赫きヴィア・ドロローサ~ハッピーエンドは無くなりました   作:貫咲賢希

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 第6節となってますが、内容は前回の続きです。
 諸事情で1節と2節を合した結果です。
 他も少し修正しているので、よければ活動報告をご確認してください。


第6節:推しのことで気がちる

 

「フェリシタル……。一緒に逃げてと言ったら、逃げてくれる?」

 

 明日、聖女になる友人からそう言われ、否定した。

 単なる弱気なのだと、愚かにも励ましてしまった。

 

 + + +

 

「生まれ変わりだと? 俺が執行者と分かっての言葉だろうな?」

「勿論です」

 

 フェリシタルの棘のある言葉。

 張り詰めた空気の中、メナリヤは頷く。

 言葉使いは丁寧に。この状態でで砕けて喋れるほどメナリヤは豪胆でもない。査問を受けていると当然なのだ。

 同席している和兵恵は思わぬ発言に驚きつつも、今は静かに成り行きを見守ることにした。

 

 生まれ変わりなど、救聖教団の教えにはない概念である。

 メナリヤの前世でも、彼女が属した宗派にはなかった考えだ。

 死んだ魂は天国か地獄にいく。

 例外としても生まれ変わりは救世主が再び地上で復活する奇跡。

 仮にそのような言葉を口にするものがいたら、異端者に他ならない。

 

「何の生まれ変わりだと?

 賢者か? 勇者か?

 あるいは天使や亡き帝国の皇帝なども言うつもりか?

「いいえ。私の前世は今よりも何も力も持たない平凡な人間ですよ」

「只の凡人が生まれ変わるとは、与太話にしては謙虚だな」

 

 吐き捨てるように失笑する。当然ながらまるっきり信じていない素振り。

 寧ろ少しでもこちらの言葉を聞く姿勢でいることがメナリヤにはありがたかった。

 

「単なる凡人に過ぎなかった私が何故生まれ変わったのか分りません。

 ただ一つ、私は前世でこのガオケレナ州で起こる出来事を物語で知りました」

「これはまた壮大になったぞ。

 貴様はこの世界が本や遊戯(ゲーム)の中であると言いたいのか?」

「本当にそうなら、この世界はもっと単純でしょう。

 生憎と私にはそのように世界を捉えておりません」

 

 少なくともメナリヤは一度もそのように見たことはなかった。

 『白夜(びゃくや)のバプテスマ』の世界だとしても、両親やルーセントたちは虚空の空想ではなく、血通った個の命だと最初から感じたのだ。

 順序が違う。舞台の役が家族や友人なのではない。

 舞台の役を割り振られた演者が偶々、家族と友人だったのだ。どうして虚構に見えようか。

 

「最初に話した通り、生まれ変わるに読んだ物語が、この世界の歴史を記した未来の記録だと私個人では思っております。その物語で描かれた未来は絶対ではありません」

「……、理由は?」

「私が知る物語ではアナトナは今回のような惨劇は起こっていませんので」

「何もかも当てにならんな」

 

 フェリシタルは馬鹿にしたように鼻で嗤う。

 

「貴様が本当に生まれ変わりだと仮定しても、不確定な未来を知っているのは知らないと当然だろうよ」

「可能性を知っているのは大きいかと。それに知っているのは未来のことだけではなく、例えば末端の祓魔師では知らないことも教団のことも知っています」

「──何を知っている。言ってみろ」

 

 一瞬思案したフェリシタルの問いかけに、メナリヤは唾を飲み込んで答えた。

 

「……例えば聖女とは一般的に天使の力を宿すと伝わっています」

 

 間違いではない。

 救聖教団の重要な戦力とシンボルの一つである聖女は、メナリヤが知る白夜のバプテスマでも、天使の力を宿した存在だった。

 問題は公では知られていない秘密にあるのだ。

 

「正確には地上に彷徨っている魂だけの天使に身体を乗っ取らせている。

 聖女とは死んだ天使を復活させる為の依代。

 もっと簡単に言えば生贄です(・・・・)

