窓際軍人と気弱な提督のヨーロッパ紀行   作:舞葉

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スエズ沖海戦(1)

後年、ウォースパイトと久遠に不朽の名声と栄誉をもたらした一連のスエズ沖海戦、その緒戦たるスエズ河口襲撃戦は、その規模に見合わずゆったりと始まった。

 

「敵艦隊、レーダーに検知!規模、三百以上!」

「よし…全艦隊、最大戦速。クドウ准将の指揮に従い、敵艦隊への強襲を開始せよ」

『『『ハッ』』』

 

ゴトリ、と。

 

重厚な音を立てて、各艦に設置された古式ゆかしい速度制御装置の木製のレバーが一気にMAXへと倒される。

 

天気は快晴、波も珍しくかなり抑えめ。機関が動き出した音が海域に響き渡り、やがて百隻以上の艦隊が波を蹴立てる音に上書きされた。

 

 

姫級クラスの深海棲艦は、時として最新鋭のレーダーすら遮断し、さらにその逆探知を可能にする濃霧を発生させることがある。

 

周囲からの射線を断つとともに、襲撃対象に接近を悟らせないように撹乱するためだ。この霧の中ならば、深海勢力と人類勢力の索敵能力は互角になる、数で勝る深海側にとって、この戦術はかなり効果的であった。レーダー頼りの戦闘が主流になった欧州諸国の海軍において、過去に幾つもの艦隊がこの霧に巻かれ、水底に消えていった。

 

姫級五隻による濃霧展開ともなると、カバーできる規模は半径三十キロにも達する。深海側に有利な十〜二十キロメートルでの砲戦に持ち込めば、彼女らの勝利は確実だったろう。

 

彼女らの誤算はただ一つ。

 

「全艦隊に次ぐ!現時刻を待って、全ての電波発信装置の電源を切断せよ。レーダーも、艦隊無線機も、パソコンも、スマートフォンも、衛星式弾道計算装置も全てだ!これより先、光学観測機器以外の全ての機材のアクティブ使用を厳禁する。想定戦闘距離は十キロ圏内!邪魔な雑魚は体当たりで沈めてしまえ!行くぞォ!全艦、旗艦ガスコーニュに続けェ!」

 

久遠の立案した作戦が、砲戦距離十キロメートル未満での完全光学戦闘だっだ事である。旗艦以外の全ての通信装着や無線機をパッシブ運用に限定し、徹底的に艦隊の居場所や航路の隠蔽を図ったのだ。

これは日本海軍が姫級を相手にするときに良く採用される戦法であり。『電探らしきものを持たないし、一定距離を保てば全くといって良いほどこちらに気づかない癖に、この霧の中だけはやたらと鋭いのはどういうことか』と、海域状況による深海側の索敵能力のひどい差異に疑問を持った日本海軍の先達が、まだ艦娘もいない1970年代前後に命懸けで解き明かしたカラクリであった。

 

最初に犠牲になったのは、濃霧海域の外縁部にて哨戒を行っていた駆逐艦。音を吸い込む霧の性質と、脳筋じみた戦法で突っ込んできた超質量の鉄の塊に真正面からぶつかられた連中は、真っ先に海の藻屑になった。

 

もちろん、そんな無謀な突撃が長続きするはずがない。ある程度、具体的には濃霧の中を数キロほど移動した所で、団子状態だった艦隊の陣形を建て直したEU海軍艦隊と統制を取り戻した深海艦隊は、同航戦に移行した。

 

レーダーの逆探知を頼りに索敵を行う深海側と、赤外線カメラやサーマルセンサーなどとにかく何が何でもパッシブ索敵装置を使って敵影を探すEU海軍。緒戦となるスエズ河口襲撃戦は、お互い濃霧の中で『前が見えねェ』状態で、まともな弾着観測もままならないグダグダの砲撃戦に突入。

下手な鉄砲数撃ちゃ当たるの精神で戦闘を続ける深海側と、光学索敵装置に瞬間映った敵らしきもやに向かって射撃を集中させる某FPSの凸砂的な戦法を採用する人類側。ジャミング霧の展開可能時間が終わるまでの持久力勝負になった海戦は、一度喰らい付いたら死んでも逃さないそのしつこさから、演習でボコボコにされた一部の連中の間で『ピラニア野郎』と揶揄される久遠の勝利に終わった。

