赫きヴィア・ドロローサ~ハッピーエンドは無くなりました   作:貫咲賢希

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第4節:隠していた感情を叫んで

 日が沈んだ街を多くの篝火が照らす。人々のざわめきが夜の静寂に響き渡る。

 本来であれば交通と歩行安全の為、各建物の出入り口に最小限の明かりを灯せば不要不急の外出は禁止されていた。

 魔族の襲撃を何とか凌いだアナトナは先程まであった戦いの様子はなく負傷者の手当てや救助、休息に尽力を注いでいた。

 執行者と魔王のとの戦いで壊滅的な被害を受けた街の北部とは反対側の南部に臨時的な拠点を設置していた。家が無事だった人間も殆どここに集まっている。一人で家に立て籠って、火事場泥棒や魔族の生き残りに襲われることを避けるためだ。

 

「──では、君たちはこの辺りを捜索してくれ。まだ魔族が隠れ潜んでいるかもしれないので、くれぐれも用心は怠らないように」

 

 一人の常駐騎士が部下の騎士に命令を下す。

 若い男だった。殆どの人間が憔悴している中、整った顔は活気が満ちていた。

 この常駐騎士が現状この場を殆ど仕切っている。部下を率いるには成人して間もない若さが残っていたが、自分の上司である人間が戦死しや今後の対応の相談をしていた為、残った彼が現場指揮をしていた。

 本来であれば、教団側が率先して人命救助の役割を担うはずだが、代表者である司祭が戦死しており、残っていた人間は年若い女二名のみ。

 メナリヤとルーセント。街で有名な年若い教会関係者。

 特にルーセントは魔族に襲われた後まだ目を覚ましてない状態。

 

 当初、一部の人間が働かないメナリヤを責立てたりしていた。

 

 やれ、なんで魔族を斃してくれなかった。

 やれ、魔族に襲われたのはお前たちが結界をちゃんとしなかったからだ。

 やれ、霊力を持っているなら力の限り尽くせ。霊力は神に与えられた賜物。無駄にするな。

 

 いつもなら言い返しの一つもしていたメナリヤも疲労でする気力がなく、周りから好き勝手言われ放題。

 代わりに対抗したのが、老女を中心とし、運よく生き残った彼女たちの顔馴染みである。

 「この子たちは、こんなにボロボロになるまで頑張ったのだから、今度は自分たちが頑張る番じゃろうがい!」と激を飛ばした。

 庇ってくれた人たちの優しさに、メナリヤは泣きながら「ありがとうございます」と感謝した。

 

「見ての通り緊急時だ。店の在庫で残っているものはここに。勿論、補填は可能な限り後でする。そのため書類には必ず双方のサインを」

 

 場所は戻り、とある一角。

 若輩の常駐騎士の言葉に、顰め面を浮かべながらも商人たちは指示に従う。

 明日も分からない状態なのだから、利益の為、生活の為、貯えは残したかったが、目の前の彼は目の前の騎士に借りがあった。

 騎士は混乱の最中、冷静に可能な限り多くの人間たちを一か所に避難させ、守り切った。

 ──周りが続々と死亡していく中、たった一人で。

 更には不安と恐怖で押しつぶされそうになる人間を励ました。その姿で懸想を抱いた女性も少なくない。

 メナリヤの件を含めて、緊急時であるからこそ、いつもより揉め事が多い。そんな中で彼が指揮した持ち場はとても円滑にことが運んでいた。互いが協力し合い、一つになっていた。

 

 憔悴の最中でも確かにあった活気が、一瞬で凍り付く。

 

 フェリシタルだった。

 

 闇から抜け出すように現れた彼の登場に、周りの人間たちは動きを止めて絶句し、畏怖する。

 この街を襲っていた魔族の頭目と他大半も殺した最大の功労者であるが、黒い骸骨兜、赤い刃の大鎌という装いに加えて、突き刺すような覇気が周りに鬼胎(きたい)を抱かせる。

 純白の法衣に返り血がないことが毛程の差で恐怖を緩和しているも、あれだけの殺戮を繰り広げていたことを知る者ならば、薄気味悪いと感じただろう。

 

 己に向けられる奇異な視線や遠ざかる気配など微塵も気にせず、フェリシタルは突き進み、現場を指揮していた常駐騎士の目の前で止まった。

 

「ッ、漆黒の、骸骨兜──」

 

