窓際軍人と気弱な提督のヨーロッパ紀行   作:舞葉

11 / 14
2021年2月
南方戦線異常無し(1)


その後、関係各位(主に立案者)の胃をボロボロにした会議の結果、最終的に決定した作戦参加勢力が決定した。

 

キプロス島攻略部隊

トルコ陸軍四個歩兵師団五万人

重巡洋艦コルベール以下強襲揚陸艦二隻、軽巡二隻、駆逐四隻、コルベット艦三隻、ミサイル艇六隻、輸送船団一個

 

中東方面上陸部隊(テルアビブ・トリポリ・ベイルート・ハイファ)

トルコ陸軍十個歩兵師団、ギリシャ陸軍四個歩兵師団、ソ連陸軍十二個歩兵師団並びに三個機甲師団合計四十万人

重巡洋艦フィウメ・アルジェリー以下計六隻、軽巡八隻、駆逐十六、コルベット艦三十五隻、ミサイル艇四十隻、輸送船団十二個

 

ポート・サイド上陸部隊

トルコ陸軍三個歩兵師団および一個機甲師団、ソ連陸軍七個歩兵師団計十五万人

航空母艦二隻、戦艦四隻、重巡五隻、軽巡七隻、駆逐十八隻、二個輸送船団

 

 

アレクサンドリア陽動艦隊

戦艦二隻、重巡三隻、軽巡四隻、駆逐十二隻、仮装巡洋艦三隻

 

 

エル・アラメイン上陸部隊

トルコ陸軍四個歩兵師団および二個機甲師団、ソ連陸軍五個歩兵師団計十五万七千人

空母一隻、戦艦三隻、重巡五隻、軽巡八隻、駆逐十四隻、三個輸送船団

 

総計陸上戦力七十五万五千人、トルコ・ギリシャ・ソ連海軍合わせて戦艦九隻、空母三隻、強襲揚陸艦二隻、重巡二十隻、軽巡二十九隻、そのほか艦艇七十隻以上に大量の輸送船団。ノルマンディーの半分に迫る大規模作戦だ。

 

当然指揮官同士のやりとりも格段に増えるわけだが、ここでウォースパイトがつまづいた。

 

『ウォースパイト中将、上陸部隊の物資のことで相談が…』

「……ああ、それならヴェネト少将が詳しいはずよ。確か今はD棟にいるわね」

『D棟?D棟ですね?分かりました、ありがとうございます』

『閣下、艦隊査閲の準備が整いました。予定がよろしい時に第一ブロックの港湾までいらっしゃってください』

「申し訳ないのだけれど、もう一度繰り返してちょうだい?ロシア訛りはどうも不慣れで…」

『了解です。それで…』

『閣下、我が軍の参謀総長殿から電報が。作戦の成功を祈るとの事です』

「えーと…トルコ語で話してくれる?まだそちらの方が分かるから

 

ギリシャ、トルコ、ロシア、ブルガリア、そしてイタリアにルーマニア。艦隊の多種多様な人々が話す英語の濃い訛りに、久遠に出会うまで一年以上軟禁されていた彼女はついていけなかったのである。

 

「もう嫌…助けてクドウ…」

「いや私に言われましても…」

 

結果、艦隊の整備が一通り終わったある日の夜、彼女は久遠に泣き付いた。

 

「そう言えば、日本出身なのに貴方の英語は聞き取りやすいわね。まるでカニンガム閣下と話しているようだわ」

「そりゃどうも。若い頃に世話になった金剛閣下のおかげですよ」

 

元々が英国にルーツのある艦とだけあって、上流階級のクイーンズから一般レベルのスラングまで解する金剛を最初の上司と仰いだ久遠は、その才能を彼女に見込まれ、軍大学レベルの戦術や彼女自身の戦訓、そしてついでとばかりに本場仕込みのイギリス英語を叩き込まれていた。発音と毒舌は一級品だ。

 

「そうなのね。まぁ、何でも構わないわ。話し相手がいるのなら…」

 

げんなりとした顔をそのままに、彼女は少しだけ頬を緩めた。

 

 

明くる2021年の一月二十四日、海軍をウォースパイト中将と久遠准将が、そして陸軍をデミレル中将と新顔のギリシャ陸軍のドラコス中将が率いる部隊は、正規の式典こそ無いものの、それでも各国海軍が派遣した軍楽隊の華麗な演奏に見送られ、八手に分かれてイラクリオン港を出港した。大部隊とあって出港にはかなりの手間がかかり、最後尾である久遠のアレクサンドリア陽動艦隊が出港する頃には、すでに日付が変わっていた。

