スズカになりました。   作:にわとり肉

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 トウカイテイオー先輩概念(空気)


常識を潜り抜けて

 誰か、誰か、昨日の私の腹を裂いた後に介錯してやってくれ。

 

 「はぁぁぁぁぁぁぁぁ……」

 「んもー、まだ引き摺ってるの? 昨日の事…… まぁアレは確かに凄かったけどさ、うーん…… 案外ああいうのって忘れられるもんだよ。うん」

 

 どこどこと足音の響く練習コースの芝に突っ伏した愚かな私の上で、呆れた返ったような声がする。

 寝返りを打つと、先輩の足に体が乗った。

 

 「テイオー先輩……」

 「芝は寝る場所じゃ無いでしょーが…… ほら」

 

 白い流星が前髪に走る、幼い顔立ちの、数少ない信頼できる先輩――トウカイテイオー先輩の手を取ると、優しく上体を引き起こされて、背中をはたかれ、芝がパラパラと舞い落ちる。

 もう一度上を見上げると、にんまりと嫌な笑みを浮かべた顔が。

 

 「いやあでもさー、キミがあんな行動するなんてさ、よっぽどラスカルちゃんが好きじゃないとできないよねぇ、それにラスカルちゃんもラスカルちゃんで____」

 「も、もぉう!! 言わないでください……!!!」

 

 意地悪い先輩に抗議しても、先輩はにししと笑いを噛み殺している。クラスの人達も、トレセン学園内外の人たちも、きっとこんな風に私を見てるんだ。

 それに、いくら頭を振っても、不貞寝しても、何をしてもこの嫌な記憶は飛んでいかない。多分一生付き纏って、ふとした拍子に浮かび上がってくるんだろう。なんて気分の悪い。

 

 せっかく、私を好きでいる妹にかっこいいところを見せられたかもしれないのに。私じゃ、ラスカルにそれぐらいしか返せないのに。

 

 「あぁ…… ごめん。じゃ、じゃあ今日はいくらでも併走に付き合ってあげるよ!! ほら、走れば気も紛れる____」

 「日没まで、おねがいしますね」

 「ぴえっ」

 

 本当に、昨日のことが、全て悪い夢ならどれほど良かったことか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「____」

 

 声を立てなかった私を褒めたいと思った。

 パドックでのお披露目で、いろいろな人の視線に晒されながら、マントがわりのジャージを脱ぎ捨てた時、有象無象の中に埋まる宝石を見つけてしまったのだ。

 ボーイッシュで、でも女らしい可愛らしさと丸みがあって、緑色のメンコをつけていて、帽子を被っていて、艶々の鹿毛の尻尾をゆらゆら振る、つまり、妹がそこに。

 その瞬間、

 抱きしめたい、

 頬ずりしたい、

 頭を嗅ぎたい、

 撫でたい、

 触りたい____!!

 一瞬で頭が茹で上がったのが感覚で分かった。理性なんて、あの子を見た瞬間あってないようなものだった。

 

 「……」

 

 私があの日、2番人気のままでいられたのは、妹と血を分けている証拠なんだと思う。

 唇の裏を噛んで、瞬きを可能な限り少なくして、今にも引きちぎれんばかりに動き出しそうな尻尾も耳も我慢していれたあの時の私がずっと続けば良かったのに。

 

 コースへと続く地下バ道。薄暗く湿ったような雰囲気に包まれて、一緒に走る同級生達の息遣い、足音が聞こえると、レースが始まるんだと気合が乗って、むしろ落ち着いたのがメイクデビューの時だった。しかし、今回もそうなるだろうと少しでも思った私は、自分自身を知らなさすぎた。

 

 ラスカルの柔らかい曲線の頬、力強い瞳、私と同じメンコをした耳、瑞々しい唇、小さな鼻、しなやかでどんな枕よりも抱き心地が良くて、いい匂いがして鼓動がする温かい身体。

 

