アレクサンドリア沖合五キロに遊弋する久遠率いる艦隊と、スヴォーロフ率いる上陸部隊は、通信から十数分後に無事合流を果たした。
「本当にもぬけの殻だな、クドウ。アレクサンドリアに居たはずの防衛部隊は何をやっているんだ?」
「知るかそんなもん。いいからとっとと機甲師団を上陸させてくれ、流石にこっちの火力もそろそろ限界なんだ」
「分かった分かった。一時間待ってくれ」
久遠艦隊のヤケクソ砲撃で防衛設備と港湾機能を蒸発させられたアレクサンドリアの港に、ドラコス少将率いる陸軍の機甲部隊は堂々と上陸を果たし、拍子抜けするほど呆気なく同部隊は橋頭堡を確保した。
『クドウ准将、アレクサンドリアの白薔薇軍*1の地方司令官と接触した。本当に何も居ないのだな?罠という可能性は無いのか?』
「少なくとも、半径四十キロ圏内には何も居ません。信じがたいことですが、そのまま進撃していただいて構わないと思われます」
実のところ、この事態は久遠とウォースパイトが間接的ながら招いた事態である。
この時アレクサンドリアの防衛指揮をとっていたのは、クレタ島においてイエラペトラ方面の防衛において指揮を執っていた戦艦タ級であり、命からがらクレタ島から落ち延びたそのタ級は、沖合に遊弋する艦隊を認めた瞬間、これは罠だと確信した。当然である。久遠艦隊の後に続く輸送船団が、わずか一個と少なすぎたのだ。
泡を食ってエル・アラメインから這い出してきた重巡ネ級を追い返し、ついでとばかりに自分の麾下の艦隊や防衛設備、航空部隊も上陸の始まったエル・アラメインとポートサイドに分派した彼女の手元に残った勢力を、タイミング悪くクドウが三十五センチ榴弾で気持ちよく吹き飛ばしたのである。命からがらアレクサンドリアから逃げ延びたのは、彼女を除けば数人だけだった。
そうとは知らないドラコス少将率いる部隊は警戒に警戒を重ねてアレクサンドリアの市街地を制圧し、同じように首を傾げるレジスタンスの司令官と接触。民兵主体ながら正規兵と比較しても高い練度を誇る白薔薇軍の『赤薔薇』師団を吸収し、歩兵部隊の上陸を待ってポートサイド側の部隊との合流に動き出した。
「これが機甲師団?妙だな、空挺兵と山岳歩兵と機械化歩兵と海兵コマンドが見えるんだが…それに分解された魚雷艇も結構あるな」
「少尉、あれはわが軍の生き残りだよ。現役稼働のF-104も十二機ほど分解して隠し持っているぞ」
「大尉殿、それはもう一昔前の小国の軍隊なのであります」
雑多な兵科の精鋭がごちゃ混ぜになったその陣容は、さながら二次大戦末期のイタリア社会共和国軍『デチマ・マス』師団を思わせる。戦車はパットンシリーズやT-55、チーフテンやイスラエルのチラン、そして歩兵銃はカラシニコフやH&K社のG3、珍しい所だとStG44やMKb42まで。「一体どうやって弾薬を調達すれば良いんだ」とスヴォーロフが頭を抱えて絶望するのもさもありなん。
同じように対応に窮したドラコス少将の指示の元、とりあえずありったけのG36歩兵銃とMG3がばら撒かれたが、戦車に関しては如何ともし難い。早期の再統一とその後の戦時特需の影響で飛躍的にに工業力を伸ばし、*2EU陸軍の装備生産を担い、1941年時の数倍の軍需生産力と、1936年並みの民需産業を両立するまでに成長したドイツだが、膨れ上がった歩兵師団を維持する為の歩兵装備と最近需要の増え始めた艦砲の生産に追われ、イタリアやソ連に渋々ながらライセンスを渡しても尚完全充足の機甲師団は半分も無いのが現状である。要するに、EU陸軍は肥大化しすぎたのだ。たかが中東方面に二百万人も投じられる時点で、すでにどこか狂ってしまっているのである。
「本国のほうで大幅な歩兵師団の軍縮を進め、すでに数割を戦車生産に差し向けた上でこれだからなぁ…」
ドラコス少将の嘆きは、EU海軍上層部の嘆きをそのまま反映している。ヨーロッパ単体で三千万人、世界全体ではすでに一億人以上が現在進行形で何かしらの形で従軍している。むしろよくもまぁ集積地棲姫なしでヨーロッパの金属埋蔵量が持ったものだ。
