窓際軍人と気弱な提督のヨーロッパ紀行   作:舞葉

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深海棲艦の支配領域
太平洋側ではインド亜大陸の南部と東南アジア全域、そしてオセアニア地域。日中米韓の海軍による東南アジア奪還計画は最近失敗が続いている。
大西洋・ヨーロッパエリアはより深刻で、既にイベリア半島とフランスの西半分は陥落し、アフリカ大陸は全土が深海棲艦の手中に落ちている。開戦以来通信が途絶しているため、イギリス及びアイルランドは消息が不明。地中海側はスペイン海軍残党とイタリア海軍、それにバルカン諸国とトルコ、そしてソ連海軍の黒海艦隊が踏ん張っているため、イタリア半島の損失はくるぶしあたりまでで収まっている。


酒と涙と契約と

この世界におけるドイツ連邦は、深海棲艦の出現により利益を得た珍しい国である。

英米仏ソで分割されたはいいものの、それから半年も経たずに現れた人類の脅威の影響で、連合国側に軍政を敷くだけの余裕が無くなり、史実の統一後に起こった諸問題の影もなく、どさくさ紛れに1950年代には東西統一を成し遂げた。

その後、東をソ連に、西を英仏に守られたドイツは順調に復興を続け、現在ではEU連合軍の主力を担っているのは日本でもよく知られた話だ。駐ドイツ公使との通信は、1960年代までは多少のタイムラグはありつつも可能だったのである。

 

「あの不思議なフロイライン達…日本ではカン=ムスと言うのだったかな?彼女らは現状、(おか)の上で前線指揮官として戦っているよ。陸軍の友人曰く艤装を展開した彼女らの力は、一個連隊から師団に相当するそうだ。彼女らのお陰で、EU軍の死傷者は大幅に減ったよ」

 

見た目はともかく、陸で艤装を展開した彼女らは陸上戦艦そのものだ。主戦戦が陸に移った今となっては妥当な判断だろう。

しかし、その場合一つの疑問が生まれる。

 

「なんで私、呼ばれたんですかね?」

 

ヨーロッパの艦娘達が陸軍の主柱として大暴れしているなら、招聘されるべきは海軍畑の久遠ではなく、あきつ丸将軍麾下の幕僚か、陸亀共の将校であるべきなのだ。航空隊上がりの作戦参謀という物理的に地に足が付かないキャリアをたどってきた上に、ここ数年はは窓際で兵隊煙草を燻らせていただけの久遠が呼ばれた理由が全く見えない。

 

「君には、1人面倒を見てもらいたい娘がいるのだ。まぁとりあえず、会ってみてくれ。君の将来の上官になる方だ」

 

そう言ったっきり前を向いてしまったケスラー少将に連れられて、いかにも軍事施設らしいコンクリ打ちっぱなしの壁とリノリウム床の曲がりくねった廊下を進むと、やがてその突き当たりに場違いな黒檀の扉が現れた。

 

「銃のメンテナンスは心配ないか?私としても言いたくはないが、万が一のこともある。用心しておくに越した事はない。

 

言われるがままに拳銃の作動点検をして見せた久遠に一瞥をくれるや否や、ケスラー少将は徐に扉を押し開ける。薄暗い廊下に慣れた目に突き刺さる強烈な日光と蛍光灯の複合攻撃に、思わず彼は眼を瞬かせた。

 

部屋の内装は、いかにもありふれた英国様式の客間のそれだった。向かって右側には直径一メートルほどの、オーク材のシンプルなティーテーブルを挟むように、二脚のこれまたオーク材の椅子が左右に置かれ、部屋の中央には革張りのソファとローテーブルが鎮座。部屋に右側には壁に埋め込まれたクローゼットと、場違いにチープなパイプベッドが1組置かれていた。

 

「ヒッ!?…な、何の用ですか、ケスラー、閣下。私に構わないでと、言ったはず、です!」

 

声の主は、ソファに腰掛けていた1人の女性。肩甲骨より少し下ぐらいまである長い金髪と、赤いリボンがアクセントになったベージュと白のドレス姿で、参謀本部という場所に似つかわしくないその格好は、彼女が艦娘である事を示している。

