をまともに受けてるのだぞ!? 無傷のはずが───」
「それこそ貴様の力不足だ」
「ぐぎゃああああ!?」
残った羽根も千切られて、棄てられた。
仕上げと言わんばかりに大鎌の刃が首に沈む。
途端、バフォメットは全身から汗を吹き出し、必死で生に至る道を模索した。
「や、やめろ! そうだ! お前の眷属になろう! 古の秘術! 我はお前に、貴方様に屈服する! 隷属の契約だ! 魔王の力だ! 役に立つ、だから──」
死の目の前に、長年保っていた矜持が崩れ去る。
「反吐が出るッ!!」
「ひぎッ」
助けを求める声を、その一言で踏み潰した。
「虫唾が走る。命乞いをするな屑がッ! 間抜けに都合のいい話などあるか。今から殺す。何も残せると思うなよ。呪いもさせない。彷徨うこともできない。とっとと死ねッ!!」
深淵からの怨嗟だった。命が奪われる以上の恐怖を悪魔が感じた。
尚も怒気を巻き散らしながら、大鎌を引かれた。
「いやだ、許し───」
「赦しは天で乞へ」
+ + +
「うわ、わ、すごッ! 魔王、倒しちゃったッ!」
怒涛の展開で一瞬ついていけなかったが、目の前で起きた光景にメナリヤは感嘆する。
原作である『白夜のバプテスマ』でもバフォメットは主人公たちをかなり追い詰めた敵だった。戦いの最中で出た犠牲者も少なくなかった。
フェリシタルという男は強敵を一人で難なく倒したのである。
バフォメットを斃す光景は遠目から見ても惨かった。清々しさを与えることは許さない残酷な殺し方であった。メナリヤもそう感じているのに、胸の中ではフェリシタルの賞賛でいっぱいだった。
(本当にすごい! 怖い! カッコいい!)
執行者はみんな彼のようなのか? 彼だけが特別なのか?
特に気がかりなのはあの翼。赫い天使の翼。距離が離れても分かる神秘の力。
教団において天使の力を宿す存在がいる。それが聖女だ。即ち女。
男の人だと思っていたが、実は女の人なのだろうか?
声や骨格からしてそうは見えないが。
決めつけはよくない。でも、女の人だと何故か困っている自分がいた。
「初めて見たけど、あの力は天使? それで魔族の攻撃に耐えられたってわけ?
けど、女の人には──」
「男やで」
「そう! なら、よかっ──」
聞こえた声に思わず安心し、ばつが悪い顔でメナリヤは首を向ける。
にやにやしている扶桑国人の顔があった。
「ちなみにあの山羊頭の魔力に耐えれたのは、霊力膜。
障壁よりも薄いがその分早く展開できて、身体全体を包めるねん。
予めそこいらの建物に霊力膜を張ってて、どの程度の霊力なら凌げるか計算してたんやな。半壊の建物があったのはその理由。
でなければ、もっとこの辺りは山羊頭のせいでドロドロになってたやろ」
両者、周りの被害を考慮しない攻防だったが、フェリシタルの余波は大きな切れ目を与えるのに対して、バフォメットの異能は諸共溶かしつくすものだった。
バフォメットの光を受けて、少しでも形が残っていた建物は、和兵恵の説明通り、フェリシタルがどの程度の防御であればあの異能に耐えられるか調べる為、彼が戦闘中に施した霊力の結界、あるいは障壁、防御膜だったのである。
魔王と相対しながら、仕掛けをしていたことにメナリヤは驚嘆する。
「な、なるほど。そこまで考えてたんだ。やっぱり、すごい人だ」
「随分とあいつにご執心やんけ」
「いや、それは、助けてもらったから、それで、感謝してるというか、えっと」
「ふ~ん」
指摘されたメナリヤはしどろもどろに反応し、耐え切れずそっぽを向く。
顔が赤い彼女を見て理解した和兵恵は静かな視線を向けた。
「別に人の趣味をとやかく言うつもりはあらへんけど」
「!? べ、別に私はあの人のこと気になっているとか、そんなんじゃ!」
「あいつは止めたほうがいいで」
上擦って狼狽する彼女を無視して、和兵恵は言った。
「見ての通り、おっかない奴やし。あいつは敵を殺す為なら何でも利用するからな。
フェリシタルの得意技は不意打ちやねんけど、敵が余所見してるときによく効くねん。
当たり前のことやけどな。さっき、あいつは僕らを囮したで」
「…………」
魔王の異能が自分の霊力で耐えれると分かっているならば、受け切ったときに反撃するのでもよかった。
フェリシタルはあえて受け流し、相手に倒したと誤解させ、更には和兵恵たちに意識が向けられた状態をワザと狙ったのである。
確実に相手を殺す為の手段。
「お連れさん、今も目覚まさへんほど酷い目に遭ったようやけど、その子に酷い目に遭わした奴、殺したの多分フェリシタルやろ?
