赫きヴィア・ドロローサ~ハッピーエンドは無くなりました 作:貫咲賢希
この世の全ての生命を魔に堕とし、地獄に転成させようとした魔王リリス。
最悪の女は己の目的を達成しようとしたが、あと一歩のところで今を守ろうとした者たちの手によって滅ぼされた。
エンディングテーマと共にエピローグで笑い合い、未来を歩む登場人物たち。
苦難の果てに辿り着いた光景故にとても眩しかった。
「よかった!」
アニメが映し出されたモニターに拍手をする少女。
『白夜のバプテスマ』。王道ファンタジー作品の大団円。
何度も悲しくなり、怖い思いもしたが、最後まで観てよかったと満足する。
寄り添い合って歩む主人公たちに心を打たれた。
特にお気に入りだったヒロインのルーセントが幸せになったことで、ほんのりと涙も浮かべる。
共に視聴していた少女の父親も納得するように頷く。
「改編もなく、原作通り良い結末だな」
彼は原作である小説で予め内容を知っていたが、名演をした声優たちと共に美麗な映像で描かれると感動も一際違ってくる。
「
アニメから作品に触れた少女は内容を知るのを避ける為、原作小説は読まなかった。
最早既知の内容であるが、小説を読めば編集の関係で省略されたエピソードや登場人物たちの心情も描かれているだろうと、期待を膨らませる。
触れやすい映像作品で満足してしまう人間は少なくない。故に原作の小説まで手を伸ばすのは、作品に深く惹かれた証拠だった。
「勿論構わないが、これを気にシリーズ原点である『闇夜の蛍』もどうだ?」
彼女たちが先程まで観たアニメは『白夜のバプテスマ』という名であり原作は小説。
更にそれは『闇夜の蛍』という日本製ゲームの外伝作品だった。
「えぇ~? 怖くて難しそうだからヤダッ」
少女も原作である『闇夜の蛍』の存在は知っていたが、軽く調べただけで強烈な印象を受けて忌避していた。
『闇夜の蛍』は人気作品であるが、同時に陰鬱で醜穢であると世界に轟かせている。
シリーズ外伝作品である『白夜のバプテスマ』も同様な側面を描かれ、あくまで御本家の『闇夜の蛍』と比べてだが優しい仕上がりになっていた。
その『白夜のバプテスマ』でも気が滅入るときがあったのだ。
それ以上の恐怖に耐えれそうにないと思っているので少女は敬遠している。
「アニメならどうだい? 少し前に放送されていたのさ。本家であるゲームよりも表現は大分柔らかくなっているよ」
元より、父親もゲームをしてくれるとは思ってもいなかった。
娘はアニメを見て漫画も読んだりはするが、ゲームなどは外で遊べるものが殆どである。
テレビゲームもみんなでやるパーティーゲームを誘われたらする程度。
更に娘はまだ知らないが、『闇夜の蛍』は元々成人向けゲームだった。
今でこそ、大衆向けにアニメや家庭版が有名になっているものの、古参ファンなら誰でも知っている事実である。
娘に与えている携帯端末では保護者設定で性的描写を閲覧できないようにしているので、誰かに教えてもらわない限り当分は知ることはないだろう。
もしも娘の気が向けば家庭版をこっそり勧めるつもりだった。隠しきれない仄めかした描写もあるので、万が一妻に露見してしまったら、大事になるのは明白である。
「む~、どうしようかな」
コウノトリが赤ん坊を連れてくれると信じる子供にポルノ映画を見せるのに一歩近い所業とは知らず悩む少女。
これも父親なりの教育。
少女は既に学校の授業で性教育は受けているが、関心は年相応日に薄い。フィクションを通して、貞操管理を抱いてもらおう。