「……」

 

 フェリシタルは押し黙った。狼狽もなく平然と受け止めている。

 白夜のバプテスマでは主人公と敵対した執行者たちは皆それを知っていた描写があり、様子を見る限りフェリシタルも知っている情報だろう。

 遥か昔、天使はこの地上に多くいたが、魔族や他の勢力との戦いで殆ど失っている。

 失った戦力の補填として生み出されたのが聖女なのだ。

 

「私が知る作中では天使の力を宿しても自我を保てた存在がしましたが、殆どの依代になった人間の精神は天使の魂に上書きされます」

 

 例外というのがメインヒロインのルーセントである。

 教団の祓魔師として活躍したルーセントは聖女に抜擢され、彼女も精神を上書きされかけたが、秘密を知った主人公の呼び掛けによりルーセントの意識は残ったのだ。

 当初は愛の奇跡と呼ばれたが、主人公の呼び掛けは切っ掛けに過ぎず、ルーセントが自我を保てたのは彼女の出世に秘密があった。

 

「どういうわけは分かりませんが、貴方も例外のようですね」

 

 メナリヤはフェリシタルをより注視ながら話を続ける。

 

「一部を除いて天使の名は「エル」で終わる。そうでない天使は稀でその殆どが高名。教団で真面目に学べば知らない者はいません」

 

 天使の名前はメナリヤの前世でも聞き及んでいたものばかりだ。

 有名どころでミカエル、ガブリエル、ウリエル、ラファエルなど最後に「エル」がつくほど、天使の名前はエルで終わるのが多い。

 

「教典に連ねるどの天使とも名が違うならば、それは貴方自身の名前。

貴方は天使の力を持ちながら人格を保っている。男性であることも驚きです」

 

 天使の依代として女性が選ばれる理由は、命を宿すためだ。

 元から肉体が別の命を受け入れる構造になっている為、憑依を受けやすい。

 女性が悪霊にとりつかれやすい原因も同じである。

 また清らかな乙女が聖女の選抜理由なのは、天使が穢れを嫌う性質の為、憑依が上手くいかないからだ。

 

「俺のことなどどうでもいい」

 

 フェリシタルは切り捨てるように言い放つ。

 素振りから見て、天使の力を宿しながら正気を保てる理由を当人から語られる期待はメナリヤさほどしてなかったが、真っ向から言われるとやはり残念だと感じる。

 ルーセントと同じ理由なのか知りたかったが、同じならば簡単に言わないだろう。

 なんであれば本人も知らないかもしれない。白夜のバプテスマでもルーセントが自我を保てた本当の理由を本人が知るのはかなり後半だった。

 

「流暢に講釈していたが、それは()から聞けば知れることだろ?」」

 

 思わぬ切り返しにメナリヤは息を飲む。

 

「貴様、この国──ベニヤミンの司教の娘だろ?

 娘可愛さで聖女にさせないため機密事項を教えるなど、よくある話だ」

「────」

 

 メナリヤは言葉を失った。

 司教とは教団の大多数を占める内部組織『修道会』において、大教皇、枢機卿に次ぐ地位である。

 具体的に管轄する範囲は一国家単位。本拠地を除けば国内で教団一の権威を持っているのだ。

 

「なんや、自分もいいとこのお嬢様かい。でもなんでそないな嬢さんが、首都でもない場所で祓魔師してんの?」

 

 口を閉ざしていた和兵恵が疑問にフェリシタルは説明する。

 

「清浄を保たせる為、嫁入り前の娘は教会に身を置かせる。教団の信徒ならば、珍しくもない風習だ。片田舎の教会は論外だが、司教の身内ならこの街で及第点だろう」

 

