赫きヴィア・ドロローサ~ハッピーエンドは無くなりました   作:貫咲賢希

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第5節:些細な祝勝会

 

 人間の本性など、記憶でも覗き見ても分からないものだ。

 

「もう、フェリシタル兄さんには関係ないでしょう!?」

 

 自分と同じ白金髪の少女が不満を隠さず激昂した。

 今よりも背が半分くらいの頃は自分が傍にいないだけで泣くほど懐いてというのに、成長するにつれて近づくだけで嫌われる始末である。

 

「はいはい、分かりました! 私は兄さんたちと違って不出来で申し訳ございません!」

 

 最早思い返すのは当たりの強い顔ばかり。

 

「……ごめんなさい、フェリシタル兄さん。……最後まで迷惑かけて」

 

 最後は不意を突かれた自分を庇って致命傷を負い、泣きながら謝罪され、そのまま死んだ。

 血の分けた妹ですらこうなのだ。

 他人など推し量りようもない。──何度も思い知らされた。

 

 世に蔓延る害悪は、あれ程までに分かりやすいというのに。

 

 + + +

 

 大陸西方、ガオケレナ州。

 遥か昔は一つの国によって統治され、神に愛されし極楽浄土と謳われた大地は、数百年前から人間の魔族が鎬を削る冥府魔道へと堕ちていた。

 

 特に北東部は魔領という魔族たちの支配域である。

 

 魔族同士と僅かに残っている人間の支配域が権力争いを繰り広げており、勢力図は日に日に変化していった。

 救聖教団が発行する地図では黒く塗りつぶされており、数十年単位で拠点が残っている場所のみ記載されている。魔領を示す黒は墨が染み渡る如く年々拡大していた。

 

 魔領と人類生存圏を隔てる防衛線では日夜苛烈な争いが勃発している。

 

 防衛線最大国家であるヴァヴェルは豊かな霊脈があり、常に魔族に狙われているが、その分、堅牢な結界で守られている。

 自国力も高い上、後方の国々から優先的に支援を受ける為、数百年も戦線を維持し、戦時中でありながら魔族と出会わずに一生終える国民もいる程だ。

 

 逆に国土を脅かされているのが小国。

 

 特にここ数十年は魔族の侵攻が激化し数を減らしている。近隣の国同士の合併や、領地を大国に明け渡すことで何とか凌いでいるが風前の灯火であった。

 

 防衛線最前線であるシャアルビムも滅亡の危機に直面している。

 

 数ヶ月前は魔領付近に存在した別の国家を盾にしていたが、その国が堕ちた途端当然の流れで自国が攻められた。

 何もしていなかったわけではない。

 目の鼻の先で戦っている国が堕ちたら今度は自分達だ。

 協力は惜しまなかった。国が保有する四割の兵力を援軍に出し、大多数の国民を別の国に避難もさせた。

 できることはしたのだから、後は亡びてもしかないなど容認できようもない。

 ある人間には愛国心があった。ある人間には野心もあった。ある人間には独占欲があった。全員で逃げる選択肢は現実的に不可能。まだ亡命しようとする国民の為、殿も必要だ。

 

 戦った。彼らは力の限り戦ったのだ。

 

 魔領防衛線になったことで、他の国や教団からも援軍がきた。

 全軍投入というわけでもないが、少なくない数の騎士団と教団の常人で構成された義認兵に祓魔師たちであり、形勢は傾く。

 特に教団から派遣された『聖女』は格別だった。

 天使の力をその身に宿した清らかな乙女。

 

 聖女カンビエル。かつて地上に存在した天使の名の持つ聖女。

 

 初めて彼女が戦場に現れたのは、前線が壊滅間近の時だった。

 聖女は二翼の白い翼を羽搏かせ、天から神聖な光を降り注ぎ、前線の魔臣か率いる魔物、魔獣の大軍を殲滅した。

 

