窓際軍人と気弱な提督のヨーロッパ紀行   作:舞葉

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戦略図っぽいものを書いてみました。評価があったらまた作ります


オトラント海峡の戦い

 

【挿絵表示】

 

さて、いざ輪形陣を組んで主砲を敵艦隊に指向した久遠の戦隊だが、現代改修戦艦による『砲撃』はかなり煩雑な手順を必要とする。

 

「波浪パターン解析、精度九十三パーセント。許容範囲内に至りました!」

「炸薬調整…完了!対応距離、二万五千から三万!」

「射撃統制システム、衛星とのデータリンク接続完了。弾着観測システム、起動!」

「オートローダー、弾種切り替え完了。六斉射分の榴弾、装填しました」 

 

「よぉし…とりあえずニ斉射を行い、その後に修正、効力射に移行する。号令に合わせろ!3、2、1、Fire!」

 

…と、まぁこんな感じである。別にこれは断じて砲撃性能が低下した故の処置ではなく、むしろ進歩は日進月歩だ。フィンメッカニカ*1とラインメタルの合弁企業であるヨーロッパ・オードナンス社の活躍により、1900年代時点とは精度も射程も威力も段違いに強力になっている。

 

が、この『精度』を担保するためのシステムが問題だった。

 

EU海軍が独自に打ち上げた多数の軍事衛星による弾着観測と、風速や潮位、天候から波のパターンを解析するソフトウェアをリンクさせた誘導システムを採用したことにより、発射速度の上昇と精度の改善は担保されたのだが、肝心の発車に漕ぎ着けるまでのプロセスが、今までの

 

「砲弾装填、ヨシ!」

「角度修正、ヨシ!」

「主砲斉射、ヨシ!」

 

と比べて、大幅に増えてしまったのだ。

 

まぁ、そんなのは現場の苦労であって、戦術次元ですら考慮されないことが多い。

今日も今日とて水兵たちは、ヒーコラ言いながらディスプレイに向き合う羽目になるのだった。

 

「駆逐艦ボスポラス被弾、損害軽微です。残存戦闘能力、九十%以上」

「敵軽巡洋艦、個体名アルファへの効力射を確認。巡洋艦クアラルンプールとアンカラは、照準を追尾モードにセットし射撃を継続してください」

「巡洋艦プリスティナがやりました。敵軽空母、艦載機発艦能力を喪失」

 

哨戒艦隊は久遠戦隊の激しい砲撃とミサイル攻撃に晒され、一隻、また一隻と吹き飛ばされていった。40.6ミリ口径の榴弾は次々と巡洋艦の柔な装甲を貫き、対空弾幕と艦対空ミサイルの群れが艦攻と艦爆の土手っ腹を正確にぶち抜いていく。戦況は、久遠の側の圧倒的優勢で終わろうとしていた。

 

しかし、戦闘の本番はここからだった。

 

「軽空母の大破を…ッ、レーダーに感あり!戦艦ル級F型*2二隻とレ級E型*3一隻を筆頭とする艦隊が接近中!」

「打撃艦隊がおいでなすったか。意外と速いな…。よし、全艦、急速反転!鬼ごっこの時間だ!」

 

艦隊決戦が始まると思った?残念、始まるのは撤退戦。後顧の憂いを叩き潰したいのは山々だが、戦艦二隻と航空戦艦一隻に対する戦艦二隻ではそもそも戦いにならないだろう。

 

「敵艦隊、我が戦隊を追撃しています。到達予測時間は…三時間!?いや、速いなおい」

「どれどれ…もう光学探知できるのか。相変わらず足が速いねぇ、レ級のお嬢は…」

「大佐殿はやり合ったご経験が?」

「ああ。中佐だった頃に日本海軍で初めて奴と遭遇したのがこの俺だからな」

「…ちなみに戦績は?」

 

期待半分諦念半分の、戦時任官で少佐に昇進したマルコ副艦長の緋色の視線に対し、久遠は無情にも首を振った。

 