「もし観るなら、今度映画もするから、それまでに観てしまったほうがいいかもね」
「映画? アニメの続き?」
「『闇夜の蛍』はゲームだから進め方によって幾つか展開や結末も違うのさ。
アニメ放送版では描かれなかった別の話をやるんだよ」
「そうなんだ……」
「ほら、これが
『白夜のバプテスマ』の最終回視聴後に勧めるつもりだった『闇夜の蛍』のBRを全巻娘の目の前に並べる。
「────」
すると少女はパッケージに描かれたとあるキャラクターに目を奪われた。
着物を纏った少女。東洋の民族衣装に身を包んだ姿は神秘的に映った。
「ねぇ、この子誰!? とても綺麗!」
綺羅綺羅とした瞳で指をさし、少女は尋ねた。
どうやら、そのキャラクターが一目で気に入ったようだ。
父親は口端を歪め、釣り上げたように笑う。パッケージのキャラクターに夢中な娘は愉悦に染まった顔に気づいていない。
娘が気に入ったキャラクターはとても癖が強かった。
果たして全て見終わった後でも同じ言葉を出せるのか、父親は胸が高鳴る。
「オニツキ・アオイ。メインヒロインの一人だよ」
+ + +
『闇夜の蛍』という作品は故郷を失った主人公が身を寄せることになった退魔士の名家、
鬼月
アニメ版では彼女をメインにしたストーリーで、主に退魔士と妖の戦いを描いていた。
鬼月
劇場版では彼女をメインにしたストーリーで、テレビ版とは違い人間の闇を露にする内容。
鬼月葵はメナリヤが前世で一番気に入ったキャラクターだった。
話の内容は外伝である『白夜のバプテスマ』に軍配を上げるが、個としては鬼月葵に好意が傾く。
鬼月葵というキャラクターは簡単に説明すると浮世離れした美しい外見とは裏腹に、得手勝手で暴虐な少女だ。
気に入らない相手はすぐに殺し、主人公も甚振る悪女。
アニメしか知らない人間からすれば序盤は手助けするときはあっても、基本的には主人公を虐げ、最終的はメインヒロインの鬼月雛と争う敵役である。
それでも、メナリヤは只の一度も鬼月葵に対して悪印象を抱かなかった。
当時は架空の存在として俯瞰してからもあるだろうが、傍若無人な振る舞いも刺激を与えられ、アニメでは僅かしか描かれなかった穏やかな顔に心を掴まれた。
葵が雛に殺されたときは、彼女に非があるのは明白でも悲しみ、暫く立ち直れなかったほどである。
葵がメインヒロインを務めた全三部作の劇場版では、彼女の悲惨な過去や孤独な思いを知った。
更に過酷な出来事が遭っても主人公の環と共に乗り越えた葵は、メナリヤにとって何年経っても色褪せることない大好きな存在に昇華したのである。
古参からすればライトユーザーでしかないメナリヤであるが、鬼月葵のことに関してだけは劇場版を視聴後自分で調べて、ゲームの罪業や苦難も知り、全て受け止めて、尚も好きでいる。
でなければ、かつての彼女の部屋で唯一あったアニメグッズ、公式七分一絢爛豪華鬼月葵フィギュアを大事に飾らなかっただろう。
なお、今世の親友のグッズは主人公と合わせたキーホルダーくらいしか持ってなかった。
葵程ではないが他に『闇夜の蛍』で気に入ったキャラクターは鬼月家の分家筋、鬼月綾香と敵役の赤髪碧童子。どちらもアニメ、劇場版と共に死亡している。
アニメのメインヒロインである雛に関しては、劇場版では葵と和解したものの、それまでの経緯や推しに肩入れしているので複雑な心境。
『闇夜の蛍』の主人公に関しては情けないと思っていたが最終的には好印象。
腸が煮え返るほど大嫌いなのが鬼月家の当主である。
前世で架空であった者たちが、目の前の男──
「なんや、自分。その反応やと葵がお気に入りなんか?