 あれだけ苦戦した化け物たちが一網打尽される光景に兵士たちは希望を持った。

 生き残れる。勝てる。守れる。

 やはり、自分たちは主に見守られている。楽園に逝くにはまだ早い。

 

 多くの生きる活力を持った心は───、呆気なく奈落に突き落とされることになる。

 

「聖女様! 聖女カンビエル様!」

 

 一人の兵士が礼拝堂に駆け込む。

 ボロボロだった。呼吸も酷く乱れている。命辛々ここに辿りついだのだろう。

 やって来た兵士は背を向けて祭壇の前で仰ぐ聖女の下へ駆け寄るが、全身を鎧で包んだ重装備の騎士がそれを阻んだ。

 この礼拝堂はこの地の霊脈が集中している源泉の上に建造された故に、霊脈から直接引き上げられた結界が張られている。

 即ち国内で最も強硬に守れている場所であるため、王族を始めとした重鎮たちが集まっていた。

 

「騒がしいぞ。聖女様は祈りを捧げている最中だ。報告ならばこちらで聞く」

「!? ご無礼を‼ 城塞は突破!

城下町は既に魔族の軍勢に侵略され、この王城にて立て籠もっている状態にあります」

「むぅ、やはり報告にあった通り魔臣級やあのゴーレムたちが戦列に加わったのが原因か」

 

 兵士の報告に重い空気が立ち込める。

 

 援軍よって優勢に見られた戦況は魔族たちによる更なる増援によって、より過酷なものに変化した。

 火の海を作り出す悪魔。兵士たちを踏みつぶす大型魔獣。毒を巻き散らす異形。

 このような上位の魔族によって局地的な戦況が変わるのは珍しくはないが、絡繰り仕掛けの自動稼働機(ゴーレム)が多数投入されたことが大きい。

 昨今、魔領付近で見かけるようになった新鋭は上位魔族程の力はなく、精々魔獣程度。恐るべきはその硬さと俊敏さ。従来のゴーレムは石や土くれで作られ、動きも鈍重。

 絡繰りゴーレムは並みの矢や霊術も効かない鋼の鎧で身に固めており、動きも馬に近い速度を持っている。

 既に何体か捕えて解体し、研究されているが魔力の動力にすること以外、どうしてあのように動けるのか不明である。魔領で活動している魔女の誰かが産み出したのではないかと、噂されていた。

 絡繰りゴーレムと対峙する場合、歴戦の戦士、あるいは上位の祓魔師であれば聖句一つで瓦落多(ガラクタ)に変えるが多くの兵士にとってはそうでもない。

 一体ならまだしも二桁の数の前では只人の兵隊など塵芥(ちりあくた)も同然である。

 他の魔臣級と合わさり、戦列は崩れ去り敗北の一途を辿っていった。

 

「避難するべきだったのだ! 今からでも我々だけでも!」

「何処にだ!? 四方敵だらけ! 降伏したほうがまだ賢いぞ!」

「魔族相手にか? 見目麗しい女以外皆殺しだろうな。よくて奴隷か?」

「やはり逃げるべきが唯一の手。近隣の国々であれば戦火に巻き込まれる可能性が高。」

「教団の本拠地であるステファノスを目指すべきでは? 取次は聖女殿して頂こう」

 

 消極的意見ばかり飛び交っている。ほとんどが逃げることばかり考えていた。

 戦意がある人間は当の昔に戦場に散っている。

 ここにいるのは王たる責任故敗走が許されなかった現国王と王妃。そして、勝鬨を上げれば我先にと戦果を貪ろうと企でいた貴族たちだ。

 

 辿り着いた兵士はもとより、彼らに期待などしていない。

 死にゆく仲間に見送られて駆けつけてきたのは、今の尚、礼拝の前で祈る彼女に会う為だった。

 

「聖女カンビエル様!」

 

 声高らかに、兵士は叫ぶ。

 彼の必死の叫びが礼拝堂に木霊し、その場にいた者たちは聖女以外多少なりとも驚きを示した。

 