「顔面と土手っ腹に主砲を喰らわせて、航空機運用能力も奪ったが、俺の艦も沈没寸前だった。今の戦隊じゃ、間違いなく無理だ」

 

久遠が海軍航空隊から艦隊参謀府に籍を移し、南方海域鎮守府(現小笠原警備府)の第二哨戒艦隊旗艦、高雄型系列の六十七番艦の重巡洋艦大江の艦長だった時代の話である。ちなみに大江は乗員による必死のダメコンもむなしく、鎮守府を目前にして無念にも轟沈していた。久遠の数多い後悔エピソードの内の一つである。

 

今まで押し込まれていたのが、艦娘の登場によってじわじわと反撃に移り始めた、いわば最盛期一歩手前の日本海軍でそれである。砲弾も燃料も足りない今の艦隊で、相手取れるとは思えない。

 

艦橋の頂上、観測デッキで光学望遠鏡を覗く二人の瞳には、砲弾を素早い身のこなしで躱わし、艦載UAVを尻尾の砲で蜂の巣に変え、マッハを超えるオトマータミサイルをあろうことか回し蹴りで蹴り落としながら急接近するレ級の、狂気に満ちた微笑みが映っていた。

 

「…大佐殿の戦ったヤツもあんな感じだったんで?」

「少なくともトマホークを蹴り落としはしなかったな。さすがElite、格が違うというわけか」

 

バカ高いミサイルや砲弾が次々と無力化され、こちらの艦がちらほらと直撃弾を浴び始めた現状に、クソッタレめと二人の海軍士官は同時に毒付き、お互いに気づいて苦笑を交わした。同じ艦に乗り合わせるまでは初対面同然だった二人だが、苦境というのはえてして大きく人の絆を育てるものである。

 

「駆逐艦ゴライアス、敵榴弾の直撃を浴びました!残存戦闘能力、七十五%を切っています!」

「のがっ…っ、本艦、被弾!徹甲榴弾と思われます。三番主砲と後部艦橋、それに防郭付近に被弾。原子炉への被害は軽微ですが、弾薬庫の近くで熱源を確認しました!」

「ダメコン班、出動急げ!…くっ、またです、巡洋艦ピエモンテ中破!一番主砲の弾薬庫が誘爆しました!原子炉は無事ですが、戦闘能力は…」

 

艦橋内部はまだ参謀連の緊迫した声だけで済んでいるが、既に艦内は血相を変えて走り回る乗員の怒鳴り声で満たされて久しい。機関部では寸断された電気ケーブルを修理すべく要員が寸断箇所の特定作業に入り、その脇を防護服姿のダメコン班が、防郭を目指して全力ダッシュで駆け抜けて行く。

被弾にもめげず、残った四番主砲の砲撃班とミサイル班は果敢に攻撃を続けるものの、被弾の衝撃と乗員の動揺により照準は大きくぶれ、成果は相変わらず芳しくない。

 

「効力射、観測されません。…どうしますか?」

「フム…全艦、一時的に全兵装を閉じろ。距離一万五千になるまで待機だ。お嬢が引き返せない所までおびき寄せろ。それと、ミサイルの完全装填も終わらせておくように指示してくれ」

「了解です」

 

業を煮やした久遠とマルコは、一か八かの賭けに出ることに決めた。

 

「引き付けたか?引き付けたな!?…よし、今だ!全艦隊、陣形を単縦陣に変更し面舵一杯!丁字戦を仕掛けるぞ!」

 

敵艦隊との一定距離を保ちつつ、その目前で単縦陣の艦隊を九十度回頭させる。かの有名な東郷大先生も使った丁字戦法だ。弱点である土手っ腹がレ級の正面に晒されるのが難点だが、その代わり火力を一点に集中させられる。

 

