窓際軍人と気弱な提督のヨーロッパ紀行   作:舞葉

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脚注機能って便利っすね。解説を全部簡単にまとめられるのが楽しい。
近いうちに人物紹介を挟むかもしれません

2023/4/10 章を追加しました


鉄道旅行と欧州交通事情

さて、久遠渾身の一席によって、ある程度ウォースパイトが立ち直ったとはいえ、今のドイツに二人の居場所は存在しない。これは別にドイツ海軍が二人を煙たがっているわけではなく、何ならむしろ絶対に手放したくないレベルで重視している――何せ、せっかくはるばるユーラシア大陸の反対側招聘した艦娘のプロの軍事顧問である――のだが、今のヨーロッパの主戦場は陸空であって海ではない。EU海軍のヨーロッパ方面艦隊はオスロやキール、コペンハーゲンなどの軍港に散らばり、エーレ海峡*1を越えてのバルト海艦隊と北海艦隊の合流もままならない状況にある。陸上では西部戦線で欧州連合陸軍が深海勢力相手に日夜泥沼の塹壕戦を繰り広げていることを鑑みれば、北海方面は比べ物にならないほど平和だった。

 

「この状況で、頭でっかちなだけの私が提督をやっても、できることなんてあるわけないものね。多少悔しいけれど、おとなしく赴任先に行きましょうか」

「私としては賛成ですがね、閣下。あれだけ啖呵切っといてあれですが、今の閣下に必要なのは心身の休息です。そういう意味では、バルカン半島はいい場所ですよ」

 

二人に言い渡されたのは、EU海軍バルカン方面艦隊の再編任務だった。現在の戦況では比較的後方に位置するバルカン半島だが、つい最近地中海で起こった大規模な深海棲艦の侵攻により、バルカン諸国連合海軍と赤軍黒海艦隊は、その撃退と引き換えに、空母打撃群や戦艦群、巡洋戦隊といった一線級部隊を多数失う大損害を負ってしまったのだ。

 

「残存艦隊はトリエステに集結し…って、たったの戦艦六隻に巡洋艦十二隻?これじゃ巡洋戦隊にもならないわね」

百年ちょっと前のロイヤルネイビー(ニ国標準主義時代の化け物)と一緒にしないでくださいよ、閣下。現代改修型戦艦の維持費、どんだけかかると思ってんですか」

「うーん…わたし(クイーン・エリザベス級)の二倍と少々、かしら?」

「五倍ですよ」

「あら、そんなに」

 

1945年代で常識が止まっている提督の頓珍漢な発言に、こちらはこちらで冗談みたいな現実を突きつけながら、久遠は手際よくトランクケースに荷物を詰め込んでゆく。酒瓶や葉巻の箱、軍服の着替えに日本海軍時代の軍服や徽章などを放り込み、はるばる日本から持ってきた数冊の小説を入れなおせば、赴任の準備は完了だ。

 

ふと横を見れば、ウォースパイトも同じように荷物の整理を終えていた。艦娘としての正装であるベージュのドレスに、すでに用をなさなくなった艤装の核である王冠のアクセサリー、それに数冊の推理小説や、護身用の拳銃などを肩下げカバンに入れ、軍服をしっかりと着なおしていた。

 

「行くわよ、クドウ」

「えぇ、閣下」

 

参謀本部の裏口から、若い将校が運転するジープに揺られ、三十分ほどで二人はキール中央駅の玄関口に降り立った。

 

「半世紀ぶりのヨーロッパ、それも鉄道旅行とは、一年前なら思いもしなかったでしょうね」

「正直、私も生きているうちにヨーロッパに立てるとは思っちゃいませんでしたよ」

 

雑談を続けるふたりの前に、蒸気と轟音を上げながら滑り込んでくるのは、古式ゆかしいように見えて実は2010年設計のDR10型ガーラット式旅客蒸気機関車に牽引された、キール発トリエステ経由イスタンブール行きの寝台特急オリエント急行。ヨーロッパ戦線の戦況悪化と制空権の不安定化が原因となり、思わぬ形で国際旅客の表舞台に復権した新生ワゴン・リ社の誇る主力急行だ。

 

プロシアンブルーのボディにライトベージュのラインが走る通常車両と、同デザインながらカラーリングが百八十度異なるの食堂車が目を引くこの急行は、一号車から五号車と、六号車から十号車で構成され、間にテンダー式の蒸気機関車が挟まるというなんとも不思議な構成をしている。二人の目的地であるトリエステを分岐点とし、後方五両はタウルス急行と名を変えてルーマニアに、前方五両はそのままオリエント急行としてイスタンブールまで突っ走るために、このようなみょうちきりんな編成になっているのだ。