「喧しいぞ、貴様! 無礼であろう!」

「どうか、聖女カンビエル様! 我らに貴女様の御威光を!」

 

 無視して兵士はなおも呼び掛ける。

 このまま斬首されても構わない。自分一人の首で仲間の命が救えるなら本望だ。

 兵士は二度、聖女を戦場で見た。

 一度目は魔族たちの軍勢を滅ぼした時。

 二度目は傷ついた兵士たちに慈悲深い微笑みと共に労いの言葉を与えてくれた時。

 我々に光を与えた姿は正真正銘、聖女と讃えるに相応しかった。

 

 彼女さえ動いてくれれば、自分たちを襲うすべての魔族がいなくなると、兵士は本気で信じていた。

 それほどまでに兵士は聖女に対して希望を持ち、夢を見ていたのである。

 

 祈っていた聖女が立ち上がる。

 波打つ長い栗色の髪を揺らしながら振り返り、綺麗な顔立ちが兵士を見下ろす。

 

「なりません」

 

 さも当然のごとく、聖女は突きつけるように言った。

 

「聖女、様?」

「私が教団より賜わった任はここにいる彼等を守ること。彼等が逃げるというならば、私はご助力に力を尽くすまで」

「そ、そんな…………」

 

 無機質で無慈悲な言葉に、兵士の精神は打ち砕かれる。

 戦場では為政者や国家の重鎮の確保は重要である。賠償の請求は勿論の事、敗国した重役であっても、残った財産や土地を奪い返したときの保証は得られる。

 太古に滅んだ国であれば、せいぜい墓場泥棒と揶揄されるくらいであるが、近年に亡くなった国から人や土地を奪う行為は侵略と同等の扱いを受けていた。結果は同じでも、大義名分が必要なのだ。

 

「貴方も兵士ならば、己の役目を果たし、戦場で散りなさい」

「───」

 

 実質の死刑宣告にとうとう兵士は言葉を失った。

 

「ふん。当然の対応だな」

「だが、折角ここまで辿り着いたのだ。我々の護衛として共に着いてきてもかまわんだろ」

「しかり。護衛はいくらあってもよい」

 

 成り行きを見守っていたものが、冷徹に切り捨てつつ、兵士の処遇を決める。

 哀れに思われたのも事実だが、それよりも自分たちの身を守る盾が一つでも欲したのが強いだろう。

 

 己の保身しか考えぬ周りの会話に、兵士の心は絶望の底で削られた。

 なんのために、自分たちは戦っていたのだ。

 

「皆の者。ここで話し合っていているのも危険だ。何処に向かうかは、一旦地下から外へ脱出してから決めるがよい」

 

 ここまで口を閉ざしていたこの国王の言葉だった。

 彼の顔には怯えはなく、諦観だけがそこにあった。傍にいた王妃は沈痛な瞳で見つめている。王は国を守れなかった長の責任としてここへ残るつもりなのである。

 

「陛下。お命令承りました。御親族の命は我々が守りましょう。いずれ約束の地にて」

「うむ」

 

 王の言葉に躊躇いなく誰かが応える。真に忠義ある者は口を歪めて、押し黙る。

 兵士はまだ絶望で動けない。

 素知らぬ顔ですべてを眺めていた聖女は、舌打ちをした。

 

「王よ、判断が遅かったですね」

 

 礼拝堂の正面扉が爆発した。

 破壊されたのは高さ数メートルの扉だけではない。周囲の壁は押し潰されるように崩れ去り、突風を巻き起きた衝撃波は内部にいた人間に瓦礫の豪雨を降り注ぐ。断末魔も上げてない。何が起こったか分からず絶命した人間が殆どだ。いち早く反応した王は王妃たちを庇い、家族諸共真っ先に死んだ。

 この国で多くの祈りを捧げられた歴史ある礼拝堂は崩壊した。

 無事だったのは聖女の後方にあった祭壇部分だけ。聖女は瞬時に展開した結界で己を守り、偶々近くにいた兵士も無事である。

 吹き抜けになった空から次々と悪魔たちが羽搏き、瓦礫の向こう側から多種多様な魔物、魔獣が這い寄ってくる。

 悍ましい光景を聖女は汚物でも見るかのように睥睨して、溜息を吐いた。

 

