申し訳ありません
十一月が過ぎ、十二月も半ばに達した頃、艦隊はようやく修理を完了させ、戦艦レパルスはクリスマスイブに久方ぶりの雄叫びをあげた。クレタ島上陸作戦の始まりである。諸々の手続きの影響でドーリア大将が到着していないため、艦隊の指揮権は未だウォースパイトが握っている。
数年前の拡張工事のおかげで戦艦隊の通行が可能になったテッサロニキ運河を超え、翌る日のクリスマスに、キクラデス諸島のディロス島に停泊。奇しくも上陸部隊の指揮官となった艦娘、イタリア海軍海兵第七師団長のコンテ・ディ・カヴール海兵隊少将を交えて、艦隊総旗艦の艦橋での作戦の最終確認と、ギリシャ・トルコ両国空軍の航空部隊との合流を行なった。
「第二戦隊をイラクリオンに陽動で派遣して、第一と第三戦隊を本命のイエラペトラに…だったわよね?」
「ええ。航空偵察で見たところでは、敵の防衛はエーゲ海沿岸に集中しているの。完全充足の二個戦隊なら、最低限クレタ島付近の限定的な制海権の確保くらいは狙えるわ。航空隊の分厚い援護もある。存外、簡単な仕事になるかもしれないわね」
なんといっても、今回の作戦でウォースパイトが一番喜んだのがこの大規模航空部隊の派遣。ドイツ式編成の六個海洋航空団の派遣は、十数隻の戦艦に匹敵する。何といっても記憶の中でFlitz Xを食らっている彼女なのだ。航空優勢を何より求めるのは道理である。
「閣下、友軍航空軍団が合流しました。現在は空軍基地にて着陸と補給を行っております」
そうこうしているうちに、ギリシャ・トルコ両国の航空部隊の第一陣が合流した。
戦艦レパルスの艦橋の窓から見える空軍基地には、東西諸国の戦闘機や攻撃機合計四百機程が、銀翼を煌めかせて着陸プロセスをこなしていた。ディロス島まで散々民間商船を徴発、酷使して運ばせた、数万英ガロン単位のハイオクタンガソリンや各種ミサイル、それに機関砲弾を載せるためである。ひたすらタンカーをアテネからディロス島まで往復させるという地獄のような作業に従事したスヴォーロフ大佐に合掌。
「よくもまぁあんなに飛行機を引っ張り出せたわね。トルコもギリシャもそんなに余裕があるのかしら?」
「まあ、無いでしょうね。だから送ってよこすのよ」
ウォースパイトは目の前の小柄な戦艦に語る。
「現状、私が見る限り中東戦線は手詰まりよ。トルコ陸軍五十七個師団、ギリシャ陸軍三十四個師団、ソ連陸軍七十八個師団と数個の航空軍団を貼り付けてもなお停滞している。恐らく、あそこの国々の首脳陣は第二戦線の構築を狙っているわ。クレタ島を攻略すれば、次はスエズ。念願の第二戦線が構築されるという寸法よ」
事実、ウォースパイトの元にはトルコ陸海両軍首脳部の連名で、クレタ島上陸後の援助とスエズ奪還への派兵の打診が届いていた。どちらも、二人にとっては願ってもない話である。
「なーんだ、そこまで決まってるのね。なら言うことはないわ。補給が終わり次第、出撃しましょ!」
かくして、事実上トルコ・ギリシャ両国の命運を賭けた戦いの幕が上がる。
半世紀以上ひたすら中東戦線で戦い続けた両国空軍の練度は伊達では無い。数日とかからず数百機の航空機は補給を終え、2020年のクリスマスに、ディロス島の住民に見送られながら艦隊は再び錨を上げ、真冬のエーゲ海へと乗り出した。
作戦に従事する陸海部隊の編成は以下の通りである。
第一分隊(上陸部隊)
指揮官 : ウォースパイト少将
旗艦 : 巡洋戦艦レナウン