 

この時代に蒸気機関車とはまた趣のある事と思われるかもしれないが。減ってきたら集積地をシバけばいい太平洋側と違って、ヨーロッパは昨今の資源不足のせいで燃料は石油から石炭に戻り、民間の交通はとうとうわずかな自動車と蒸気機関車が唸りを上げていた、1940年代半ばまで退化してしまった。*2

石油状況が厳しい現状では長距離バスなんて望みようもないし、何かしらの方法で空を飛ぼうものならどこから高射機関砲が襲ってくるかわかったものではない。結果として、ヨーロッパの長距離交通手段は、現在蒸気機関車による鉄道網に限られている。

 

「何か用、クドウ?さっきから私を見つめているけれど」

「いや、閣下と古風な列車の組み合わせは絵になるなぁと。さすがオールド・レディですね」

「…複雑な評価だけれど、ありがたく受け取っておくわ」

 

白い制帽に、紺色の外套。ボディラインを綺麗に隠す分厚いダブルブレストの上着の襟もとから覗く白シャツには、赤いリボンが添えられている。多少アレンジを加えられたイギリス海軍の軍服は、長身のウォースパイトによく似合っていた。その長い艦歴故から来る落ち着き払った雰囲気は、彼女を見るものに軍人というよりは軍服姿の貴婦人といった印象を与えていた。

 

「そういえばクドウはどうやってヨーロッパに来たのかしら?」

「太平洋から、エカテリンブルクとモスクワで小休止を挟みつつ、戦闘機で。これでも、操縦桿一本で佐官まで上り詰めた身です。そんじょそこらのエースにゃ、まだまだ負けませんよ」

「戦闘機がそんなに飛べるものなの?二千キロ飛べれば上々だったような気がするのだけれど」

「スピットファイアの時代じゃないんですよ。最近は五千キロ飛べるのもちらほらいるんですから。ていうか、艦艇の方の閣下はしれっと最近まで生き残ってますからね?」

 

現在はどうなっているのかは不明だが、大英帝国健在なりし1980年ごろまでは、地中海艦隊の旗艦として大暴れしていたはずだ。聞くところによれば、竜骨と兵装以外の装甲板全てを全取っ替えし、数多くのミサイル兵装も設置されていたらしい。果たしてそれは同じ船といえるのだろうか…

 

「さすが私と言ったところね。ところで、その手の中の板はなんなの?」

 

まだまだ教えなければならない常識が多そうだと、回線の通っていないスマホをいじりながら久遠は思った。

 

 

 

 

 

さて、初めての鉄道旅行にすこし浮かれながら、切符に記された通り三等車に乗り込んだ二人だったが、切符を検めた車掌が大慌てで二人を案内した先はなんと一等車の寝台付きコンパートメント。切符には確かに三等車と書かれていたのだが、どうも裏で軍が手を回したらしい。

列車がガタゴトとホームから滑り出し、最初の途中停車駅であるベルリンにたどり着くころには、二人は自分のコンパートメントの寝台にポツンと腰掛け、ゆったりと新聞なり小説なりを読んでいた。

 

いくら西ヨーロッパのほとんどが制圧されたにせよ、旧ソ連軍占領地もといドイツ東方はまだまだ爆撃機が来ることもない、いわゆる後方地域。車窓を流れる景色も、鉄筋コンクリート建築と伝統的な家が共存する、至って平和なものだった。

景色と小説を交互に行き来するうちに昼時になり、一等車には老いたボーイの声が響き渡る。

 

「一等車のお客様、一等車のお客様、昼食の準備が出来ました。食堂車にお越しください」

 

コンパートメントのドアを開けて廊下を見渡せば、同じように顔を出したウォースパイトと目があった。

 

「閣下は食堂車に?」

「ええ。クドウも?」

「はい。恥ずかしながら、酒とカロリーメイト以外に、朝から何も腹に入れていなかったもので」

 

クスリと笑い合った二人は、久遠が先導する形で、狭い廊下を一列に歩いて食堂車に向かった。

 

昼食のメニューに載っていたのは、鮭や鱈、ニシンなどの魚料理が中心だった。港町キールが出発点とあって、新鮮な魚介類を積んできたようだ。

 

「なかなかの味ですね。さすがドイツでも有名な特急です。それに、線路の保線状況も太平洋諸国に見劣りしないレベルです」

「ニシンに比べれば、なんでもまともに見えるわ…」

 

保線状況がいいということは、それだけ出される料理の質や量も良いということを意味する。揺れる車内ではまともに調理を行うことも、しっかりと配膳を行うこともままならない。