和兵恵の妹である赤穂紫も従妹である鬼月葵を敬愛していた。
確かに和兵恵から見ても鬼月葵は美しく才能ある人間だが、性格に問題ある。
外面はいいが、本性は加虐趣味の傍若無人。
他人などよくて玩具。殆どは障害と認識しているだろう。
袖にされても慕い続ける妹に、和兵恵は毎度呆れていた。
本音を言えば関わってほしくないのだが、葵の境遇に同情した和兵恵の父親や祖父が妹を後押しをするので、自分には止められない。
不幸中の幸いにも、妹は従姉から無視されているので、可哀想だがそのままでいてほしいと思っている。
「自分が見た物語は貞淑な姫でも描かれてんの、あの従妹?」
「物語のアオイちゃんは基本的に腕白な気分屋さんだったわね」
苦笑しながらメナリヤは婉曲的に答える。
鬼月葵が物語で多く描かれていたのは残忍な唯我独尊を極まった暴君だ。
実際、メナリヤの言葉に和兵恵は納得したように鼻で嘲笑う。
「ふん。それでこそあの従妹やな」
葵のことを好きなメナリヤにとって気分がいい反応ではなかったが、受け入れる。
『闇夜の蛍』の主人公に好意を抱いても、一方的な愛憎と執着に苦手意識を持った人間は多い。
ある有名な蔑称はメナリヤのようなファンにとっては戦争開始の合図だが、それ以外の遠ざける部分は理解できた。
和兵恵の反応を見るに彼は鬼月葵の本性を知っているらしい。
だからこそ、誰かの嫌いを否定せず、自分の好きを口にする。
「でも……それだけじゃなくて」
葵のことを思い出したメナリヤは、顔を緩ませた。
見た目が良くても単なる暴力キャラだけなら、メナリヤはここまで好きでいられなかった。
「不器用で繊細。寂しがり屋なのに気高くあろうとする。とても愛くるしい女の子よ」
「……………。それは、知らへんな」
和兵恵は無表情で呟く。
少なくとも、和兵恵はそんな従妹を見たことはなかった。
「所詮は他所で偶然似た登場人物か……。
あるいは親戚だけで関わってへん僕が知らへんだけやろうか」
親戚とはいえ遠方の相手。本人が他人と関りを持とうとしてないので、直接会ったことなど片手で足りている。一対一で会話したことも過去に一度だけ。
目の前の少女の言葉が全て真実なのであれば、疎遠な人間よりも多く知っているのだろう。無論、全て信じるにとすればだが。
「とはいえ、僕が知っとることを知っていただけでも話半分程度に信じる価値はできたで」
「ワヒョウエ。お前、この女の戯言を信じるのか?」
まだ訝しんでいるフェリシタルに和兵恵は言う。
「異国の姫のことや、親戚しか分からへんことまで知っとるや。簡単には聞き捨てれんやろ」
「……お前がそう判断したのならば、俺も半分程度は聞き耳を持とう」
「あ、ありがとう……!」
フェリシタルのその態度に反射的に礼を言ったメナリヤ。
経緯はどうであれ、好いた相手が自分を少しでも信じてくれる事実は嬉しいものだ。
顔を綻ばせているメナリヤを見て、フェリシタルはばつが悪うにそっぽを向く。
「礼はこの男に言え」
「勿論。ついでのようになって、悪いけど貴方のおかげで信じてもらえたわ」
「僕の方こそ礼はいらん。自分の運がよかったからや」
そう運がよかった。
話した相手が自分たちでなければ、悪い方向に転がった可能性が高かった。
ゆえに賭けに勝ったメナリヤの勝利である。
「僕だけやったら、最初の生まれ変わりの話を聞いた時点で馬鹿らしいと区切ってたわ。
フェリシタルが最初から聞く姿勢で、ある程度話した情報に間違いがなかったから僕も信用したんよ」
「でも、貴方がいなければ、彼も信じてくれなかったわ。
互いに信用し合っているのね。妬けるわ」
国が違う者同士でどのように巡り合わせをしたのか分からないが、男たち二人の信頼関係はメナリヤの目から見ても分かった。
「僕らのことは今はええやろ。
それよりも未来のようなもんを知っとると白状して、自分は何がしたいん?」
ここで自分が気に入ったフェリシタルに己の特別性を示したかっただけならば、失笑ものである。
生まれ変わりなど面倒な話だ。
本当に予言如き知見も披露できるならば、悪用される可能性のほうが高い。
予言者と持て囃される程、この世界は甘くないのだ。この地ならば利用されるだけ利用されて、時が来れば切り捨てられることだってある。異端者としてすぐ殺される危険もあった。殺された中には正真正銘の予知をできた者もいただろう。
術や企みで偽予言者を演じる詐欺師もいるのだ。もしも、メナリヤが誤魔化すために神託や予言など嘘を交えていれば、フェリシタルも聞く耳は最初から持たなかっただろう。
危険を冒してまで、己の秘密を白状した理由はなんなのか?