のっそりと始まった乗艦の回頭と、それに続いて汽笛を鳴らす戦隊の僚艦を眺めながら、久遠は思い出したように軍服の上着の内側に手を突っ込み、徐に自分の拳銃を取り出した。

 

「自決の用意は万端ですかね?」

「いんや。最後の手段であることには間違いないが、真逆のベクトルだ。どっちかっつーと最終兵器だな」

 

首を微かに傾げ、問いただそうと副艦長が口を開いたその瞬間、

 

「彼我の距離、規定値に到達!全主砲及びミサイルポッド、テェェェェェ!」

 

衝撃で艦尾のイタリア海軍旗とEU海軍旗が大きくはためき、吹っ飛ばされた久遠とマルコの制帽は、艦橋屋上のレーダーにぶつかり、やがてポスンと間抜けな音を立てて転がり落ちた。なんだかんだと狭いオトラント海峡一杯に、艦隊斉射の轟音が響き渡った。

一斉に襲いくる三桁単位のミサイルと徹甲榴弾を、さすがに回避しきれずモロに喰らったレ級は大きく姿勢をぐらつかせ、やがて口から青い血を吐きながら海上に崩れ落ちた。久遠の見る所、最低でも中破は確実だろう。

 

「よぉし、いいぞ!敵への効力射を確認した。全艦、機関出力最大!艦隊運動を放棄し、信号を辿り全速力でレパルスに合流しろ!」

 

一塊の単縦陣で動いていた艦隊はものの数分でバラバラになり、損傷度合いに応じた最高速度で、波を蹴立てながら走り出した。

 

「戦術的敗北、と言うところですかね」

「そう悲観的になるな、副艦長。戦略面じゃこっちの勝利だ。クレタ島攻略の障害になるであろうブリンディシ駐屯艦隊の主力に大打撃を与え、こっちは中破で済んだんだからな」

 

些細な一言で、久遠は敗北を勝利にすり替える。クレタ島前に更なる敗北を味合わせては、この大規模作戦の意味がなくなってしまうからだ。この一芝居はそこそこの効果をもたらし、司令部要員の雰囲気も、心なしか明るくなった。

 

 

 

「…はい、はい、了解です。…提督、久遠大佐がお手柄です。敵哨戒艦隊を全滅させ、さらに打撃艦隊のレ級を中破させたとのこと!」

 

想定していなかった戦果に、巡洋戦艦レパルスの艦橋の面々は快哉を叫び、第三戦隊と久遠が危険に晒されやしないかとヒヤヒヤしていたウォースパイトは、ほっと胸を撫で下ろした。

 

「それで、合流に関しては?」

「ハッ、最大戦速でこちらに向かっているとのこと。送り狼も見当たらないそうです」

「分かったわ」

 

合流に合わせて艦隊の速度を落とすよう指示したウォースパイトは、黒鍔の白い制帽をゆっくりと脱ぎ、黒い革張りのアドミラル・シートに崩れ落ちた。

 

「まずは、一勝。……もう少しだけ待っててちょうだいね、皆。必ず、私は帰るから」

 

やけに年季の入った提督帽のくすんだ紋章を親指で撫でながら、彼女は誰にも聞こえないように小さく呟いた。久遠率いる戦隊がレパルスのレーダーに移り、一瞬艦隊に緊張が走ったのも束の間、IFFで味方と識別されたのは、それから三時間ほどのことだった。

 

そして、激戦が嘘のような三日間の本当に穏やかな航海ののち、

 

「ん〜…やっぱりギリシャの空気は良いわね。こう…地中海って感じがするわ」

「もう十一月も終わりそうだってのに、よくもまぁこんなに綺麗に晴れたもんですね。気温も暖かいですし」

 

EU海軍の東地中海艦隊は、エーゲ海を望むギリシャ中部のパトラ港にその錨を下ろしたのだった。

*1
イタリアに存在する軍事企業。かの有名なオート・メラーラの親会社

*2
Flagshipの略

*3
Eliteの略




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