 

どことなく影のある青い瞳の下には、うっすらとではあるがクマが見てとれ、まともな手入れがされていないのかボサボサの頭には、ひび割れた王冠を模したアクセサリーがついていた。

 

「ひとまず落ち着いてくれ。紹介しよう。彼女が現状我がドイツ連邦共和国海軍に所属する唯一の艦娘、フラウ・ウォースパイトだ。書類の上では階級は海軍准将。君の上官で、私の一つ下に当たるな。フロイライン、こちらはリュウジ・クドウ大佐。昨日渡した書類に書いてあった、君の部下だ」

 

ウォースパイトと呼ばれた艦娘の左側にはは、胸元の勲章がわりの赤いリボンが目を引くイギリス海軍の軍服が放り出されており、かろうじて左前故に女性ものと分かるが、こちらは袖を通された痕跡もない新品そのものである。ドイツ海軍参謀本部という場所に似つかわしくないその格好は、彼女が異郷の者である事を示している。

 

少しでも物音が立てばビクリと体を震わせ、話しかけられれば目に涙を溜める。ひび割れた頭の上の王冠は、彼女の精神状態を如実に表していた。

 

「彼女は、一体」

「私にも分からんのだ。ユトランド沖で保護した時には、既にこの状態だった。艤装は大破していて、本人も傷だらけ。生き残った数少ない彼女の妖精がいなければ、今頃彼女はベルリン大聖堂の下だったよ」

 

聞けば、彼女の艤装は他の艦娘と比べて特殊な形状をしており、陸戦には適さないため、ここ数年参謀本部に留め置かれているらしい。事実上、体のいい軟禁だ。

 

「何も、軟禁する事は無いんじゃないんですかね」

「私としても不本意なのだが、軍務の要請だ。その気になれば、彼女はここを更地にできるだけの武力を保持している。それを野放しにする事は、上層部が許さなかったのだよ」

 

ドスを効かせた久遠の声に、苦々しい顔でケスラーは応ずる。何が心外。何が上層部。参謀本部付き海軍憲兵師団の親玉がほざくんじゃない。狸めが、と久遠は心の内で毒を吐いた。

 

「お、おい、大佐!何をしているんだ!?」

「見てわかるでしょう、武器を置いているんですよ。それよりも、閣下にはこの部屋から退出して頂きたく存じます。私には、閣下にそれを強制するだけの権限がある。違いますか?」

 

日本海軍側が、久遠への餞別がわりにEU海軍からむしり取った、駐在武官の特別権限。時と場合によっては、元帥クラスの権力をも行使できるそれをチラつかせられたケスラーは、渋々鉄扉を開けて部屋から退出し、後にはウォースパイトと久遠だけが残された。

 

それを見届けた久遠は、徐に武装解除を再開した。大和から贈られた特別仕様の南部十四年式拳銃と、大淀からの餞別であるポケットナイフををドア脇のテーブルに置き、ついでとばかりに鉄十字章まで首から外し、丸腰の状態で、テーブルを挟んで反対側のソファに腰かけた。

 

「な、何の、用ですか?」

「別に何もないですよ、准将。ただ、突っ立ってるのもなんですのでね」

 

そういって、久遠は上着の胸ポケットに手を突っ込んだ。

 

何が出てくるのかと身構えたウォースパイトの予想を裏切り、目の前の彼の手に握られていたのはただのスキットル。ナイフが仕込まれているわけでも、薬剤の注射針が生えているのでもない。まっとうな将校たるもの一人残らず体のどこかには忍ばせている、ごく普通の酒器だった。

 

キュルキュルとキャップを開ければ、部屋に漂うのは芳醇なラム酒の香り。ちょうど数日前、久遠がソ連空軍の基地からせしめたものだ。

 

グビリとのどを鳴らして一口飲んだ久遠は、おもむろにそれを目の前の上官に向かって差し出した。

 

「飲みますか?閣下」

 