 フェリシタルが語ったのは半ば事実である。

 メナリヤはベニヤミンを管轄する司教の一人娘であり、故にある程度の勝手が許されていた。祓魔師になった彼女が希望した地で駐在できたのは親の権力だ。

 魔族に襲撃されたが、首都級に次ぐ防衛力を持っていた。祓魔師という危険な役目は負っているが、身を置く場所くらいは安全だと本来ならば保障されていたのだ。

 彼女は両親のことが大好きだが、親の七光などしたくなかった為、この街で知っている人間はルーセントと亡くなった司祭除けば市長くらいである。

 

「なんで、知ってるの?」

「俺は執行者だぞ? 仕事柄、行先にいる教団関係者の素性など予め調べていて当然だ。

 貴様が教団のことを幾ら語ろうとも、司教である親に聞いたものだと全て言い除けるぞ。

 生まれ変わる前に知ったことなど、全て虚言だと断じれ──」

「私のこと知っててくれたの!? うわぁ、いけない! 偶然だとしても顔がにやける!」

「────」

 

 頬が赤く染まった顔を両手で抑えながらへにゃへにゃするメナリヤにフェリシタルが絶句した。

 錆び切った歯車のように首を動かしたフェリシタルは、唖然としている和兵恵に漆黒骸骨兜を向ける。

 視線に気づいた和兵恵は仕方ないとばかり、夢心地でいるメナリヤの額を軽く平手打ちした。

 

「いったぁ! いきなり何するの!?」

「やかましい。自分から始めた話を自分で折るなや。

 ほれ、見てみい。可哀そうに。フェリシタルも呆れて言葉を失ってるやん」

「あら? 兜で顔が見えないのに、哀愁漂っているのが伝わるわね」

 

 孤立した空気の漂わせるフェリシタル。メナリヤの母性本能が擽られた。

 

「なにこれ。ものすっごく抱きしめたいのだけど、許されるかしら?」

「顔面掴まれて卓にぶち込まれたいなら好きにするとええで」

「乱暴な反応ね! 受けたくないけど、見てみたいわ!

 ちょっと、貴方やってみて──、やっぱり止めてくれるかしら?

 あの人が誰かに抱き着かれている姿なんて、嫉妬で狂いそう」

「もう狂っとるやろ。脳みそ花畑かッ」

 

 和兵恵は卓で頬杖をし、大きな溜息をつく。

 魑魅魍魎を何十匹斬り殺したとこで疲弊しない和兵恵なのだが、メナリヤの態度には流石に疲れを感じた。

 

「喋る気力減ったフェリシタルの代わりに話引き継ぐけどな、自分どうするん?

 生まれ変わりとか法螺吹くとか、もっと気の引き方あるやろ。色仕掛けしたほうがまだ賢いわ」

「そんなつもりで話した訳でもないし、あの人色仕掛けとか効く人には見えないけど」

「確かに雌餓鬼淫魔や異教徒娼婦の魅了を身体ごとバッサリ斬り伏せてたか」

「見込み通り、誘惑なんて塵以下の価値観なのね! 素敵だわ!」

 

 容易く色欲に溺れる人間は嫌いなので、益々メナリヤはフェリシタルに好感を持つ。

 

「分かってたけど、もう態度を隠す気はないようやな。

 埒が明かへん。己の惚気は一旦しまって話を戻すで」

 

 仕切り直すように和兵恵は手を叩く。

 

「自分でも分かっとるやろ? 生まれ変わりやと証明しようにも、未来が描かれてるつう物語の立証はむずいで」

「だから、普通の祓魔師では知らないことを言って証明しようとしたけど……、司教のパパでも知らないことを言わないと駄目みたいね。

 ……大教皇様の上に更に天使がいる、というのはどうかしら?」

 

 数多の戦で死んでいった天使たちではあるが絶滅したわけではない。

 公的には教団のトップは大教皇であるが、更にその上には地上の清浄を目論む生き残りの天使たちが存在しているのだ。

 

「……天使が教団を見守っているという噂がある。出任せと判断されるのが普通だ」

 