 

気を利かせたギリシャ海軍軍楽隊の演奏する某アニソンに久遠が閉口する一幕を挟みつつも艦隊は順調に地中海を進む。キプロス島攻略部隊が 上陸地点の沖合百キロ地点で錨を降ろす頃には、久遠らも行程の三分の一を消化し終えていた。

 

「いやぁ、快適快適。コンテ・ディ・カブールもまぁまぁだが、ガスコーニュの乗り心地は段違いだな」

 

第二次大戦後、1970年代になって大戦当時の設計図を基に建造されたガスコーニュ級戦艦は、フランス海軍製の三十八センチ四連装主砲と十五.二センチ三連装両用副砲の改良型を主軸に、高角砲と機関砲、短距離対空ミサイルと対艦ミサイルを装備する強力な戦艦だが、特筆すべきはその高い凌波性。クリッパー型の鋭角な船首と手堅く調整されたバラスト配置は、冬の地中海であろうとたやすく乗り切ってしまう。

何度か小規模艦隊に遭遇もしたが、戦訓を活かしつつも手堅く設計された装甲と、フランス海軍きっての傑作砲は伊達ではない。かつてはドイツ海軍のタートルバック装甲を二十キロの距離から貫き、改良に改良を重ねた今では現代改修型大和の装甲すら貫く威力を持ったフランス戦艦の主砲は、哨戒艦隊の旗艦級、すなわち軽空母や重巡すらも一撃で沈めることが出来た。

 

そして二日後の一月二十六日。

 

「キプロス、トリポリ、ベイルート、ハイファ、テルアビブ、およびポートサイド、アレクサンドリア、エル・アラメインの全艦隊、戦闘体制を整えました。幸いな事に、敵主力は未だ観測されていません。アクィラ・クレマンソーの艦載機も、それらしいものは見ていないとのこと」

「了解、助かったわ。…さて、運命の女神様とやらの尻尾を掴みに行きましょうか」

「ハッ!全艦隊に伝達。只今を持って、作戦参加全部隊は所定の行動を開始せよ!繰り返す、作戦参加…」

 

中東戦線の天王山、オペレーション・ユレイヌス(天王星作戦)の幕が切って落とされた。

 

 

最初に花火を上げたのはアレクサンドリア陽動艦隊。博打や速攻をあまり好まない久遠ではあるが、突っ込むべき時に突っ込む果断さが無ければ名将とは呼ばれない。アレクサンドリアの彼は、緒戦から猛攻に出た。

 

「第一目標、沿岸砲台。第二目標、通信設備!全艦、進路をアレクサンドリアに変更!痛いのをぶっ食らわせてやれ!戦艦、巡洋艦、砲撃開始!残弾を無視しろ、全力斉射だ!」

「ちょっ、閣下!ここで終わりではないのですよ!?」

「知った事か!何が何でも連中を叩き潰せ!」

 

『残弾数』の概念をこの時ばかりは投げ捨て、官僚主義とクソ人事に届けとばかりに戦艦ガスコーニュとリシュリューは砲声を地中海に轟かせる。

 

唐突に直径三十八センチの対地攻撃用徹甲榴弾と、巡洋艦の十五.二センチ榴弾が雨霰と降り注いだアレクサンドリア駐屯の深海側部隊の慌てようは尋常ではなく、周囲の港湾都市から続々と艦隊や陸戦部隊が動き出しているのが、ウォースパイトとスヴォーロフの艦隊レーダーに捕捉されていた。

 

「暴れろ暴れろ、掻き乱せ!こちらの規模を誤認させろ!後先の事は後先で考えればいい!」

 

久遠の狙いは見事に的中。カイートバーイ要塞が機関砲射程に収まる頃には、ポートサイドやエル・アラメインの防衛艦隊のほとんどがアレクサンドリア防衛に差し向けられていた。

 

「クドウの艦隊に引き寄せられた今がチャンスよ。全艦、増速!スヴォーロフ大佐の艦隊にも、上陸命令を出しなさい!」

「聞いたわね、みんな?仕事の時間よ、ワシに続け!第七海兵師団の意地を見せなさい!」

 

当然、このチャンスを逃すウォースパイトではない。決断を後押しするように、火達磨にされたアレクサンドリアの深海棲艦基地は、艦隊の士気を大きく底上げしていた。

突撃命令に従い、戦艦ジャン・バールを筆頭とするウォースパイト率いる艦隊とその輸送船団は、ほとんどもぬけの殻となったポートサイドの防衛設備を大口径砲と艦載爆撃機によって文字通り蹂躙。何とか再編を試みる深海側部隊を集まるそばから副砲でミンチにし、大胆にも輸送船団を港湾に横付けさせることまでやってのけた。