虚を突かれた麗しの准将は固まった。今までにあった軍人の中にも、こんなタイプ(勤務中に堂々と酒を飲む)の高級将校はいなかった。

 

「え、ええ。ありがとう、ございます」

 

差し出されたスキットルに口をつければ、口の中に広がるは強烈なダーク・ラムの香り。たった一人逃げ出してきた故郷の思い出がよみがえり、思わず瞼から涙がこぼれた。

 

「私は、今でこそ駐在武官殿なんて呼ばれてはいますが、要するに厄介払いされたんですよ、古巣から。私は、ソロモンで大将を止められなかった。本当なら艦隊司令官として、尊敬する司令長官閣下のもとでふんぞり返ってたはずなんです。それがこうして、ふるさとから遠く離れたドイツ海軍で、閣下のそばに座っている。人生、何があるかわからんもんです」

 

そう吐き出した後、不意に真剣な目になって工藤は続けた。

 

「悔しいんでしょう。故郷を、戦友を残して逃げなければならなかったのが。逃げた先で戦列に立てず、ただ無為に時間を過ごすのが。私だって同じです。大和閣下と前線で暴れたかった。大淀閣下と参謀本部の中枢で知恵を絞りたかった。でもそれがかなわず、私はここにいる。一遍全部、ぶちまけてみたらどうですか?窓際同士、傷の舐め合いくらいならできると思いますよ」

 

よどみなく傾け続けた度数の高い酒で半ばとろけていたウォースパイトの理性に、とどめを刺すにはこれで十分だった。赤ら顔の彼女は、すぐに滂沱の涙を流し始めた。

 

「私だって…私だって、戦いに参加したかった!こんなところに押し込められるのじゃなく、ビスマルク達と肩を並べて!でも…私の艤装は、もう…」

 

明石率いる日本海軍の艦娘技術開発課の研究によって判明したことだが、艦娘にはそれぞれ艤装の核となる、何かしらのアクセサリー類が存在し、ウォースパイトにとっては、彼女の頭の王冠がそれにあたる。

 

――ユトランド沖で大きなヒビが入り、その輝きを失った王冠が。

 

「妖精たちも、艤装のない私には答えてくれない。いったい私は何なの?何のために存在しているの?」

 

彼女の悲痛な問いかけに、久遠は落ち着き払って答えた。

 

「准将…いえ、あえて貴女と呼ばせてもらいます。貴女は、ヨーロッパ連合海軍准将、ウォースパイト第七艦隊司令官閣下です。たとえ貴女が艦娘だろうと人間だろうと、私にはとっちゃ何も変わらない」

 

そこで一旦言葉を切り、彼はかすかに微笑んだ。

 

「私は私自身に、貴女に仕えるに足る人物であることを要求します。だから、貴女も私を右腕にするに値する人物であれと、私は貴女に望みます。…こんな事言うのは小っ恥ずかしいですが、私には貴女が必要なんですよ。オールド・レディの実力を、私に見せつけてください」

 

呆然とこちらを見つめていたウォースパイトは、やがて眦から一筋の涙をこぼし、それを最後にニッコリと微笑んだ。

 

「…わかりました。そこまで言われて尚泣き喚いていては、大英帝国の名折れですものね。改めて自己紹介をさせてもらうわ。我が名は、クイーン・エリザベス級戦艦、Warspite!Admiral……よろしく、頼むわね」

「Admiralは閣下の方ですよ、提督閣下」

「あら、これは失敬。私としたことが、どうしてしまったのかしら?」

 

半端者の提督と異郷出身の大佐は、2人きりの部屋の中で硬く手を握り合った。

 




現在の久遠は、籍こそ日本海軍にあるものの、事実上ドイツ軍人扱いになっています。過去に不祥事をやらかして厄介払いされた出向社員と言えば分かりやすい…かも
ウォースパイトは完全にドイツ海軍所属で、着てないだけでドイツ海軍の軍服もちゃんと支給されてる。書類上の階級は准将だが、実際には代将(Commodore)扱いで、指揮する艦隊も無い形式だけの提督。
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