「それで、それが新型のMBTと?」
緑のまばらな海辺を征く車列の先頭、指揮戦車の上で軍帽を手に嘆くドラコスのもとに無線を入れたのは、沖合数キロを航行する戦艦の上から車列を眺める久遠だった。ふぅ、とため息をつき、努めて明るい声でドラコスは無線に応じた
「ああ。ラインメタル社謹製の先行試作量産型だそうだ。本当は
ある程度信頼性の保証されている既存型の改修モデルではなく、足周りは流用とはいえ新規設計の、それも先行試作型である。主砲口径も十センチほど増えており、既存の砲弾を流用できない兵站屋泣かせの一品だ。お前のところの兵站将校がぼやいていたぞと伝えられ、久遠は苦笑するしかなかった。
一方そのころポートサイド上陸部隊は、あっさりとスエズ運河の渡河に成功し、イスラエル方面に向けて快調に進撃を続行していた。
「思っていたよりあっけないですね、閣下。これならハイファの部隊とも近いうちに合流が叶うんじゃないですか?」
「油断は禁物よ。ワシの勘が正しければ多分この先に…やっぱりあったわ!全部隊、正面の敵性ストロングホールドに突撃!あそこを落として後続の補給部隊と合流、攻略の拠点を築くわよ!」
『『『『イエス・マァム!!!』』』
破竹の勢いでだだっ広い草原と化したシナイ半島を南東に突き進むカヴールの狙いは、紅海に程近い巨大な盆地に造られた深海勢力の拠点。本来ならそこそこの数の部隊が詰めているはずの要塞には、しかし現在は数千ほどの兵力しか詰めていなかった。
「自走砲部隊、攻撃開始!ヘリコプター部隊は弾着観測をお願い。機械科歩兵と戦車は一旦待機で、準備砲撃が終わったら突っ込むわよ!」
号令を受けて機敏に動き出した麾下の部隊を満足げに眺めながら、彼女は自身の艤装を展開した。
少し昔話をしよう。これはまだ2000年代初頭、ヨーロッパ各国に艦娘が現れた時の話だ。
EU陸軍の面々は、日本海軍が直面したものと同じ問題に苛まれていた。
即ち、彼女らの艤装に使われる弾薬の問題である。
艦娘の艤装に搭載されている兵装の口径は、一律で元になった艦の十分の一で固定されている。カヴールの場合は主砲が320mmから32mmに、そして副砲が120mmから12mmにと言った具合だ。
しかし、しかしだ。
そんな中途半端な口径の弾丸を生産している国など、世界中どこにも存在しないのである。
ボフォース対空機関砲の口径は40mmだし、ヨーロッパ諸国の重機関銃の口径は四半世紀以上前から12.7mmで統一されている。せいぜい重機の弾丸が一部のドイツ艦の副砲に流用できる程度だ。
いまいちメカニズムがわからない以上下手な艤装の改造は厳禁だし、かと言って多種多様な弾丸に対応できるほどの生産ラインの余裕は無い。
やむなく日本と似たような結論に落ち着きそうになったその時、救世主が現れた。その名は妖精である。
本来は艤装の修復と維持、管理を担う艦娘付きの妖精だが、その気になれば艤装の製造も可能だ。十年以上にわたる長い長い努力の結果、ベルリン大学の技術科の学生と教授、そして監修にあたった妖精たちの努力によって、世界初の5.56mmNATO弾を使用しながら艦娘兵器にふさわしい威力を保った、艦娘用の縦横十センチほどの単装対空機関銃が開発されたのが2013年の出来事。なぜかかつての二重帝国製シュワルツローゼ重機関銃の航空機銃型によく似た形状をしていたこの兵装は、2013年から15年までの二年間ほど、移動対空陣地としての役割を果たしていた艦娘たちによって使われていた。
2015年には、12.7mmNATO弾を使用する12.7cm単装砲が開発された。こちらも手のひら二つ分ほどのサイズながら、保有する威力は重野砲のそれ。艦娘と艤装本体込みでもトラックで運べるうえに威力も高いとあって、前線の兵士からはもろ手を挙げて歓迎された。