 これには重々しくフェリシタルが応えた。

 彼はそれが事実であることは知っていたが、簡単に真実と認めるわけにはいかない。

 認めれば、根拠もない妄言に勢いをつけるからである。

 流石のメナリヤも眉間に皺を寄せた。

 

「やっぱり難しいわね。パパが知らなくて、執行者の貴方が知っていること……」

 

 異端者管理局である執行者相手ならば、更に深淵の情報でなければ出任せと判断されるかもしれない。

 メナリヤは何とか信じてもらう為、思いつく限りの言葉を口に流す。

 物語で記された教団暗部の内容を。

 

「増えない聖女の代替えとした人工聖女計画? 交配で無理やり産み出した天獣。勇者製造秘話。秘密裏でしていたけど今は中断された魔女の───」

「貴様ッ、命が惜しくないのか?」

 

 穿たれたのは苛立ち。

 熱した槍のような重圧に、メナリヤも汗を浮かべて口を閉ざす。

 

「語った何もかも異端とされ、そのまま殺されても文句は言えない。

 責は親にまで及ぶ。親は関係ないとほざくなよ。

 仮に全て真実だとしても、司教の椅子を欲しがる後狙いは多いからな。

 俺がそちら側についているかと、何故考えない?

 教団の影を口外させないため、口封じされることも考えてないのか?

 偶然命を助けられたせいで妙な期待でも寄せた。狂っているな」

 

 和兵恵が言ったようにこの女は狂っている。

 最早、この女が何処の生まれ変わりで、未来や教団の影を知っているなどどうでもいい。

 

 何故それを自分に語ったことが解せない。

 

 自分は正義の味方ではない。執行者など所詮は単なる掃除屋だ。

 云われない罪を暴き、粛清する使徒と呼ばれながら、その陰で教団に都合の悪いものを排除してきた連中だ。塵が他の塵を押し流しているに過ぎない。

 断じて頼るべき存在ではないのだ。悪魔と契約したほうが遥かに利益は得ただろう。

 煮え滾った鬱憤が血を巡り、感情が身体を突き動かす。

 罵倒されても尚、澄んだ瞳でこちらを見る視線が気に入らない。

 いい加減目障りだ。今かでも髪を掴んで追い出す──。

 

「けれど、貴方自身は汚いことはとても嫌いなのでしょう?

 問答無用で悪い人の首を撥ねるくらい」

 

 フェリシタルの腕が寸前のところで止まった。

 

 メナリヤがフェリシタルに打ち明けようと決めたのは、彼に惚れたからではなかった。

 有無を言わせず街の崩壊を手引きした人間の首を撥ねたことを聞いたからだ。

 突然の横暴に暴走しかけた人間たちへの怨嗟。

 誰もが戦々恐々する凶行に彼女はとても心打たれた。

 

 自分が好きになった人は、間違いを許せない人なのかと。

 

 一緒にいたルーセントが何とも言えない顔で「肯定し過ぎる」と呆れていたが、メナリヤの気持ちは変わらなかった。

 彼ならばすべてを話していいと思えたのだ。

 

「私が生まれ変わりのことを話しても、パパたちには迷惑がかからない。

 怒られるのは私だけで、権力争いに利用されるのは貴方が許さない」

「都合のいい憶測だな。俺が権力争いとは無縁でも、司教の娘が生まれ変わりだと自称していれば幾らでも揚げ足を取れるだろ」

「貴方は言いふらさないでしょう?