「多勢に無勢。こんなことならもっと早く、人間たちを急かして撤退すべきでした」

「ぐああぁあ! 痛い痛い!」

「治して! 治して、腕がない!」

「せ、聖女様! どうか私たちをお守りください!」

 

 出入口よりも奥にいて、前の人間を偶然盾にしたことにより生き残っていた人間たちが喚き散らすが、聖女は周囲の魔族たちに冷やかな目を向けるばかりだった。

 

「うあ、こんなに魔族がぁ、死にたくない死にたくない! 神よどうか助けて!」

「うるせぇよ」

 

 角を生えた巨体に頭が潰された。扶桑では鬼と呼ばれる魔族、オーガだった。

 一括りにオーガといっても個体差はあるが、言葉を使う知性を見て少なくとも魔臣級である。

 

「ひぃいいい! やだ、助けって」

「だから、うるさいんだよ人間がッ!!」

「ぎゃああああああああ!」

 

 瀕死で身動きが取れない人間をオーガが次々とトドメをさしていく。

 周りの魔族たちはを嘲け嗤い合う。

 

「おいおい、聖女様? 人間守らなくていいのか?」

 

 倒壊した柱の上で腰をかけていた魔族が静観している聖女に声をかける。

 こちらも魔臣級の魔族。角と羽を持った美しい男。人に近い姿からインキュバスの類だ。

 聖女は無視しても構わなかったが、まだ生き残っている人間に期待を与えないため、己からすれば最後の慈悲で告げてやった。

 

「この人間たちの命を守る任でしたが、数に限りある聖女である私の方が遥かに重要。

 失態の責は受けるでしょうが、共倒れするよりはいいです」

「────!!」

 

 僅かに残っていた人間が絶句した。傍にいた兵士も目を見開く。

 実際、特にここ数年は聖女に成れた人間がいない。

 噂では成れるかとされる女が数名いるそうだが、実際になれるのは極少数。希少価値でいえば、権力を貪る貴族よりも遥かに貴重である。

 

「俺たちは、こんな奴に希望を抱いてたのか?」

「は?」

 

 思わず口に出した兵士の本音を、聖女は聞き捨てなかった。

 金属音。兵士は頭を金槌で殴打されたような衝撃に襲われた。

 

「──────ッあああ!」

 

 被っていた兜は砕け、額から血を流す。聖女が霊力を兵士の頭にぶつけたのだ。

 前線からここまで駆けつけただけあって、兵士の装備は優れていた。それゆえ、聖女の一撃に耐えられ、まだ命を保っている。

 

「無礼な。私たちは貴方人間にとって確かに希望。とても不敬」

 

 まるで自分は他の人間とは異なり、上位の存在であるかのような傲慢な物言いだった。

 

「こうして尻拭いもさせられて、帰れば枢機卿やあの方々からの叱責。ほんと気が滅入る」

 

 大きく溜息を吐いた聖女は周囲の魔族たちを睨む。

 どうせここにいる魔族たちを皆殺しにしなれば、帰るのは面倒だ。

 この際、鬱憤の解消もかねて思いっきり暴れてもいいだろう。

 

「こうなったら仕方ありません。この聖女カンビエルがお相手しますよ。

 神に祈りなさい、魔族共ッ!」

 

 + + +

 

 魔獣に群がれて喘ぎ鳴く聖女を、遠くから別の魔族が眺めていた。

 獣人。狼の顔で酒を煽り、最早熱も消えてかかった見世物に溜息を零す。

 聖女に抵抗する気力もない状態で、生き残っていた人間の兵士に襲わせたときは盛り上がりがあったが、それを最後に上位魔族は殆ど散り散りになった。

 果てた兵士の首を撥ねた後、今は下級の魔族たちにお零れを貪っている最中。

 自分は見張り番。

 聖女の最終的処遇は贄か苗床か。碌なものではないことは確かだった。

 