殺したの不意打ちとやったんやない?
あいつがよくやる手や。囮にする為、その子が虐められてるのきっと遠くから黙って見てたと思うで」
「それはないわね」
はっきりとメナリヤは否定した。
即座の返しに和兵恵は失笑する。
「流石に盲目し過ぎちゃう?」
「私も襲われかけてた。囮にするなら私も襲われてからの方が確実よ」
見る限り、情け容赦ないことは分かっていた。
周りのことなど気にしてない粗暴さを感じた。
同時に苦しむ誰を態々利用するような下劣な行為を好んでいるようには思えない。
企てを好むのであれば、魔王の誘いも少しは乗っていただろう。
きっと、あの人は理屈よりも感情で動く人だ。
「おう、そうかい。それもそうか。これは一本取られたわ!」
けらけらと破顔する和兵恵をメナリヤは白い目で見た。
「ごめんごめん。ちょいとばかり意地悪やったな。実際、そんな場面に遭遇したらあいつならすぐ手出すよ。不意打ち得意なのとさっき僕ら、というか僕を囮にしたのは事実やけどな。相棒故の信頼ってやつやね」
「態々言う必要ない。というか、さっきから相棒相棒ていうけど本当なの?
貴方一人でしか言ってないし、あの人と会話なんかしてないし」
別に否定するつもりはないのだが、妙にメナリヤは腹が立った。
一々、仲がいいことを公言する。そっちの趣味と疑ってしまうだろ。聞く感じ、メナリヤをからかっているようにしか見えないのが幸いだ。
「言ったな。よし、僕らの仲良しなところ見せて──フェリシタル、残りの妖を殺しに行ってるやん」
「え!?」
視線を戻すとバフォメットの無残な死体だけが残っており、フェリシタルの姿は何処にもなかった。
遠くから破壊音が木霊している。苛烈な様子から、街にいた抵抗勢力とは思えなかった。
「というわけで僕も手伝いに行くわ。後が怖いし。まぁどの道、持ち場ほったらかして観戦しに来たの文句言われるんやろうけど」
「え、ちょっと────」
「ほな、さいなら」
和兵恵が忽然とメナリヤの前から消えた。
霊力で脚力を強化して移動したのだ。同じ芸当はメナリヤもできるが、速度が違い過ぎる。
戦う姿を目の当たりしてはいないが、魔王が警戒していた様子も考えるに、彼もフェリシタルの同様のメナリヤの想像を超えた強者なのかもしれない。
「言い忘れたけど、あいつは止めたほうがいいのもほんまやで!」
「なッ!?」
遠くから声が聞こえた。
言い換えそうにも相手の姿はなく、ルーセントがいるので追いかける選択肢はない。
ぽつんと残されたメナリヤはあれだけ騒ぎがあったのにも関わらず、まだ目を覚ましていないルーセント見下ろした。
規則正しい呼吸。閉じられた長い睫毛。それだけ見れば単に眠っているだけのように見えた。そうであればどれだけよかったか。
「わざわざ言われなくても、わかってるわよ」
苛立ちを誤魔化すように、メナリヤは瞳を閉じる友の頬を撫でた。
+ + +
「堕ちましたか魔王殿。想定より早いですね」
アナトナの遥か上空。雲の抜けた先に女がいた。
白い髪が風で揺れる。静謐の夜が彼女の美しさを引き立てる。
月光で照らされた背には
幻想はここに。彼女こそは、まさしく神話で語り継がれる天使そのものだ。
奴隷のような鎖付きの首輪が、均衡がとれた体と合わさり背徳的魅力を与える。
地上で繰り広げられた戦いを彼女は一部始終見ていた。
「噂通りの執行者殿に退魔士殿。お見事です」
相手が悪かった。運が悪かった。
予想通りならこの国の首都で戦果を上げるはずだったが、近くに最近暴れ回っている一角に見つかるとは。
全盛期、あるいは情勢が均衡状態であれば、もっと苛烈な戦いが眼下で起きただろうか。
それでも勝っていたのはあの執行者。あの一家の退魔士すら控えていた。勝ちはなかった。
故に負けた魔王は蔑まず、勝利者を誉めた讃える。よくぞ魔王を討ち取った。
「ですが、やはり後手。
先手でなければ対象ではありません」
落胆はない。ただの事実確認。
気が滅入るのはこの後、別の仕事だ。
「では、参りましょうか。
……血はほぼ薄れているはずなのに、揃いも揃って小間使いが荒いのは困りますね」
言葉ほど落胆の色はなく天使は翼を翻し、夜の彼方に消えていく。
この名画のような光景を知る者は誰もいなかった。