 

「上陸部隊の指揮はカヴール少将、頼めるかしら?」

「頼むも何も、今はアンタが上官じゃないのよ。…支援は約束してくれるんでしょうね?」

「沿岸三十キロ以内なら、命中率九十七パーセントは保証するわ。必要なら、空母艦載機もクドウ准将の艦隊も好きに使ってちょうだい。その代わり、どこでもいいから飛行場を奪い取ってくれる?」

「いいじゃない、太っ腹ね!ワシに任せておきなさい!三日もあれば、スエズ運河を制圧してやるわ!」

 

上陸した海兵師団があっさりと橋頭堡を確保し、准将クラスに率いられた後続の師団が揚陸を済ませたところで、カヴールは機甲師団と海兵師団を率いてスエズ方面に進撃を開始。艤装を展開した彼女が先頭の指揮戦車に跨り、気持ちよさそうに突撃を叫ぶ頃には、ウォースパイトもアフリカの大地を踏んでいた。

 

「天候は快晴、風は微風。何故かやたらと緑が多い気がするけれど、まぁ気にしないで行きましょうか」

 

エジプト・アラブ共和国建国直後の1970年代の雰囲気を色濃く残すポートサイドの街並みは、深海側に奪われた都市の例に漏れず、手付かずのままもっさりと緑に覆われていた。

 

「それでも、建物はしっかりと残っているのよね…さてと、少尉!例のものは持ってきたかしら?」

「ハッ。こちらにしかと準備してあります」

 

護衛の海兵コマンド部隊の少尉が差し出したトランクケースを彼女は受け取り、ポートサイドの街並みを市庁舎に向かって歩き出す。

程なくして辿り着いたイスラム建築の市庁舎にまとわりついた蔦を毟り取り、内部に侵入したウォースパイト一行が目指すのはもちろん屋上。ライカのカメラを持たせた従兵を伴い、螺旋階段を上って砂岩で作られた市庁舎の屋上に躍り出た。

 

「赤軍に倣うのは心情的に少し癪だけれど…まぁ、宣伝効果は抜群だものね」

 

微かに残った残りカスのような艦娘としての膂力を腕に発現させ、トランクケースを開いて中のものを取り出し、迷わず彼女はそれを――鋼鉄製の旗竿に掛けられたエジプト・アラブ共和国旗とEU旗を、かの有名なライヒスタークの赤旗のごとく屋上の飾りに突き立てた。

 

「ようやく、ここまでこぎつけましたね、中将閣下」

「いいえ。すべては、ここからよ」

 

しかし、感慨深げにシャッターを切る従兵が、通信に血相を変えてウォースパイトに駆け寄ってきたのは、そのわずか数分後だった。

 

「閣下、閣下!す、スヴォ―ロフ大佐殿率いる部隊が、上陸に失敗しました!エル・アラメイン守備部隊を満足に陽動できなかった模様です。輸送船団にもかなりの損害が出ています!」

 

はぁ?と誰かが漏らしたその声は、その場に居合わせた全員の総意である。スヴォ―ロフの艦隊のレーダーは、確かに大量の艦隊と陸戦部隊が泡を食ってアレクサンドリアに駆け付けたのをとらえている。通信機を受け取った彼女に訴えるスヴォ―ロフの声にも、心なしか焦りよりは困惑のほうが色濃く滲んでいた。

 

『何かが変です、中将。運よく死者は百名ほどで済みましたが、あの量の砲台子鬼は異常ですよ。クドウ准将のところに同じかそれ以上の数が引っ張られていくのを、確かにレーダーがとらえています』

「うむむ…久道、アレクサンドリアの方はどう?」

『あーあー、テステス…好調ですよ。連中、用兵の事なんて何も分かってないように馬鹿の一つ覚えで突っ込んできます。上陸だってできそうです』

 

暫くウォースパイトは逡巡していたが、やがて決然と顔を上げ、作戦の変更を告げた。

 

「分かったわ。大佐、エル・アラメイン上陸作戦を中止し、直ちに准将の艦隊と合流、アレクサンドリアに再度上陸を試みなさい。両翼包囲が失敗した今となっては、可能な限りの部隊を上陸させて、戦線を作るのが先決よ」

「「ハッ!」」

 

この判断が吉と出るか凶と出るかは、まだ誰にもわからなかった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。