そしてつい三年前の2018年、イタリア陸軍の兵器局技術開発課が、ある種の到達点にたどり着いた。
ボフォース機関砲の40mm弾を使用する、実在兵器換算で40cm口径に相当する連装速射砲の開発、量産にこぎつけたのだ。
戦艦主砲の威力を有し、なおかつ機動力を兼ね備えた大口径速射砲の開発により、ヨーロッパ戦線の後退は大きく鈍化。そして、欧州初の大規模反攻作戦が行われている現在に至るというわけである。
多くの技術者達の血反吐を吐くような努力の果てに、いまカヴールの艤装に取り付けられたEU規格の40mm SHIC*3 Mk.23は成り立っている。ベルトリンクに装填されたボフォース機関砲弾を彼女の艤装に乗った妖精達(ご丁寧に二次大戦時のイタリア海軍の軍服を纏っていた)が手早く装填し、次から次へと中東の大地に重厚な砲声が轟く。
同時に接近した戦車部隊による砲撃と、自走榴弾砲とヘリコプター部隊の連携による弾着観測射撃も効力射に移り始めた。いまいち効果が出ているのかわからない地上部隊の人員に代わって、ヘリコプター部隊の戦域管制官が無線越しに快哉を叫ぶ。
『的中!敵対戦車砲陣地全ての沈黙を確認しました!機甲部隊の突撃、可能です!』
『ザマァねえな、魚の親戚どもが!数が多けりゃ勝てるとでも思ったか!』
にっこり、と
獰猛に唇をゆがめたカヴールの号令一下、レオパルドの群れは盆地の一角を切り開いて作られた緩やかな坂路に突進。
わずかな抵抗をカヴール自身が艤装の砲撃で沈黙させ、地中海沿岸から紅海にかけての一帯を射程下に収めうる巨大な緊要地形は陥落した。
事情を悟った深海側が躍起になって奪還しようと駆けつけるも時すでに遅し。機甲師団に続いて雪崩れ込んだ海兵と、ウォースパイトの差配によって送り込まれた歩兵師団は、すでに防備を固めていた。
遠望できる紅海沿岸の深海側海軍基地を標的に、心地よいそよ風の中を牽引車に乗って追い付いた砲兵隊を展開させたカヴールは、同時にヘリコプター部隊へ再度の全力出撃を命令。防衛火器をフル搭載し、観測機材を持たせた彼らは命令通りに真っ直ぐ紅海を目指して飛び立った。
「さて、戦場音楽を楽しみましょうか…砲兵隊!弾着観測射撃、初め!」
まずは一発。彼我の距離はそこそこ離れているが、ここは起伏の少ないシナイ半島。十秒ほどで着弾音が聞こえると同時に、俄に砲兵隊の無線司令部が騒がしくなる。
二発、三発、四発と撃った後に、司令部が本格的に騒がしくなると同時に、百門を数える連隊規模の砲兵が猛烈な射撃を開始。
鼻歌混じりで司令部の面々が規則正しい砲声を愉しむ時間は、しかしそう長続きはしなかった。
『敵、発砲炎確認!対砲兵防御戦よう』
「…!?なに、今の爆発音は!?砲兵司令部、応答しなさい!繰り返す、砲兵司令部、応答を…」
「閣下、あれを!」
血相を変えて一点を指差す副官の指。それにつられて司令部の南東、砲兵が展開しているはずの盆地南部を見た彼女の瞳に映るのは、火山の噴火と見紛うほどの、巨大なキノコ雲だった。
『…ザッ…ようやく、繋がげっほ、げほ、げっほ…失礼。閣下、緊急事態です。敵姫級と思しき、データファイルに無い未確認の艤装を確認しました。艦内はリシュリュー級戦艦に酷似しています。…第三砲兵集積所がやられました。被害は未だ確認中ですが、おそらく警備の兵と周囲の砲兵、それに多数の砲が被害を受けています。同集積所にいらっしゃった、リベッチオ閣下も連絡が取れていません』
「…ちっ、やってくれるじゃ無いの!今すぐ砲兵隊を紅海側から下がらせて、スエズ河口方面に再展開させなさい!それと、ウォースパイト中将にも連絡を。ひと嵐来るわよ、これは」
かくして今日一番の凶報は、一切の不備なく各級指揮官に伝達される。
ウォースパイトは突如として角砂糖を大量に紅茶に入れ始め、久遠とスヴォーロフは持参の酒と兵隊煙草を引っ掛け、陸軍将兵は目先の敵の撃滅に逃避したのだった。