 そんなラスカルと、前年のファン感謝祭から半年は通話だけだったのだから、皐月賞へのステップアップレースという重要なレースに臨んで、全く気持ちが入らなかった。

 呆然と歩いていることしかできない。一歩踏み出すごとに昔が思い起こされて、どんどん胸が苦しくなる。唇の粘膜が千切れて、鉄の味が口を占めていたから、私は辛うじてコースに出ることができたのだと思う。

 

 さくさくと芝を踏み締めて、コースに立った時、私は努めて、正面スタンドの方を向かないように心がけていた。仮に、もしもう一度ラスカルの姿を目に入れたらどうなるのかは想像に難くなかったからだ。

 ざわめく観客の声を背に、同級生達は駆け足でスタート位置の鈍色に輝くゲート前へ行く。私もそれに倣った。雲一つない快晴につき、芝の状態は最高だった。

 ようやく気分も落ち着き始めて、レースの方へ顔が向こうとしていた。

 

 しかし、私は最大の過ちをここで犯してしまったのだ。

 正面スタンドには当然、大勢の人が入っている。それが視界の際で動いていて、半ば本能的に横を向いてしまったのだ。いや、油断もしていたのだろう。数百数千は集まる正面スタンド前だ、ピンポイントで見つけられるはずもないと。映るのは顔も知らない人たちばかりだと。

 

 私がラスカルの姿を見間違えるはずがないのだ。あの子はそこにいた。丁度、私が通り過ぎるところだった。

 

 せっかくレースへ向いていた顔面を掴まれて、無理やり方向を変えさせられた気分だった。

 ラスカルが離れていくのを感じて、心細くなった。

 鉄の味はもう感じなくて、あの時、私の理性を引き留めていた綱は千切れていたんだろう。

 

 ゲートを前に、高らかにファンファーレが澄み渡ったのだと思う。何故なら、私はこの時の記憶がぼやけているように感じたからだ。

 一瞬正気を取り戻したのは、暗く狭く、静かなゲートの中に収まった時。

 ゲートの中は、他人の呼吸、体温が少しは感じられるが、ある意味で孤独な空間。後ろで、ゲートの入り口が閉じる音がして、私は音が聞こえなくなったように思った。

 その時だ。私に不自然な勇気が湧き起こったのは。ストッパーとなる概念は私になかった。いや、ゲートの出口がストッパーか。

 勇気はどんどん高まり続けて、堰を切ったように全身に力を与えた。なんでもできるような気がした。そして、何よりも、

 とても寂しくなった。

 ラスカルを撫でくりまわしてやろうと思った。

 抱きしめてやろうと思った。

 吸おうと思った。

 しかし、可愛い可愛いラスカルはいない。どこにいる? 正面スタンド前だ。ならいかなければ。

 ゲートが閉まっている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 気がついたら、私は立ち尽くしていた。

 荒い呼吸で、脂汗の滲み出た両手を見て、明るい芝を見て、後ろの同級生達の視線を感じて、観客のどよめいた雰囲気を感じて、

 そう。そこで、私はゲートを潜り抜けたことを思いだした。

 

 頭が真っ白になって、外枠出走になって、出遅れた。

 

 8着だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「びええ…… もう無理ぃ……」

 「先輩……、はぁ、芝は、寝るとこじゃないですよ……」

 

 薄紫に、真っ暗な筋雲で彩られた夕焼け空の下で、先輩と走り尽くしたのに、結局私は昨日の記憶に苛まれている。

 この熱い吐息に紛れて、空気に溶けて消えてほしい。汗と一緒に流れ出てほしい。

 あぁ嘆かわしい。

 ……

 恥ずかしくて、昨日は顔を見せにすらいかなかった私を、あの子はどう思っているのだろう。

 

 かっこいいって思われたかったのに。

 

 「先輩……」

 「ぴえええ…… もう帰ろうよぉ」




 数少ない先輩扱いしてくれる後輩だからどんな無茶振りも引き受けてしまう。そんなテイオーを俺は見たい!!!!!!!!!
 某メジロ家のほこり「それって先輩扱いされてないってことでは」

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スズカさんの同室

  • スペちゃぁぁぁん!!!!!
  • ラスカル
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