 

「霧が晴れたぞ!よく我慢した。これより、全艦隊のアクティブ通信・索敵設備の封鎖を解除する!思いっ切り吹き飛ばせ!」

 

重厚な爆音と軽い射出音が、東地中海に響き渡る。

 

霧が晴れたことにより、本来のポテンシャルを発揮できるようになった艦隊の火力は、日本海軍のそれを知る久遠ですら目を見張るものがある。

 

『どうだクドウ准将、欧州の本気は』

「さすが列強同士の大同盟、と言ったところでしょうか。大和閣下の機動部隊にも、勝るとも劣らない迫力です」

『総力と一個打撃艦隊を比べられるのは何やら複雑だが…まぁ、好意と受け取っておこう』

 

反撃を試みる深海側の攻撃は、しかしそのことごとくが至近弾に終わる。深海棲艦とて生き物だ。先手を取られた動揺は、なかなかどうして簡単に収まるものではない。

 

さらに混乱に拍車をかけたのは、突如として起こった敵旗艦と思しき真っ白な姫級艤装の大爆発だった。深海側どころか、EU海軍の面々すらしばし呆然と眺めるほど爆炎である。EU側すら混乱させたその訳は、誰がやったのかさっぱり分からないことにあった。

 

そんな中、たった二隻だけ乗組員すべてが快哉を叫んだことで下手人は割れる。

 

『全弾命中!よくやったわ、皆!』

『おっしゃゴラァ!』『ざまぁみやがれ!』『さすが閣下です!』

 

大爆発の原因は、ウォースパイトが今作戦において座乗艦と定めた戦艦デューク・オブ・ヨークと、その僚艦である巡洋戦艦レナウン。艦隊戦において後方に配置されたウォースパイトの艦隊だが、どうも撃っても撃っても当たらない制圧射撃に飽き飽きしたらしい。

 

「さっきから援護射撃が飛んでこないと思ったら、そういうことでしたか」

『何か問題でも?ちゃんと仕事は果たしたわよ』

 

これ以上ないほどの精密な援護射撃である。さすが彼女というべきか、彼我の砲戦距離三十五キロであっさりと命中弾の世界記録を更新していった。

 

EU海軍の艦艇の大半が中破止まりなのに対し、深海側の艦隊はかなりの数の撃沈を出していた。

 

やがて、緒戦の決着が訪れる。

 

『クドウ閣下、敵旗艦と思しき姫級、撤退して行きます!』

「方向は?場合によっては追撃がいる」

『おそらく大丈夫かと。紅海の港湾基地に撤退する模様です』

「…分かった。作戦参加全艦隊、アレクサンドリアに帰投しろ!くれぐれも停泊までに事故を起こすんじゃないぞ」

 

そこで一旦久遠は間を置き、やがてその無精髭面に誇らしげな笑顔を浮かべ、かつての上司に届けとばかりに大声で続けた。

 

「こちらの撃沈艦は少数、我らは敵に大打撃を与え、地中海から叩き出した!…この海戦、EU海軍の、勝利だ!!」

 

無線機を使うまでも無かった。一塊になった艦隊が遊弋する海域いっぱいに響き渡る野太い歓声は、戦艦ガスコーニュ艦橋のガラスを振動させるほどであった。

 

 

 

 

 

「われらが勝利に!」「親愛なるアジアの准将閣下に!」「そして麗しの少将閣下に!」

 

「「「「乾パァイ!!!」」」」

 

緑あふれる奪還されたばかりのアレクサンドリアの街にしつらえられたにわかビアホールに、激戦を戦い抜いた将兵のドラ声が響き渡る。

 

シャンパンの栓を、ビール瓶の王冠を、そしてウォッカの蓋が開けられる軽やかな音がこだまする雲一つない星月夜の下の一角で、ウォースパイトと久遠はひっそりと秘蔵のスコッチウィスキーのロックを傾けていた。

 

「まずは、乾杯と行きますか」

「ええ、そうね。…スエズ運河の奪還に」

「そして散っていった同胞に」

 

乾杯、と小さくつぶやき、二人はグラスを突き合わせる。たとえ大勝利の後であろうと、喪ったものを数えるのはやめない。二人に共通する、軍人としての心得だった。

 