 

「鉄道は戦況を示す鏡。こんなものを民間で運用できるあたり、まだまだ余力はありそうね」

「二十一世紀にもなって蒸気機関車新造してる時点で、すでにまともじゃないんですよ、閣下」

 

馬鹿話をしながらも、二人のフォークが止まることはない。アジア系ドイツ海軍人と麗しのイギリス海将の組み合わせは、ヨーロッパ系の重鎮が数多く座る食堂車にあって、かなり人の目を引いていた。

 

「アジア人とはまた珍しいお方ですな、それに麗しのフロイラインまで。お二人は、どちらまで行かれるのですかな?」

「私と彼はトリエステまで。少し…用事がありまして」

 

大半は人間は、二人に好奇の目線を浴びせながらも割と好意的な態度だったが、中には二人を快く思わず、何かかとつっかかってくる輩もいることにはいた。例えば、ある年若いイタリアの陸軍中尉は、肩を怒らせながら久遠が階級章を隠すために羽織っていた上着の襟元を引っ掴んできた。

 

「なんだって日本人がこんなところにいる?ここはヨーロッパの急行だ。さっさとアジアに…ッ!?」

「アジアに…なんだって?それと、私はこれでもドイツ海軍人なんだ。そこのところ、よろしく頼むよ、中尉」

「こ、これは大変な失礼を…申し訳ございません」

 

しかし、中尉の肩書きと僅かばかりの陸戦勲章では、ウォースパイトや久遠相手では、上着を引っ掴んでしまったことでチラ見えする数々の略綬を前に黙らせられるのがオチだった。イギリス海軍きっての武勲艦と、はるばる日本から呼び寄せられた歴戦の軍事顧問にいちゃもんをつけられるのは、軍令を帯びている身か、でもなければ中将クラスくらいのものだろう。

 

とまれ、多少のトラブルを挟みつつも汽車は順調にドイツ南東部を駆け抜け、その日の夜には二人はオーストリア領に進入。アルプス山脈は後方も後方、風光明媚に違いない…と、思いきや、彼らの予想は悪い方向に裏切られることとなった。

 

山岳路線に入った途端まず目につくのは、山肌にへばりつくように建てられた、アルプスの風景をぶち壊す多数のコンクリート構造物。一体何事かと久遠が問えば、なんと欧州連合軍の総司令部はここ、欧州連合陸軍南部管区のウィーンに存在するのだ。アルプス山脈はスイスからイタリア北部、そしてオーストリアにかけて要塞化されており、検問も数多く設置されている。各地の駅やトンネルの前後に至るまで執拗に配された検問所と、重装兵による鋭い誰何の声に、ややトラウマを引きずるウォースパイトはすっかり委縮してしまい、結局久遠が場を治める羽目になったことが何度あったことか。

 

階級章と徽章だけでは納得されず、トランクケースから引っ張り出した辞令書類まで渡してなんとか通過したのだが、久遠にとってはこちらがアジア人と女性なのをいいことに横柄な態度をとる衛兵相手に、暴力沙汰を起こさない様己を戒めるのも一苦労であった。途中駅であるトリノに列車が滑り込むころにもなると、さすがに検問の嵐も途絶えたが、二人そろって疲労困憊で、アドリア海の景色もまともに眺められたものではなく、戦地に近くなったことで保線状況の悪化した線路に悪態をつきながら、コンパートメントに据え付けられたベッドに沈没する有様であった。

 

『お客様各位にお知らせ申し上げます。次の停車駅はトリエステ中央駅、お出口は進行方向右側のドアとなっております。トリエステ=ルーマニア便のタウルス急行をご利用の皆様は六両目以降へ、イスタンブール方面へのオリエント急行をご利用の皆様は、五両目以前の指定されたコンパートメントにお移りください。繰り返します次の停車駅は…』

「…んぁ、そろそろか。閣下、起きておられますか?到着しましたよ、トリエステです」

「ふあぁ…体の節々が痛いわ。まるでドック入り前みたい…」

「斬新な比喩をですね。とても私のような非才の身では思い付きませんよ」

「馬鹿をおっしゃい。あなたこそ早く準備しなさいな。どうせいろいろ部屋の中に広げているんでしょう?」

 

軽口をたたきつつも、コンパートメントでの一昼夜で痛めた体をいたわるように、よろよろと二人はトリエステ中央駅に降り立つ。

 

彼らの前途は、未だ誰の目にも明らかではなかった

*1
デンマーク–スウェーデン国境の海峡

*2
TGVやユーロナイトといった主力鉄道機関が軒並みダウンしたため

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