 青ざめた顔ながら口を開けたのは訓練の賜物か。

 震えて怯える者もいる中、騎士は笑みを浮かべた。酷く引き摺っていたが、表情を変えられただけでも胆力がある証拠である。

 

「貴方様ですね。この街を侵略してきた魔王を討伐されたのは」

 

 常駐騎士である彼は、既にこの街の脅威がどのようにして去ったのか聞き及んでいる。

 救聖教団異端管理局の執行者と異国からの協力者。

 顔の殆どを覆った漆黒骸骨兜の内にどんな表情が隠れているか分からないが、形だけでも、誠意を見せなければ外聞が悪い。

 

「この度はご助力を頂き誠に感謝────へ?」

 

 騎士の頭が首の上から吹き飛んだ。

 大鎌の一閃。周りや相手に予備動作すら悟られることがなかった、自然で鮮やかな殺害。

 一秒前まで意識が残っていた間抜けな表情のまま、地面に転がる。

 

 何処かの女が悲鳴を上げた。

 フェリシタルを恐れて見て見ぬふりしていた人間たちも異変に騒めき立てる。

 混乱と恐怖の渦中であるフェリシタルは周りの反応など気にせず、地面に転がった首をしばらく眺めた後、鼻を鳴らし、翻してきた道を戻ろうとする。

 

「!? おい!? おい待て、お前! おい! 止まれ──!?」

 

 去ろうとしたフェリシタルに気づいた一人の男は、彼を咄嗟に呼び止めて、後悔した。

 

「ひあっ!」

 

 殺される。

 黒い骸骨兜が自分に振り返ったとき、死を感じたのだ。

 屈強な男だった。実際に魔物、魔獣と遭遇してもここまでの恐怖を感じなかった男は、涙を浮かべた目を閉じた。飲んだばかりなばら失禁をしていただろう。

 凍えたように歯と歯を鳴らし、絶命に身構えるも、どれだけ経っても自分に意識はあった。

 恐る恐る瞳を開けると、まだ黒い骸骨兜がこちらを見ている。

 

「なんのようだ?」

 

 いつまでも呆然としている男に苛立ったフェリシタルは舌打ちと同時に尋ねた。

 骸骨兜から響く掠れた声で我に返った男は、恐る恐る疑問を投げかける。

 

「何故、その男、殺した?」

 

 少し冷静になると疑問を抱く余裕が生まれる。

 この男が魔族の恐ろしい見た目通り手先であれば、この時点で自分たちは皆殺しになっていたが、この骸骨兜は騎士の首を撥ねただけで立ち去ろうした。

 であるならば、騎士だけを殺した何かしらの理由があるはずだ。

 

「───コレを見ろ」

「うぉ!」

 

 フェリシタルは自分が撥ねた首を軽く足で転がし、疑問を投げかけた男に顔が見えるように止めた。

 曇った相手の状態など気にせず、淡々と説明する。

 

「髪で隠れていたが額に奇妙な模様があるだろ?

 コレは魔族に隷属した烙印。有名な形だ」

 

 騒めき立った辺りが急激に静まり返った。

 誰も彼もが死んだ男の顔を虚ろな瞳で見下ろしている。

 

「大方、街を堕とす手引きをすれば見返りがあったか、あるいは既に貰ったか。

 糞なことに騎士であるならば、この屑に守られたと勘違いした奴らが何人かいるかもしれん。

 憐れにもソイツらは魔族への手土産だっただろうよ。運が良い奴らだ。コレが無傷で魔族共に渡す為、他よりも無事でいられたのだからな」

「嘘」

 

 否定の言葉は誰だったのか、分からない。

 実際、死んだ男の額には奇妙な模様があり、男に匿われた人間は魔族に襲われなかった。よく確認すれば、汚れているものの死んだ男に怪我らしい怪我は存在しない。

 超常の力を持つ存在ならばいざ知らず、街の常駐騎士である凡人にそのような力はないはずだ。

 

「騙された。俺たちはもう少しで、魔族たちに!」

「ちくしょう! 魔族たちが死んだから、ほとぼりが済むまで、大人しくしてるつもりだったのか!」

 

 一人が首の無い男の死体を蹴った。続くように他の人間たちも動かない骸に蹴りを浴びせかける。

 鬱憤を捌け口として、既に命がなくなった肉体は、暴力によって形を変えていく。

 原因を作ったフェリシタルは今度こそ立ち去ろうとした。

 

「なぁ、他にもいるんじゃないか?」

 

 誰かが言った言葉を耳にして、自らの意思で再び立ち止まる。

 