「おつかれ~」

「! おう、おつかれ」

 

 やってきた同族である戦友と酒瓶を鳴らし合う。

 些細な祝勝会。下卑極まるが意気揚々互いを労う光景は人間と同様であった。

 

「お前は混ざんなくていいの? 聖女を嬲るなんてそうそうないぜ?」

「他の奴らで汚れたのとか嫌だな。俺は綺麗好きなの」

 

 自分好みの女はこっそり確保している。

 綺麗な金髪のした女騎士。顔立ちも良く、鎧の下は中々体つきがよさそうだった。

 奪い合うのではなく一人でゆっくりと楽しむつもりである。

 

「汚いだろうが上物を虐める機会なんて滅多にないのは確かだ。この後、暫く大規模な戦いもないしだろうしさ。経験するうちに経験しとけば?」

「だといいがな。魔領を拡大した途端、後ろから他の勢力に狙われるかもだぜ」

 

 魔族たちも一枚岩でない。

 魔領と呼ばれる地域では多くの勢力が鎬を削っている。弱ったところを狙われるなんてよくあることだ。

 仮に全魔族が一丸となって人類殲滅を企てても難しいだろう。

 ここ最近は人間の国を幾つか滅ぼしているが、数百年続く大国はそうでもない。

 少し昔に破壊の魔神と恐れられた魔王が教団の本拠地に攻め入ったが、返り討ちにあった。

 急いては事を仕損じる。

 故に人間から見れば加速的でも魔族側からすればかなり慎重に侵攻していた。

 おまけに背後も気にしないとならない。どうしても勢力拡大は遅足になる。

 

「まったく、同族殺しをしてる場合でもないだろうに。それは人間側も同じだが」

「ああ、魔女狩り? 難癖つけて同胞狩りとか馬鹿だよね。ほどんどが言いがかりらしいぜ」

「更にはその取締りに魔王すら殺せる奴等を使ってるらしい」

「いや、それは流石にホラだろ?」

 

 聞いてた魔族は真顔になった。

 馬鹿げた話である。魔王とは魔族の中でも最上位種なのだ。

 仮に本当に魔王を倒せる存在がいるのならば、同胞の人間ではなくそれこそ魔王を殺すべきである。

 

「そんな人間がいるなら、教団本拠地にいるらしい天使たちと合わさってかなり厄介だぜ。聖女だってまだいるんだぞ?」

「ああ、厄介だ。だが実際にいるらしい。目撃者もいるしな」

「マジかよ」

 

 言葉を失う魔族の心中を察した。自分も最初はそうだった。

 一度目は馬鹿な話だと信じなかったが、何度も別の場所から情報が流れる内に真実であると悟った。ある日と突然、有名な魔王が殺された話は幾つか聞き及んでいる。

 

「本当にいるなら会いたくないな。それは噂の勇者ってやつか?」

「勇者と呼ばれた人間が魔王を倒すというのは実際にあるが、それこそ稀な話。最近では聞いてない。そいつらは執行者って呼ばれるらしい」

「執行者、ね。会いたくないなぁ……」

 

 基本人間を見下している魔族だが、人間の中にも恐るべき存在がいるのは知っていた。

 目の鼻の先で嬲られている憐れな女も、健在であれば自分だけでは敵わない相手だ。

 

「そんな奴等、ずっと同胞狩りでもしたらいいのによ」

「あとはどっかで野垂れ死ぬかだな。腐っても人間ならどうでもいい理由で死ぬときがあうからな」

 

 + + +

 

 腹の虫が鳴る。執行者、フェリシタルは空腹だった。

 腹の虫が鳴る。ついでに遥か極東の島国からやってきた退魔士、和兵恵も空腹だった。

 二人の男たちはアナトナから少し離れた野原で焚火を囲んでいた。

 