 そんなことをするくらいなら、魔族や異端者を探していたほうが有意義と思う人に見えるわ。

 私が他の場所で同じことを話していたら別だろうけど、今のところ貴方以外に話すつもりはないわよ」

「随分と俺を買い被るのだな」

「少なくとも女の子の馬鹿な話をちゃんと聞いて、厳しく注意するくらい優しいわ。

 生まれ変わりなんて聞けば、利用するか頭が可笑しいと追い払うのが普通よ。

 貴方の言う通り、今日会ったばかりの人間を信用し過ぎるとは思うけど」

 

 

 ここでメナリヤは普段通りの自分に気づく。

 様々な緊張でフェリシタルには余所余所しく話してしまっていたが、いつの間にか素の自分で話していたらしい。

 

 この際だ。有りの侭の自分を曝け出そう。

 彼と話すのがこれで最後になるかもしれないのだ。

 

 運良く処罰されなくても、信じてくれず二度と会えない可能性の方が高い。

 ならば、胸に秘めたものを全て告解した方が、後悔はしまい。

 メナリヤが語ったように、生まれ変わりを誰かに話しても、悪いことになるのが普通だ。

 けれども、フェリシタルはちゃんと話を聞いた上で、親にまで迷惑が掛かると警告もしてくれたのだ。

 壮語と揶揄されようが知るものか。

 恋はいつだって己だけの価値観で決まる。

 照れ臭そうに微笑みながらも、はっきりとした声で告げた。

 

「白状すると、好きになった人だから信じたい気持ちも強いかしら」

「────」

 

 フェリシタルは固まる。

 照れたのではない。

 この後に及んで、そんな態度を示した女の思考が理解できなかったのだ。

 和兵恵は感嘆を表すように口笛を吹いた

 

「できるなら信じて欲しいのだけど、このまま白夜のバプテスマの事を話しても厳しいわね」

「それ自分が前世で知った未来を語る芝居かなんかの題名かいな?」

「ええ、そうよ」

 

 頷いたメナリヤは疑問を投げかけた和兵恵を見て、あることを思い出した。

 『白夜のバプテスマ』は『闇夜の蛍』の外伝である。

 源流である『闇夜の蛍』はここから遥か極東のしまぐに、扶桑を舞台とした物語だ。

 

「ワヒョウエ、だったかしら? 確認だけど貴方は扶桑の人で間違いない?」

「間違いあらへんけど、なんや。自分が知っとる物語には扶桑のことも書いてあるん?」

「正確にはバプテスマの大元、『闇夜の蛍』という別の作品だけどね」

「成程なぁ。地元の陰謀論よりも遠く離れた国の裏事情なら、さっきのよりかは信憑性が高いかもしれん。僕が太鼓判押したるかは別の話やけど」

 

 察しの良い。これならば円滑に語れそうだと、メナリヤは胸を撫で下す。

 フェリシタルは横やりも入れず、今度は自分が成り行きを見守る側だと示すように静観していた。

 

「ここまで話したのだから、言えることは何でも言ってしまうわ」

 

 メナリヤが生まれ変わる前がこの世界とは異なる文化、世界観であることを話すよりも可能性が高いだろう。

 

「何が貴方に響くか分からないし、最初のあらすじから話しましょうか」

 

 メナリヤは『闇夜の蛍』の話をアニメと映画でしか知らないが、大筋は元々のゲームでも同じだったはずである。

 フェリシタルも沈黙したまま此方を見ているので、そのまま話を聞く様子だ。

 朧気な記憶を引き上げて、彼女は覚えている内容を語った。

 

「主人公の名前はホタヤ・タマキ。

 農村を管理する役人の子供で、家族と平和に暮らしていた男の子よ」

 

 思い起こすのは久しいが、アニメで見た中性的少年を思い出す。

 善良で純真無垢な人間であるが過酷な世界感だと、最初は少し頼りない印象をメナリヤは感じた。

 女の子ならば可哀そうで済ましていたかもしれないが、前世も女であるメナリヤにとって男ならばもっと頼りがいあるほうが好ましかった。

 物語が進むにつれて、主人公も成長していき、好感度も上がったが、その過程が悲惨である。同情がなかったとはけして言えない。

 

「ここでもよくある話、村は魔族に襲われたの。

 いえ、扶桑なら『(あやかし)』だったわね。

 その中でも一番位の高い『凶妖』に襲われて、主人公以外皆殺されてしまったの。

 主人公も殺されかけた時、異能の力に目覚めて凶妖を返り討ちした」

「いや、目覚めたばかりで凶妖をぶっ殺せる異能って、どんだけご都合主義やねん」

 

