ラスカルスズカ。
それが、今生の私の名前である。
布団に埋もれた私に跨るサイレンススズカ、もとい姉さんを見て、混乱と困惑とが再び私の意識を刈り取り、フィルムのカットの移り変わりのように、再び、薄暗くなった天井を視界いっぱいに収めた瞬間、私は、この肉体の四年分の記憶を思い出した。
同時に、神の謝罪の言葉も、だ。
しかし、怒りも失望も湧き上がることはなかった。天井の木目を数えながら、冷静になった頭で考えてみれば、スズカさんになるということがどれほど罪深く、勿体無いことかは火を見るより明らかなのだ。むしろ、間違えてくれたのを感謝したほどだった。
むしろ疑問なのは、このラスカルスズカというウマ娘のことだ。
私はたしかに「ウマ娘のスズカになりたい!!!」と叫んだ筈。とすれば、ラスカルスズカとはウマ娘として存在していたものではないのだろうか。が、ラスカルスズカというウマ娘は、私の記憶の中では、アニメはおろかゲームのシナリオでも存在すら示唆されていない。
製作陣が隠し玉としてとっておいたのだろうか。それとも、神が勝手に作り出したのか(間違えたといっているのにそれはないだろうが)。まあ、今となっては考えても無駄なことである。
私と姉さんの家系は中々特殊で、私が生まれた後、産んでくれた母はすぐに死んでしまっている(父は離婚してしまっていて、いないらしい)。そう考えてみると、姉さんが将来、スペちゃんと寮で同部屋になるのは、こういった出自の共通点もあるのかもしれない。
ともかく、姉さんが2歳、私が0歳で母を失った私たちは、小高い丘の近くに居を構える、親戚の老夫婦に引き取られた。
そして、何をするにも自由にさせてくれる夫婦、いや、お父さんとお母さんの下、のびのびと暮らしている。
甘えん坊の姉さんと一緒の、心の充実した楽しい生活だ。
「……」
朝目が覚めると、大抵私は動けなくなっている。背中に感じるのは湯たんぽみたいな暖かさで、ある時、深夜にトイレで起きたのか知らないが、姉さんが寝ぼけて私の布団に入ってきた時から続いている習慣である。人間慣れてしまうものだ。
ちょっと上を見れば、カーテンの隙間から漏れた陽の光に照らされる、あどけない口元に、涎が伝った後がある、可愛らしい私の姉さんの顔。息を吸えば姉さんの匂いが胸いっぱいに。掴んで離してくれない姉さんの小さな両手。
できることならずっと堪能していたいが、あいにく今日は平日だ。
「姉さん、おきて。きょうも学校でしょ」
しかし、てしてしとすべすべの頬を軽く叩くと、姉さんはうーんと唸って、私をさらに抱き寄せてくる。
そうすると、敏感な耳から入る姉さんの鼓動のリズムが、うつらうつらと私の眠気を誘う。
姉さんと寝ていると、起きても寝かしつけられることがほとんどである。
その時、ばんと音がして、足先に冷たい空気が触った。
「これスズカ! ラスカル! さっさと起きなさい!」
「ん〜……」
しわがれたお父さんの声で、ようやく姉さんはモゾモゾと動き出して、布団を跳ね除けて起き上がる。私を抱えたまま。
首を回すと、眠そうに半目開き状態の姉さんと目があった。
「ラスカル、ねぐせがひどいわ」
にへら、と笑いながら姉さんは呟く。
かわいい。
「それは姉さんもね」
よく父さんは「お前たちは距離が近い」と小言をもらうが、世の姉妹はこんなものなんじゃないだろうか。まあ、世がどうであれ私はどうでもいいが。
姉さんは世話焼きでもある。いや、お姉さんらしくあろうとするのだろう。
「髪をとかしてあげる!」
二週間ほど前から言い出したことである。母さんにひっぺがされようと懲りない、鏡に映る一生懸命な姉さんはかわいいし、なされるがままになってしまうのが常だ。とはいえ、最近はやり方を覚えたようで、母さんは口出ししなくなったし、渾身の力で髪の毛の絡まりを解くだとかはしなくなった。
ただ、着替えやら食事やらまで手伝うと言い出した時には流石に遠慮した。姉さん私のことが好きすぎやしないか、いや、これは自惚れか。
そうして色々な準備が終わると、姉さんが家を出る時間帯になっていた。
私は必ず、家の敷地の門まで見送りに行くことにしている。
「今日はほかのウマ娘とレースをするの!」
「だから今日はそんなに機嫌が良かったんだね」
授業より走っていたい、ずっとレースの授業で良い、と子供らしく振る舞い歩く、赤いランドセルを背負っている姉さんをみると、ちょっとした優越感を感じるのは、私のいけないところ。
「帰ってきたら一緒に走ろ!」
その場で足踏みしながら、うずうずした様子で言った姉さんは、言い終わらないうちに道路を駆け出して、下り坂を疾風の如く、あっという間に降りていく。
「いってらっしゃい」
私は、そんな姉さんの近くに居ることができれば満足かもしれない。
スズカさんの同室
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スペちゃぁぁぁん!!!!!
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ラスカル