まさか、本当にフェリシタルへの売り込みだけか?
メナリヤとしてもここからが本題だ。
勢いで途中告白もしたが、自分の素性を明かすことが目的ではない。
メナリヤは懺悔する。
西方の教会には懺悔室というものがあると思われているが、実際はそんなものは存在せず、代わりに告解室がある。
告解とは罪を告白し、神に許してもらうこと。
懺悔は謝罪のみで許しは求めていない。ならば、メナリヤがするのは懺悔だ。彼女は神に許しを求めていないのだから、この十字架は一生背負うものと考えている。
「私、卑怯者なの。安全な場所で高みの見物をしていた」
+ + +
「メナリヤぁあああ!!」
「きゃあ!?」
話し終えたメナリヤが迷い家から出ると、突然、懐目掛けて抱き着かれた。
「え? ルーセント?」
「帰ってくるのが遅いから心配したわ!」
涙目で訴えてくる親友に戸惑うメナリヤ。
丁度、話が終えたところで、和兵恵から誰がやって来たことを教えられた。
対応した彼の式神越しから得た情報からルーセントだと思ったメナリヤは、迎えに来てくれたのかと急いで出たのだが、思った以上に憂慮を与えたらしい。
「す──、 メナリヤァ。 す──メナリヤァぁ」
「ごめんね、ルーセント。不安にさせちゃって」
締め付けるように抱きながら、顔をメナリヤの胸に埋もらせ、体臭でも吸いこんでいるような荒い呼吸する姿に──メナリヤはそう思った。
ただならぬ様子を落ち着かせようと、メナリヤは彼女の頭を撫でながら残った腕を相手の腰に回し、軽く摩る。
するとビクリと反応したルーセントはより強くメナリヤを抱きしめてきた。
「ぅお──」
思わず呻いたが耐えるメナリヤ。
あんなことがあったばっかりだ。独りで心細い思いをしただろうと、落ち着くまで好きにさせようと痛みに堪える。
「なんや、随分の仲いい───!?」
「─────ッ」
和兵恵とフェリシタルも遅れて迷い家に出た途端、彼は己の武器に手をかけた。
「え!?」
何事かと狼狽したメナリヤだったが、自分に抱き着いていたルーセントが彼等を睨んでいたことに気づく。
長年の付き合いであるルーセントが見たことない曇った瞳。前世で見たアニメすらこんな目は見たことがなかった。
「ルーセント落ち着いて。私、二人に変なことされてないわ」
今にも襲い掛かりそうな殺気に男たちは咄嗟に反応してしまったと悟り、慌ててメナリヤはルーセントを宥める。
密室で見知らぬ男たちと先程まで一緒にいたので、何やら邪推しているのだろう。あんなことがあったルーセントのことを考えれば、過剰に危惧を抱いても仕方ない。
「……ほんと?」
「うん! むしろ、優しくしてもらったくらいだし」
「やさ、しく?」
「勿論、変な意味じゃないわ!」
「……わかった」
メナリヤから名残惜しそう離れたルーセントは、フェリシタルと和兵恵に頭を下げた。
「申し訳ありません。色々と気が立っていたもので、失礼な態度をしてしまいました」
「いや、気にせてへん。僕らもびびり過ぎてかっこ悪かったわ」
「…………」
ルーセントの豹変ぶりに和兵恵は顔を引きつっていたが、フェリシタルと共に武器から手を離しており、メナリヤも一安心する。
ルーセントは二人の男を見比べたあと、フェリシタルをじっと見つめた。
「黒い骸骨兜。貴方が私たちを助けてくれた執行者様ですね」
「偶然だ。世辞ならこいつから既に聞いたから、いらんぞ」
無下な態度に対し、ルーセントは首を振るう。
「いえ、そうはいきません。私からもお礼を言わせてください。
……ありがとうございます。おかげで私たちは助かりました」
清涼な水流のような煌めく柔らかな微笑み。