航空隊 : ギリシャ空軍より2個航空師団二百四十機
陸戦部隊 : イタリア海軍特設海兵師団一個
第二分隊(陽動)
指揮官 : スヴォーロフ大佐
旗艦 : 戦艦ヤウズ・スルタン・セリム
航空隊: 両国空軍より合計1.5航空師団百八十機
陸戦部隊 : 無し(陽動の為)
第三分隊(主軍援護)
指揮 : 久遠大佐
旗艦 : 戦艦コンテ・ディ・カヴール
航空隊 : 両国空軍より合計2.5個航空師団三百機
陸戦部隊 : 無し(援護艦隊のため)
ディロス島大航空基地より続々と飛び立つ空を埋め尽くすほどの戦爆混合編隊に艦隊の士気はグングンとあがり、誰もが欧州初の反抗作戦を前に胸を躍らせた。
そして辿り着いたクレタ島。ウォースパイトの読み通り、イラクリオンを始めとしたエーゲ海側の港湾都市はガチガチに砲台子鬼と護衛要塞、更には射程の長い陸戦部隊の禍々しい野戦砲で固められ、スヴォーロフ大佐率いる第二分隊は苦戦を強いられる。
艦艇と違いかなりのサイズがある深海側の防衛設備や航空機は、接近を試みる部隊にとって大きな脅威となった。
「主砲、斉射!だんちゃーく…今!リコン01、ダメージの程は?」
『ザッ…ダメだな、こりゃ。護衛要塞と駐屯艦隊はボコボコだが、砲台子鬼が辛い。それに、邀撃機の攻撃もかなり痛いな。もう十二機が損傷でディロス島に帰っちまったぞ』
損害状況を鑑みたスヴォーロフは、ウォースパイトに許可を取り、航空部隊の三分の一、半個航空師団に相当する六十機の戦闘爆撃機と攻撃機を第三分隊、すなわち久遠率いる戦隊の援護に向かわせた。戦艦と重巡によるアウトレンジ砲撃しか対処法がない以上、制空機以外は存在意義がないからだ。
一方の南部イエラペトラ戦線においても、久遠とウォースパイトは存外にてこずっていた。
「まさかこんなに艦隊がクレタ島に残っていたとはね…航空優勢は?」
『その点はご安心を。激戦ですが、キルレシオは1:7でこちらが優勢です。すでに駆逐艦や英淳を七隻以上沈めております』
「なら、まだやれそうね。後は戦艦三隻、重巡二隻を撃沈したら、海兵師団を揚陸させるわ。最後の一押しよ」
イエラペトラ港湾内の軍事設備や艦隊を徹底的に破壊しつくしながら、ウォースパイトは怪しく微笑む。ほどなくしてカヴール少将率いる海兵師団に出撃命令が下り、輸送艦の舷側から続々と降ろされる揚陸艇が、分厚い航空支援と大口径火砲の砲撃に守られながら突進を開始した。
一方そのころ久遠率いる第二分隊は、スエズ運河から出撃したと思われる深海側の大艦隊に対し、大胆にも三十キロの距離を保って同航戦を仕掛けていた。
「戦艦タ級、個体名Σに集中砲火!戦闘爆撃機隊と軽巡、駆逐は航空優勢の確保と雑魚掃除を、攻撃機と戦闘機隊は敵主力へのハラスメント攻撃に集中せよ!」
『重巡洋艦フィウメ被弾!残存戦闘能力六十八パーセント、中破相当!』
「本艦の後ろに下がらせろ!攻撃機隊はフィウメの穴埋めを行え!…クソっ、忌々しいタコ焼き共め!戦艦三隻に正規空母四隻は聞いてねぇぞ!」
爆音と砲撃音に負けないように声を張り上げ、疲れた顔で久遠が空を見上げれば、目に飛び込んでくるのは蒼穹を駆け回る銀翼とタコ焼き艦載機の群れ。正規空母ヲ級の搭載数は一隻当たり六十機、それが四隻襲い掛かって来ているため、久遠戦隊は戦爆混合の二百四十機を相手にしていることになる。大規模部隊が上陸阻止にかかることを予期したウォースパイトの差配がなければ、第二分隊は早々に全滅していただろう。