「…………」

「やば、死にそ」

「黙れ。水があれば暫くは死なん」

「これも何処かの誰かが、異端者を殺しただけで食料調達し忘れたからやん」

「貴様こそ調達できなかっただろ」

「有事の際に余所者には売れへんとか(あきんど)精神ないわ。こちろとら流儀に合わせて両替してんやぞ。大金貨やで? なんなら釣りもいらへんわ」

「有事の際に現れた異国男の金など、本物か怪しいな」

「日常から怪しい恰好全開の人に言われたくないです~」

 

 和兵恵の言葉通り普段から漆黒の骸骨兜の被っている男の方が怪しいだろう。

 また腹の虫がなった。今度は和兵恵からだけである。

 二人は食料補充でアナトナに向かっていた。

 なけなしの残っていた食料は、魔族に襲われたと分かった途端その場で消費し、僅かに回復した気力も戦闘で尽きたのである。

 

「もう寝るわ。妖共が暴れたせいでこの辺りに獣や野鳥寄り付かんし、見張りの式神は残しとるから自分も少しは寛いで──うん?」

「誰だ?」

 

 奇妙な顔をした和兵恵にフェリシタルは問いかけた。

 彼が周囲にばら撒いた式神が反応したのだろう。

 敵ではないのは、和兵恵が刀に手をかけておらず、フェリシタル自身も感じ取っている気配で分かる。

 周囲に魔力も感じないから魔族でなく、殺気も向けられていない。殺気を隠していれば、妙な空白があって余計に分かりやすい。異端狩りをしていれば暗殺者の類と戦う機会もあり、それ故自然と鍛え上げられた索敵能力。

 野鳥の類でなければ、和兵恵自身が即座に仕留めに行っている。

 

 事情も知らずアナトナに向かっていた行商人ならば幸運だったが、馬車の類が近づいたならば、フェリシタルも式神と同じタイミングで分かった。

 

 であれば、来訪者は敵対の意思もない人間。それも極めて少数。

 改めて事情徴収を態々しに来た生き残りの騎士か?

 それとも予定より早く訪れた教団の引継ぎ役だろうか?

 和兵恵は微妙で薄笑いしているので、表情だけでは読み取れない。

 

「いやほんと。おっかない兜つけとんのに色男やん、フェリシタル?

 なんや女殺しの異能でも持っとんの?」

「なにを分けの分からないことをほざいている?」

 

 気味の悪い顔を向けてきた男を更に問いただそうとした口は閉じられた。

 式神に誘導されて、一人の人間がやって来たからだ。

 

「えっと、こんばんは。ごはん食べます?」

 

 腕にそれぞれ鍋とバスケットを持ってきたメナリヤはおずおずと尋ねた。

 蓋をされた鍋から微かに零れた匂いが漂った瞬間、腹の虫が鳴り響いた。

 誰のものだったが分からないが、少女は思わぬ反応に驚く。

 

「食う!!!」

 

 叫んだのは和兵恵だった。メナリヤは首を傾げる。

 

「え? 貴方には聞いてないのだけど」

「嘘やろ!? ここまできて除け者とか酷い女やな。

 そう言わんと、僕もご相伴させてくれたらこいつの丸秘情報一つや二つやるわ!」

「おい」

 

 メナリヤの目がきらりと光る。

 

「デザートもつけるから、三つ渡しなさい!」

「おい」

「よっしゃ! 素直な女子は嫌いやないで! いっぱい持ってきてくれたな! 地べたに広げるよりも、ここはこいつの出番や!」

 

 意気揚々の和兵恵は懐から一枚の札を取り出すと、線を切るように放り投げる。

 空中に舞った札は少し離れた場所で煙を上げ、そこから建造物が現れた。

 まるで小さな小屋。しかし小屋と呼ぶには装飾が凝っており、土台になる部分には四方に幾つか布が垂れ下がっている。

 

