____私が小学校に入学してしばらく経った頃、2歳下の妹が高熱で倒れたことをよく覚えている。
その日まで、私は妹を避けていた。
今はそんなこと、微塵も考えてはいない。でも、まだ幼かった頃の私は、妹が生みの親を殺したと考えていた。大きなお腹を抱えながら私を撫でてくれたお母さんが好きだったから。お母さんが妹を産んだ後、体調を崩して、あっという間に死んでしまったから。
中途半端に自我が芽生えていた私は、お母さんが死んでしまった悲しみを癒すために、都合のいい理由を見出していたんだろうと思う。
病床に臥していたお母さんは、私に、妹と仲良くしてほしいと頻りに言っていたが、牧場を営んでいる親戚に引き取られた後は、育てのお母さんに全てを押し付けて、努めてあの子を避けた。
あの子が泣いたり笑ったりしている家の中に居たくなかった。だから、
『あそびいくの!!』
いつもお父さんを引きずって、牧場の敷地に逃げていた。
……確か、あの子が立ち上がって歩けるようになった頃か。
あの子への怒りが恐怖に変わったのは。
あの子は、ラスカルは、4歳になるまでいつも静かだった。いつもぼうっと立って、お父さんやお母さんが話しかけても機械的な返事しかしない。本も読まないし、そう、何をするにも自分の意思がないような。
動く植物を見ているような不気味さだった気がする。
それでいて、あの子はたまに、私をじっと見つめていた。
私を見ているのか、ラスカルに恐怖を抱く心の奥底を見透かしているのかもわからない、あの昏い瞳が怖くてたまらなかった。
お母さんを殺したのはラスカルだ、だとかは関係なく、あの子の近くに居るのがとにかく怖くて、怖さを紛らわすために、私は走った。
走った時に見える“景色”には、私以外何もなくて、あの子の残滓もないから。心の底から安らげる場所だから。
でも、ラスカルの影は私に付き纏った。私はそう思って、一人で苦しんだ。苦しみから逃れるためにさらに走るが、自分の影を切り離すことができないように、ラスカルへの後ろめたさは付き纏ってきた。
私に目を向けるのは、私があの子を避けているからだ。だから、姉として関わってあげなければ。
……姉妹関係について、5、6歳でこんなことを考えていたのは私だけだろう。ただ、あのときのラスカルは、今でも恐ろしい雰囲気だったのだ。
そして、6歳の時だ。ラスカルは高熱で倒れた。病院へ行っても原因不明で、自宅療養ということになったと聞いている。
その時私は、今こそ、ラスカルへの後ろめたさを解消する機会なのだと思った。ラスカルの看病をすると叫んだ私に、両親は大層驚いていた。
魘されたり、起きていることもなく、死んだようにベッドで寝ていた妹に、6歳でできる精一杯をした。あの頃、私とラスカルの部屋は別れていたが、両親に頼んで同じ部屋にしてもらったぐらいに。走ることを忘れていたぐらいに。
『ラスカルっ! 目が覚めたのねっ!!』
一日ほどでラスカルの熱が引いて、目を覚ました時、私は心の底から嬉しかった。
そして、一生忘れることはないだろう。ラスカルが急に起き上がって、私をぎゅっと抱き寄せたのは。
ラスカルはとても暖かくて、お風呂に入っていなかったから、濃いラスカルの匂いがして、小さく鼓動を感じて、そのまま私の肩の上で小さく寝息を立て始めた妹を、ベッドに寝かせてあげた時、ラスカルのあどけない顔を直近で見て、
あれだけ怖がっていた妹を、とても愛くるしく感じた。
次の日から、妹は、まるで電池を入れた機械のように、立ち振る舞いがガラッと変わった。優しげな瞳で、頬に生気が宿って、物静かではあるが、活発さが増したというべきか。
『ね、姉さん____』
しかも、ずっと避け続けてきた私に、あの子から、私に擦り寄ってくるではないか。
しかし、私は、今までの立場を振り返ると、何だか恐ろしくなってしまって、だって、あの子の看病をしたのは全て自分の為で、それを知らずに私に近づいてくるラスカルを見ていると、苦しくて。
でも、ラスカルはそんな私の手を引いてくれた。
私の中に、ラスカルが常にちらつくようになった。
あの子には間違えて入ったと言ったが、本当はあの時、自分からラスカルのベッドの中に入ったのだ。
なんでもしてあげたくなった。色々なことをしようとした。
ラスカルを感じていたくなった。
自分に嘘をついた感情が、本当になっていた。
私は嘘つきだ。でも、もうそんなこと気にしていない。
だって、ラスカルが可愛いのだもの。一緒に走っていても楽しいし、いい匂いがするし、抱きしめやすいし、全部大好きなんだから。
ああ、今はそれが嫌というほど実感できる。
一人の寮は、寂しいな。
スズカさんの同室
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スペちゃぁぁぁん!!!!!
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ラスカル