傍から見ていた和兵恵も思わず目を引かれる。
自国では名家出身であけあって、数多くの淑女や姦計を目の当たりにしてきた。この地でも多くの綺麗どころと遭遇し審美眼を高めた彼が関心する佇まい。
迷い家を出る直前にメナリヤから聞いた話によると、彼女は別世界の物語では主演の一人に割り振られていたそうだ。
「そうか」
予想通り、心を微動だにしない淡白な返答。
聖職者で色好みを避けている人間は少なくないが、フェリシタルはその中でも輪にかけている。とある島国の諺で煙は美人の方へ流れるというが、この男にはあまり当てはまらないだろう。
故に、少し前に外見ならばルーセントと同等に近いメナリヤの告白に多少なりとも靡いた様子は和兵恵も内心驚いていた。魅了ではなく驚嘆の感情だっただろうが。
「…………」
フェリシタルの短慮な返事にルーセント気分を害した様子はなく、
ルーセントからすればメナリヤを含めて、自分の助けてくれた恩人であり、先程の感謝は噓偽りの無き本音。
それはそれとして、親友の初恋相手であり、ゆえに気に入らない憎い恋敵でもあることも事実。
一人で行くと言ったメナリヤを按じ、密かに忍ばせていた傍受用霊具は本題に入る間際にそこにいる異国の男が壊したので、ルーセントは慌ててここまでやって来た。
式神という紙の守護獣擬きに足止めを受けていた間に話は終わってしまったようだが、この不愛想な男がメナリヤを泣かせてないかルーセントは訝しんでいる。
メナリヤが傷心して失恋までした方がルーセントにとって都合はいいのだが、親友としての立場ならば憤慨ものだ。
こんな素敵でかっこよく愛くるしい女の子を何が気に入らないのか。何様のつもりだこの男は。
あるいは男色家なのか?
隣の異邦人と深い関係であれば、自分としても都合がいいなどと色々と考えていると、ルーセントは傍にいたメナリヤが不安そうな目で自分を見ていたことに気づいた。
おろおろとしている様子に、一瞬で相手の考えていることを悟ったルーセントは、メナリヤの脇腹突く。
「ひゃうん!?」
可愛い悲鳴と指先から伝わった感触で悦に浸りながら、顔は不満そうに尖らせる。
「別に見惚れてないから、不安にならないの」
「そ、そう? でも、いきなり脇腹を突くのは止めてほしいわ」
「変な勘違いした罰よ」
「きゃん! また突ついた!」
好きな人に別の相手が好きだと思われるのは、かなり屈辱だ。少しぐらい虐めても文句は言わせない。
「さて、もう夜も深いのだしそろそろ帰りましょう」
じゃれ合いもそこそこにして、帰りを促す。
復興作業も続いているが、いい加減まともに就寝しなれれば明日の行動に支障が出る。
メナリヤは名残惜しいだろうが、そこは分かってくれているだろうとルーセントは思っていた。
「──あぁ、と」
するとメナリヤが微妙な顔を浮かべる。
「……メナリヤ、なにかしらその反応? まさか、仕事でもないのに今日会ったばかりの男の人たちと野宿をしたいとでも?」
「いや、流石にそれは! けど、まだ少し話し合うことが残っているからもう少し待ってくれるかしら?」
「話し合う?」
妙な言い回しと感じ、ルーセントは首を傾げる。
メナリヤがここにやってきたのは、お礼とそれに乗じて思い人と少しでも会話ができたらいいと思っての行動だと、ルーセントは考えていた。
的外れではないが、メナリヤは己の素性を明かしていたことや、以外にあることを話し合っていたことをルーセントは知らない。
ルーセントの来訪によって一旦中断されたが、最低限のことは今日中に決めおきたかった。
「話し合いって、何かかしら?」
相手が執行者だと考えれば、教団関連の業務連携だろうか?