「そうだ。こいつだけでこのアナトナを貶めるわけがねぇ!」

「そうよ! そうに違いないわ!」

「探せ! 異端狩りだ! 俺たちの街を台無しにした悪魔の手先をあぶりだせ!」

 

 鬱屈で押し込められた怒りが暴発した。

 狂乱が伝播する。殺意が充満する。

 事態が飲み込めなかった人間も周りに流されて、後に続こうとした。

 

「黙れ、ド素人共が──ッ!!」

 

 沸き立つ殺意をそれ以上の殺意がねじ伏せた。

 静寂が訪れる。

 最初にフェリシタルの到着で起こった沈黙が凍結ならば、今度は荒れ狂う暴風だった。

 

「街の外に逃げた奴はとっくに皆殺している。

 まだ残っているなら俺が殺す。

 邪魔するな。阿保が勝手に馬鹿騒ぎするなよ、糞共が。

 大半の奴らは騒ぎに乗じて、鬱憤を晴らしたいだけだろ。

 悪魔の手先と罵って金品を奪う。魔女と貶めて好き勝手犯す。自分たちは正しいことをしているという免罪符に欲望を満たす。

 舐めるなよ? 糞が糞を巻き散らすな、家畜以下のハイエナ共め。

 貴様らのような奴らがいるから、いつまで経っても異端審問が減らんのだ!!」

 

 底なしの憤懣だった。

 大勢が発露した一時の勢いなど霞むほどの、個人の怒り。

 異端管理局に所属するフェリシタルは今まで多くの魔女狩りを見てきた。

 魔女狩りの多くが冤罪や汚職の隠蔽、鬱憤の発散、意味もない生贄だった。正真正銘の魔女ならば、只人がいくら集まっても敵うはずない。

 あたかも正義執行だと騒ぎ立てる人間を、フェリシタルは人間を食い物にする魔族、時にはそれ以上に憎悪している。

 教団に所属する人間は魔族を怨むものが多く、異端管理局は不正を許さない。

 その中でもフェリシタルという男は規格外の厭忌を魂の奥底で燃やしている。彼に一体何があったのか、青ざめて怯んでいる有象無象には知る由もない。

 

「自分たちが糞ではないと否定するなら、せいぜい残った命を拾い集めろ」

 

 吐き捨てるように言い残し、背を向ける。

 異端狩り証である黒十字架が揺れ、今度こそフェリシタルはその場か去った。

 残された彼らは疑心暗鬼の駆られながらも、徐々に手を動かし始めたのであった。

 

 + + +

 

 フェリシタルが騒動を起こした場所から離れた位置に設置された簡易テント地。

 メナリヤは自分たちに与えられた一つのテントに結界を施した。

 万が一、寝込みを襲われないようにする為である。人類史始まって以来犯罪が起きなかった日はないと言われる程だ。警戒したことに越したことはない。

 貸し与えられたランプに照らされながら、メナリヤは旅路用寝具で眠るルーセントを見守っていた。

 

「っ────」

「!?」

 

 閉じられた長い睫毛が動き、青い瞳が露になる

 虚ろだった目は辺りを見渡すように彷徨い、メナリヤの姿を映すと光を灯した。

 

「メナリヤ……」

「ルーセント!? よかった、目を覚まして。もしかしたら、もう起きてくれないかと心配して!」

「……大きな声出さないで。びっくりしちゃったわ」

「あ、ごめん」

「ふふふ……」

 

 俯くメナリヤを見て、ルーセントは柔らかく微笑む。

 彼女は周囲を見渡しながら徐々に覚醒し、自分が置かれた状況と何があったのか思い出した。

 

「あ──わ、たし、メナリヤの前で」

「ぁッ!?」

 

 大きく見開いたルーセントに覆いかぶさるようメナリヤは彼女に抱き着いた。

 震えた身体で両腕を親友の首後ろに回す。

 

「もう、大丈夫だから……。思い出さなくていいから……。もう終わったから……ね」

「…………」

 

 絞り出すような声で囁く声を耳にしながら、ルーセントは布団から出せた右腕でメナリヤの背をゆっくりと撫でた。

 互いに鼓動を感じる。互いの熱が伝わる。呼吸を耳にして生きている実感を得る。

 薄いテントの幕から外の物音が聞こえる。誰かが断末魔ではない。苦しい叫びでもない。痛々しくも命が活動する賑わい。人の生を謳歌が二人の時間を奏でる。

 どれだけ抱き合ったかは定かではなく、沈黙を破ったのはメナリヤだった。

 

「えっと、重いよね。ごめんね。どくね」

「気にしないわ。このままずっといてもいいくらいだもの」

「なら、このまま眠る?」

「そうしたいところだけど、流石に目が冴えたわ。何があったか教えてくれるかしら?