「まさか、久遠みたいな若い軍人が私と同じ癖を持っているとはね」

「これでも軍歴十年、日本にいたなら三等海軍従軍章を貰っている頃ですよ。そんじょそこらの三十代の叩き上げにだって、軍歴の長さと濃さで負けてやるつもりはありません」

 

そういって、彼は少し昔話を始めた。

 

久遠が十四歳の時、彼が住んでいた町は地図上から消滅した。

 

まだ艦娘が登場して間もなく、彼女らの運用が定まっていなかった頃の話だ。相変わらず最前線の鎮守府は小笠原のままで、その哨戒戦も抜かれることが多かった。

 

親類縁者をすべて喪った久遠は、その復讐心のままに、本人も知らなかった自頭の良さを発揮し、繰り上げ入学で海軍士官学校の航空科に入学。優秀な成績で一年半の士官育成過程を終え、十五歳で当時最前線だった小笠原諸島の南方海域鎮守府に、海軍航空隊少尉の地位を引っ提げて配属された。日本海軍最年少パイロットの誕生である。

 

当時の南方海域、すなわち現在の小笠原諸島近海は、海軍航空隊を主力とした南方航空撃滅戦の真っ最中。優秀な士官は年齢を問わず渇望されていた。周囲の期待を裏切らず、配属数か月もしないうちに久遠はエースパイロットの一角を務めるまでになり、一年が経つ頃には、乗機のF/A-18のキルマークは、航空機が六十七本、艦艇が十二本になっていた。

 

しかし、彼のキャリアは航空隊では終わらなかった。上官の推薦で入学した海軍大学校の適性試験過程において、彼の教官はその類稀なる海軍参謀としての才能を発掘した。軍大学卒業と同時に、彼は海軍大尉に昇進。南方海域鎮守府防衛艦隊の尉官参謀の一人として再赴任を果たした。久遠隆二、十九歳の春である。

 

鎮守府を統括する艦娘、金剛提督の薫陶を受け、順調に彼は戦果を上げていった。野戦任官で少佐に昇進し、臨時で鵜来型ミサイル警備艇40号艦を託された彼は、四回目の出撃で駆逐イ級E型を、七回目の出撃ではなんと格上である重巡リ級を撃沈。二年が経つ頃には、彼の階級章は一気に中佐のものになり、阿賀野型から派生したミサイル軽巡洋艦鈴鹿の艦長として、鎮守府近海を担当する哨戒艦隊を率いていた。

 

「そこから、反攻作戦に転じるための腕の良い参謀を探していたしい大和閣下に引き抜かれて、そのまま大佐になるまで大和閣下の下で馬車馬のようにこき使われましたよ。その甲斐あって大佐には昇進しましたが、乗艦が沈んだのは悲しかったですねぇ…」

 

少し前に述べた重巡洋艦大江の撃沈を境に、彼は海と陸を行き来する海軍参謀の本流コースを歩み始めた。大規模作戦の立案にかかわり、決行に当たっては作戦を行う前線部隊指揮官の補佐として海の上に出る。日米両国海軍の実に三分の一以上の主力艦の乗員名簿の片隅には、久遠隆二中佐、あるいはCommodore Ryuji Kudoの名前が『臨時作戦主任参謀』あるいは『特設連絡参謀』として記されている。

 

「とまぁ、私の自慢話はこんなところです。閣下はそういったものはありますかね?」

 

静かな調子で問いかける久遠に、ウォースパイトはしばしメインくしていたが、やがて眦を決して口を開いた。

 

「そうね。あなたになら、話してもいいかもしれない。私の故郷、連合王国の落日の話を」

 

落日とはどういうことか、という喉まで出かかった久遠の問いかけは、突如として鳴り響いた警報によって遮られた。

 

『全艦隊、第一種戦闘配置!繰り返す、第一種戦闘配置!敵艦隊の接近を確認、総数は約百七十!姫級四隻を確認した。直ちに頭からアルコールを抜き、戦闘配置につけ!』

 

「どうも、シバき足りなかったようですね」

「そのようね。まぁ、いいわ。元よりこのつもりだもの」

 

お互いに苦笑を交わした二人は、きびきびとした動作でグラスを片付けると、アレクサンドリアの軍港跡地に錨を下ろしている、各々の上官へと歩みを進めたのだった。

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