それならば自分も同席したほうがいいとルーセントは思っていたが、思いも寄らぬ言葉がメナリヤの口から出される。
「………落ち着いて聞いて欲しいのだけど。
今度、この人たちと少しの間一緒に遠くへ行くことになったのよ」
「──はあああぁ?」
夜の空に少女の絶叫が木霊した。
+ + +
『白夜のバプテスマ』において、主人公とヒロインであるルーセントは教団から追われる身となった。
罪業は神聖である聖女の儀式妨害。並びに職務放棄。
聖女とは天使を降霊させる為だけの生贄だと知った主人公は、天使を宿したルーセントは呼びかけ、彼女を呼び覚ました。
儀式は失敗。異例の事態にそう判断した教団は両名を投獄。主人公は不心得者と処刑されようとした。
だが、教団で過ごした仲間たちの手引きにより、主人公はルーセントと助力した仲間たち共に脱出。
追手である異端管理局から逃れながら安住の地を目指した主人公たちは、魔領防衛域にある騎士団国家ナフタリの城塞都市エツェルに辿り着いた。
魔領付近にも拘らず教団影響がない城塞都市で主人公たちは一時の安息を得た。
「聞いた通り、平和そうな街やね。目と鼻の先は魔族の縄張りやのに呑気に見えるわ」
アナトナ襲撃から凡そ三日後、高い壁で囲まれた街にある雑踏の中、和兵恵が歩いていた。
共に行動しているフェリシタルの姿はなく、単独で散策している。
「お兄さん、異国人かい? どうだ果物を一つ」
「泊まるところがないならうちの宿はどうだい?」
「もしかして何処か探しているの?」
異邦人相手に街の住人は一切、警戒心を見せず気前よく和兵恵に話かけていたが、彼はそれら全てを無視した。
誰とも接触せず、一通り歩き回った大きく溜息をした。
「………茶番や」
見晴らしのいい広場の中心に辿り着いた和兵恵は、冷たく吐き捨てると、いきなり街中で腰に差した刀を引き抜いた。
和兵恵の故郷である扶桑国の退魔士たちは呪具と呼ばれる武器を使うが、呪いという他者を害する力が宿った武器はガオケレナ州──厳密には救聖教団において異端扱いされる。
その為、持ち歩きが厳しい呪具扱いの妖刀類ではなく純粋な霊力のみで鍛えた霊刀を持ち歩いていた。
副次効果がある呪いがない刀でも、退魔士名家である赤穂家お抱えの鍛冶師が制作さいた霊刀は下手な妖刀よりも強力だ。
執行者のフェリシタルの行動を共にするうちに、和兵恵は教団より妖刀所持を認められたが、今も尚、霊刀を使っている。
清らかな輝きを放つ霊刀に驚く通行人たち。
和兵恵はその霊刀で偶々近くにいた相手を───そのまま頭から両断した。
悲鳴が木霊する。
突如起こった惨状に混乱が拡大し、人々は絶叫を上げながら散々に和兵恵から逃げていく。
「五月蠅いッ」
逃げ惑う人たちに呆れながら和兵恵は問答無用で刃を振るって次々と手にかける。
「貴様! 魔族の手ものかッ!」
「…………阿保らし」
鎧に身を包み、槍を持って武装してきた衛兵たちを和兵恵は鬱屈な顔で睨んだ。
「このような蛮行! 主代わりに我々が裁く!」
「いやいや、どの口がほざくねん。いい加減小賢しい真似せんと、さっさと顔を見せろや!」
和兵恵は一瞬の内に刀を鞘に納めると、一呼吸もない間に再び抜き放つ。
刹那、『衝撃破』が巻き起こった。刃から放たれた光の衝撃破は瞬く間に広がり、見境なく周囲の者に襲い掛かる。
身構えた衛兵たちも、逃げ惑う住人たちも、女子供老人等しく全てが原型を留めず、消し飛ばされた。
時間にして僅か数秒の間。
往来する人間たちで犇めき合っていた広場は和兵恵のみとなった。
たった一人、広場で和兵恵が立ちつくしていると、何処からかぬるりとした声が響く。
『人間──、この街の正体が分かって足を踏み入れたのか?』
「態々、分かってること尋ねんな。刀抜いた時点で正体出せ」
破魔・剣技一閃。