 魔族に捉えられた、わけじゃないわよね」

「うん。助かったよ。助けられたの。ちゃんと話すならやっぱり起きるわ」

「あ──」

 

 メナリヤが離れると、ルーセントは名残惜しそうにしながらも自らも上体を起こす。

 

「えっと、何処から話したらいいか…………」

 

 説明しようとしたメナリヤだったが、冒頭から話すとどうしてもルーセントに起こった悲劇から始めることになる。

 どうやって誤魔化そうかと言葉を詰まらせるメナリヤに、ルーセントが苦笑した。

 

「最初からでいいわ。気にしてないなんて嘘になるから言えないけど、その方が説明し易いでしょう?」

「ごめん」

「メナリヤが謝ることなんてないわ。それで何があったの? 誰かが助けてくれたの?」

「あ! ええ! とんでもない人が来てくれたのッ!」

「───。─────────」

 

 綺羅綺羅とした笑顔が瞬き輝いた。鬱屈だった空気が嘘のように晴れる。

 あまりにも豹変ぶりに、ルーセントは言葉を失う。

 メナリヤがこれ程頬を染めて頬を綻ばせた姿を、幼い頃から何年も過ごしてきた彼女は初めて見た。

 語ることが夢中なメナリヤは聞き手の様子に気付いてはいない。

 

「私も危なくなったときに来てくれてね! ルーセントを虐めてた奴とまとめていっぱいいた魔族を倒しちゃったの!」

「…………」

「その後、疲れた私たちに霊薬もくれたのよ! ちゃんと二本! あとでルーセントにもあげるね! 効果は私が飲んだからお墨付き。すっごく元気になれるよ!

 魔族を倒したときはかなり容赦なかったから、そんなことしてくれるとは思わなかったから驚いた。ふふふ!」

 

 喜々として語るメナリヤをじっと見つめるルーセント。

 本人は気づいてないようだが、幼い子供が英雄譚を喋るようなはしゃぎ様だ。

 いや、むしろこれは、それとは別の。

 

「しかもしかも、なんとその後ね。魔王! 魔王も倒しちゃったの!

 バフォメットって知っているよね? 脅し文句で言われた悪魔の一柱!

 信じられないことかもしれないけど、本当に本当! この目で見たのだから!」

 

 教団に所属する者としては信じられない物事だ。

 魔王とは人類で敵対する最上位の魔族である。魔王の中の魔王と呼ばれる更に次元違いもいるが、一般的には魔王を倒せば正真正銘の勇者として崇められる偉業だ。

 本当に事実ならば驚嘆に値する事実であるが、今のルーセントにとって、そんなことはどうでもよかった。

 

「危ないぁ! って思ったけど、すぐ大きい鎌で頭をかち割っちゃってね。翼捥いじゃったり、最後は首を撥ねたりと苛烈だったけど、だから目が離せなかったというか、とにかく、とてもすごかったのよ!」

「メナリヤ……その人、男の人?」

「うん! 異端管理局の執行者! 兜で顔を隠してたけど、連れみたいな人が男って言ってたから間違いないと思う。声もなんか色気があってね」

「メナリヤ……その人、好きになったの?」

「────────────────。─────────────────。────────ッ────────────、────────────────────────」

 

 激流の如き言葉がぴたりと止まった。

 しばらくすると、メナリヤは顔を歪ませて、苦笑いを浮かべた。

 

「は、ははは、いや…………。いやいや、そんな、まさかッ!

 顔も見てない相手を、ちょっと助けられたからって、いくら何でも単純過ぎるわよ」

「メナリヤ、私に嘘をつかないで」

「…………」

 

 メナリヤは喉奥を詰まらせた。いつの間にかルーセントが虚ろな瞳でこちらを見ていたことに、ようやく彼女は気づいた。

 初めて見る、海の底に沈むような深淵の青。見たこともない友の顔に血の気が引いた。

 浮かれていた心が萎む。言い逃れはできないことを悟る。

 

「ごめん、なさい」

 

 虚な瞳が己を責めているのだと思った。

 観念したメナリヤは自分が秘めようとした気持ちを告解する。

 

「初めて見た瞬間、自分でも訳が分からなくて。心臓がうるさくて。そうなのかな、て。

 駄目だよね。最低だよね!! 教会や、みんなや、いなくなって」

 

 自覚はあった。だから推し殺そうとした。

 けれど、あの骸骨兜を思い出す度に、たかが外れる。

 なんとも浅ましい、と己を嘆く。

 

「ルーセントが酷い目に遭ったのに、自分だけ浮かれちゃって馬鹿だよね!!

