まさか、誰も入ってこないトークルームを眺めて寝落ちするのが一週間続くとは誰も思うまい。そして、一週間ぶりに見た姉さんの目元は赤く腫れていて、耳はしなしなになっていた。余程あの弥生賞がこたえたらしい。
“何かをしでかす”ということは朧げに知ってはいたが、まさかゲートを潜り抜けるなんて行動にでるとは。観客達がスタンド前の巨大モニターに映し出される姉さんを見て、口に手を当てたり、頭を抱えて声を漏らしていたが、まあ当然だろう。あの時は私も呆然とした。
とりあえず理由を聞いてみると、とても恥ずかしそうに枕に顔を埋め、耳まで真っ赤に染めて、一言、
「…… さ、寂しかったの」
とてもいじらしくて、いたいけで、身体が震えた。スマートフォンの保護フィルムにヒビが入るだけに止めた自分の理性を褒めてやりたい。
「私はかっこいい姉さんが見たかったよ?」
「うううう……!!」
その日、朝まで姉さんをいじり倒したのは、一週間の間私を寂しくさせた、ちょっとした罰ということで。
____こうして、姉さんの最初の大一番と言ってもいいだろう局面は転けるどころか、チームスピカの看板のようにダートに突き刺さる形で終わった訳だが、私
何故なら____
「……!」
どっどっと迫ってくる地響き、そして圧。
はたと顔を上げて、その瞬間、目の前を影が幾重にも通り過ぎていった。土煙の先を追いかけていくと、ゴール板を過ぎて速度を落とす、ウマ娘達の影が目に入った。
顔を戻して、少し先の方をみると、巨大な屋内プールの建屋に体育館、そして、青い屋根にオレンジの外壁、白の柱で構成された、古めかしい洋風の造りの巨大な校舎が。
“日本ウマ娘トレーニングセンター学園”、通常“トレセン学園”の全容が眺望できた。
そう。私も大一番、トレセン学園の入学試験に臨んでいるのだ。
実質的な中学受験? というわけだが、内容は、あらかじめ定められているいくつかの距離のレースを選び、他の受験生と走る実技試験、あとは書類審査と面接のみ。大学のAO入試を思い出す内容である。
私は、この試験の中で一番長い距離の2000mを選んだ。あの人はいつも全力疾走だから当てにならないが、しかし、姉さんよりはスタミナが持つ自負があるからだ。小さい頃、ただひたすらに姉さんと駆け回っていた日々が懐かしい。
書類審査は大丈夫だろうし、面接も、記憶の積み重ねのお陰か、緊張する機会の方が減った今なら問題ないだろう。多分。姉さんと分けた血が暴走しなければ大丈夫だろう。
ただ、今ばかりは、その血が騒いでくれなければ困る局面だ。
前のめりに寄りかかっていたラチから身体を離して、ラチを背にして寄りかかった私の、緑のメンコをつけた耳に、否応なしに声が入ってくる。
さっきレースを終えたウマ娘の荒い息遣い、不安げな声、勝気な鼻息、誘導している先生____
「____かくして、ボク主演の大歌劇は、トレセン学園に入学することで、新たなる幕を開けるという訳さぁっっっっ」
「ぁああ……!!! あの、その、えーと、その、すごいっ!! あー、すごくすごいですっっ!!」
「あ、憧れますぅぅぅぅ…… オペラオーさんは、そんなに自信家でぇぇ……」
オレンジがかった明るい髪に、王冠を戴いたウマ娘の仰々しくて喧しい声、優しい金色の、肩にかかるぐらいのボブカットで、おでこを輝かせるウマ娘の語彙力もへったくれもない賛辞、豊満な胸を抱えるようにして猫背になって、目とアホ毛をぐるぐるさせるウマ娘の控えめな声。
目を少しずらすと、集団から外れた、少し小高くなった坂に腰掛け、近寄りがたい雰囲気を醸す、大きな右耳に青いメンコを被せたウマ娘が見える。
「覇王世代、だったっけ」
今はわからないが、私の今後が険しいどころか、クレバスが口を開けて待っているかもしれないというのは確実なんだろう。
そう思っていると、ぞろぞろとウマ娘達が移動していく。スタート位置を変えるみたいだ。
あの四人は、位置は違えども、横一列になって私の前を歩いていっている。
「……」
あえて、私は彼女達に並んでみることにした。
願掛けのようなものだ。
スズカさんの同室
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スペちゃぁぁぁん!!!!!
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ラスカル