和兵恵が使った赤穂家伝来の退魔の技であり、
和兵恵が斬り、吹き飛ばした人間は全て魔力で編まれた紛い物だったのだ。
『どうやら、貴様は私のことを何処かで聞いたようだな』
水しぶきが起きる。雨でもなく、近くに川や池があったのではなく、突如大量の水が出現し、和兵恵の眼前で巨大な人型になった。
目測にして全長約三〇メールトル。尺貫法で十丈。
水の巨人。水の魔人、水の魔王、水の魔霊とも呼ばれ者。
名はマーリド。
近隣の住民や旅人を招いていては、密かに襲い己の糧にする魔族。
『白夜のバプテスマ』では、疲れ切った主人公を街ごと襲った強敵。
この城塞都市エツェルにいた住人全てはマーリドが産み出していた偽者だったのだ。
『白夜のバプテスマ』でも、マーリドはバフォメットと協力関係として描かれた。
協力関係といっても友誼はなく、単なる取引するだけの薄い関係だったが、『白夜のバプテスマ』の主人公たちはマーリドを倒したことで、バフォメットに目をつけられることになった。
魔族の支配域である魔領の防衛線は簡単に突破できない。
『白夜のバプテスマ』において魔領内で活動していたバフォメットがアナトナを襲撃できたのは、城塞都市エツェルにいるマーリドからの手引きだとメナリヤは思い至った。
そこで彼女はナフタリに棲息する魔族をフェリシタルたちに倒してほしいと乞うたのだ。
違っていても、目に見える脅威をこれ以上放置することはできない。
「ルーセント───、私の親友は生まれ変わる前に知った物語ではヒロインだったんです。
大変な目にあったけど、最後には幸せになってくれる。
でも今日、物語にはなかったことが起きて、ルーセントも私が知らない酷い目にあった」
何もできなかった。
目の前で大切な場所、大事な人たちが奪われ、友達が傷ついているのに叫ぶことしかできなかった。
「今日の出来事で思い知らされた。私が知ることなんて、不確かな出来事。
だからって、このまま何もせず、何も見ないことはしたくない。
けれど私は弱くて卑怯で、できことは限られている──」
自分の才能は最初から分かっていた。
恵まれていた世界を変えるほどの力はない。
初めから諦観し安穏を享受していたが、信じていた平和が砂上の楼閣であるならば、そのまま縋りつくなんてできない。
城塞都市エツェルが危険であることをメナリヤは密告しなかった。証拠がなかったからだ。仕方ないと見過ごしていた。
そんな卑怯な自分は変えられず、結局誰かに縋りつくしかない。
己が悔しくて、目が熱くなる。
惨めな姿など見せるつもりはなかったが、感情の制御が効かない。
「できないことは、信用できる人に頼るしかないの。
お願いします。どうか悪い奴らを倒してください!」
少女の慟哭を男たちは黙ってきていた。
答えなど決まっている。
片や異端を取り締まるだけの執行者。堕落者は問答無用で首を斬り落す兇徒。
片や武者修行にしているだけの異邦人。本当の目的も別にあり、肩入れする義理もない。
自分達は正義の味方でも人助けが趣味の英雄でもない。
目の前で誰が泣いていても、絆されない。
世の中、哀れな人間など掃いて捨てるほど溢れかえっているのだ。態々、気にしてなれない。
即ち、この男たちは──。
『わかった』
気に入らない奴がいれば殺しに向かう獄道なのである。
「かかりました。色々と確認することはありますが先に出迎えます。主様は後程」
皆様に応援を頂いている中、色々と多忙が重なり、更新が遅れて申し訳ありません。
次はもっと早く投稿しようと、頑張ります。
また、鉄鋼怪人さん確認前に投稿しているので、前もって多少の確認はしてますが、後で変更になるかもしれないことをご了承ください。
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