 分かっているわ。資格なんてないし、もう会えないかもだし、ちゃんと、忘れて」

「忘れなくていいわ」

 

 柔らかな感触がメナリヤの頬に伝わる。

 ルーセントが彼女を自分の胸で抱き止めたのだ。

 先程のよりも直接伝わる鼓動にメナリヤは戸惑う。虚無のような闇から包み込む優しさに変貌して混乱する。

 

「え? ルーセント?」

「そうか。一目惚れしちゃったか……。おまけに顔も知らない相手。

 色々、驚きだけど。うん、仕方ない。恋……、しちゃったものね」

 

 胸に抱かれたままメナリヤが見上げると、ルーセントの穏やかな顔を見つけた。

 

「なら、親友としては応援してあげないと」

「ル、ルーセント? でも、私……、みんなに」

「みんながいなくなったのはメナリヤのせいじゃないでしょう?

 私が酷い目にあったのも、貴女のせいじゃないわ」

「ルーセントぉ…………」

 

 嗚咽を溢す。まさか許されるとは思いもしなかった。更には応援してくれるまで言ってくれた。自分が傷ついたというのに、恥知らずの人間に優しくしてくれた。

 ポロポロと涙を流すメナリヤの頭を撫でながら、ルーセントは慈愛に満ちた微笑み浮かべる。

 その場凌ぎの嘘偽りではない、正真正銘の愛情だった。

 

「きっとみんなも怒らない。もしも、みんなが怒ってきたら私がお説教をするわ。

 だから、メナリヤは恋を頑張って。難しいお相手のようだけど、力になるわ」

「う、ぐす! ありがとう、ルーセントぉお! 大好き!」

「…………ええ、私も大好きよ」

 

 蓋をしてきた気持ちが解放された少女は、友の胸に抱かれて泣き叫ぶのであった。

 

 + + +

 

 泣き疲れたメナリヤは先程までルーセントが使っていた寝具で眠り、代わりにルーセントが静かに吐息を立てる友を見守っている。

 

「メナリヤ……」

 

 ルーセントは泣き腫れたメナリヤの頬をそっと撫でる。泣いたのはきっと先程が初めてではなかったはずだ。今日だけでどれほど涙をしたかと考えると胸が張り裂けそうである。

 お風呂も入ってないのだろう。なめらかな肌が汗で微かに引っ掛かる。起きたら湯を浴びて貰おう。

 勿論、最大限の警備を施す。危機は去ったとはいえ、街は酷い有様なはずだ。そういう時こそ、不遜な輩は蔓延る。油断も隙も無い。一緒に入って、彼女の身体をこの手で隈なく清めたいが、見張りはいるはずだ。直接小振りな胸と可愛い声を楽しむのは別の機会に持ち越す。

 代わりに今は撫でまわすようにメナリヤの肌を堪能した。

 余程心労が溜まっているためか彼女は一切反応を示さない。

 これならば、もう少し踏み込んでもよさそうだが、流石に今は自制した。

 

「はぁ、メナリヤぁ……」

 

 喘ぐのように、もう一度、眠る相手の名を呟いた。

 返事はない。改めて確認したことでルーセントも己の内を聞こえない相手に告解。

 

「大好き。愛しているわ」

 

 ルーセントはメナリヤに恋をしている。

 友情ではなく恋愛感情を抱いていた。

 

 気づいてしまった時から感情を抑えることに必死だった。己が抱く価値観が世間的にはどうでもいいが、相手にとって受け入れがたいことを理解している。

 分かっている上で、消えようのない恋を滾らせていた。

 肌と肌で触れ合いたい。一生添い遂げたい。

 彼女のものは何でも欲しいし、自分のものは何でもあげたい。貰った誕生日プレゼントは全て宝物だし、メナリヤのいらなくなった古着は教会の子供たちにではなく、こっそり自制作した当時のメナリヤの身長を再現したぬいぐるみに着せている。教会は吹き飛んでしまったが、ぬいるぐみは密かに作っていた別の土地の地下室に置いてるので無事かもしれない。けれど、贈り物や手紙はダメだ。残っていても酷い有様だろう。残骸でも教会で共に過ごした住人を看取るついでに回収するが、見つけた途端絶望しないか不安だ。