「え? えええ!? 馬がないけど馬車? いや、まさかこれは───」

「驚くのはもっと後やで。中に入ればもっと驚きや。ほら、フェリシタルも入り。お嬢ちゃんはお前の為に持ってきてんで」

「二人そろって家に入るつもりか? 見張りはどうする?」

「式神にやされたらええやろ。ほらほら、一番先に入ってお嬢ちゃんの警戒解きいな」

「え、えっと」

「ちッ──」

 

 事態についてけず狼狽した様子のメナリヤを見たフェリシタルは悪態を隠さず舌打ちをして、現れた小屋の中に入って行ったのだ。

 

「ほら、お嬢さんもお入り。それとも怖くなった? まぁ──いきなり知らん男共と密室なんて警戒して当然────ってもうおらへんやんけ!」

 

 叫ぶ声を背中にして小屋に入ったメナリヤの前に広がった光景は、彼女の想像を超えていた。

 外で見た小屋の大きさは四方約四メートル程だったが、内部に広がった空間は奥行き二〇メートル。更には紙と木枠で作られた扉──障子もあることから、より奥深いことが分かる。足場は畳という扶桑伝来の床材に敷き詰められており、調度品は壁にはタペストリーならぬ掛け軸。壺に刀と鎧。まさに極東の武家屋敷の内装である。

 

「ほら、驚いたやろ。あ、土足厳禁やから靴はそこで脱いでな」

 

 自慢気に話しながら後ろからやってきた和兵恵は靴を脱いで、和製クッション──座布団に座る。既にフェリシタルも靴を脱いで、座布団で正座をしていた。

 そう正座である。骸骨兜に洋装の服装の男が和室で正座。非常に奇妙な光景だ。

 二人の行動を真似るように、持ってきた鍋とバスケットを一旦畳に置き、靴を脱いだ。

 靴の脱ぐ習慣は寝るとき以外にないので新鮮である。

 

「んじゃあ、鍋はここに置くわ。いや、温めなおした方がええか?」

「あ、なら、焚火に戻って──」

「まどろこしい。火遁ぼ~ん」

「わ!? なに、テーブルの上で火をつけてるのよ!」

「囲炉裏付卓やから大丈夫や」

 

 テーブルの中心で燃え上がる光景に驚くが、よく見ると中央はくぼんでおり、灰が溜まっている。恒久的炉の一種のようだ。

 いや、驚きべきは予備動作なしに火をつけた扶桑人のことか。

 メナリヤは前世の知識で、この空間が原作シリーズ本家の鬱グロエロと名高い『闇夜の蛍』で登場した「迷い家」と呼ばれる異空間だと理解した。

 正確には魔族の類。扶桑的には妖。彼女の知る限り、簡単に個人が保有できる代物ではないはず。即ち和兵恵という男はただ者ではない証拠だが、当の本人は飄々とした態度で鍋の様子を確認している。

 

「んじゃあ、祝勝会を始めよか。うん、ええ匂いやん。自分が作ったん?」

「残念ながら、炊き出しで分けてもらったものよ。時間あれば料理したかったけどね」

 

 メナリヤは料理の腕は前世の経験もあって、素人なりにも自信があった。

 生まれ変わる前は時々キャンプして友人に振舞ったものである。

 

「貴方たちがいついなくなるか分からなかったし、外で野営してるって聞いて慌てて来たわけ」

「ほほ~ん。情熱的やんけ。なぁ、フェリシタル?」

「……………」

「黙んなや。らしくなく照れてんの?」

「殴られたいか?」

「飯が台無しになりそうやらか、それは後でな」

「分かった。食事の後で殴ろう」

「え? 本気?」

 

 呆然とする和兵恵を無視して、フェリシタルは両手を首元にかけて。

 そのまま骸骨兜を外した。

 

「────。?───────。ぇ────────────」

 

 メナリヤの思考が停止した。

 

 食事をするならば、兜を外すのは寧ろ当然だろう。

 普段からつけてそうなので、兜のまま食べるのではないのかと想像していたメナリヤにとって、フェリシタルの行動は不意打ちそのものだった。アニメや漫画だと、あういうキャラはここぞっという時に外すものである。現実は違った。