 思わず和兵恵がツッコミを入れる。

 異能とは過程や常識を度外視した特異技能だ。

 ある意味、種として受け継がれていった特殊な妖、魔族ならいざ知らず、霊力を持っていている人間が必ずしも持っているわけではない才能。

 霊力は交配で血が濃くなり、より強力となる。

 代を重ねた血が異能を発芽すれば、驚異的である可能性も高い。

 故に単なる農民の子供が最高位の凶妖を殺せる異能が目覚めるなど、本来ならば有り得ない話なのである。

 

「私もこの世界に生きたから、異能がどれだけ凄いかより分かるわ。

 主人公は地域を管轄する退魔の名家『オニツキ家』に目を付けられ、引き取られた」

「…………」

「主人公は家族を奪った妖への復讐と、自分の同じ目を他人に合わせない為に退魔士を目指すことにした。

 そして、引き取ったオニツキ家の筆頭にした他の退魔士の闇。扶桑に潜む陰謀。

 更には自分の異能や出生の秘密知ることになるの。

 ……これが大筋のあらましだけど、ホタヤ・タマキの名前は聞いたことあるかしら?」

「いや、ない」

 

 問いかけに即答した和兵恵の反応はメナリヤの予想通りだ。

 

「でしょうね。最初に話した『白夜のバプテスマ』は『闇夜の蛍』の物語が終わって約一年後の話だもの。時期的に『闇夜の蛍』で語られる出来事が起こるのはもう少し先よ。

 けれど、オニツキ家は知ってない? 都でも知る者は知る名家のはずだけど」

 

 迷い家を個人で所持しているのだから、和兵恵も故郷では大層な身分だとメナリヤは見ている。

 もぐりの呪術師にしては物分かりも良すぎる。この空間の彩る家具も品が良い。貴族である可能性は高いだろう。

 まだ情報が閉鎖的な文明で、和兵恵から遠く離れた扶桑の知識が正確だと保障されれば、生まれ変わりという話も信憑性が生まれる。そのようにメナリヤは期待していた。

 

鬼月(おにつき)家は当然知ってるで」

 

 和兵恵の言葉にメナリヤは目を輝かせた。

 ようやく、光明が見えたと、次なる知識を披露しようとした。

 

「よかった。なら───」

「そこの二の姫、鬼月(あおい)は僕の従妹や」

「──────へ?」

 

 口を開けてメナリヤが硬直する。

 鬼月葵。『闇夜の蛍』でも重要な人物の親戚だという事実に、彼女は衝撃を受けた。

 固まるメナリヤを見た和兵恵は己の素性を明かした。

 

「改めて自己紹介しよっか──名は赤穂(あこう)和兵恵(わひょうえ)宗五郎(むねごろう)

 扶桑西土の退魔士一族、赤穂本家当主の五男。

 訳あってこの西方に武者修行に来ている。以後お見知りおきを候」

 

 メナリヤは和兵恵を知らなかった。正確に言えば覚えてなかった。

 何故ならば、和兵恵は『闇夜の蛍』本編に直接か関わっておらず、彼の妹にこそ出番があったからだ。

 

 赤穂(むらさき)。『闇夜の蛍』で意味製作者たちから愛された悲運な存在。

 

 赤穂家とは扶桑の西に領地を持った千年以上の歴史も持った退魔士一族。

 霊力は代を重ねて濃くなり、更には刀剣に関しては国一と讃えられる名門。

 直系当主の子供は七人兄妹存在し、唯一の女性にして末娘であるのが赤穂紫なのである。

 

 姫君でありながら貞淑な淑女とは程遠く、高飛車ですぐ頭に血が上り我を忘れる猪武者だが本質は誠実で律儀な勤勉家。

 『闇夜の蛍』の主人公、蛍夜(ほたや)(たまき)にも出会った当初は敵愾心剥き出していたが、共に経験を重ねると最終的には好意を示す、俗に呼称するとツンデレだ。

 