 メナリヤが言えばなんだってあげる。お金が欲しいなら賞金稼ぎでもしていっぱい稼ごう。気にいらない人がいればお説教するし、なんなんら■してあげる。尤、そんな場合はメナリヤ自身が真っ先に動いている。そんなところも大好きだ。自分が夢見るような状況になれば、喜んで身体を差し出す。優しくても乱暴でもメナリヤにされるならどんなことでも幸せだ。

 だというのに、自分は不気味な魔族に穢されてしまった。

 

 何よりそのことでメナリヤが自分を引け目で見るようになってしまった。

 

 会話の最中、罪悪感を含まれていたのは悲鳴を上げそうだった。時間が経っても、自分が愛するメナリヤならば、緩和しても何処かしら悔悟の念を持ち続けるだろう。

 

「許せない、許さない! よくも、メナリヤの前で! メナリヤが私をまっすぐ見てくれなくなった! 負い目で見るようになった!」

 

 曇りない瞳が好きだったから、今まで我慢したのだ。

 メナリヤに嫌われるのは嫌だ。メナリヤに嫌われるようなことは極力(・・)しなかった。溢れる情欲は微かな触れ合いと、彼女の私物や触れた物の残り香で抑えてきた。

 こんなことならこの手でメナリヤを。いや、なんなら今からでも。

 眠る彼女の胸に手を伸ばし、ぐっと握りしめる。

 それこそ、最悪の結末だ。メナリヤを裏切ることになる。

 

 メナリヤは恋をした。

 

 見も知らずの相手に。初めてあったばかりの人間に。

 恋に期待するのに、今までどんな異性に気持ちは傾けなかったあのメナリヤがだ。

 ルーセントもこれには魔族に穢された以上に絶望した。

 ゆえに言葉に口にしたので全力で応援するが、異端管理局の執行者相手にまともな恋愛などできない。

 ルーセントが知る限りでも、あそこは己自身が異端者の集まりである。

 特に執行者は愛や恋など歌うくらいならば、異端を殺す集団だ。

 身内殺しを進んで輩たちと聞き及んでいる。

 所詮は噂かもしれない。ルーセントから見てメナリヤは素敵でかっこよくて扇情的で愛らしくて男女共に絆される魅力がある。不能でも精通してしまう恐れは十分あるのだと、ルーセントは不安になる。

 

 応援する気持ちは本当だ。メナリヤが我慢する姿など見たくない。恋を忘れようとしている姿は見ていて辛かった。

 自分もこそ世間では認められない恋をしているのだ。何故、大好きな人に我慢させないといけないのか。

 

 メナリヤには幸せになってほしい。

 同時に失恋して、自分に慰められてほしいとも願っている。

 

 支離滅裂。ルーセント自身自覚があった。

 

 きっと私は魔族に穢されたときに壊れたのだろう。

 メナリヤが恋したからではない。己の破綻を大好きな人のせいには絶対にしない。

 

「何であれ力をつけないと。今の私では弱すぎる。教会のみんなの仇もとらないと」

 

 司祭は親代わりだった。

 年が近い修道女たちはルーセントがメナリヤに近づくことを許していた貴重な友人たち。

 子供たちも好きだった。母親のように慕ってくれたのは気分が良かった。まるでメナリヤと夫婦になったような心地よさだった。

 

 教会もメナリヤと共に過ごした思い出の場所。それが全て失われた。

 

 魔族が来なければメナリヤも恋はしなかった。

 既に原因の魔族は死んだとはいえ、この世には魔族が多くいる。

 分かり合えない悲しい存在と思っていたが、家族と家と呼べる場所を奪い、メナリヤの前で恥辱を味合わせられたのだから、容赦はしない。

 穢れたことで期待されていた聖女の資格は無くなったが、関係ない。

 絶対、穢れしい者共を皆殺しにしてやる。主の前で裁きを下す!

 

「そうだ。魔族を殺しつくしましょう! いなくなれば、メナリヤも私を負い目で見なくなるはずかもしれない!

 メナリヤも安心して恋ができるわ! 待っててね、メナリヤ! 私が必ず幸せにするから!」

 

 魔王を殺すほどの相手が好きならば、自分も同じ、あるいはそれ以上に強くなろう。

 狂い出した女は、止まらない。

 




 新しいヤンデレ登場。
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