 

 素顔は見たかった。恋した相手だ。当然である。

 

 メナリヤは自分で言うのも面食いであるが、彼であれば多少ユニークな顔で受け入れる自信があった。妄想の中では、どんな造形でもときめいていた。

 

 実際目の当たりすると、衝撃が違った。

 ろくに手入れしてないであろう伸ばし放題の白金髪。浅紅色の瞳は剣呑で鋭く細められており、本来優美は顰め面で台無し。

 一目で全てを蔑み毛嫌うような近寄り難い形相に、メナリヤは頬を染めた。

 

「ふひぇあぁぁぁぁ、顔も好みだぁぁああッ」

「─────」

「……………、ああん、うん、よかったね」

 

 口を抑えて悶える女をフェリシタルは汚物でも見るように睨み、和兵恵も少し引いていた。

 好きな相手の冷たい眼差しを受けて、女は更にときめく。

 

 遠い場所でとある親友が、残念そうに舌打ちをした。

 

 + + +

 

 メナリヤが差し入れで準備した食事を男たちフェリシタルたちはあっという間に食い尽くした。

 彼女も共に食べていたが、多過ぎるのではと危惧した量を男たちはすんなりの腹に収めている。黙々と食すフェリシタルの様子を覗き見したら、睨まれのですぐ視線を逸らしたが、余程腹が減っていたのだろうと結果を見ればわかった。

 

「ごちそうさま! 悪くなかったで。ほら、フェリシタルも礼を」

「黙りなさい。食後の祈りしてるでしょ」」

「すんません」

 

 異邦人を置いて、二人は食後の祈りを捧げる。

 それが終わると、メナリヤはその場で項垂れた。

 

「うわああ、祈ってる姿、覗き見したかったなぁ!!」

「貴様は感情を隠す機能を亡くしたのか?」

 

 既に骸骨兜をつけているが、侮蔑の視線を送られたのはメナリヤも分かった。

 ルーセントの前で白状したので取り繕うことはしなくなったが流石に反省する。彼女にとってここからが本番なのだ。気を取り直さないと。

 

「んじゃあ、食事のお礼もかねてフェリシタルと二人きりでつもる話もあるやろ。よっと」

「?」

 

 和兵恵が二本揃えた指を切ると、何かが割れた音がした。

 

「なにかしたの?」

「ん? 何処かの誰かが聞き耳たてんようにしたおまじないや。気にせんでええで」

 

 最初から盗聴されていると気づいていた和兵恵は、術を使って対処の呪具を破壊した。

 予想通り、メナリヤは気づいてなかった。ならば、理由はどうであれ、これから大事な話をするであろう彼女の邪魔をするのは不躾だろう。

 

 なお、下手人であるとある親友は絶叫を上げていた。

 

「ほんなら僕は外に」

「この際だし、貴方もここにいてくれていいのだけど。なんならいてほしい」

「え? なに? 周りに人がいないと告白できん人?」

「いや、そんな話はしないから……」 

 

 告白と言えば告白ではあるが、メナリヤがこれからする話はそのような色気などないのだ。

 改めて、メナリヤは漆黒の骸骨兜を見る。

 素顔にあった浅紅色の瞳はよく見えないが、何かを察したのかまっすぐとこちらを見ていた。

 見定めるような、調べるような瞳。

 きっと彼はその瞳で多くの異端を見て、そして殺してきたのだろう。

 恐怖があった。初めて彼を怖いと思った。

 震えそうな口で、和兵恵も何かを察する。

 最早、言い逃れはできない。茶化すこともできない。だから、和兵恵を残した。最悪、彼を止めてくれるだろうと期待した保険でもある。

 

 流石のメナリヤもまだ(・・)恋した相手に殺されたくはない。

 けれど、秘めた決意を絞り出すように、彼女は告解した。

 

「実は私、生まれ変わりなんです」

 

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