 原作は鬱ゲームと悪名高い『闇夜の蛍』はメインヒロインの殆どが次々と病む魚雷域。追ってくるし、近いただけで爆発する。

 プレイヤーは疑心暗鬼で攻略を進める中、赤穂紫はある意味で分かりすく扱いやすい真のツンデレキャラとして愛された。

 唯一の清涼剤、製作者の良心、砂漠のオアシスならぬ毒沼での安全領域。

 

 製作者の罠とは知らずに。

 

 赤穂紫というキャラクターは全てのルートにおいて、必ず死亡する。

 死因はふざけたものから、プレイヤーにトラウマを与えるものまでとても豊富だった。なんであれば、作中で一番死亡原因が多い。

 気づいていたら死んでいた、などよくあることだった。

 

 道中、小石に躓いて転んで、そのまま頭をぶつけて死亡。

 

 ふざけた仕様である。何故イベントでもないのに死ぬのか。戦闘不能ですらない。正真正銘のログアウトだ。

 ある一定数好感度を稼ぐと、道中乱数で死亡するので、仕掛けに気づいたプレイヤーは彼女を生かしたければ重装備した。

 その装備もいつの間にか勝手に外されるので油断はできない。 

 勿論、原作は過激な成人向けゲームなので、無頼漢、妖による凌辱後の殺害や、ヤンだヒロインたちによる報復なども盛り沢山。

 

 なんなら事故を除くとヒロインたちの方が紫を殺していた。

 

 殴殺や焼却による即死はまだ優しい。

 妖系ヒロインは足からゆっくり食べられたり、死骸を適当に野晒されて、惨いCGをプレイ画面に見させられたり、暗躍系ヒロインの策謀でハイライトが消える結末は見飽きるほどある。

 

 特に救いがないのは赤穂紫がメインヒロインではなく、サブヒロインであること。

 なんとかして紫に救いを見出そうとしたプレイヤーに絶望を与えた。

 今ではサブヒロインでもルートや幸せな結末が用意されてることもあるのに、紫には死ぬ以外の結末が用意されてなかったのだ。

 それが原因で紫は本家のゲーム以外でも、よく死ぬ。すぐ死ぬ。必ず死ぬ扱いを受けている。

 当然ながら、メナリヤが視聴したアニメ版でも結末は同じだった。

 

 とっつきにくいかったけど、仲良くなると良い子って分かるな~、と初見の人に好感度を稼いだ、そんな矢先の次回、悲劇は前触れもなく幕開けされた。

 主人公と紫だけの道中、突然地面から飛び出してきた蚯蚓妖に紫の下半身が食われたのだ。

 「逃げて」と紫が言った瞬間、残った上半身が主人公に向けられた手だけを残して食われたのである。

 その後に響き渡った主人公の悲鳴を「ぶっちゃけ興奮した」と紫を演じた声優が後の特番で語った。

 古参ファンの間ではむしろ三話も登場してから死亡した快挙(?)をネットで驚かれたほどである。

 

 ちなみにメナリヤも視聴した劇場版では登場八秒で頭を吹き飛ばされ、爆殺された。

 

 ───と、長々と説明したが、メナリヤは赤穂紫ことなどどうでもよかった。

 というか、ちゃんと紫のことは記憶に残っていたが、完全に頭から飛んでいる。

 

「貴方、アオイちゃんの親戚なのッ!?」

 

 シリーズで一番の推しの親戚登場に、メナリヤは心底仰天していたのだった。

 




 フェリシタルは伴部くんと違って、逃げたいという手を握らなかった。

 赤穂家の兄に関しては、鉄鋼怪人さんから許可を頂いたものです。

 アニメで紫ちゃんを殺した妖は、彼女が主人公の足手まといにことを恐れて戦線離脱
させようとした心配性のおばあちゃんの手引き。うっかり殺してしまった。

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