「第一戦隊から伝達です。航空部隊の増援が来るとのこと」
「増援?数は?」
「半個航空師団規模です。戦闘爆撃機と攻撃機の混合部隊とのこと。すでにこちらのレーダーにも映っています」
「これで三個航空師団と一個戦隊か…よし、勝てるぞこの戦!全艦撃ち方やめ!取り舵二十度を維持し、敵艦隊に副砲射程まで接近せよ!」
久遠が命じたのは大胆な接近命令。現代戦艦といえど、副砲射程は二十キロほど。ここまで敵艦に接近すればタダでは済まない。しかし、額面戦力上での状況は深海側有利に見えるが、実際に数的有利を握っているのは久遠の方だ。
「先ほど到着した部隊を軸に、航空隊を再編しろ!被弾機体は遠慮するなよ、必要だと思ったらすぐにディロス島に帰投するんだ」
そうこうしているうちに、敵艦隊の旗艦と見られる艦の、馬鹿でかい艤装がその姿を表した。
「大型艤装を確認!姫級です!」
一般の深海棲艦と違い、『姫』と名のつく連中の殆どは船の形の艤装を展開できる。単縦陣の最先頭には、大口を開けた生き物のような艦種を持つ、ノースカロライナ級のような戦艦のシルエットが浮かんでいた。
「戦艦棲姫か…やたら硬い上に火力もあるが、言うなればそれだけだな。航空部隊の状況は?」
「四十八機が脱落し、代わりに航空基地から六十機が合流しました。三百機以上を依然として保てています!」
艦橋屋上に移動して再び空を見上げれば、あれだけ飛び回っていたタコ焼きはもはや見る影もなく、蒼穹を舞うのは我らがラファールとミラージュ、Mig-29の銀翼のみ。空を埋め尽くすほどの友軍航空機の群れだ。頼もしい事この上ない。
「よし、オープン回線に繋いでくれ、最大出力だ。…よし、ありがとう。うぉっほん、第三分隊全将兵に告ぐ!時は満ちた、予定を変更する!艦隊は進路を維持し、敵艦隊への突撃を続行。航空部隊はその全兵力を持って、戦艦棲姫とそれに続く主力艦を撃滅せよ!最後の一押しだ。気張って行くぞォ!」
そして、久遠は艦隊無線に向かってこう怒鳴りつけた。
「よく我慢した!砲門、開け!」
こうなってくると、泡を食うのは深海側だった。濃密な弾幕の前になけなしの艦載機は全て叩き落とされ、代わりに雨あられと飛んできた副砲弾や対艦ミサイルによって次から次へと軽巡、駆逐は沈められ、襲い来る戦闘爆撃機と攻撃機の群れによって重巡もドカスカと沈められていく。
艦載機の尽きた空母はいい的になり、庇うために動いた戦艦達を巻き込んで容赦なくどてっぱらを徹甲弾によって貫かれ、わずかに生き残った者は対深海棲艦用拘束具をはめられ捕虜になった。
戦艦棲鬼の勇猛果敢な孤軍奮闘もむなしく、在りし日の戦艦武蔵のように彼女の艤装は東地中海に沈んでいき、本人もまたほかの捕虜とともに戦艦カイオ・ドゥイリオに設置された重装独房にぶち込まれたのであった。
海上戦力差をひっくり返しての大勝利と同時に、イエラペトラ市の岬の先端に建てられた煉瓦造りの古い灯台の上に、EU海軍旗とイタリア海軍旗、ギリシャ空軍旗にトルコ空軍旗が翻った。
深海棲艦の登場以来、欧州初の反攻作戦であるクレタ島上陸は、圧倒的な数の暴力によって見事成し遂げられたのであった。
姫級の艤装(艦船型)
うっかり設定集に書き忘れた設定の一つ。姫級が忌み嫌われる最大の理由でもある(的はデカいが死ぬほど硬い上に火力もやたら高いため)。現代技術ですら砲撃とミサイルによる飽和攻撃以外の対処法が存在せず、各国海軍は頭を悩ませている。